原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに

テント裁判 第3回口頭弁論の報告

●9月12日(木)午後、脱原発テントと命守る裁判の第3回口頭弁論が開かれました。
当日は前回と同じように、13時に東京地裁前に集合。約20分間集会を行いました。

乱気流
▲乱鬼龍さんの川柳のぼり旗

須賀川市からの女性
▲福島県須賀川市から参加した女性

須賀川市からはじめて参加した女性は次のように言いました。
「原発事故のために仕事も失い、怒りがこみ上げてくる。原発ゼロを目指す須賀川行動を毎週日曜日に1時間やっている。15人前後で原発反対を訴え続けている。みなさんと再稼働反対で一緒にやっていきたい。」

裁場所前岡田さん
▲上関原発建設反対の岡田さん

上関原発建設に反対して、スラップ訴訟の損害賠償で訴えられた岡田さんの発言です。
「2009年、上関原発建設中止を求めてカヤックに乗って反対した。中国電力は漁師さん、祝島町民と僕らの4人に4800万円の損害賠償の訴訟をしてきた。祝島の人たちは40年反対してきている。こうしたスラップ訴訟が最近になって行われてきている。中国電力が住民を訴えるなんて本当におかしい。裁判は4年にもなる。経産省前テントに対して国が訴えるのも本当におかしい。司法がそういう裁判を受理していること自体が間違っていると思う。僕たちも山口でしっかりと闘って行きたい。現地の生活を守る闘い、表現の自由を守る闘いとして勝ち抜いていきたい。」

その後、13時30分締め切りの傍聴抽選に並びました。

傍聴抽選に向かう
▲傍聴
 
●裁判の内容については別途報告 

●裁判がおわってから、参議院議員会館・行動で報告集会が行われました。
神田香織さん(講談師)が司会

司会の神田さん
▲神田香織さん

神田さんは冒頭に神田さんが講談でやっている「はだしのゲン」が松江市の図書館や学校で非公開(閉架)にされたことを糾弾しました。
そして、オリンピック招致での安倍発言を、「講釈師見て来たようにウソを言いという言葉があるが、講釈師顔負けだ」と批判しました。“お・も・て・な・し”に対して、ふるさといわきの“へ・で・な・し”(とんでもない)という言葉を返したいと言われました。
そんな中でテントひろばはいかに大切か。裁判を傍聴したら、弁護士たちがいいことを言う。それに思わず拍手などしたら、裁判長は「そういうことをしないでください。合いの手をうつところじゃないんでいす」と言った。そうやった方が流れがいいように思うんですがねとユーモアたっぷりに批判した。被告の名前をとりちがえるなんてありえないことも、芸人が名前を取り違えられたどうすると楽しく揶揄しました。

参院議員会館全体
▲会場全体

浅野弁護士
▲浅野弁護士

Image2渡辺
▲渡辺ミヨ子さん(動画より)

岡田さん
▲神田さんと岡田さん(レーバーネットより)

(報告・写真:あれこれ屋)

「原発の町を追われて」…テントひろばで待望の上映会決定!

経産省前テントひろば DVD上映とトークの会


「原発の町を追われて
避難民・双葉町の記録」
本編・続編一挙上映



2012/13年 堀切さとみ監督作品/ドキュメンタリー映画


【作品解説】

福島第一原発のお膝元にあり、2012・3・11直後、全世帯が避難勧告を受けた双葉町。事故から2週間後、町は役場機能を埼玉県加須市に移し、廃校になった高校(旧騎西高校)を拠点に避難生活を始めた。日本初の原発避難民。放射能から逃げるしかなかった人々。「俺たちはどうせ忘れられていくのさ」という避難民のつぶやき・・・。(公式サイトより)
【上映時間:本編56分、続編26分】


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日時:2013年9月28日(土)16:00~
場所:経産省前テントひろば・第2テント
(メトロ千代田線・丸の内線・日比谷線「霞ヶ関」駅A12出口すぐ)
参加費:無料

定員: 20名(先着順)      
✾上映後には堀切さとみ監督のトークを予定しています。


主催:原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに
http://fukusimatotomoni.blog.fc2.com/
問合せ:minoguchi84@yahoo.co,jp 簑口
当日の問い合わせ:070-6473-1947(テントひろば受付け)

※本年8月23日に堀切監督がテントひろばの「あおぞら放送」に出演されました。その報告記事が9月5日付の本ブログに掲載されています。ぜひご高覧ください。

テントひろば3年目に突入 9・11経産省前座り込み抗議行動とヒューマンチェーン

テントひろば3年目に突入 9・11経産省前座り込み抗議行動とヒューマンチェーン

経産省前に「脱原発テント」を設置して丸2年がたち、3年目に突入しました。福島原発事故は廃炉の見通しもできないまま、さらに汚染水漏洩が明るみに出て、被害はますます深刻になっています。テントの存在意義はますますはっきりし、「霞ヶ関」に突き刺さる骨であり、闘いの拠点です。テントが意気軒昂と闘っていることが重要です。

■15時~17時30分頃まで経産省正門前で、座り込み抗議行動

全体の様子
▲全体の様子

 開始宣言とともにオープニングの水野みさをさんの古代フラダンスから始まった。
その後、電力会社が再稼働を申請した泊、若狭、伊方、川内で闘う人たちから各地域での闘いの報告と再稼働を絶対阻止するためのアピールがなされた。

亀屋さんの叫び
▲双葉からの避難者亀屋さん

若狭の小野寺さん
▲若狭の小野寺さん

金曜日行動のとき、官邸前に向かう歩道で歌で行動を盛り立ててくれている日本音楽家協会の人たちがオリジナル曲「テントを守ろう」の歌などを披露。参加者たちの共通の思いが表現されていた。

日音協
▲日音協

福島の女たちが発言

黒田さん
▲黒田さん

佐々木さん
▲佐々木さん

椎名さん
▲椎名さん

兵庫に避難している渡辺さん
▲兵庫に避難している渡辺さん

Imagetかんしょ
▲かんしょ踊り

はしもとさんと渡辺さん
▲渡辺さん(左)と橋本さん(右)

経産省前からテント前に移動して、テントのメンバーたちがつくったじゃがいも、そうめん、カレー、飲み物でしばしくつろぐ。

テント前でくつろぐ
▲テント前でくつろぐ

じやがいも
▲じゃがいもとサツマイモ

■18時30分から20時まで
 後半の怒りのヒューマンチェーンへ

 再び経産省前に集まる。係から行動について説明があった後、淵上代表挨拶。そして再度、原発現地の人たちからの「再稼働絶対してはならない」「安倍のウソを許してはならない」の怒りの発言が続く。

制服向上委員会が歌う。

制服向上委員会
▲制服向上委員会

反原連のレッドウルフ・みさおさん、たんぽぽ舎の柳田さんも発言

さあ、ヒューマンチェーンへ。参加者は約700名

鳩風船が配られる
▲鳩風船

つながったぞ
▲つながったぞ!

レイバーネットにもきれいな写真があります。http://www.labornetjp.org/news/2013/0911shinya

(報告・写真:あれこれ屋)

写真報告 9.1日比谷公会堂集会&官邸前行動

9/1 「さようなら原発一千万人署名」の日比谷公会堂集会

■9/1集会は2000名の人たちが参加して、集中した集会として持たれました。


東京新聞
▲9/2 東京新聞 記事

司会  木内みどり氏(俳優)
開会あいさつ 鎌田慧氏(ジャーナリスト、主催呼びかけ人)
鎌田挨拶
▲鎌田慧さん 開会あいさつ

音楽  ジンタらムータ
ジンタらムータ
▲ジンタらムータ

発言  福島から 佐藤和良氏(いわき市議会議員)
講演  大江健三郎氏(作家、主催呼びかけ人)
コント ザ・ニュースペーパー

小出裕章さん
▲小出裕章さん

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9/1 首相官邸前抗議行動

日比谷公会堂集会が終わってから、午後5時~7時まで、金曜行動と同じスタイルで官邸前抗議行動が行われました。

集会から官邸前へ
▲集会から官邸前へ

木内さんも
▲首相官邸前

小出さん発言
▲小出さんも発言

落合さん元気に帰る
▲落合恵子さん

たんぽぽ舎
▲たんぽぽ舎

Image2鎌田
▲東京新聞記事

(まとめ・写真:あれこれ屋)

9.14さようなら原発大集会にブース出店

再稼働反対!9.14さようなら原発大集会in亀戸

 日時:9月14日(土)11:00~
 場所:亀戸中央公園
   (東武亀戸線「亀戸水神駅」2分、JR「亀戸駅」「平井駅」15分)

さよなら原発9.14


「原発いらない女たちのテントひろば」有志でブース出店します。
書籍、バッジなどの販売を行います。
是非お立ち寄りください。

会場マップはここをクリック(PDF)
※「関西大弾圧救援会・東京の会」と合同出店となります。

<福島原発告訴団・「不起訴」処分に対する緊急集会>

福島原発告訴団より緊急集会のお知らせです。


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去る9月9日、福島原発告訴団が昨年行った告訴・告発について、東京地検が「不起訴」の処分を発表しました。私たちは、家宅捜索などの強制捜査も行わずに出された「不起訴」処分には、とうてい納得できず、憤りを感じています。

また、今回の事件は福島地検が処分を決定する、という事前の約束を破り、公表1時間前に東京地検に移送し、東京地検が決定を出しました。福島原発告訴団は福島地検に対し告訴・告発したにもかかわらず、制度上、東京の検察審査会が審査することになります。

福島地検に対し行った告訴・告発ですから、当然福島の検察審査会で福島県民が審査すべきなのに、その機会を奪われました。私たちは不当 であると抗議します。

9月13日、これらの件について、東京地検に告訴団の代表と弁護士が説明を求め、面会します。また、17時より、地検近くの東京弁護士会館で報告集会を行います。

緊急の呼びかけですが、ご参加をお願いします。

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■「不起訴」処分に対する緊急集会 

 9月13日(金) 17:00~18:40

 東京弁護士会館 10階 1006


* 会場が狭いため、入場いただけない場合があります。

* 福島県内において、東京地検検事からの「理由」説明を聞く場は、別途開催する予定です(日時未定)。

* 連絡先 福島原発告訴団
 Tel:080-5739-7279
 Mail:info@1fkokuso.org

『これでも罪を問えないのですか!~福島原発告訴団50人の陳述書』 出版記念特別企画・テント前トークイベント

「伝えよう!福島の叫びを届けよう!私たちの思いを」
日時:2013年9月13日(金)17:00~18:00
場所:経産省前テントひろば
(メトロ千代田線・丸の内線・日比谷線「霞ヶ関」駅A12出口すぐ)
◆ゲスト
明石昇二郎(ルポライター、ルポルタージュ研究所所長)
手塚真子(「那須塩原放射能から子どもを守る会」代表)
白井基夫(「金曜日」編集部)
✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾
このたび福島原発告訴団による『それでも罪を問えないのですか!~福島原発告訴団50人の陳述書』が㈱金曜日より出版されました。これを記念して、本書の編集に携わった明石昇二郎さんをお迎えし、告訴人の一人であり栃木県那須塩原市で放射能から子どもを守る活動をされている手塚真子さんを交えてお話を伺う会を開催いたします。ナビゲーターは「金曜日」編集部の白井基夫さんです。恒例の金曜行動前のひととき、どうぞテントひろばにご参集ください。
※このイベントの映像は「ユープラン」のご協力により、翌日以降にYou Tube配信されます。

〔福島原発告訴団〕
2012年3月16日結成。代表は武藤類子、本部は福島県田村市。福島原発事故の責任を問い、東京電力の幹部や国の関係者33人を刑事告訴している。福島県県内からは1324人の告訴人、全国からの告訴・告発人を合わせると14716人にのぼる。

主催:9.13実行委員会協力:経産省前テントひろば
問合せ:minoguchi84@yahoo.co.jp 簑口(みのぐち)


*雨天の場合は第二テント内で行う予定
*この書籍は第二テントでも扱っております(800円)

皆んなの怒りをパワーに変えるため、この書籍を燎原の火のごとくひろめましょう!

(文責:あっきい)

表紙

告訴団表4

不起訴処分を受けて  ―緊急記者会見@福島

2020年東京オリンピック開催決定の翌日、9月9日(月)に福島告訴団に伝えられたのは「不起訴」決定だった。不起訴についてはこれまでもリーク記事がたびたび流されてきたが、今日のやり方はさらに意表を突くものだった。これを受けて17時から福島県庁にて緊急記者会見が行われた。

録画:http://www.ustream.tv/recorded/38494101


Video streaming by Ustream

会見はまず佐藤副団長の経過報告から始まった。要点は以下のとおり。
12時過ぎ:福島地検が事件を東京地検に移送。
13時過ぎ:東京地検が「不起訴処分」決定。
17時:福島県庁にて記者会見。
武藤類子団長の話(0:05:43)
福島原発告訴団声明(0:08:44)
保田弁護士(0:13:40)
記者からの質問(0:17:15)
終了(0:46:58)
ここでは団長の武藤類子さんの話を書き起こしたものをのせる。そのほかは「福島原発告訴団」のHPで詳細をご覧ください。http://kokuso-fukusimagenpatu.blogspot.jp/

告訴団会見 武藤さん


武藤類子団長の話
福島原発告訴団団長の武藤類子です。よろしくお願いします。
私たち福島原発告訴団が告訴・告発した33名+1法人、東京電力ですね、全員が不起訴になったということを今日、聞きましたけれども、これは本当に信じ難いことです。そしてわたしたちは大きな驚きと憤りを感じています。
私たちが何度も要請していました「強制捜査」というものはとうとう行われませんでした。何度も何度も要請しましたけれども、果たして検察は本当に捜査を尽くしたのか、ということを私たちは感じています。
検察には、被害を受けた人たちの悲痛な叫びが届かなかったのかと思っています。
私たちは『これでも罪を問えないのですか!』という検察に提出した告訴人たちの陳述書を本にしましたけれども、これを読んでみますと、本当に悲痛な叫びが溢れているんですね。こういったものは検察に届かなかったのか、というふうに思います。
この原発事故の被害というものは、たくさんの命、そして家、生業(なりわい)、地域や家族を引き裂かれて行きました。言葉には尽くし難い本当に大きな被害だと思います。その責任が、誰も問われないのでしょうか? 日本は本当に法治国家と言えるのかと思います。
汚染水や甲状腺検査結果など被害は更に拡大している状況で、どうしてこんな判断が出るのか、ということがとても信じがたいんです。
この事故の原因を明確にして、責任を問うということは、被害者が正当に救済され、そして新しい日本社会と新しいエネルギー政策の構築のために、何としても欠かせないことだと私は思っています。
検察は被害者の声を無視して、その責務を放棄したのだというふうに思います。
検察の判断に強く抗議するとともに、「検察審査会」への申し立てをしたいというふうに思います。しかし、この検察審査会も、先ほど佐藤さんがおっしゃったように、移送という形で、検察審査会が福島でし立てられないということは非常にひどいことだなというふうに思っているんですね。やっぱり被害にあった福島県民がそのことについて審査をするのがスジではないか、というふうに私は思っています。何とか福島で検察審査会に訴えられるように、わたしたちは要求したいという風に思っています。

注:音声が聞き取りにくく、間違っている箇所があるかも知れませんが、ご理解お願いします。
(まとめ:あっきい 写真:IWJの動画をお借りしました。)

「第二テント日直だより」第15便

「第二テント日直だより」第15便です。
もう9月ですね。8月の第二テントの様子をお届けします。
どんなに暑くても、経産省前で粘り続ける…
このテントが3年も続いているということは、
他者の命を大切に思う人々が政府や大企業の権力に負けないでいる
ということの象徴ですね。
諦めない人々に励まされ、自分も諦めない人になれます。(0.k)


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8月6日(火)
横断幕T1
SMさん、あれこれ屋さん、メーテルさんご希望のNO NUKESの文字だけの白地に黄色の文字で黒のフチドリ出来上がり。
幅や長さがわからないので長さはカットできるように配字した。
【TK】

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8月7日(水)
昼過ぎのテントの中の気温は34℃。それからも夕方までほとんど下がりませんでした。
今日は経産省の玄関に「こどもデー」の看板が出ていて、おそらくそれに参加するためと思われる小学生くらいの
子どもたちとその親が何人もテント前を行き交いました。
霞が関でこれほど子どもの姿を多く見かけたことはないくらいです。
どんな催しかと私も立ち寄ってのぞいてみましたが、未来の車とか未来の自転車(太陽光発電を利用した電動自転車)
の展示がある程度。
人だかりがしている一隅で女の子が懸命に自転車をこいでいるので、「人力発電か?」と思ったのですが、
単にスピードを競っているだけでした。

昨日、TMさん他たんぽぽ舎のみなさんが作製してくださった「NO NUKES」の素敵な横断幕を、さっそく第2テント前に吊しました。

大阪の豊中市議をしておられる木村真(きむら・まこと)さんが所用で上京したついでにと立ち寄ってくださいました。
テントは3回目くらいだそうです。大阪の反原発運動のことや、5月に訪れたという福島のお話を伺いました。

3時過ぎにはSMさんもみえて、マイクスピーチをされました。5時過ぎにはあっきいさんも見えました。
【メーテル】

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8月8日(木)
相変わらず暑いです。
今日も経産省、外務省、農林水産省、文科省等で「子どもデー」ということで親子連れが歩いていました。
テントを眺めている場合はテントちらしを親に渡しました。受け取ってくれる人も取ってくれない人もいました。
郡山から避難している親子の男の子がいわき在住のおばあちゃんに連れられてテントに寄ってくださった。

4時すぎに信号の傍に白い車が止まり、男性が2人降りてきて演説を始めました。テントを不法占拠だとののしる、
そのうち日の丸を掲げながら信号を渡ってくる一団が現れ合流、女性も4人ほど。約1時間、不法占拠を責め立てて帰って行きました。
その間に先ほどのいわきからの女性がお仕事の終わった娘さんとお孫さんを連れて見えました。
警官が6名ほど信号の横の植え込み前に陣取り、私服も4名ほど、一団を暴走させないように間に入ってくれました。
異様な光景に坊やは泣き出し、娘さんは「テントが私たちの心の支えなんだから」と言って泣き出して、
「子供をダシに使うな」というののしりを受けたり、大変でした。
折角おばあちゃんが連れてきてくださったのに、残念なことになってしまいました。
わかち愛さんも見えたので、カレンダーチラシについて話しました。
5時40分頃、一度テントに来たかったと云ってご夫婦が見えました。
【あっきい】

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8月10日(土)
今日はとても暑かった昨日以上に暑く、気温を知らない方が気が楽、そんな1日でした。
目の前の国道1号線の交差点中央部は路面がゆらゆらと見え、どうやら陽炎が立っている様子。セミも元気に生命を主張しています。
先週の土曜日より交通量も少なく、静か。
昼頃に年配の男の人が第1テントに立ち寄り、携帯端末でテントを背景に自分の写真を撮ってもらい、
帰りがけに「がんばって下さい」と声をかけて去りました。
テントは多くの人にとって「気になる存在」なのだと改めて思いました。
非常な暑さが多少落ち着いてきたのは5時頃。
【K.U.】

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8月12日(月)

せみの声と自動車の音がします。
今日はやゝすゞしい風も流れています。
テントの前でFDさんはギター、ヨーカンちんはウクレレで合奏しました。
「ヨーカンの六カ所村日記」と「六カ所村三角小屋からあなたへ」3冊ずつもって来ました。
20年前の私の自費出版です。
【ヨーカン】


午後
大阪から、お盆で仕事を休みにしたので一度来たいと思っていたテントに来たという女性と、
ヨーカンさんがあれこれと話し、ヨーカンさんはその人に上記の、三角小屋日記をあげていた。
テントの本棚にある「六カ所村」(島田恵)の本の、運び込み反対闘争(1995)のところ(まん中くらい)にヨーカンさんが写っている。
2時に若い女性が、東電に一人で抗議に行きたいのでトラメガを貸してくれないか、と言ってきた。
トラメガを持って一人で行った。子どもたちの声の本を読み上げようと思うと言っていた。
3時、コリアからきた国立芸術大学の学生が日本に5日間来たが、デモ/テントを見に来たという。片言の言語で通ぜず。
風鈴の差し入れ。深大寺のふうりん。
SMさん5時過ぎ来る。
【あれこれ屋】

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8月13日(火)
昨夜のすごい雨で第1テントの方はしのぎやすかった由。
到着した時はいくぶん涼しい気がしたが、1時すぎから陽が照り出して14時には34℃となった。
・線量計で測るとテント内は0.19植え込み10cm 0.15(雨で洗い流された?)
【T.M.】

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8月14日(水)
今日も朝から暑く、昼頃のテント内の気温は34℃。
いつものようにテントの裾をめくり上げて風が通り抜けられるようにすると少しはしのぎやすくなりました。
お盆の中日のためか、勤め人の姿はだいぶ少なめ。
大田区から自転車で来られたNさんと、夕方までいろいろお話をしました。

☆「福島原発告訴団より緊急のお願い~地検への『お葉書』作戦~」のちらしを作りました。ご自由に配布してください。
【メーテル】

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ドキュメンタリー映画「原発の町を追われて」(続き)

「住まい」の確保を求める請願署名を集めています
あおぞら放送の録画:http://www.ustream.tv/channel/tentcolor#/recorded/37686459
(数字は録画開始時刻を示す)



Video streaming by Ustream

(録画 0:51:16)
M:国に捨てられた、とか感じさせることはホントにあってはならないことだと思うんですが、鵜沼さんが今、署名を集めていらっしゃるということなんですが、これはどういった署名ですか。
U:<原発事故による避難者が福島県外でも安心して避難生活を継続出来るよう、「住まい」の確保を求める請願署名>です。
わたしたち、たくさんのものを奪われまして、まず、基本的に必要なもの、「住まい」の確保を何とかしましょうと。これも現時点で国は具体的に動いてないんですね。この署名は国会、衆参両議院議長用と、福島県議会議長用・埼玉県議会議長用と、県議会用と国会と2部制になっております。
なぜ、埼玉県か、というと、埼玉県の被災者支援団体の方がわたしたちの声を拾いあげてまとめて作ってくれたんです。内容は後でじっくり読んでいただけるといいと思うんですけども、日本に住んでいる方はどなたでも賛同出来る方は署名が出来ます。

鵜沼さん(署名)

わたしたち、実際に仮設とか借り上げのアパートとか、住んでいますけど、1回入っちゃうと住み替えって出来ないんです。単純に言うと、わたしの住んでいるところは借り上げ住宅が5階の団地なんですけど、避難中にダンナが、主人が事故でちょっと怪我をしまして、階段が上がれなくなった。だから、5階の家には帰れないんですね。住み替えをしたいんだけども、変更させてくれないかって頼んだら、ダ・メ・で・す、と言われたんです。いい実例がわたし自身なんだと思うんですね。
あと、仮設ってあくまでも仮なんですよ。福島県内にある仮設住宅も耐用年数を超えちゃってます、基礎とか、あちこち腐っているところもあります。それなのに、まだ復興住宅のメドすら立ってないんですね。そういうのを、県外の人も苦しい思いをして住まいをいつ出て行かざるを得ない状況なのか、わかんない状況でやっているので、その辺もきっちりと確保してくださいということが、このお願いになってます。
インターネットで「震災支援ネットワーク埼玉」で検索していただけると、署名のこのpdfがダウンロード出来ますので、それでダウンロードしていただいて、署名、集めていただいても大丈夫です(注)。第1回目が9月17日が締切になっていますので、ぜひぜひ、よろしくお願いします。
M:テントにもこの署名用紙、おいてありますので、テントにいらした方はぜひ、署名をお願いします。ホントに住む場所がまず、基本ですものね。2年半もたってまだ住宅の支援がされてないということですからね。
U:今、借り上げの期限が決められているんですが、1ヶ月前になっても続くのか、ダメなのか、はっきりしてくれないっていう事態が何度かありまして。子どもの転校が出来ないんですよね、それ、やられると。
M:ホントにひどいですね。
U:その辺もきちんとやってくださいというのが入っていますので、ぜひお願いします。

注:「震災支援ネットワーク埼玉」のHP http://431279.com/ を開き、「最新のお知らせ」7月29日付け<原発事故による避難者の「住まい」に関する署名>から入ってください。

署名用紙

(まとめ:あっきい  写真:あおぞら放送より)

ドキュメンタリー映画「原発の町を追われて 避難民・双葉町の記録」  堀切さとみさん(監督)、鵜沼友恵さん(避難者)の話

8月23日の第48回あおぞら放送「福島からの世界へ」のコーナーでは、ドキュメンタリー映画「原発の町を追われて」の監督、堀切さとみさん、同映画に出演している鵜沼友恵さんの話を伺った。キャスターは道下敬子さん。
あおぞら放送の録画:http://www.ustream.tv/channel/tentcolor#/recorded/37686459



Video streaming by Ustream

(数字は録画開始時刻を示す)


トークに先立って「原発の町を追われて」続編の予告編が放映された(00:24:21)
(00:25:51)
道下(以下M):最初の作品が事故後から1年間を追ったもの。双葉町の方たちが埼玉県の騎西(きさい)高校へ避難して、それからの1年という、続編がそれから今までですね。最初の1年も大変だったと思うんですけれども、続く1年間というのも大変な思いを、皆さんされていらっしゃると思いますが。

堀切さん、鵜沼さん、道下さん

堀切(以下H):最初の1年というのは、ホントに皆さん、突然、原発が事故を起こして着のみ着のままで逃げて、それで双葉町の人の大体2割ぐらいに当たる人が埼玉県の騎西高校に避難してきて、本当に多勢でいたわけですね。これからどうしていこうか、どうしたらいいんだろう、ふるさとに戻る訳にもいかないし、仕事もないし、という状況だったんです。
M:本当にもうダンボールでね、各教室はあるとはいえ、なかなかハードな生活が続いてらしたわけですよね、最初は。
H:その避難所の集団生活に耐えられなくて、やっぱり大変ですから、それでだんだん皆さん、借り上げアパート、個人のアパートに移ったり、あとは福島に戻る人たちもけっこう出て来たんですね。騎西高校には町の人だけじゃなくて、双葉町の役場も置いてあったんです。それで、2年目くらいになると、役場も埼玉県に置きっぱなしじゃなくて、福島に戻すべきじゃないか、という声が町の人から出て来た。というのは、本当に、半分以上の人が最初は埼玉にいたんだけれど、1年たつうちに福島に戻る人もけっこう増えてきたので。当時、町長だった井戸川さんは出来るだけ町の外に出した方がいいと、放射能から逃れさせた方がいいということで、埼玉に避難所を設けたわけですけれども、それに対する反発がだんだんこう、出てきてしまったということで、それで3回、町長に対する不信任案というのが出されて、1回目と2回目は大丈夫だったんですけど、3回目、去年の12月の暮に町長が辞任に追い込まれる、リコールされるということがあったわけですね。
M:そのあたりが続編で撮されているということなんですよね。
H:そうです。
M:始めの1年間、追ったあとに、やはりこれは続編を作らなければ、と思われたというのは、どういった動機だったんでしょうか。
H:そうですね。この問題は簡単には片付かないだろうという・・・今、続編、作りましたけど、これで終わりかと言ったら、そういうことも言えなくて、いつが終わりになるか、わからないんですけれども。とりあえず、ちょっと今、騎西高校の閉鎖の問題っていうのがありまして。今、見ていただいた映画の舞台は騎西高校なんですけど、騎西高校が閉鎖になったら、双葉町はもう終わりなのか、って言うと、そういうことではないと思うし、あるいはまた、そうさせてはいけないと思うんですよね。
じゃぁ、いつまで撮り続けりゃいいんだろうということですけど、やっぱりハッピーな終わり方をしたいですけれども、ホントの一番いい終わり方っていうのは、双葉町の人がふるさとに戻れるってことだと思いますが、多分、それはむずかしいと思うんですね。今、もう、埼玉県も結構多いですけど、あと福島とか、全国各地にちりぢりになっている人たち、今までやってきた仕事も全然出来ない人たち、今までと全然違うコミュニティのなかでやり直しをさせられているという人たちが、少なくともふるさとに戻れないながらも、人間らしい生き方を出来るように、少しでも変わっていくっていうことを求めていきたいなぁということですよね。

堀切さん
▲堀切さん

M:いやぁー、ホントにこの映画は見てて辛かったですよね。辛いだけではないんですけれど、でも非常に現実が描かれているので、なんとも言えない思いにはなるんですけれども。その中で、鵜沼さんが最初の一本目の時と、あと続編とどちらにも登場されて、騎西高校でコミュニティカフェのような「Fカフェ珠寿」(じゅじゅ)というのもされているんですが、今回の作品をご覧になって、いかがでしたか。出来上がったものを改めて客観的に見てみると・・・客観的になんて見れないですかね。
鵜沼(以下U):客観的にはむずかしいんですけど、たとえば、誰々さんが出ているとか、知ってる人ばかりなんで、そういうのもありますけど、やっぱり時間がたって、今、続編が出来上がって、第1作目をもう一度、見直したときに、あぁ、そういえば、あんとき、あぁだったよなぁ、とか、そういうのを思い出すことはかなりありますね。
M:この映画で訴えたかったこととか、訴えたいことなんか、というのは、映画の中でも色々お話されてますけども。
U:わたしの中では、まず、あの現状を、たぶん普通にTVとかマスコミとか新聞で伝えられることって、かなり少ないんですよね。で、実情をどう伝えるか、というのが、まずひとつ気がかりでした。あとは、この先、長い長い闘いというか、これから先がまだまだたくさん大変なことがあると思うんですよ。で、その中で、わたしたちがどういう気持ちでいたのか、どういう風に生活をやり直していったのか、とか、たぶん毎日、前向きな気もちだったり、後ろ向きな気もちになったり、毎日、変わるんですよ。今日はどうしよう、1ヶ月後はどうしていようというのは、毎日変わるんですね。その一部だけでも、やっぱり記録にとどめてほしかった。あとは、あの原発の被害があったところを記録にとどめてほしかった。わたしたちも忘れるわけですから。後で見て、あの時はこうだったというのは絶対に残すべきだと思っていたので、堀切さんがやっていることにものすごく賛同したんですね。

鵜沼さん
▲鵜沼さん

M:そういう撮影をされる中では、やはり作られた物語ではないので、現実を直視しなきゃいけないということで、撮影する側も、取材する側もされる側も出来ない部分、踏み込めない部分、辛さをまたよみがえらせちゃう部分、といろんなことがあるかと思うんですけれど。
H:でも、結構、話していると楽しいんですよ。日常会話の延長線上なんですけど、カメラ持ってしゃべってもらうときも、何かこう、聞きづらい質問をこっちがするとか、何か鋭い問いかけをするということではなくて、何か、自然にしゃべってくれるんですよ。ホントにこう、皆さん、それぞれふるさとに対する思いを語ったりとか、あと、悔しいという思いとか、色んなことを喋るんですけど、多分、これ、活字だと伝わらないかなっていう・・・
M:表情っていうか?
H:表情とか、抑揚というか。わたしも撮影させてもらった後で、何度か、ビデオを見返すんですけれど、ホントにこう、魅力的だな、っていうか。すごく辛いことをしゃべっているんだけれど、カメラの前でわりと生き生きとしゃべってくれる、ということがありますね。ホントに自殺を考えてたんだよ、とか、そういうことをサラっと。あと、ホントに義理の息子がちょうど3月11日、爆発したときに、原発の中にいたんだよ、とかいうことも。
こっちから話して、というよりもしゃべりたい、ていう感じで、それでホントにその人なりの魅力っていうか、その人らしい喋り方でしゃべってくれるという、そういうやりとりがありましたね。

M:1本目の作品で出てらした書道をしている方とかは、今はどうされているんですか?
いきなり、今、思い出してしまったんですけれど。
H:今も書道をされています。書道の先生の方は相変わらず教えてらして、生徒いっぱいでやってます。わたしと鵜沼さんも生徒なんですよ。
M: あぁ、そうなんですか。書道の時間は無になれるというか、そういうのでいいんだよねぇという話が出ていたように思いますが。
U:実は、あの書道の言いだしっぺはわたしだったりするんですよ。
M:そうなんですか。それは何かやってみれば・・・、やりたいなぁみたいな?
U:いや、たまたまあそこで世間話をいろいろ渡辺先生としていくうちに、ちょうど娘が夏休みだったんですよ。避難所の中でお習字の宿題をやるってむずかしいな、と思って、「先生、ちょっと夏休みの宿題、教えてよ」、そうしたら「じゃぁ、教室つくるから」なんて言われて。そんな感じでした。
M:そうやって、それまでの共同体とはまた全然違うし、環境も違うけれど、その中で集まれば、お互い助けあったり、協力しあったりっていうことが、もちろん、いいことだけではないかもしれないんですけど、いいこともたくさん生まれて。
U:そうですね。新しいコミュニティがあすこで出来たんですよね。それが一番よかったのかもしれないです。
M:そのカフェをやろうって思われたのも、やはり、そういった、つなぐ場になればっていうような気もちで?
U:そうですね、単純に言うと、あすこに住んでいる人たちもゆっくりお茶を飲む場所ってないんですよ。廊下の片隅のベンチとかで座って、世間話しているとか。
M:校舎の外のベンチに人がいらっしゃる場面がよく写っていましたよね。
U:ああいうのだったりとか、たとえば、わたしなんかは騎西高校をそんなに間をあけずに出たんですけど、出ると遊びに行きたいんですよ、さみしくて。双葉の人に会いたくて。なんだけど、居場所がないんですよ。みんなそれぞれにやっぱり居場所がなくて、だったら、お茶飲む所くらいつくってよ、というのが最初の、わたしのわがままから始まったという感じです。つくってみたら、やっぱりみんな、ほしかったのねぇ、という感じで。
M:みんな、どんどん集まっちゃって。
U:はい、そんな感じでした。
M:そうですよね。話す場とか、それぞれいろいろ問題はかかえていたとしても、やっぱりホッとする場というか、共有出来るか出来ないか、というのは違いますもんね。
U:そういう気もちを持っている方がいて、こういう場が必要だっていうので、手を貸してくださった方がたくさんいたので、それがとてもありがたかったですね。

M:最初、鵜沼さんに出演をお願いしたときに、わたしは原発には反対ではないから、とおっしゃったとか。
U:そうなんです。毎週金曜日、こういうのでやっていたというのは知ってたんですけれど、言葉の言い回しとかで皆さんに申し訳ないことを言ったりしたら、あれかな、と思って。ホントに最初、いいんですか?と聞いて。
M:それはもう、いろいろな意見がもちろんある・・・。
U:わたしは最初に、反原発でも、推進でもなんでもない、タダの、何かエラい目に、ひどい目に遭わされちゃった身なんだと。そういうことを2度と、同じことを繰り返してはほしくない、という意味では、ぜひ参加させて頂きたい、けれどもそういう失礼があってはあれかなと思って。最初にお断りしたのはそれだったんです。
M:先ほどの槌田先生のお話(「反原発で行こう」のコーナー)を聞いていると、このままでは同じことが起きそうなお話でしたね。根本的なところは、何も対策はされていないということなので。原発に安全というのは、ゾッとするほど、ないんだとおっしゃってましたけど。
U:わたしもホントにないと思いますね。

M:監督としたら、引き出すというよりおひとりおひとり、みなさんがどんどん話してくださるということでしたけれども、監督の視点としては、どういう風に・・・同じ立場で聞くみたいな?
H:わたし自身は原発反対。都会に住む人間として、原発はよくないって思ってたんですけれども、福島の、双葉町の人なんかはもともと原発と一緒に暮らしてきたわけで。
M:働いている方も多いし。
H:だから、こういう目に合わされても、東電のお世話になってきた、だから余り批判は出来ないという人も当然、いるだろうなぁと思っていたし、わたしとはぜったい目線というか、立場は違うだろうな、と思ってたんですね。だから、被害者でありながら、加害者だと言われているんだという人もいますよね。要するに、おまえたちが原発を誘致して、原発の恩恵を受けてきたんじゃないか、とまわりにも言われると。
だから、地震や津波のように単純な被害者という風に言い切れないと思っている人々もいるんじゃないか、と思ってたんですよ。たしかに、うちはみんな原発で働いてきて、東電のお世話になってきたという人もいらっしゃいますし、その辺の事情はわたしたちみたいに、東電はこんな事故を起こしてひどいって純粋に言えるかっていうと、もうちょっとアンビバレントな感情があるんじゃないかな、と思うんですね。ですから、ホントに色んな人がいました。最初の頃は特に。
それは自分の考えと違うからといって、それは違うんじゃない?とは言わずに、あぁそうなんだ、こういう風に考えるんだぁって感じで話をしてもらってきましたね。
M:そうは言っても、東電のお世話になっていたんだという言葉は結構、辛いですね、聞いていると。
H:たしかに最初の頃は、そういうのはあったんですけれど、それにしても、謝りにも来てくれない、っていう、今まで一緒にやってきたじゃないか、双葉町なんかは東電で働くのが一番のエリートコースだという感じだったようで、それだけ持ちつ持たれつでやってきた。
M:共にいたはずなのに。
H:だけど、謝りに来てくれない、ということで、これは俺たちのことを人間としてみているのか、という風に怒っているおじさんがいましたね。最初、半年もしないうちに。
それで、だんだん騎西高校のなかでも、最初はなかなかそういうこと、遠慮して口にしなかった人も声をあげるようになってくるというか。でも、だからといって、東京とか埼玉の人たちがデモをやるように、双葉町の人たちもまた立ちあがるか、と言ったら、そうではないし。結構、わたしもそういうことをかもしだしちゃっていたのかも知れなくて。
鵜沼さんに最初のころ、言われたんですけれど、堀切さんはなんで双葉町の人は立ちあがらないんだっていう風に思っているでしょう?って言われちゃって。そんなどころじゃないんだよっていう。ちょっと映画にも出てくるんだけど、そこらへん、わたし自身、双葉町は一番の被害者だから、立ちあがってほしい、という思いは・・・
M:なきにしもあらず、ですよね。
H:でも、現実はやっぱりそうではないっていう。ホントに足なみを揃えて行こうかな、という風に思ったんですよね。
M:それがもしかしたら、テントひろばに集まる人は原発に反対する人がほとんどですし、東京では毎週末いろんなデモとか、東京だけでなく全国でそれは行われていますけど、やはり、立地自治体に寄り添うという視点は決して忘れてはいけないんでしょうね。
(鵜沼さんに)そういう行動をご覧になって、どんな風に思われていますか。その、電力だけとかを使っている東京に対して、そこで原発反対って言うんだ、みたいな、どんな思いでいらっしゃいますか。
U:わたしはあんまりそこまで深く考えていないんですね。反対だって言って、3.11以降、意思表明が出来る時代になったんだなって。
M:あぁ、タブー視されないで言える・・・
U:逆によかったんじゃないかって、そういう意味では、あれがきっかけになったんだなって思いますし、誰だってそれは不思議にいつも思いながら、わたしだって、ホントにいいのかなって思いながら生活はしていたので、それを1回は皆さんが考える機会が出来たっていうのでは、わたしはデモとかはあってよかったんだと思います。

M:たしかに考えたり、それをこう、でも必要じゃないとか言いながら話し合う場というのが特別なことではなくなったということはたしかに大きいかもしれないですよね。でも鵜沼さんは気もちとしては、今後どうして行きたいと思ってらっしゃるんですか?
U:今後は当たり前の生活をしたいですね。どこでも言うんですけど、人として生活したいんですと言うんですよ。やっぱり、時には辛くて、もう、あの事故がなかったかのように自分もしたいって思うんですよ、早く。でも、多分、一生ついて回るんですね、こればっかりは。これとどう付きあっていくか。事故前は原発と付き合っていくかということが先だったんだけど。あとは事故後は放射能と付き合っていくこと、この事故であったいろんなことと当事者として付き合っていくことがまだ慣れなくて、時々きつくなるとき、ありますよね。
M:それは、そうですよね。お子さんもいらっしゃるわけで。お子さんとはどういう風にそういったお話とか、されますか?
U:逆になんか、子どもが話したいようなときは、そういう話もむずかしい話もしますけど、そのときどきによって、そういうのを見たり聞きたくないときもあれば、どんどん聞きたいときもある。わたしもそうなので、まぁ、状況に合わしてですね。
M:さっき「人としてのくらし、当たり前のくらし」というのが、やはり、今はとてもじゃないけど、出来てない・・・
U:そうですね、事故があったがためにいろんなことを押しつけられて、にもかかわらず、わたしたちは着のみ着のままで来たのに、何か知らんぷりされて、とりあえず、うるさいから、手、貸してやったふりしていこう、みたいな感覚になっちゃうんですよ、今までの東電とか国のやり方、見ていると。
いろんなこと、押し付けられるときに、わたしたちって、江戸時代に士農工商で穢多、非人とか、ありましたよね。わたしたち、ホントに穢多なんですか。非人なんですか。原発を造った時点で、その扱いなんですか、最初に言ってくださいよって言いたかったですよ、ホントに。最初にそれ、言ってくれればいいのに。だったら、反対したのにって、思いますから。
M:最初はうまいこと言ってね。
U:そうですね。
M:こんなことになったら・・・
U:ウーン・・・

M:これは皆さん、ぜひ映画を見て頂きたいと思いますけど。これは監督、ライフワークというか、共に生きていくことになりそうでしょうか。
H:わたしの場合は、いくら騎西高校に行って話しても、帰る場所がとりあえず、あるわけですよね。アパートですけど。そういう持ち家でないとしても、やはり、自分の住み場所、暮らす場所があるとか、仕事があるとかってことは、それをベースにした上で、こういう記録が出来るということだから、ある意味で、幸せといったらおかしいですけど、やっぱり、こういうことが起こっても、全然、事態は変わらなかったわけですよね。
M:恐ろしいことに、今のところは。
H:よく再稼働とか言うなと思うんですけど、ホントに福島でこれだけの人たちを生み出して責任が取れないっていうことは、誰の目にも明らかだと思うんですけど、責任がとれないのにまた、やっちゃうのかなぁっていうことがあるので・・・
M:ホントに先ほどの槌田さんもおっしゃってましたけど、東電は身銭を切れと。切って、ちゃんとすべきことはしてほしいですし、国だってそうですよね、ホントに。こんないい加減なことでは・・・
H:ホントにこういう、普通にまともに生きてきた、わたしたちと全く同じような人たちが、もう自分たちは国民じゃないんじゃないか、とか、穢多、非人と同じだねって思っちゃう訳ですから。そういうことを知ってほしいですよね。それが原発事故が生み出したものだ、まぁ、事故が起こる前からですけどね。原発に人々をしばりつけたということの結果がこれなんだっていうことにやっぱり気づいていかないと、と思いますね。
(*この後の署名集めの話は別にアップします)
M:新しい作品が出来たばかりの時で申し訳ないんですが、次回作はどうお考えですか。
H:今、上映をして廻るんで・・・
M:これから、この新しい作品をもって全国各地で、上映会をするということですね。
H:事故から2年というところで、続編、終わっているんですけれども、それだけで充分、双葉の人たちがいい味を出してくれているので、かわいそうな避難民というだけじゃないんですよ。2年こういう生活が続いていると、やっぱりみんな、能動的にやろうと思わざるを得なくなりますし、それがどういう方向にいくかというのは、色々あるんですよ。その辺のところを見て、避難生活、本当に政府がほったらかしにしている避難所の人たちが、長期化した避難民になっていくと、どういうことになっていくのか、ということを一人でも多くの人に見てもらいたいということで。次回作はまだ・・・     (続く)


第二テントでも上映会をします。
日時:9月28日(土)16:00~19:00
プログラム:ドキュメンタリー映画「原発の町を追われて」本編、続編上映
上映後、監督の堀切さとみさんを囲んでトークをします。
そのほかの上映会については「原発の町を追われて」公式サイトをご覧ください。
http://genpatufutaba.com/

(まとめ:あっきい  写真:あおぞら放送より)

『福島の子どもたちの手紙』を朗読するエリさん

エリさんは8月16日放送の第47回あおぞら放送「テントひろばから~」の「テントひろば 通りすがり」というコーナーに出演してくださいました。以下のその時の様子です。キャスターは松元チエさんです。
録画(0:56:31~1:06:00)
http://www.ustream.tv/channel/tentcolor#/recorded/37368561



Video streaming by Ustream

チエさん はい、続きまして「通りすがり」は、今週の月曜日にたったひとりで東電本店に出向いて、福島の子どもたちの手紙を次々に読み上げることで福島の困難さを伝えた、エリさんでよろしいですかね、エリさんにお越しいただいています。
この活動はおひとりで始められたんですか?

エリさん・チエさん

エリさん あ、そうです。
チエさん 今ここに持っておられるのが、これは福島のこどもたちが描いた絵なんですかね。

エリさん2(絵)

エリさん この本から(「福島の子どもたちからの手紙」)
チエさん この本は、これはもう出版されている本ですよね。

えりさん1

エリさん はい。
チエさん エリさんが手紙を集めて出版されたんですか?
エリさん ってわけじゃないんですけど、手に取って読んで、衝撃受けて、手紙を集めて本として出版して、記録として残すだけで終わってしまうのはすごくやだなーって思って。
やっぱこれを受けて日本の、今を生きる大人たちがちゃんとこの声を聞かないといけないよな、と思って、本を出版したから終わりにしては絶対いけない、と思ってこないだ東電前でもちょっと読ませてもらったんですけど。
チエさん それは今度、これからずっと、まだたくさん手紙が、詩があると思うんですけれども、これからもずっと東電の本社前で読み続けていこうと思ってるんですか?
エリさん うん、まあそういうふうに思ってなかったですけど、東電前とかではなく、どちらかというと今もなお無関心でいる大人の人たちにしっかり伝えたいと思って、もうそこらへんで読み上げて訴えて行きたいと思っています。
チエさん じゃあそういうことで、今日はこの本の中からいくつか紹介していただけるということですので、ちょっとじゃあ、お願いしてよろしいでしょうか。
エリさん じゃあちょっと代弁させていただきます。

エリさん3(朗読)

     
     福島市 小学校3年生 男の子
      僕は、しょう来サッカー日本だい表になりたいです。
      でも今の福島では、いっぱい練習できません。
      いつになったらほうしゃのうは、なくなりますか。 
      僕は、大人になれますか?
      早く外であそびたいです。
      家ぞくがはなれてくらすのもいやです。  
      友だちとはなれるのもいやです。
      どうか僕たちをたすけてください。

     福島市 小学校5年生 男の子
      外であそびたい。
      きれいな空気がすいたい。  
      なんで、原発をこんなにたくさん作ったのですか。  
      死にたくないです(早く)
      友達とはなれるのがいやです。
      
     福島市 小学校3年生 女の子
      外であそびたい
      ほうしゃのうはいつなくなるの?
      マスクをしたくない
      びょうきになりたくない  
      もっとふくしまにいたいけどもういれない
   
     福島市 小学校5年生 女の子
      福島県から引っ越してきた
      福島県の友達を早く福島県外ににがして下さい。
      お願いします。
    
     福島市 小学校5年生 女の子
      「わたしは何さいまで生きられますか?」
       なんで、わたしだけ、転校しないといけないんですか。……
       テレビでは福島市は安全ですといっているけど、 
       じっさいに、こうえん会にいくと、いろんな人があぶないと言っています。
       他の県の人達も、福島の子供、わたしたちを福島県からにがそうと、
いろいろなプロジェクトを考えてくれています。
       なぜ福島市は、ひなんにならないのですか。
      
     福島市 小学校1年生 男の子
      ぼくのこわいもの 
       つなみ 
       じしん 
       ほうしゃのう  
       ライオン 
       おかあさん 
       おばけ
       1ばんめにこわいものは つなみ
        ぜんぶながされちゃうから
       2ばんめにこわいのは じしん 
        ゆれるところがドキドキするから
       3ばんめにこわいのは ほうしゃのう  
        しんじゃうかもしれないから
       
       しんじゃうのはいやだ
       ひとりぼっちはさみしいから
       みんなとたのしくすごしたい

     福島県 中学3年生 女の子
      福島から北海道に来て、…… 
      ここではマスクをする必要もなく、
      北海道でとれた美味しい食べ物もたくさんあり、
      安心して暮らせます。 
      心配だった学校生活も、友達がたくさんできて部活動もとても楽しく、
      今は本当にここに来てよかったと思っています。

      でも手放したものもたくさんあります。
      自分がうまれそだった場所、
      大好きな自分の家、
      仲良しの友達、
      おじいちゃんおばあちゃんとの時間、
      お父さんとの時間。

      安全に健康に暮らしたいだけなのに、
      なぜこんなにたくさんのものを諦めないと
      それが手に入らないのですか。
      
      友達は今も福島にいます。
      みんなにも安全な毎日を過ごさせてあげてください。
      私たちの生活をこんな風に変えてしまった責任がある人たちは
      今すぐそれに気づいてください。
      そして心から反省してください。

      誰もが笑顔に戻れる日をいつも願っています
      こころから 願っています

     福島県三春町 中学校2年生 女の子
      お願い
       震災と原発事故から5ヶ月が経ちました。
       今、福島県を離れて暮らす人は何人いるでしょうか。
       そして、福島県に残って窓を閉めて生活している人はどれほどいるでしょうか。
       全国に避難している福島の人たちが、どんな思いで故郷を離れてきたのか、
       皆さんにわかってもらえるでしょうか。福島の子供たちがプールにも入れず、
       マスクをして登下校しているこの状況を安全だと言い張る政府に、私はとても疑問を感じます。
       今まで法律で決まっていた数値を何十倍にも引き上げて、それが安全だと言われても、
       私には信じられません。
       そんなやり方は私たち中学生の間でも通用しないでしょう。
       福島県民よりもお金の方が大切なのですか。
        大人が勝手につくった原発で、なぜ、福島の子供たちが被爆しなくてはならないのか。
       なぜ、こんなつらい目にあわなくてはいけないのか、これほどの事故が起きても、
どうしてまだ原発再開を目指すのか、私にはまったくわかりません。……
       私の友達を、仲間たちを、絶対に誰ひとり傷つけないでください。
       私たちが将来、本当に安心して暮らせるように、今できる最大限の努力をしてください。
       よろしくお願いします。

チエさん はい。エリさん、どうもありがとうございました。
今のですね、いろんな手紙はこの『福島の子どもたちからの手紙 ~ほうしゃのうっていつなくなるの? KIDS VOICE 編』、これは実はですね、朝日新聞社、朝日新聞出版社から出版されているものですので、もしもうちょっと声をききたいということであれば、ぜひこの本をご覧いただければと思います。
またエリさんにも声を紹介してもらいたいな、と思います。

(書き起こし:pipi、写真:青空放送アーカイヴスより) 

お願い:9/11怒りのヒューマンチェーン・抗議行動にご賛同ください。

 テントひろばが3年目に突入する9月11日(水)に経産省を取り囲むヒューマンチェーン・抗議行動を行います。みなさんにご参加とともに、団体・個人賛同をお願いしています。よろしく、ご賛同ください。

賛同

賛同2

お知らせ:9/11、9/12テントひろば行動に結集を!

東電の福島第一原発の汚染水漏れ隠しによる深刻な危機が深まる折り、
経産省前テントひろばは3年目に突入します。
テントひろばは絶対に必要です。
みなさん! 9/11、9/12に結集して下さい。

Image2てんと

第四十回「After 311~霞ヶ関の中心で愛を叫ぶ!!」

第四十回「After 311~霞ヶ関の中心で愛を叫ぶ!!」

経産省前テントひろばオープンマイク


2013年9月5日(木)18:00~21:00

【歌うたい、ミュージシャン、詩人、、その他表現者各位へ】




第三十九回8月15日(木)お盆ざわわスペシャルは敗戦記念日ということで〝浦邉 力〟〝ウラクマ〟〝藤波〟〝ボサボ〟〝マコ〟〝山本恭子〟〝ムロー〟〝火炎瓶テツ〟〝カクサンスケサンF〟〝ザ・テツコーズ〟 と総勢10組の熱い演奏と、お盆ということで霊界から〝チャールズ・チャップリン〟によるメッセージも届き、盛り上がりました。

この模様は http://www.youtube.com/user/kayoji69 第39回「After311~霞ヶ関の中心で愛を叫ぶ!」に全編随時アップされますので、ご覧下さい。

さて、次回9月5日(木)は、なんとカスチューは40回目を迎えます。

熱いライブを演りましょう(^O^)V!

誰でもウェルカムです。

ノルマ、ギャラもちろん無し(笑)♪

しかし、ライブ後〝しゃべり場〟可♪

あと、ネット中継してくれる方も募集します。



持ち時間1人10分前後(一夜につき10人程度、場合により飛び入り可、但し21時以降完全音出し禁止)お問い合わせはメールでchikarasongs@hotmail.com (浦邉うらべ 力ちから)まで

1組目が18時00分スタート(多少前後有り)

雨天は状況によっては順延せずにマイク無しで演る場合もありますが、濡れる覚悟でお願いします。その他状況はツイッター @chikara69 でつぶやきます。(出演者にはメールを送ります)

プロフィール

原発いらない女たちのテントひろば

Author:原発いらない女たちのテントひろば
「未来を孕むとつきとおかのテント行動」を引き継ぐ新ブログにようこそ!

「原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに」は
東京・霞が関の「経産省前テントひろば」を拠点とした、女性による脱原発・反原発のアクションです。
 年齢もバックグラウンドも様々な女たちが、福島原発事故に対して立ち上がった「原発いらない福島の女たち」につながろうと集まって来ました。
 それ以来、つねに新しい仲間を迎えながら、「原発を止めたい」「子どもたちを守りたい」という思いのもとにテントを拠点に多様な活動を続けています。
 生きること、暮らすこと、命をつなぐこと。小さく、ささやかなものへの眼差しを大事にして、「原発」という強大な構造を変えて行けることを固く信じて。
 このブログはもう一つの「テントひろば」。誰にでも開かれた、語らいと学びと交流の場です。世界中の女たちに呼びかけます。
「強く、そしてしなやかにつながっていきましょう!」

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