原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに

2月5日 「いのちと祭りとアートの最前線 『反原発美術館』へようこそ」 第二章”報告会の修正・補足

2.5集会をもつにいたった「顛末」も含めての報告です。修正・補足版です。


報告会3
▲写真:小西修さん」

2.5集会にいたったいきさつ

「福島とともに」ブログでも報告してきたとおり、「経産省前テントひろば強制撤去後」、丸木美術館での「今日の反戦反核展」にテント丸ごと出品に「応募」し、丸木美術館、展覧会実行委員会の方々のご厚意で、ベランダにテントを建てちゃうというようなユニークな出品をさせていただきました。しかし、正直に言えば、そこまでこぎつけることができたのは早川由美子監督(反原発美術館館長)のものすごい努力、エネルギーがあったからです。それでその慰労会をやろうということになりましたが、内輪だけでなく、その展示に参加してくださったアーティストのみなさんや、土日の当番を担ったテントメンバーも参加する形を模索する中で、また、より多くの人と「反原発美術館」のこれからを共有したい、という想いから「2.5集会」をやることになりました。

2.5集会の内容

Image2寺崎

Image2早川

寺崎さんの司会で始まりました。

早川さんの90分の講演 (早川さん自身による補足です。)

2015年12月から始まった反原発美術館。美術館の立ち上げから、強制執行を経て、移動式の美術館として再出発した今日まで、気が付けば、振り返ることもなく、ひたすら走り続けてきたような感覚があります。

今回、反原発美術館について、改まって話す機会をいただいたので、これを機に、私が初めてテントを訪ねたきっかけから、国会前の抗議活動を取材する際にテントで寝泊まりさせてもらっていたこと、そして反原発美術館の企画を思いついたいきさつなど、1時間半にわたってお話しさせていただきました。

報告の中で、ぜひ紹介したい人がいました。それは、帯谷さんとはしゆきさんでした。二人とも、テントのメンバーであると同時に、反原発美術館の出品アーティストでもあります。帯谷さんは、抗議のプラカードを沢山吊り下げた「デモ傘」。はしゆきさんは、「No
Nukes」の電光掲示板。お二人に共通するのは、いわゆる「芸術家」が芸術のために作った作品ではなく、普段の抗議活動の中から生まれ、進化してきた作品であるということです。私は、これこそが芸術の原点ではないか?と思ったので、ぜひ皆さんの前でお話ししてほしいと思ったのでした。

とはいえ、普段講演などで話される機会があまりなければ、いきなり前に出て話してほしいといっても、言葉に詰まるかもしれないかな?と思ったので、私の方で、話が始めやすいように、いくつか質問を準備していました。でも、実際は、帯谷さんもはしゆきさんも、私の問いかけを必要とすることなく、自ら作品への思いを話してくださり、とても良かったと思います。

また、今回の報告会では、未公開の映像を紹介したいと思っていました。何の動画を紹介するかは、当日まで誰にも知らせませんでした。紹介した映像は、テントの強制執行時の動画で、テント弁護団の一瀬敬一郎弁護士が撮影した動画を、私が編集したものでした。テントの強制執行は、NHKなどのニュースでも流れましたが、マスメディアのニュース映像は、政府にとって都合の良い部分しか撮影・報道されていないということが、一瀬弁護士の動画を見るとよくわかります。編集しているだけで、怒りがわいてくるほどでした(苦笑)。

反原発美術館は、流れのままに突っ走ってきましたが、今回のように改まって振り返る機会をいただくと、立ち止まって考えることができ、私にとってもとても良い経験になりました。これからも、反原発美術館が、日本全国の(世界各地も?!)脱原発を願う人たちとつながり、いろんな場所で皆さんに見ていただけたらうれしいなと願います。
今後ともどうぞよろしくお願いします。(終)

報告会6
▲帯谷さん(写真:小西修さん)

さらに、2016年8月の「強制撤去」のドキュメント。帯谷さん、はしゆきさんが登場して語った場面は、映像から二人が飛び出してきたようで興奮しました。
Image2倉庫
▲テント撤去で押収された「品物」を保管倉庫に取り返しに行ったとき

集会の流れが巧みで、(早川さんがコーディネイト)見て、聞いている人に飽きがこないものとなりました。自画自賛的ですが、大変刺激な集会になったと思います。
丸木美術館で講演をしてくださった井上めぐみさん、風刺漫画家・壱花花さん、北海道新聞東京支社の記者さん、多士済々の顔ぶれが報告会に参加してくださり、「反原発美術館」ならではの広がりを感じ取ることができたのではないかと思います。
会場に、アーティストの作品や経産省前テントに寄せられた「作品」を飾ったのもよかったですね。
交流会もしました。
「よかった!万歳」で終らせたくないですが。ご意見をお聞かせください。

(報告:たきびの=実は仕掛け人 写真:早川、小西、ネットから)

2月5日 「いのちと祭りとアートの最前線 『反原発美術館』へようこそ」 経産省前テントひろば強制撤去後の”第二章”報告会

2月5日 「いのちと祭りとアートの最前線 『反原発美術館』へようこそ」
経産省前テントひろば強制撤去後の”第二章”報告会

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2月5日(日)午後に、たんぽぽ舎で、「反原発美術館・第二章報告会」が行われました。
前半は、館長・早川由美子より、経産省前テントひろばとの出会いから、反原発美術館企画の立ち上げ、そして強制執行後の移動式美術館に至るまでのお話をさせていただきました。
テントが強制執行された際の、生々しい動画も初公開されました。

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後半では、反原発美術館に、様々な形でご協力くださっている方より、ご挨拶をいただきました。反原発美術館のオープニングで、ライブペインティングをしてくださった長谷川直美さん、丸木美術館での展示中に、講演をしてくださった井上めぐみさん、テントリーフのデザインやライブ演奏などをしてくださったうらんさん等
改めて、沢山の方々のご協力によって、この美術館の活動が支えられているのだと実感する報告会となりました。ご来場くださった皆様、どうもありがとうございました!

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(報告と写真:早川由美子さん)

2/5 反原発美術館の活動についての報告集会へご参集を1

2月5日(日)にたんぽぽ舎で「反原発テント美術館」の活動についての報告集会を行います。
ご参集ください。
たんぽぽ集会

1.18函館市大間原発建設差し止め裁判 第11回口頭弁論・裁判報告集会の報告

1.18函館市大間原発建設差し止め裁判
第11回口頭弁論・裁判報告集会の報告


1月18日(水)午後3時から、東京地裁103号法廷で函館市の大間原発建設差し止め裁判第11回口頭弁論が開かれた。当日はほかにもいくつも重要な集会が重なっていたので、どのくらい人が集まるか、気になっていたが、100名余の傍聴希望者が来てくれた。
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<口頭弁論>
口頭弁論では準備書面(20)「テロ等の危険性」について甫守弁護士が意見陳述を行った。

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準備書面の目次は以下のとおり。

第1 テロリズム及び他国からの武力攻撃による原子力災害の危険性
  1 テロ等の発生も想定した必要な規制を行う必要があること
  2 世界でもっとも厳しい安全対策を行うべきこと
  3 原発がテロ等の標的となり得ること
  4 国民保護法等に基づく想定
第2 大間原発の立地とテロの危険性
  1 特定海域に面した原発
  2 立地についてのIAEA安全基準
  3 小括
第3 航空機衝突対策の不備
第4 信頼確認制度の不備
第5 侵入者対策の不備
第6 他国からの武力攻撃の危険性
*この書面は函館市のHPからダウンロードすることが出来る。

<裁判報告集会>
午後4時から大間原発反対関東の会主催による裁判報告集会が開催された(参議院議員会館101会議室)。会場の予約に当たっては、いつものように福島みずほ事務所にお世話になった。
今日は陳述をされた甫守弁護士のほかにも3人の弁護士が参加してくださったので、発言していただいた。

海渡弁護士
● 電源開発側は陳述に専門家を起用せず、ほとんどの場合、社員が当たっている。
また、函館地裁で進行中の「大間原発訴訟の会」(市民訴訟)は6月に結審、2018年には判決が出る見通し。
●今月20日に開催される通常国会で安倍政権は共謀罪の成立を狙っており、油断出来ない状況であることを強調された。

中野弁護士
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●11月10日の市民訴訟で陳述された、「降下火砕物に関する過小評価」について紹介(詳細は大間原発訴訟の会ブログ 2016年11月11日提出「準備書面54における私たちの主張」参照)。

兼平弁護士
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市民訴訟にはずっと関わってきたが、函館市の訴訟では函館から参加している弁護士は自分だけである。

甫守弁護士
●地震動について担当。石橋克彦氏が体調不良のため、(国立研究開発法人)防災科学技術研究所 の藤原氏に書面尋問をお願いすることになった。電源開発側は社員が担当している。

逢坂誠二衆議院議員(函館選出)のあいさつ

甫守弁護士
●準備書面(20)「テロ等の危険性」について解説。
・日本の場合、どの航空機事故を想定しているのかも不明である。最悪のケースを想定しておくべきである。
・航空機衝突対策
・危機意識が十分、及んでいない。
・北朝鮮の脅威は強調されているが、原発の存在を無視して行われている。
・信頼性の確認制度が必要。工作員が入らないようにするため。
・日本では原発の警備は民間が請け負っているが、それで大丈夫か。米国では退役軍人を活用している。
結論: 大間原発が弾道ミサイル等、他国の武力行使により攻撃された場合、大量の放射性物質が放出される事態を防ぐことは極めて困難である。上記国会答弁(2015年7月29日参議院「我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会」で山本太郎参議院議員が行った質問に対する安倍晋三総理らの答弁を指す)で、「このような事態を想定せずして、深刻な災害が万が一にも起こらないと言いうる程の対策を講じることは到底できず、大間原発における重大事故による原告の権利侵害の具体的危険性は明らかである。」(準備書面20より)。

竹田とし子さん(大間原発訴訟の会代表)
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訴訟の会の裁判は6月に結審して、判決は来年早々に出るだろう。
3月に証言を予定していたジョン・ラージさんが来日出来なくなったことは非常に残念である。

熊谷(小笠原改め)厚子さん
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地元から立ち上がらないといけないと思って町長選挙に出た(投票日:1月15日)。
原発がなくても暮らしていけることを訴えたかったが、十分に浸透させることが出来なかった。33票をいただいたが、この票を今後、大切に育てて行きたい。

藤原節男さん(原発ドン・キホーテ、元三菱重工原発技術者)
前回から始めた「原子力発電所の講座」の2回目。今日はBWR(沸騰水型軽水炉)について話していただいた。BWRは東電が後押しして、導入された。福島第一原発などに導入されたMARK-1からMARK-IIを経て現在はABWR(柏崎狩羽6号、7号)までが導入されているが、根本的な欠陥はそのままである。話を聞いているだけで、こんな欠陥原子炉を再稼働させようとしているなんて、とゾッとした。

次回口頭弁論期日:
2017年4月21日(金)15:00~  東京地裁103号法廷

(報告:あっきい  写真:M.N.)

1月11日 「福島原発被害東京訴訟」第21回口頭弁論を傍聴して

1月11日(水)午前10時から午後4時半まで、「福島原発被害東京訴訟」第21回口頭弁論が東京地裁103号法廷で開かれました。毎回、その裁判を傍聴しているM&Mさんが、傍聴記を寄せてくださいました。

傍聴記

今回は、前回(11月11日)の6人に続いての尋問でした。東京地方裁判所103号法廷にて、午前10時から午後4時半まで1日で原告6人の尋問。傍聴席は、出入り自由で、ほぼ満席の状態が続いていました。原発事故によって、原告の弁護士の質問に答える中で、今まで住んでいた土地から避難しなければならなかった方々の、それぞれの生活の状況や避難にいたる経過などが、明らかにされました。原告の皆さんは、生活の大変さだけでなく、自分が描いた未来・希望が崩され、体調不良、精神的にも追い詰められている状態が、心に響きました。そして、子どもさん達が学校で原発被害者であることを理由にいじめられ、学校に行けなくなったり、心に傷を負ってしまったりしている実態が語られました。

<学校で、子どもたちが「いじめ」にあっていた>

午前の最初の原告の女性から、お子さんたちが小学校、中学校で原発避難者であるという理由でいじめられていた話がありました。小学生の子どもは避難してきてすぐ、「放射能で汚い」と言われた。更に、「放射能を浴びているから、長生き出来ない」とか「すぐ死んじゃうんだろう」と言われ、担任も「そうだね」と言ったとのこと。担任がお墨付きを与えたので、クラスメートたちに「どうせ中学校に行けないんだからすぐ死ねば!」と階段から突き落とされたという。なんと5度も。中学生の場合は、「ビンボー人」と言われ、「貧乏ではない」と答えたら、「じゃあ、おごれよ」とゲームセンターなどで、一万円おごらされたとのこと。教育委員会で対応しているとの話でしたが、子どもはトラウマになっているそうです。
 前回の11月の公判でも、子どもが学校で「汚い」「ビンボー人」「補償金貰っているんだろ」などといじめられ、転校した話を聞きました。そのお子さんの背中に靴の跡があったとも。
私は、それまで、避難してきた子供が学校でいじめられるなんて思ってもいませんでしたからびっくりしました。その後、横浜、東京などあちこちでのひどい「いじめ」が、報道され始めました。好きで避難してきたわけではないのに、福島の原発事故で、「原発避難者」であることを理由に虐げられているなんて。まして、学校で子どもたちが担任にまで排除されていたなんて。こんな信じられないような事があちこちで起きている事が今まで知らされずに来たのですね。原告=被害者の皆さんの辛い思いを、裁判長も頷きながら真剣に聞いていました。

<子どもを守りたいので、避難している>

母子避難している原告=被害者に、国・東電の代理人弁護士は「会いたいと思わないのか、家族一緒に暮らしたいと思わないのか」と聞きました。母子避難しているのは、子どもを守るため。その覚悟だから、と原告たちは答えました。
★妻子を東京に避難させて単身で暮らす父親は「当時母子避難させたのは、子どもを放射線から守るという親として当たり前のことをしたまでだ。今も子どもを守るため、小さい子どもへの将来の影響を考えて避難させている。だから、自分が『会いたいから戻ってくれ』とは言えない」と答えました。父親の辛い想いでした。
★子どもと二人で、都営住宅で暮らしている母親は、追い詰められて精神不安定になって「一人で色々考えていると、高層階の部屋から飛び降りたくなる。首をつったらどうなるかなと考えてしまう事がある」と言いました。原発を忘れたい。子どもが泣くと、自分が泣きたくなる。我慢して我慢して頑張っているのに、と。
★「母子だけで暮らすので、自分も体調崩しているけれど、心配かけたくないので、夫に相談できない。子どもには父親が必要と思っているけれど、子どものためだから」
★母子避難している原告=被害者は、「学校が再開するというので戻ったけれど、教科書も何も準備できてなかった。そして四月に大きい余震があったので、怖くなってまた東京に避難しました」と言いました。
★小学生以下の子どもと暮らす母親は、「今、いわき市に帰っても、子どもの居場所はないと分かっている。このまま今の場所で暮らすしかない」と言いました。
★「子どもを守りたいので避難を続けることを認めて欲しい」
★「小学校の低学年で東京の学校に転校。子どもの環境は変わってしまった。今までは遊んでいたが、東京では周りの子どもたちはみな塾に行っているので、塾に行くことになった」

<原発事故が怖い>

★家族で避難した原告=被害者の男性は、避難した理由は、「いつまた原発が爆破するかと心配だった」「怖かった」と言いました。私ははっとしました。原発事故は過去や現在の話だけではなく、未来に通じる恐ろしいものなのに、私はその事を忘れて生活していたことに気づかされました。日本中の原発はいつ何が起きてもおかしくない状態です。誰もが怯えるのが当たり前なのに。
★「原発が収束したとは思えない」
★「東京に来てから妊娠。胎児のときに検査して医者は『大丈夫だよ』と言ったけれど、生まれたら心臓に疾患があった。なんでも原発のせいにはしたくないけれど、原発事故のせいではないかと思ってしまう。」
「大丈夫だと言われてきたのだから、国や東電の言う事は信用できない。広報誌を見せられても、そこに書いてある値では安心して戻れない」

<国と東電の代理人弁護士の反対尋問の態度はまるで犯罪者相手のようだった>

国や東電のために、原発事故そして原発がなければ、しなくていい生活や苦労をしている原告=被害者に対して、被告の国と東京電力は避難したのが犯罪であるかのような横柄な態度で質問をしていました。裁判ドラマであるかのように、左手を腰に当てて、右手で持った紙を上下に大きく振りながら、「何故ですか」「知っていましたか」と問い詰めていました。
★震災当時住んでいた場所の現在の線量の載っている市や県の広報を見せながら「この広報を見ていますか」と原告全員に質問していました。その時、被告弁護士が三人で原告を取り囲んでいました。圧迫を与えようとしているかのような姿でした。
★前回、「何で子どもにぬいぐるみを買ったのか」との尋問がありました。原告=被害者は「可愛がっているぬいぐるみを置いて来るしかなかったので、替わりに買った」と答えはあまりにも当たり前の行動で、子どもの辛い想いが、私には良く分かりました。被告代理人には分からなかったようですが。
★年齢の違う子どもが二人いるのに「ベビーバギーは何で二台必要なのか」「一台に二人乗せられないのか」と質問。
★小さい子どもとの二人暮らしで精神的に追い詰められた母親が、医師に保養を勧められて沖縄に母子で保養に行ったことについて、「子どもを置いて一人で行く事は考えなかったのか」と国、東電は尋問。
こういった国、東京電力の質問には、傍聴席からは思わず「えーっ」「ひどい」「何でー」というつぶやきがもれ、ざわめきとなりました。

水野有子裁判長は、原告=被害者の尋問が終わるたびに、一人ひとりに「お疲れ様でした」「ありがとうございました」とねぎらっていました。裁判長のこの心遣いに、ほっとさせられました。

◆次回の裁判 3月1日(水)、10時から原告尋問。
 出入り自由なので、途中からでも短時間でも、原告=被害者の尋問を聞くいい機会です。多くの方が傍聴者に行かれるといいなと思っています。私も友人と一日傍聴しようと思っています。

(報告:M&E)
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プロフィール

Author:原発いらない女たちのテントひろば
「未来を孕むとつきとおかのテント行動」を引き継ぐ新ブログにようこそ!

「原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに」は
東京・霞が関の「経産省前テントひろば」を拠点とした、女性による脱原発・反原発のアクションです。
 年齢もバックグラウンドも様々な女たちが、福島原発事故に対して立ち上がった「原発いらない福島の女たち」につながろうと集まって来ました。
 それ以来、つねに新しい仲間を迎えながら、「原発を止めたい」「子どもたちを守りたい」という思いのもとにテントを拠点に多様な活動を続けています。
 生きること、暮らすこと、命をつなぐこと。小さく、ささやかなものへの眼差しを大事にして、「原発」という強大な構造を変えて行けることを固く信じて。
 このブログはもう一つの「テントひろば」。誰にでも開かれた、語らいと学びと交流の場です。世界中の女たちに呼びかけます。
「強く、そしてしなやかにつながっていきましょう!」

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