原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに

<報 告>6・6テント1000日の集い

・・・・・ときどき横なぐりの雨が降る、6月6日のテント1000日。・・・・・

千日を迎えたテントひろば

<千日万来>(千日には大勢の人がテントに来ますように)の願いが叶い、第2テントはすぐ満席に。みなさんのご参加ありがとうございました。
それにしても香港TV・東京新聞とマスコミの取材が入り、私がいちばん心配したのは、参加のみなさんが緊張してしまうことでした。
「楽しいはずの集いが緊張で終わったわぁ・・」と、苦情が出るのを恐れていたのです。
そこで取材の方にも自己紹介をしていただきました。(これがよかった・・)

初めてテントに見えたひとも多かったので、最初に正清太一さん(テント裁判)からテント設置の経緯などお話していただきました。(これもよかった・・)
正清さん挨拶
▲正清太一さん

その後小島力さんのお話と詩の朗読に入りました。
小島さんはすでに30年も前から反原発運動に関わっていた人。当時地域の事情は厳しく、表向きは「憲法を守る会」として反原発運動を闘ってこられたのです。葛尾村郵便局に勤務、1994年定年退職。精神的には満たされた生活を送っていました。
ところが3・11の福島第1原発事故は、小島さん一家の絆をずたずたにしてしまったのです。

小島力さん
▲小島力さん

・「帰れない朝-武蔵野市・都営アパートで-原発事故以降の最近作から
・「草茫々」 ・「仮死々々」ー1年4か月目の一時帰宅から
・「五人のデモ隊」(明治公園で開催したあの大デモの時)
・「廃道をたどる」-折々の山旅から
・「原発問答」 ・「火災」 ・「原発下請け労働者」-30年前の作品から
・「望郷」-最後に詠まれた作品

詩を詠みながら穏やかな表情は、時に怒りの声に変わる。原発にふるさとを追われた小島さんの無念さが重く胸に迫ってきました。

金曜抗議行動のあったある日、坂口美日(ミカ・小島さんの娘)さんがテントを訪ね、詩集『わが涙滂々-原発にふるさとを追われて』を紹介してくださったのです。
いつかテントで詩の朗読会ができないものか、と考えているうちに月日だけが過ぎて・・・・。
「今を生きる-小島力さんを囲んでお話と詩の朗読会」がやっと実現しました。

小島ヤスコさん(連れ合い)のお話は急遽決まりました。独りでお留守番をしているのは寂しいかも。良かったらいらっしゃいませんか?とお誘いしたのです。
<「亭主達者で留守がいい」・・> ってこともあるので、一瞬迷いました・・。
美日さんから「母は村会議員をしたことがあり、結構話好きなんです。」と聞き、短かったけれどお話していただきました。(お誘いしてよかった・・)
ヤスコさんは、夫が仕事と運動にかかりきりだった若い頃をユーモアを交えながらお話してくださいました(ゆっくりお話を聞きたい女性ですね)。
小島ヤスコさん
▲小島力さんとヤスコさん

せっかくだから、美日さん歌ってくださいませんか?
抗議行動が終わってからテントの前で歌っていた姿を見てはいたのですが、向き合って聞いたことは初めて。ギターの仲間と音響セット持参で参加してくださったのです。
(歌もあってよかった・・)
坂口美日さんの歌
▲坂口美日さんの歌 日音協の仲間の伴奏で

ところでお茶タイム。
Hさんが自家製のびわ茶を用意してくださいました。(ありがとうございます)
一品持ち寄りでは茅ヶ崎の女性たちがお漬物を持ってきてくださったのですが、カンパとお漬物を第1テントへ。どなたか叫んでくだされば気がついたのに。頭の中は結構パニクッていたのですね。結局片付けの後、第1テントからお漬物を持ち帰り、テーブルを囲んでいただいた次第。Hさんは水羊羹を作って持参。一品持ち寄りに出す予定だったのかも知れません。(食べ物の恨みは怖い。これはいつか実現しておかなくては・・・)

前日あっきいさんが作ってくれたドイツ発の「風車」。みなさんのお土産にしました。
*この風車については本ブログ4月20日付けに「ベルリンから来たかざぐるま」として紹介しています。
Mさんが残っている用紙を送ってくださったので、その一部を 前日、組み立てました。晴れていればテントの外側に飾りたかったのに残念!
残りは「かざぐるまの歌」を歌っている坂口さんに託しました。

テント1000日は闘いの通過点。峠の茶屋からは次の関所みたいな処。難関な関所に出会うのはこれからかも知れません。
いつの時代も、世の中を変えてゆくのは女たちです。

小島さん一家を囲んで参加者で記念写真
▲小島さん一家を囲む参加者

関連記事
レイバーネットさんの記事から
「帰りたい でも帰れない」~詩人・小島力さんを囲んで「テント1000日イベント」
http://www.labornetjp.org/news/2014/0606hokoku
テント1000日記念 小島力さん詩の朗読会
http://www.labornetjp.org/news/2014/0606kasa

ユープラン・三輪祐児さんの動画


(文:わかち愛 写真:ユープランさんの動画から)

第3回 世界から原発なくそう!紅白歌合戦 ~主権はこっちだ!霞ヶ関デモクラシー

皆様、2014年を如何お迎えでしょうか?
当ブログ管理人・しろたまです。
「おめでとう」とは言いません。
その言葉は政府に脱原発政策を決めさせるまでとっておきましょう。
そして2013年は運動の「敗北」の年だったと思っています。
おめでとうなどと浮かれている状況ではないのです。

そして経済産業省前テントひろばは大晦日も正月も関係なく、休むことなくそこにあります。
スタッフは誰かしら必ずそこで戦っています。

2013年12月31日。
テント3年目、この大晦日もテント前で「世界から原発なくそう!紅白歌合戦」が行われました。

UPLAN三輪祐児さんの動画


今回はサブタイトルを「主権はこっちだ!霞ヶ関デモクラシー」とし、歌の合間に憲法を前文から朗読していくという趣向。私たちの武器は憲法。霞ヶ関の真ん中で憲法を読み上げながら年を越すという、素晴らしい企画でした。

紅白歌合戦 1
▲まずは憲法前文を読み上げる浦邉力さん

紅白歌合戦 2
▲トップバッターは紅組、月曜定例会お吉さん&ヤッコさん

紅白歌合戦 3
▲白組最初は東電のヘルメットを被った東迎さん

紅白歌合戦 4
▲憲法9条を暗唱するしろたま

紅白歌合戦 5
▲紅白歌合戦の企画・準備・司会と獅子奮迅の活躍、浦邉力さん

紅白歌合戦 6

経済産業省の電気は周囲の省庁の電気が消えてもずっと1部屋が点いていました。
(紅白歌合戦~カウントダウンが終了し、機材が完全撤収されてから消えました。つまり…防犯カメラ担当が残ってた?)

紅白歌合戦 7
▲寒さに負けず、年越しをテント前ですべく集まった仲間たち

大阪の関西電力本店前には、毎週金曜日に関電包囲している人たちが集まっているとのこと。大阪に帰省中のドラム隊の村上ダミアンさんが関電本店前にいるということで力さんが電話。
関電前の人たちはこちらの様子をレイバーネットの中継で見ているということで、「がんばろう!」「関電前もがんばれよ!」とエール交換。
ちなみに関電前は約70人が集まっているそうで、こちらの倍近く。
テントが建った年の2011年の大晦日にはテント前に2~300人の人が集まったのだが…

紅白歌合戦 8
▲関電本店前包囲の方たちとエール交換

紅白歌合戦 9
▲紅組トリはウラクマ

歌と憲法の読み上げを交合にすすめ、いよいよ終盤へ。
紅組のトリはウラクマことうらんちゃん&クマさん。名曲「廃炉節」と「原発なくたって」

紅白歌合戦 10
▲大トリはジョニーHさん

白組トリかつ大トリは2年連続でジョニーHさん。
替え歌大王のメドレーは「ジョニーHデラックス」。

紅白歌合戦 11
▲全員で蛍の光

最後は全員で「蛍の光」を合唱。
力さん、ジョニーさんがギターを弾き、クマさんのピアニカ、うらんちゃんのリードボーカルで、みんなで繰り返し歌いました。

いよいよ年越しが近づく。
15秒前からカウントダウン。
「0!」と全員でこぶしを突き上げ、「NO NUKES YEAR!」と叫ぶ。
2014年を原発ゼロで越すことができました。
しかし再稼働申請が出されている原発は14基。戦いはこれからも続きます。
そしてテント裁判も続きます。
絶対負けない、諦めない戦いをともに作っていきましょう!
今年もテントひろばのご支援、よろしくお願いいたします。

(報告:しろたま、写真:三輪さんの動画より)

<特 選>福島の母を応援テントから~テントを守ろう川柳句会

 テントひろば:785日目の11月4日(月)、午前中は雨でしたが
 午後はすっかり晴れて、気分爽快。2時頃になるとすずめさんが
 現れ、指定席に置いてある餌を一生懸命ついばんでいる姿に会
 いました。可愛いですね。
 今回もオール女性、6名の参加となりました。
 席題は「秘密」と「支える」 選者は乱鬼龍さん。

image1.jpg

 
 <秘 密>
  特 選: 原発の闇は秘密と定められ 芒野
  秀 句: アメリカの先兵役でヒミツ法 落葉
       内容は逮捕した後考える  芒野
       ヒミツ法中身は無論ヒミツです 落葉
       秘密には言論弾圧ついてくる 草地
       国家から秘密出るとき戦さ道 わかち愛
 
 <支える>
  特 選: 福島の母を応援テントから 芒野
 秀 句: 財界も政府も原発支え合い 乾草
       支えたり支えられたりテントひろば 草地
       人の和をすずめが支えるテントです 乾草
       脱原発支えているのは市民個々 草地
      消費税支えたくない国支え 芒野

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  12月の句会は22日(日)午後2時から。(受付1時半)
  今年の締め括りとして句会では初めて「宿 題」が出ました。
  宿 題:「思い」各2句吐。メールや郵送での投句は受付ません。
  「テントを守れ!川柳句会」の趣旨に沿って、テントに集うことが
  目的のためです。その後今年の締めくくりの忘年会をテントでし
  ます。一品持ち寄り歓迎!

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  ★☆新春吐き初め川柳句会の日程は、テントひろば全体の
     プログラムに合わせ進めます。

(報告:わかち愛、写真:芒野)

テントを守れ@川柳句会

9月29日はさわやかな秋日和。
月に一度、子犬を連れて座り込みに参加するMさんの姿もあった。
7名の参加者で句会を開きましたが、初めて全員が女性でした。
席題は「食べる」「海」の二題。各2句吐。選者は乱鬼龍さん。
特選はおおきな梨(原発なしの意)秀句にはみかん(未完)とレイバーTVの缶バッチ。景品にも落ちがあるのですね。
最近若い草地さんが大活躍。テントひろばからも川柳人が生まれることを期待しています。

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<食べる>
 特選:食べるたび何ベクレルと問いつづけ /草地
  秀句:食べたいなまつたけさんまくりごはん 乾草
     さしみ食う文化をつぶす汚染水 /浮浪雲
    食べ歩き出来ぬ日本に誰がした /芒野
    フクシマよ母なる海に放射能 /落葉

< 海 >
 特選:海の幸幸が不幸に早変わり /草地
     海だって出口ないのをお忘れか /流子
     海汚染地球の7割汚すこと /草地
     汚染水母なる海に丸なげだ /芒野
     汚染水世界の海にしのび込む /わかち愛

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次回の句会は11月10日(日)14時(13時半受付)
場所は経産省前テントひろば(第2テント)

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(報告:わかち愛、写真:芒野)

堀切さとみ監督「原発の町を追われて ―避難民・双葉町の記録」上映会@第2テント

9月28日(土)午後4時から堀切さとみ監督のドキュメンタリー映画「原発の町を追われて ―避難民・双葉町の記録」の上映会を第2テントで行なった。当日はいろいろ催しが重なっているので、どの程度、人が来てくれるか心配だったが、スタッフを含めて累計15人ほどが参加。そのうち男性が3分の2くらいを占めた。
まず、本編(56分、2011年)、続編(25分、2013年)を上映。その後、短く休憩を取ったあと、監督を囲んでのトーク。

映画開始


堀切監督のトークから
堀切さんは3.11以前から反原発に関心を持っていたが、住まいの近くにあるさいたまスーパーアリーナに原発立地の人たちが避難してきたことを知り、そこに通うようになった。
なぜ、双葉の人たちにカメラを向けたのか。スーパーアリーナから双葉町の人たちが騎西高校に移り、町民の今(当時)の思いと今後、どうなるか、に関心をもったからだという。
事故が起こった当時、原発立地の人たちは何も言えない状況だった。避難してきた時の思いも、3月いっぱいくらい、とか2、3日で帰れると思っていたとか、人によってまちまちだった。なぜ、自分たちが遠く埼玉県まで避難しなければならないのか、事情がよくわかっていない人も少なくなかった。
避難について言えば、避難所で会った原発建設当時に関わった人の話によれば、原発建設の説明会では放射線状に8本の道路が避難用に作られることになっているということだった。しかし、その計画が実行に移されることはなかった。原発の安全神話を壊すようなことには東電も国もふれてこなかったということだ。

堀切堀切

避難所での生活が続くうちに、次第にさまざまな不満が生じてきたが、最も大きい問題は町役場自体が県外(騎西高校)に置かれていることだった。そのことに対する反発が町民たちを分断する大きな要因の一つになっていった。自分たちの向かうべき相手は本当は国、東電なのに・・・
騎西高校に避難する人たちのあいだでもさまざまな分断が広がっていった。

田中信一さんは福島では4世代10人で生活していた。彼にとっては、何かを決めるとき10人が一緒に暮らせるかどうかが一番大事だった。

町長が代わって、現在、一番の問題は騎西高校での避難所の閉鎖だ。現在、高齢者を中心に約100人が避難しているが、その人たちにとって、そこでの生活が新しい居場所になりつつある。一緒に住んでいることによって、助け、助け合う関係が生まれてきた。借り上げ住宅に入ると、このような関係が失われて孤立が深まる。一番、望ましいのは一人一人が自分の望むかたちで住めるようにすることだ。

現在、住民は福島県内、日本の各地、騎西高校というように住むところが分散してしまっていて、町としてのアイデンティティが失くなっていこうとしている。自分たちの存在は忘れ去られて行くのではないか、と思っている。

堀切監督と話す

参加者からの発言より
参加者から堀切監督に対して質問だけでなく、色々な提案が活発に行われた。
・子どもたちの健康の今後を(監督に)追ってほしい。
・広範囲な生態学的調査が必要である。それは専門家だけでなく、住民自らが出来ることも多い。所沢のダイオキシン問題では、子どもにアトピーが現れたなど、心配事のある住民が集まって情報交換するところから始まり、国を動かすことが出来た。
・田中正造に詳しい乱鬼龍さんからは、「今、必要なのは60年代に宇井純さんが始めた<公害言論>のようなものを立ち上げることだという提案がなされた。

討論は7時まで続き、その後も個々に話が続けられ、堀切監督、参加者の皆さんのおかげでとても充実した時間が持てたと思う。また、いつもながらのケロップさんの用意してくれた飲み物、スナックも話し合いを盛りあげるのに貢献してくれたと思う。皆さん、ありがとうございました。
(報告:あっきい  写真:あれこれ屋)

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プロフィール

原発いらない女たちのテントひろば

Author:原発いらない女たちのテントひろば
「未来を孕むとつきとおかのテント行動」を引き継ぐ新ブログにようこそ!

「原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに」は
東京・霞が関の「経産省前テントひろば」を拠点とした、女性による脱原発・反原発のアクションです。
 年齢もバックグラウンドも様々な女たちが、福島原発事故に対して立ち上がった「原発いらない福島の女たち」につながろうと集まって来ました。
 それ以来、つねに新しい仲間を迎えながら、「原発を止めたい」「子どもたちを守りたい」という思いのもとにテントを拠点に多様な活動を続けています。
 生きること、暮らすこと、命をつなぐこと。小さく、ささやかなものへの眼差しを大事にして、「原発」という強大な構造を変えて行けることを固く信じて。
 このブログはもう一つの「テントひろば」。誰にでも開かれた、語らいと学びと交流の場です。世界中の女たちに呼びかけます。
「強く、そしてしなやかにつながっていきましょう!」

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