原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに

不起訴処分を受けて  ―緊急記者会見@福島

2020年東京オリンピック開催決定の翌日、9月9日(月)に福島告訴団に伝えられたのは「不起訴」決定だった。不起訴についてはこれまでもリーク記事がたびたび流されてきたが、今日のやり方はさらに意表を突くものだった。これを受けて17時から福島県庁にて緊急記者会見が行われた。

録画:http://www.ustream.tv/recorded/38494101


Video streaming by Ustream

会見はまず佐藤副団長の経過報告から始まった。要点は以下のとおり。
12時過ぎ:福島地検が事件を東京地検に移送。
13時過ぎ:東京地検が「不起訴処分」決定。
17時:福島県庁にて記者会見。
武藤類子団長の話(0:05:43)
福島原発告訴団声明(0:08:44)
保田弁護士(0:13:40)
記者からの質問(0:17:15)
終了(0:46:58)
ここでは団長の武藤類子さんの話を書き起こしたものをのせる。そのほかは「福島原発告訴団」のHPで詳細をご覧ください。http://kokuso-fukusimagenpatu.blogspot.jp/

告訴団会見 武藤さん


武藤類子団長の話
福島原発告訴団団長の武藤類子です。よろしくお願いします。
私たち福島原発告訴団が告訴・告発した33名+1法人、東京電力ですね、全員が不起訴になったということを今日、聞きましたけれども、これは本当に信じ難いことです。そしてわたしたちは大きな驚きと憤りを感じています。
私たちが何度も要請していました「強制捜査」というものはとうとう行われませんでした。何度も何度も要請しましたけれども、果たして検察は本当に捜査を尽くしたのか、ということを私たちは感じています。
検察には、被害を受けた人たちの悲痛な叫びが届かなかったのかと思っています。
私たちは『これでも罪を問えないのですか!』という検察に提出した告訴人たちの陳述書を本にしましたけれども、これを読んでみますと、本当に悲痛な叫びが溢れているんですね。こういったものは検察に届かなかったのか、というふうに思います。
この原発事故の被害というものは、たくさんの命、そして家、生業(なりわい)、地域や家族を引き裂かれて行きました。言葉には尽くし難い本当に大きな被害だと思います。その責任が、誰も問われないのでしょうか? 日本は本当に法治国家と言えるのかと思います。
汚染水や甲状腺検査結果など被害は更に拡大している状況で、どうしてこんな判断が出るのか、ということがとても信じがたいんです。
この事故の原因を明確にして、責任を問うということは、被害者が正当に救済され、そして新しい日本社会と新しいエネルギー政策の構築のために、何としても欠かせないことだと私は思っています。
検察は被害者の声を無視して、その責務を放棄したのだというふうに思います。
検察の判断に強く抗議するとともに、「検察審査会」への申し立てをしたいというふうに思います。しかし、この検察審査会も、先ほど佐藤さんがおっしゃったように、移送という形で、検察審査会が福島でし立てられないということは非常にひどいことだなというふうに思っているんですね。やっぱり被害にあった福島県民がそのことについて審査をするのがスジではないか、というふうに私は思っています。何とか福島で検察審査会に訴えられるように、わたしたちは要求したいという風に思っています。

注:音声が聞き取りにくく、間違っている箇所があるかも知れませんが、ご理解お願いします。
(まとめ:あっきい 写真:IWJの動画をお借りしました。)

強制捜査はまだか!! ~告訴受理から1年を迎えて~いわき報告6

海渡雄一、保田行雄両弁護士からの報告のあと、1時から始まった集会も終わりに近づいて来ました。
録画:https://www.youtube.com/watch?v=BN62JA4haq0
(数字は録画の開始時刻)



合唱「我等ゆるがず」(2:46:49)
歌唱指導:菅野ゆう子さん、 キーボード:菅野さとみさん
「これまでにこの歌をうたったことのある方もいらっしゃると思いますが、この歌詞はきのう出来たばかりなんです。原曲は黒人霊歌です。この歌を歌わなくて済むまで、歌い続けて行きたいと思います」。

1.われら ゆるがず
われら ゆるがず
水辺に立てる木のごとく
われら ゆるがず
2.未来への道
原発許さず
水辺に立てる木のごとく
われら ゆるさず
3.生命(いのち)を守ろう
  力をあわせて 
  水辺に立てる木のごとく
  われら ゆるがず

楽譜


集会アピール 佐々木慶子さん(2:53:21)

福島県民1324人が、苦悩の中から声を挙げた告訴の受理から1年の月日が経ちました。
私たちは、続いて立ち上がった第二次告訴・告発人と合わせて14716人の大告訴団となりました。
そして、今日まで数々の行動を重ねてきました。
集会、デモ、地検包囲、東電抗議、全国署名、証拠資料の提出…。
日本中の目がこの事故の責任追及に向けられ、検察の起訴を待ち望んでいます。
しかし、何度も何度も私たちが要求した強制捜査は未だに行われず、起訴もされません。

佐々木さん

福島の事故の被害は甚大です。
失われたたくさんの命、家、生業。
引き裂かれた家族や地域、ささやかな楽しみ。

その被害は今も続き拡大しています。
海へ空へ放出され続ける放射能。
溜まり続ける汚染水。
山積みされる除染土。
警戒区域の再編、補償の打ちきり、促される帰還。

子どもたちの甲状腺癌の多発。
原発や除染作業員たちの被曝と危険手当の不払い。
あえて、たなざらしにされてきた「原発事故子ども・被災者支援法」
そして原発再稼働、海外への輸出。

曖昧にされている事故の究明、なされない事故への責任追及は更なる悲劇を生んでいきます。
このような事故を二度と繰り返さないために、誰かの犠牲を強いる社会を変えるために、責任を負うべき人々には民主主義のしくみの中で過ちを償ってほしいのです。
おびやかされる命、暮らし、未来を前に私たちは諦めるわけにはいきません。
人としての尊厳を取り戻し、地球に生きるあらゆる命への責任を少しでも果たすために、分断の闇を乗り越えともに歩んでいきましょう。
2013年8月4日
福島原発告訴団『強制捜査はまだか!!~告訴受理から1年を迎えて~』集会参加者一同

閉会挨拶 副団長 佐藤和良さん(2:57:50)

佐藤さん

どうも皆さん、長時間ありがとうございました(拍手)。
今日は福島県内をはじめ、全国各地から告訴・告発人が300人を超えて、
この会場に集まっていただきました。
重ねがさね本当にありがとうございます!(拍手)。
政府、そして国家権力の一部であります検察が今、この福島原発告訴団の
この告訴をひねりつぶそうとしております。
しかし、わたしたちは負けない!と、こう誓いました。
しかし、あきらめないということは、大変きびしいですよ。
あきらめない闘いをどうつくって行くのか。
全国で風化が進んでいるんですね。風化が進んでるってことは、
国家をあげて福島原発事故はなかったかのように、原発の輸出やら、
国内の再稼働やら、一足飛びにこれを大車輪でやろうとしている訳です。
これと抗って、わたしたちが今日からまた一歩一歩、前に進むんですから、
なかなか大変であります。
皆さん、目尻を決してください。
我々は、福島地検、そして東京地検にむしろ旗を立てて、
攻めるわけではありません。
マスコミは8月のお盆ごろに不起訴にすると言ってるそうです
(会場からの声:「なんでわかるんだ?」)。
それはおそらく検察の上層部が流している情報だと言われております。
我々はお盆の頃は少しじっくり構えて、この秋に攻勢をまたかける
という決意をしっかり、今日は確認していただきたいと思います(拍手)。
みんなで、今の「我ら ゆるがず」という言葉どおり、
ゆるぎない決意をもって、勝利を勝ち取るまでガンバりましょう!

このあと、会場からいわき駅前までデモを行なって、長丁場だった集会は終わった。

デモ先頭

2012動画 023

2012動画 026


(まとめ:あっきい  写真:あっきい、nomorefukushima2011の動画より)

強制捜査はまだか!! ~告訴受理から1年を迎えて~いわき報告5

イ・ヂョンミさんのミニコンサートのあと、二人の弁護士さんからの報告がありました。
録画:https://www.youtube.com/watch?v=BN62JA4haq0(数字は録画の開始時刻)



海渡雄一弁護士からの報告(2:14:40)
弁護団の海渡雄一です。さっき話し忘れたということで、河合団長から映画の話をしろ、と言われていますので、最初に話します。河合監督、わたしが企画、脚本ということで、2人で今、一生懸命やっているんですが、今日、このあとお話しする「請戸の浜の悲劇」というのが、この映画の第2部になる予定です。映画は「わたしたちは原発でしあわせでした」、そういう題です。日本国民全体が原発の夢を見ていた。その夢からさめよう。そういう意図でネーミングして、やろうというふうに思っています。今、ここでもカメラで一生懸命にとっていただいています。河合先生が全編に登場する予定になっていますので、公開の折には、全国で上映会をやっていただきたいと思います。

海渡弁護士

それでは「告訴受理から1年を迎えて ―浪江町請戸の浜の悲劇を繰り返してはならない」というプレゼンをさせていただきます。実はわたくし、このプレゼンを、他の部分も付け加えてやるんですけども、浜岡原発訴訟でも、東海第二原発訴訟、東電株主代表訴訟でも、このプレゼンやりました。なぜ、これをやるか、といいますと、まず、裁判官に福島の原発事故の被害で何が起きたのか、きちっと知ってもらわないと、もう出発点にならない、そういう思いで必ずこの話をするようにしています(以下、プレゼンの要約)。

2013年4月5日、日弁連調査団が浪江町を調査(2:16:55)。 
我々、原発事故の前に、原発事故が地震によって起きると、原発震災が起きる。震災の被害者の人が原発事故のために助けられなくなる、そういうことが起きるんだ、とずっと言ってました。そのことの共通認識をもつべきだと思います。そういうことが起きたとはっきり言えるのが、これからお話しする浪江町請戸の浜の事件ではないか、と思うんです。

・福島県浪江町副町長渡邊文星氏の2012年8月日弁連シンポにおける報告
 「報告をさせていただきます前に、皆様、ほんの少しの時間でも結構です。想像していただけないでしょうか。
 何の前ぶれもなく、帰る家を失う。働く場所を失う。友を失う。先祖代々受け継がれ、守りぬいてきた土地を失う。永代供養がなされていた墓を失う。生まれ育ったふるさとを失う等、生活のすべてを失い、以前の平穏な日常生活をいつ取り戻せるか分からない状況が延々と続くとしたら、どう思われますか。
 もし、突然に、意に反したむような被ばくにより、放射線に起因する発がん等の身体への悪影響に恐怖し、常に健康不安を抱え、怯えながら一生涯を送ることになったとしたら、どう感じられますか。
 これから話します浪江町現地からの報告を聞いていただき、これまでに、日本社会が経験したことのない、過酷な原発事故災害によって甚大な損害を被った町民の苦悩、苦痛を想像していただき、現状を知って頂きたいと思います」。
・3月12日早朝からの捜索予定だった。
・何人かの尊い命が救えた可能性があった。
 3月12日午前5時44分、突如、原子力発電所から半径10km圏内に避難指示が発令された。この避難指示により、津波被害者の行方不明者の捜索活動が中止となった。
・浪江町の町民が避難した津島地区
実は請戸の浜は線量は非常に低かった。津島地区は今も10μSv、当時はものすごく高かったと思われる。
・地上線量は7.88マイクロシーベルト
・浪江町足立運動場仮設住宅自治会長本田昇さんの話(2:20:34)
 「請戸の浜に立つと、今も助けを求める泣き声が聞こえる。翌朝の救助活動の準備のために浜を回った消防団員は、多くの被災者の助けを呼ぶ声を聞いていた」
・海岸に立つマリンセンターの廃墟。波は屋上を超えたが、浸水を免れたレストランには3.11の新聞が残されていた。
 請戸の浜では182名が亡くなった。38名は特例死亡。ここの線量は0.2μSv以下。スピーディが正確に公開されていれば、早朝の捜索で救えた命があった。
・広河隆一氏撮影『新人間の戦場』より。2011年4月、請戸の浜で子どもの遺体を運ぶ警察官。
・大震災の日から約1ヶ月後に実施された捜索(写真、同書)
・「生きている声」(二階堂晃子詩集『悲しみの向こうに ―故郷・双葉町を奪われて』より)海渡弁護士の朗読(2:22:00)

 「生きている声」  二階堂晃子
確かに聞こえた
瓦礫の下から
生きている声
うめく声

人と機械を持ってくる!
もうちょっとだ!
がんばれ!
救助員は叫んだ!

3.11
 14:46 地震発生マグニチュード9.0
     請戸地区一四メートル津波発生
15:00 原発全電源喪失
19:03 原子力緊急事態宣言発表
21:23 原発3キロ圏内に避難指示
翌5:44 避難指示区域一〇キロに拡大

 
救助隊は準備を整えた
さあ 出発するぞ!
そのとき出された!町民全員避難命令
 呻き声を耳に残し
 目に焼き付いた瓦礫から伸びた指先
 そのままに逃げねばならぬ救助員の地獄
 助けを待ち焦がれて絶望の果て
 命のともしびを消して行った人々の地獄
 請戸地区津波犠牲者一八〇人の地獄
 それにつながる人々の地獄

 放射能噴出がもたらした捜索不可能の地獄
 果てしなく祈り続けても届かぬ地獄
 脳裏にこびりついた地獄絵
 幾たび命芽生える春が来ようとも
末代まで消えぬ地獄

・時間が止まっている常磐線浪江駅(2:24:25)
・新聞販売店に積まれ、配達されなかった3月12日の朝刊
・「大地震のため終日運転を見合わせます」(2011/3/11)の掲示板
・浪江の悲劇を繰り返してはならない。

過失も因果関係も明白なのに、なぜ、検察は強制捜査もしないのか(2:25:40)
・2013/6/29 共同通信による不起訴見込み記事
・対策は防潮堤だけではない
実際には想定以上の津波が来ることは明らかだった。M8の地震は確実に来るだろうと言われていた。そういう状態の下で、何の対策も取られていなかった。
何も対策をとらなかったことが正しかったのか。そこに責任追及の余地はないのか。
告訴人らの疑問に正面から答える捜査を最後まで求めていきたい。
因果関係のある被害の存在は明白(2:27:30)
 請戸の浜の救援が出来なかったことについて、浪江町の遺族が申し立て。
 酪農家、須賀川のキャベツ農家の事件
・キャベツの出荷制限の翌日に自殺(2011/3/24)
・山木屋事件
養鶏業渡辺はま子さんが長引く避難生活の中で、一時帰宅の際に自宅に近くで焼身自殺(2011年7月)

健康被害の発生も予測される(2:28:53)
 福島県健康管理調査の結果(2013年5月27日)
 従来想定されていた甲状腺ガンの一般的な発生率をはるかに超過している。
 専門家の中にも、これは疫学的な因果関係があると言わざるを得ないのではないか、とはっきり言われる方も出てきている。
・疫学の専門家、津田敏秀先生(岡山大学)「甲状腺がんデータの解釈整理 ―とりあえず3つの仮説」(2:29:22)

もし、不当にも検察庁が不起訴としても、闘いは続けられる(2:30:02)
 報道機関は不起訴になったら、どうするのかというコメントを求めてくるが、「不起訴にするのはおかしい」という解説記事を書いてほしい(拍手)
・不起訴処分に対して検察審査会への申し立てが可能(2:30:49)
 万が一の不起訴の時には、検察審査会への申し立てを決意しよう(拍手)
 検察審査会で2回起訴相当の決定が得られれば、強制起訴が出来る。
 検察庁が集めた資料を引き継いで、検察官役の弁護士が検事となって事件を進める。
 小沢さんの事件の時は余り評判がよくなかったが、JT西日本尼崎事故では強制起訴がなされて、裁判が行われている
 そういう道が残されているんだということを確認しておきたい。
・検察審査会は市民の力で刑事裁判を提起出来る機関
 検察審査会のメンバーは一般市民13人
 有権者名簿から無作為抽出で選ばれますから、今日、ここに来られている福島県民の方が検察審査会の委員に選ばれることもありえます。今やっている裁判員(制度)とちょっと似ています。
 わたしが提案したいのは、被害者の生の声を検察審査会に聞いてほしい。これが実現出来れば、大変大きな効果があると思います。それはわたしが担当した日航ジャンボ機墜落事件のときの経験から言えることです。
 二度の起訴相当を必ず勝ち取り、事件を起訴に導いて、裁判が開かれるということを目ざしましょう。
絶対にあきらめないで闘い続ける中で、展望を切り開こう(拍手)。
 *海渡弁護士の力強く、情熱のこもったプレゼン、だいぶ端折ってしまいました。ぜひ、録画をご覧ください。

保田行雄弁護士からの報告(2:35:25)
皆さん、こんにちは。今、海渡先生が大体、話をしてしまったんですけれども、やっぱりあきらめないで闘うということの大事さを痛感します。昨年8月に受理してもらったわけですけれども、この福島原発の告訴をしようと思いたった3月の学習会の頃には、この福島第一原発の事故をホントに刑事処分として、国民の声として求めていくことが果たして可能かどうか、とそういう感覚だっただろうというふうに思います。それが急速に告訴人が集まって福島での第一次告訴、そして全国での大きな告訴まで実現出来ました。
それから1年、検察の動きはどうだったでしょうか。やはり、これだけの事件と被害ということからみれば、全く不十分であります。強制捜査をしてない、実際にこの福島原発事故が業務上過失致死傷罪という犯罪を構成要件としては成立するという風に考えています。
ひとつは予見可能性の問題。今回の場合、地震と津波を予見出来たかどうか。福島第一原発に津波の結果、被害を与えるような地震や津波を予見できたかどうか、この点が一つの争点です。
二つ目は結果外可能性(?)です。そのために東電がやるべき対策があったかどうか。
第三にその結果、人の生命や健康に傷害を与えたかどうか。

保田弁護士

検察では聞くところによりますと、裁判所の令状をとって、吉田所長等の国会事故調での調書を入手したというふうに聞いています。とすれば、その結果、本件の事故との因果関係を含めて、ここはクリアをしているわけです。
新聞等報道によると、結果外可能性、先ほど河合先生もおっしゃいましたけれど、何百億とかかる防潮堤を作れ、なんということは言っていない。非常用発電機を分散したり等、それは短期間にそんなに費用がかからなくて出来る対策はいくらでもあった。それはおそらく検察庁もそのように考えているだろうといふうに思います。
新聞報道等によりますと、この予見可能性の点で、東電がこの福島第一原発を覆い尽くすような、そういう津波を予見出来たのかどうか、こういう点で疑問が残るということなんですね。そういうことを考えているようだということのようなんです。また、不起訴に向けて、先ほどの共同通信の記事によりますと、項目毎に説明を詳しくしよう、ということを考えているなどと伝えられています。
ところが、もともと原発とはどういうことか、ということをやっぱり考えてほしいんですね。
1つは津波、これだけの津波が来るということは、千年に一度と言われているかもしれませんが、大きな地震が来るということは警告されていた。M8以上のものが来るんじゃないか、ということが言われていた訳です。
地震があれば、当然、津波がありうる訳です。さらに原発という装置がどんなに危険なものか、これは広瀬さんもずっとおっしゃっている。だからその安全対策というものは、本当にその予想そのものを超えて起こるということを、やっぱり考えて行かなければならないような装置だったんた、ということを検察庁に十分、考えていただきたい、というふうに思っています。

この点に関して、わたしは告発・告訴代理人をやったエイズのときにですね、医者で帝京大学の副学長である安部英というのが起訴されて、一審では無罪になったんです。僕は一審で無罪の可能性はあるな、と思ってました。なぜかというと、安部先生と一緒に血栓止血学会という血友病の学会を作って、そこで安部さんと同じように、言われる通りに血液製剤は危なくないと言って注射をした全国の専門医がみんな出て来たんです。犯罪者のために犯罪者が証言するんですよ。無罪になるに決まってるじゃないですか。
今回、同じなんです。学者がこう言っていた、そんな犯罪を犯したような学者に聞いて、東電の弁解をするようなことになっては絶対ならないと思います(拍手)

検察庁には、世界中の地震と津波に関する叡知を集めて、福島の第一原発が津波によってやられないというような、東電の想定が科学的に見て正しかったのかどうか、それを徹底的に究明していただきたいというふうに思います。これが1点です。
もう一つは、強制捜査の問題です。犯罪の捜査においては強制捜査抜きに不起訴なんてありえません。強制捜査をしないというのは、犯罪そのものが最初の構想自体から成り立たないという時であります。証拠の評価に関して、証拠があるかないかに関して強制捜査をしないまま結論づけるということは、これはあってはなりません。
今、新聞報道されているところによると、学者が言ったり、東電がそういった津波があるかないか、予見出来たかどうか、証拠がないと言っている。しかし、この津波や地震の危険性について一番考えていた人たちは誰でしょう。それは東電であり、経産省であり、原子力安全保安院じゃないですか。こういうところで彼らが実際、どんなことを考えていたか、その文書を、その議事記録を実際に入手することなしに捜査を終結させるなんてことは、断じて認めるわけには行きません(拍手)。この点はぜひ、検察庁に強く訴えかけていこうではありませんか(拍手)。

エイズの時ですね、厚生省の生物製剤課長はエイズの被害製剤を注射することを続行すると、書いていたんですね。当時、我々は自民党の厚生族のドンであった持永という、事件当時、薬品局長だった彼を起訴してほしいということを強く言っていた。それで検察庁はようやく厚生省の捜査に乗り込んだわけですけれども、幸いにですね、幸いというか、厚生省は当時まで、そういった局長会議であるとか、部内の会議について一切、議事録を作っていなかったんですよね。だから、持永はその政策決定に関与したと言ったという証拠がなくて、起訴出来なかったんです。
その後、その捜査を指揮していた特捜部の検事に会って聞いたんですが、法務省はやっぱり議事録を作っているそうですが、行ってみたら、議事録はない、厚生省は昔から作ってないんです、というんですね。役所同士もそのような状況だったんですが、東京電力に関しては、そういった部内の資料があるかどうか、メールのやりとりだけではダメです。実際に、様々な会議が行われたと思われます。そしてそれは原子力安全保安院と連絡を取りながらやっているわけです。そういうことに対する深い捜査を抜きにですね、結論が出るはずがありません。

そういう点で、わたしたちはまだまだ検察庁に対して強く要求をして、そして徹底的に捜査を遂げろ、という声を集中して行きたいというふうに思います。法律的案件に関しては、東電株主訴訟等で河合先生、海渡先生が世界中からいろいろ資料を集めて提出されています。そういう点で、非常に水準の高い意見書を出しておられます。
そういう点であと、残る点はなにか。検察庁は本気で強制捜査をするかどうか、それにはやはり、国民の怒りの声が、そして福島県民の声が、いかに福島地検と東京地検に集中されるか、ということにかかっていると思います。これから夏場に結論を出すとか言っているわけですが、ぜひ、短期間ですけれども、福島地検と東京地検に強制捜査をしない結論は絶対に許さないという声を集中させて行こうではありませんか(拍手)。
そのために、全国から抗議ハガキを送るとか、いろんな創意工夫で声を集中していこうではありませんか。そして強制捜索からさらに起訴へと、検察庁を突き動かして行く、そういう運動を作っていきたいと思います。わたしたちも頑張りますので、皆さんもぜひ、強制捜査から起訴まで頑張りあおうではありませんか。よろしくお願いします。

(まとめ:あっきい  写真:nomorefukushima2011さんの録画より)

強制捜査はまだか!! ~告訴受理から1年を迎えて~いわき報告4

ミニコンサート 李政美(イ・チ”ョンミ)さん

10分間の休憩の後はイ・ヂョンミさんのミニコンサートから始まりました。
録画:https://www.youtube.com/watch?v=BN62JA4haq0(数字は録画の開始時刻)


(1:38:06)イ・ヂョンミ「アニアンセヨー、こんにちは。ずっと東京の葛飾というところに住んでいました。四月に越して埼玉の住民になりました。神田さんも今年の1月に埼玉に引っ越されたというので、一緒だなぁと思いました。
わたしの住んでた町に、武藤類子さんがお話をしに来てくださったんですね。そのとき、わたし、初めて武藤さんのことを知ったんですけども、原発(事故)があるまでの暮らしぶりをずっとスライドで写真を見せてくれながら、話をしてくれました。そのお話にすごく共感をして、それが去年の秋だったんですけれども、類子さんにお手紙を書きまして、わたしはこういう者ですけれども、歌をうたっているんですが、類子さんの町、福島に歌いに行きたいんですけれども、呼んでもらえませんか、というファンレターを書きました。それで、その後、今年の2月に福島の田村市、郡山市、福島市、それから大熊の皆さんが避難している会津若松市、全部で6か所だったと思うんですけれど、歌をうたうツアーをすることになりました(注:このツアーについては本ブログ1月24日付けに案内が掲載されています)。
 福島に行くにあたって、わたしの名前を知っている方は、この中でも5人ぐらいはいるかと思いますけど、ほとんどの方はわたしのことを知らないので、どんな歌をうたうんですが、といろいろ事前に言われて、CDもお送りしたんですけれど、ぜひ、福島の民謡も歌ってくださいっておっしゃってくださって、福島の民謡もちょっと勉強しました。今日はそんな歌もうたいたいと思っています。

 まずはわたしの自己紹介も兼ねて、わたしの生まれた、わたしのふるさとをうたった歌です。京成線という、とてもローカルな電車が東京を走っていますけれど、京成線の窓から見た、わたしのふるさとをうたった歌です。
 わたしのふるさとといっても、わたしにはふるさとがずっとないんじゃないか、と思って生きて来ました。わたしの両親は朝鮮半島の済州島という、朝鮮半島、うさぎみたいな形してますけど、その最南端にある済州島の出身なんですね。両親が子どものときに日本に渡ってきて、出会って、生まれたのがわたしです。ですから、わたしは在日、自分では朝鮮人と言ってますけど、朝鮮人2世になります。そんなわたしが生まれた場所、この国がふるさとだなって、今は思っています。そんな思いをつづった歌をうたいます。
京成線 (1:41:25)
(曲の合間に共演者の紹介) ギターとマンドリン、矢野敏広です。

李さん(ギター)

 いろんな楽器が並んでますけど、この変わった楽器はインドの楽器で、タンブーラっていうんです。とても簡単なんですね。(弾きながら)こうやっているだけなんですけど、これがまた不思議な音がするんですね。弾いているわたしは音の波の中にいるような感じで、すごく気もちがいいんですけど。このタンブーラを弾きながら、「祈り」という歌をうたいます。
 「祈り」というこの詩は、山尾三省(やまお・さんせい)さんという、(1938年~)2002年に亡くなられましたけど、屋久島で20年以上、百姓をしながら詩を書いていた詩人がいました。三省さんは東京の生まれなんですけども、日本のヒッピーのはしりだったんですね。自分で自給自足の生活をするために屋久島に渡って、ほとんど自給自足に近いような生活をしながら、詩を書いていましたが、三省さん、亡くなる前に自分の家族や親しい友人たちに遺言を残されました。三省さんは東京の生まれでしたけど、3つの遺言を残されました。1つめの遺言は、彼が生まれた東京の神田川の水も、屋久島の白子という川のすぐ傍に住んでいましたけど、その白子の水のようにわたしたちが飲み水として飲める水に再生されますように、という遺言。それから世界中からすべての核兵器と原発がなくなりますように。もうひとつは日本国憲法第9条が世界のあらゆる国の憲法に組み込まれますように、世界中から一切の戦争がなくなりますように、という3つの遺言を残されました。そんな三省さんの思いがこの「祈り」という詩にはこめられています。

李さん(タンブーラ)

 わたしはこの詩に出会ったのが、ちょうど今から20年くらい前になりますけども、この詩を三省さんの朗読で聞いたときに、何だかこう、胸のすごく深いところに届いて来たんですね。で、自分で作曲とかは全然したことがなかったんですけれども、この詩に作曲して、このたった1曲の「祈り」という歌を自分のレパートリーとして歌い始めたのが、わたしの歌手生活の始まりでした。
わたしにとってはそんな大切な歌のひとつなんですけれども、この歌の始まりに「ナム・ジョー・ルリコウ」(南無浄瑠璃光)という言葉が出てきます。南無というのは仏教の言葉で、ジョーは浄化する、ルリコウは瑠璃色の光、瑠璃光世界にいらっしゃると言われている薬師如来にわたしは帰依します。そんな言葉で始まります。最後には「オンコロコロ・センダリマトウギ・ソワカ」という、これは薬師如来の信仰なんですね。もともとはパーリ語で、「オームフルフル・センタニ・マトウンキ・スババ」というのが、日本語で発音しやすいように、オンコロコロ・マトウーギ・ソワカ」という発音になったそうです。「オンコロコロ、オンコロコロ」と言って、昔、おばあちゃんたちは痛いところをさすりながら、傷を癒したと言われています。薬師如来の信仰です。「祈り」という歌をうたいます。
祈り(1:51:33)

 この太鼓は韓国の太鼓で、チャングといいます。この太鼓を使って福島の民謡を歌ってみようかなと思っていますけども、皆さん、合いの手をよろしくお願いしますね。「新相馬節」と「会津磐梯山」を歌います。
新相馬節(1:59:14)
会津磐梯山(2:01:35)

李さん(チャンゴ)

 これは韓国の民謡です。
珍島アリラン(2:04:23)
(ブラボー、アンコールの声)
 ありがとうございます。アンコールじゃなくて、もう1曲歌おうと思います(笑い・拍手)。「朝露」を歌おうと思っていたんです。
 「朝露」という機関紙があると聞きました。朝の露、本当にキレイなんですよね。初めて朝露に気がついたとき、びっくりしました。ダイヤモンドより、真珠より、もっときれいなんですよね。
 これは韓国の歌で、1970年代に韓国で若い人たち、市民がよくうたっていた歌なんですよ。韓国はその頃、軍事独裁政権だったんですけれども、この歌をホントに生きる糧にしていたんですね、韓国の人たち。今でも若い人たちにもお年寄りにもよくうたわれている歌です。韓国語、日本語、両方で歌います。
朝露(キム・ミンギ作詞・作曲)(2:09:25)
ミニコンサート終わり(2:13:37)

注:新相馬節、会津磐梯山以外の歌の歌詞は「李政美の世界」(http://leejeongmi.com/)の全歌詞コレクションで見ることができます。

(まとめ:あっきい  写真:nomorefukushima2011さんの録画より)

強制捜査はまだか!! ~告訴受理から1年を迎えて~いわき報告3

神田香織さんの話
録画:https://www.youtube.com/watch?v=BN62JA4haq0
(数字は録画の開始時刻)



(1:15:10)みなさんこんにちは。
いわき市は泉町というちょっと田舎なんですけれども、そこの出身であります講談師の神田香織でございます。
どうぞよろしくお願いいたします。
今から9年ほど前、約8年間いわき市にわたくし住んでおりました。
で、ここは古い市民会館しかわたくし知りませんでした。
今日きてみたらすごく楽屋も新しくなっていて、思い起こせば今から10年ほど前古かったいわき市民会館で、私は代表作のひとつ「チェルノブイリの祈り」をここで語らせていただいたんです。その頃を懐かしく思っております。

神田さん

まさか、我が故郷が原発事故、というか事件ですね、このような目にあってしまうとは、もう日々、2年と5ヶ月たってもはらわたが煮えくり返るような思いは消えません。
先ほどのご挨拶のなかで、怒りで、毎日怒ってばかりで大変だ、というようなお話もありましたけどもね、怒るためには、時には笑って、泣いて、思いっきりいろんな感情をフルに起こしてそしてたまに怒る。
1週間7日のうち、3日にいっぺんくらいやる。ほかはね、免疫をさげないように、そういうことをぜひ取り入れてやっていただきたいと思うんですね~。
え~わたしは2ヶ月くらい前に、佐藤和良さんから、え~講談やってくれって言われて、もう8月ですからね、間に合うと思って引き受けたんです。
そしたらですね、そのあとすぐに選挙に入りましたでしょ。応援でもってそっちこっちにわたくし呼ばれました。
そしたら夏ですから、夏になりますと「はだしのゲン」っていう講談で結構全国各地呼んでいただくんです。今年は特に、中沢けんじさんが去年お亡くなりになりました。
で、追悼という意味も含めまして、各地で取り組みも多くてほとんど高座を制作している暇がなくて今日を迎えてしまったんです。

でも頭の中にはたくさんあるんですよ。
どれをまとめたらいいか、例えば避難されているお母さんのお話。あるいは作業員のお話。あるいはこの故郷、住んでらっしゃる方の気持ち。
どの切り口からお話をまとめていいかわからないくらい、たくさんたくさん私は資料は集めてます。
9月26日に東京でこれからシリーズで語っていく第一回目をやりますので、これからもぜひぜひ応援していただきたいと思いますが、簡単に近況報告をさせていただきます。

7月の半ば頃には北海道にいっておりました。
4日間、これは「はだしのゲン」ですけれども、呼んだところはどこだと思いますか。宗教団体なんです。真宗大谷派ってご存知でしょうか。真宗大谷派だけじゃなくて真宗にはほかにもたくさん派閥があるんですね。それが北海道は非常によくまとまっていて、10個くらいの教団のみなさんが集まって、そして呼んでくださったんです。
聞いたんです。なんでそんなにまとまりがいいんですかって。そしたら言いましたね。
自分たちは歴史が浅い。開拓団と共に100年前に北海道にはいった。だから歴史が古いといろいろ葛藤があったみたいですが、浅い、そしてまた助け合わなければやっていけなかった。だから、自分たちはまとまりがいいんだ。このようにおっしゃっておりました。
はい、ヒントがありますね。今度の参議院選挙、こういう結果になりましたが、しかしこれから先も地方選挙も含めてたくさんありますから、そのときにこの北海道の真宗の皆さんの取り組みをピッと思い起こして、これから先役立てていかなければいけないなぁというふうに思っております。

そして北海道から移動いたしまして、函館から大間にいきました。日本本州の最北端です。
大間といえばマグロで有名ですが、ご存知でしょうか、「あさこはうす」っていうのがあるんです。
大間原発をたてる時に土地の人々がどんどんどんどん土地を売っていったそのときに、これは絶対に売るわけにはいかないと、村八分にあいながらも自分の土地を手渡さなかった人なんですね。
このあさこさんが亡くなりまして、小笠原厚子さんという娘さんがそのあさこはうすに残ってるんです。そこに住んでらっしゃるわけではないのですが、原発に反対したそのシンボルとして大勢の人がそこに集っています。一町歩もある広さなんです。さあ、すばらしいところですよ。
厚子さんに会いました。そしたら厚子さん、こういうこと言うんです。
去年までは井戸水が出ていたのに電源開発がもっとそばに深い井戸を掘ったがために、自分ちの井戸水が出なくなってしまった。つまり、水がないんです。水攻めなんです。
13メートルの井戸から水が出なくなってしまった。さあどうしたらいいか。ぜひぜひ知恵を貸してもらいたい、とこういうことをおっしゃってるんですね。で、言ってましたね。
思い切り深く掘ってみようと思うんだ。だけど深く掘って、温泉がでたらどうすべ、と心配しておりましたけれども、ひろーいところです。
ここにいろいろ動物を飼って、そして子どもたちが、福島や関東の子どもたちがここで保養できたらいいな。そういう夢をもっていらっしゃいます。
固く握手をして、別れて今度は私は福島に参りました。

7月23日、桑折町で映画のロケがありました。
桑折町を舞台にする「物置のピアノ」という映画の撮影なんですね。
これは来年あたりに封切りになる予定なんですけれども、それを制作している映画会社と、私は昔から知り合いがたくさんおりまして、「香織さん、聞くとあんた昔俳優を志していたんでしょ。それがなまりがなかなかとれなくてなまりを直すのが目的で講談習い始めて、講談師になったんでしょ。だったらこの映画にでてみたら。」っていってくださったんです。
私、ピアノの先生の役で出させていただきました。台詞は二言ぐらいいただいています。
ピアノの先生といっても私ピアノひけませんから、「猫ふんじゃった」くらいしか弾けないですけれどもね、でもそういうシーンもないから、ということで一日おつきあいしました。

そして東京に戻りまして、それからすぐに大阪に行きまして、親子劇場というところで昼•夜2ステージ『はだしのゲン』をやりました。
これ昼•夜2回やって大変疲れたんですが、お客さんの数は1回にしてもちょうどいいくらいの数でございましてね、疲労だけが残りました。そして関空の傍のホテルに移動しまして、夜中11時頃、それは次の日朝7時の飛行機で博多に、福岡にいくためです。
そして朝早く起きてね、ピーチっていう飛行機ご存知ですか。私、初めて乗りました。ピンクでね、とってもかわいいんです。安さで有名なんですけれども。
ピーチで福岡空港に行きまして、そこから天草エアラインって飛行機ご存知ですか。ちいちゃい飛行機なんですけれども、プロペラ機、これにのりまして天草へ参りました。
天草には私の講談のアマチュア弟子が、もう6年前から天草の自然に惚れ込んで住んでおりまして、毎年よんでいただいている。
去年いったときには私は福島のこどもたちをなんとかこの天草のような自然の中で思いっきり遊ばせたいんだということを散々言いふらしておりました。
そしたら天草市長にまで会いまして、市長さんが私たちがやっているNPOの会員になってくれたんです。「福島支援 人と文化ネットワーク」で、それ、僕たちも一生懸命、市をあげて協力しますから、といって、今年の7月25日から1週間、いわき育英舎ってご存知でしょうか。養護学校なんですが、小学生が1年生から6年生までちょうど9人おりました。この9人を招待して、そして、天草に遊びにいっていた。そこに私も合流したわけでございます。
さぁ、こどもたち、もうまっくろになって海で泳いで、なにしろね、いわきの海は海開きはひらかれましたよね、あのー、四倉と勿来ですか、でもそれと同じように同時期に原発からものすごい濃い汚染水が流れていると発表されて、だれがそんなところで子ども安全で、海開き喜んでられますか。親だってビクビクしながらですよね。
そういう心配なしに思いっきり天草の自然の中でとびまわって、ホームステイもして、なにしろ養護学校の子どもさんたち、家庭の味もなかなかとおざかっています。
そこで3人ぐらいずつ家庭にひきとってもらいましてね、中には大きな犬がいる家、猫がいる家、おじいちゃんおばあちゃんがいる家、そういうところで本当に宝物のように大切に一週間みてもらったんですね。
それはそれは初めての取り組みでしたから、いろいろご苦労もあったと思いますが、こどもたちが帰るときにはもう天草の世話をしてくださった方、涙ぐんでいましてね、「また来年も来るんだよ」「また来年も来たい」っていう、私も思わず見送ってて涙がでましたが、そういうことで、みなさん確実につながりは広がっています。

私は「はだしのゲン」をやっておりますから、戦中派のような気持ちでおります。で、大本営発表など過去のものだと思っておりました。しかしそうではなかったのです。今度の事故ではっきりいたしました。戦争のときの生き残りが今でも日本をそのまま支配しているんです。今の大本営発表はすべて福島を忘れさせようという発表です。
今度の選挙の争点だって、ねじれなんかじゃないんです。参議院選挙は良識の府なんですから、結果ねじれだってそれはいいんです。
それを「ねじれ解消」なんてどっかからもってきた名前をくっつけて、これが大本営発表なんです。これにだまされるわけにいきませんね。そして、広島の原爆、長崎に落とされて、2度の原爆でもって日本は戦争をやめた。
福島の原発事故があった。もう一回事故を起こさせるつもりなんですよ、あいつらは。
こんなこと絶対に許せません。

私は「チェルノブイリの祈り」という講談を10年前から、「はだしのゲン」を27年前から、そして今度もし日本のどっかで事故を起こさせようとしたら、そんなのはね、皆さん、江戸時代でしたらね、市中引き回しのうえ、拷問、はりつけ、縛り首ですよ。
そんな責任、誰もとらないなんて冗談じゃありませんよね。これはね、皆さん、どんどん声だしていかなければいけませんよ。
昔は生きるか死ぬかって言われましたが、これからは生き抜くか、殺されるかの時代ですからね。

さ、わたしたちのNPO、311のあと、なんとか福島を支援しようっていうみんなで集まって作りました。ちっちゃいちっちゃいNPOですが、確実にこのように広がっております。
そして今度は長野の小諸というところにも保養に連れて行こうといろいろ計画をしております。
でも、お金がないんです。お金はないけど皆さん、たくさんの善意をいただいているんです。今日、売店にもってきておりますが、支援Tシャツってのがあるんですね。支援メッセージTシャツ。これはいわき市にお住まいのデザイナーの方最初に作ってくださったんですね。その方のお名前をちょっとど忘れしてしまいましたけれども、そちらのうしろで皆さんTシャツをもちあげておりますけれども、デザインは3種類もう変わって、もう今最新のものです。前は花びらですが、後ろはまるで花火のようなデザインの中にメッセージが書いてあるんです。
このメッセージを読みますとですね、本当につながっているなって実感いたします。
2500円で販売させていただいております。
このようにして北海道でもたくさん買ってもらいましたし、こうやってつながっていくんです。

闘いって言うのは、明るく楽しく、しつこく、というのが大切なんです(拍手)。
それからもうひとつですよ。いいですか。呆れ果てることばっかりですよ、次から次へと。
あきれ果ててそこでストップしちゃ、呆れ果てるだけ。
呆れ果ててもあきらめないことです(拍手)。絶対あきらめないですよ。諦めないでそして楽しくつながっていくんです。
向こうがそういう手にでるんだったら、じゃあ私たちはこういうふうにやってやろうじゃないのって、そこに喜びを見いだして、免疫を下げないようにする。
やっていきましょうよ。
これ放射能のことばっかり語ってきた私がいうんですから間違いないですよ。

そこで私は今、ちから入れているのは、全国各地呼ばれていくときに、この人の詩を紹介してあげているんです。
相馬から滋賀県の大津市に避難している青田恵子さんです。
ご主人は校長先生でした、元。そして40年も反原発の運動をしてきたんですが、やはり故郷がそういうことになってしまって、いろいろいろいろ、こう5回くらい避難先をかえながら、滋賀県の大津市に今お住まいなんですね。
この人が去年の集会でかきました2つの詩、これを紹介させていただきます。
私はいわきなまりをとるために、講談をならいました。しかし逆に今は、このなまりでもっていろんなところで語らせていただいているんです。
それではいってみます、まず最初に「拝啓関西電力様」という詩です。

「拝啓関西電力様」   青田恵子

エアコン止めで、耳の穴かっぽじって
よーぐ聞け。
福島にはなぁ、「までい」っつうことばがあんだ。
「までい」っつうのはな、丁寧で大事にする
大切にするっちゅう意味があんだ。
そりゃあ、おらどこの東北の暮らしは厳しかった。
米もあんましとんにぇがったし
べこを飼い
おかいこ様を飼い
炭をやき
自然の恵みで「までいにまでいに」今まで
暮らしてきた。
原発は一度になにもかも
奪っちまった。

原発さえなかったらと
壁さチョークで遺書のこして、
べこ飼いは首をつって死んだ。
一時帰宅者は、水仙の花咲く自宅の庭で
自分さ火つけて死んだ。
放射能でひとりも死んでねぇだと….
この嘘こきやろう 人殺し
原発は田んぼも畑も海も
人の住むところも
ぜーんぶ、かっぱらっちまったんだ。
この盗っ人ドロボー
原発を止めれば
電気料金を2倍にすんだと…
この欲たかりの欲深ども。
ヒットラーは毒ガスで人を殺した。
原発は放射能で人を殺す。
お前らのやっていることは
ヒットラーとなんもかわんねぇ。
ヒットラーは自殺した。

おめえらは誰一人、
責任とって詫びて死んだものはないねぇ。
んだけんちょもな、おめえらのような
人間につける薬が、ひとつだけあんだ。
福島にはなぁ、人が住まなくなった家が
なんぼでもたんとある。
そこをタダで貸してやっからよ、
おっかあと子と孫つれて、
住んでみたらよがっぺ。
放射能をたっぷり浴びたベコは
そこらじゅうウロウロいるし、
セシウムで太った魚は
腹くっちくなるほど太平洋さいる。
いんのめぇには梨もりんごも柿もとり放題だ。
ごんのさらえば
飯も炊けるし、風呂も沸く。
マスクなんとうっつぁしくてするもんでねぇ。
そうして1年もしたら
少しは薬がきいてくるかもしんねえな。

ほしたら福島のこどもらとおんなじく、
鼻血がどどっとでて、
喉さグリグリできっかもしんにぇだ。
ほうれ、言ったとおりだべよ。
おめえらが言った、安全で安心なところだ。
さあ、急げ。
荷物まとめて、福島さ引っ越しだ。
これがおめえらさ、つける
たったひとつの薬かもしんにぇな。

はい。ありがとうございました。
本当に汚染地帯を区分けして、人を呼び戻そうとしている。なんなら言った人が、まずは率先垂範、手本をみせたらよかっぺと思いますよね。これ人として当たり前ですよ。ましてや税金で食ってるあんたたちなんだ。
ぜひ、行ってすんでみてくっちぇ。
わたしも今度、安倍さんにあったらよーく言っときますけどね。

さあ、次は「1万円」という詩でございます。

東京電力はあれほど2年間毒水流しておきながら、最近になってそれを白状しているんですね。そして毒水はどんどん流すがお金はケチ。本当にど・け・ちです。自分らにはボーナスだしているんですよ。

「1万円」  青田恵子

宮城県に5人で避難していた5ヶ月、
当座の物品購入費用代、1万円の賠償請求したんだが、
東京電力さ郵送したらば、
2、3日して速達がきたんだわ。
さすが東京電力。やることはぇと思ってあけてみたんだが、
1万円分の領収書つけてよこせって
戻されてきちゃったの。
レシートなぞどっかさなくしたべし、
で、なくしたならば買った店の名前さ言ってよこせって。
買った日付を言ってよこせって。
そだこと今更わかんねぇ、おもいだせねぇ。
やっぱしくれたくねぇんだね、1万円。
1万円くれてやっからあれ出せこれ出せって
はじめっからねぇのわかってて言ってくる。
おめえらだって2年前の買い物覚えてっか?
マンションやダイヤモンドでねぇんだよ。
茶碗5個、湯飲み5個、皿5枚。
たわしにスポンジ、包丁にまな板。
自衛隊から水もらうのに並ばねばなんねし、
その日その日生きるのに精一杯で、
そんな領収書どこでねかった。
ゆくゆく賠償さ必要になっぺなんて、
そんなことまで考えられなかった。
座卓のねえ畳さ、新聞紙広げて
テーブル代わりにしていたんだけんちょも、
紙コップからはじめて瀬戸物の茶碗でおちゃっこしたときは、
あーぁ、うまかったなぁ。
5人で二ヶ月分の日用品代だよ。
下着も着替えもなにもねかったんだよ。
1万円とはずいぶん少なく見積もってやっちまったもんだ。
領収書だせなんて脅すもんだから、
こっちから東電さおまけして安くしてやったんだ。
どこまで欲深で浅ましいやつらなんだ。
あーあ。いらねぇいらねぇ、1万円なんぞいらねぇ。
そのかわり、3.11前の福島さ戻してけいろ。
早春のあの阿武隈の峰より注ぐ、
あのオレンジ色の残照に包まれた
おらの故郷を返してくいろ。

青田恵子、「1万円」でございました(拍手)。

みなさん、この詩を日本全国どこで語っても、泣かない人はいませんよ。
感情は変わらないんです。
決して福島は孤立していません。みんな事情がわかれば誰だって手を差し伸べたいんです。
それをマスコミが、大手マスコミが報道しないから終わったのかなぁと思ってしまっているんです。決してそんなことはありません。人情はあるんです。
絶対に失望しないでください。諦めないでください。
そしていいですか、いきますよ。呆れ果てても諦めない!それで行きましょう。

ありがとうございました。

(書き起こし:pipi、 写真:nomorefukushima2011さんの録画より)

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プロフィール

原発いらない女たちのテントひろば

Author:原発いらない女たちのテントひろば
「未来を孕むとつきとおかのテント行動」を引き継ぐ新ブログにようこそ!

「原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに」は
東京・霞が関の「経産省前テントひろば」を拠点とした、女性による脱原発・反原発のアクションです。
 年齢もバックグラウンドも様々な女たちが、福島原発事故に対して立ち上がった「原発いらない福島の女たち」につながろうと集まって来ました。
 それ以来、つねに新しい仲間を迎えながら、「原発を止めたい」「子どもたちを守りたい」という思いのもとにテントを拠点に多様な活動を続けています。
 生きること、暮らすこと、命をつなぐこと。小さく、ささやかなものへの眼差しを大事にして、「原発」という強大な構造を変えて行けることを固く信じて。
 このブログはもう一つの「テントひろば」。誰にでも開かれた、語らいと学びと交流の場です。世界中の女たちに呼びかけます。
「強く、そしてしなやかにつながっていきましょう!」

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