原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに

10月16日 福島原発告訴団 検察審査会に審査申立

■経過
1. 福島原発告訴団(団長武藤類子さん)は2012年6月11日に、福島原発事故を引き起こした東電幹部や国の役人など33人の刑事責任を問う告訴・告発状を第一次分として福島地方検察庁に提出した。福島県民の告訴者の数は、県外避難者を含めて1324人。

2. 告訴・告発は全国に広がり、福島県外の人たちが第二次分として、1万3262人分を11月15日、福島地検に提出した。

3. 2013年9月3日、福島原発告訴団は、団長の武藤類子、副団長の石丸小四郎・佐藤和良の3名で、東京電力福島第一原発・放射能汚染水海洋放出事件に関して、東京電力の新旧経営幹部32名、及び法人としての東京電力株式会社を、「公害罪」の被疑事実で福島県警察に刑事告発した。→10月11日、告発状が受理。

4. 2013年9月9日、福島地検は提出されていた告訴を東京地検に移送し、その直後、東京地検が被告訴人全員の不起訴処分を発表。

5. 9月29日郡山市ユラックス熱海で「不起訴処分に抗議する集会」開催

6. 10月16日、河合弁護団長ら東京検察審査会に審査申立

■10月16日の告訴団の行動
福島原発告訴団のホームページhttp://kokuso-fukusimagenpatu.blogspot.jp/
★10月16日は福島からも60名の告訴人がバスで上京して、申立を行う予定でしたが、台風26号のため、代表だけが新幹線で上京して、弁護団長・副団長の3名が11時50分に東京検察審査会へ審査申し立てを行いました。

申立から戻る
▲海渡弁護士ら戻る

★10月16日13時から参議院議員会館講堂で報告集会を開きました。

○最初に武藤類子告訴団団長が発言

武藤さん
▲武藤類子さん

 本日、東京検査審査会に審査を申し立て、受理された。福島県民の告訴を福島地検にしたが、福島地検は東京地検に移送し、東京地検が不起訴処分にした。告訴が不起訴になることも予想できたので、その場合は、福島の検察審査会に申し立てを行い、福島県民によって審査されるようにしたいと考えた。しかし、地検は東京に回し、福島での審査をやらなくさせた。それで申し立ても東京で行うことになった。もう一度審査してほしい。東京都民11名に審査されることになった。『これでも罪は問えないのですか』ブックレットを拡げながらみんなの関心を深めて、闘って行きたい。

○河合弁護士の発言

河合さん説明
▲河合弁護士

一つは、検察審査会への申立では、被告訴人を6名に絞ったということ。
 勝俣恒久/ 鼓紀男/ 小森明生/ 武藤栄/ 武黒一郎/ 榎本聡明
 (6人の経歴等は告訴団ホームページ参照http://kokuso-fukusimagenpatu.blogspot.jp/
地震・津波の被害を予測できる直接の、むき出しの責任者。何故絞ったかというと、審査会は法律の専門家ではなく都民で行われるので、罪が明確にわかる方がいいのでそうした。
二つは、検察は告訴状を受けても強制捜査をしなかった。告訴団はそれを再三要求したが「東電は任意捜査に協力してくれたので強制捜査をする必要はない」などと言って、東電の証拠の山を放置した。証拠を手に入れて読もうともしなかった。強制捜査をすると「起訴になるのではないか」という“期待感”が持たせるので、それはやめたと新聞報道にもある。検察はどうやって不起訴にするかをはじめから考えていた。
三つは、福島地検は東京地検に「移送」した。福島地検と東京地検でそれぞれ判断すればいいのに、検察は「判断の統一性、安定性」のためにそうしたなどと言っているがヘリクツ。検察審査会の審査を東京でやるようにしたのだ。なぜなら検察審査会での審査を原発被害にあっている福島県民にはさせないようにしたのだ。告訴を封殺した。許せない。検察審査会で徹底的に闘おう。闘っていること自体が勝利だ。告訴告発がなかったら検察は指一本動かさない。犯罪は明らかにされない。闘い続けよう。


Image山本
▲山本太郎さんも参加

○海渡弁護士の発言
6人に被告訴人を絞り込んだ。「業務上過失致死傷」に絞り込んだ。念入りに審査してほしいということでそうした。
 そういう観点で「不起訴処分を不当とする理由」を述べた。
等々、6人の犯罪、法的な証拠などを、審査会に提出した書面のページを示しながら詳しく述べました。略。
 申立書は告訴団ホームページの資料集に収録

○その後、記者からの質問及び質疑が行われた。

○11月に第二次の申し立てを行うことが佐藤副団長から表明された。

地脇さん
▲地脇さん
○最後に「福島告訴団声明」を地脇さんが読み上げて、報告会を終わりました。

(報告・写真:あれこれ屋)

木田節子さんのお話@スペースたんぽぽ

2013年10月14日(月・休日)14:00から「木田節子の新たな挑戦 ―選挙に立候補してわかったこと、ジュネーブ訪問してわかったこと、このままにはできません!」と題する木田節子さんの講演会が開かれました。
木田さんは岩手県釜石市の出身。京都・東京・福島などでバスガイド歴通算25年。35年前に結婚して福島へ。1992年に福島県双葉郡富岡町の原発から8キロの所に家を建ててずっと住んでいましたが、2013年3月11日の原発事故後、水戸で避難生活を続けています。

ジュネーブ国連人権理事会で福島の現状を訴える(2013年4月)
「本当に普通のおばさん」だった木田さんは原発震災のショックで、夫が勤務する水戸の社宅で引きこもり状態で避難生活をしていた。2012年2月に茨城県東海村の村長さんの話を聞きに行ったことをきっかけに茨城の反原発の仲間たちとつながりを持つようになった。そして一人で経産省前で抗議を始め、官邸前でも発言するようになった。

ジュネーブに行かないか、と木田さんに声をかけてきたのは人権NGO言論・表現の自由を守る会(JRFF)とプロジェクト・ピースナインというNGOだった。国連の本部はニューヨークにある。しかし、人権関係では女性差別撤廃条約だけがニューヨークで審査されていて、他の人権条約機関は全てジュネーブの国連欧州本部にある。「ジュネーブに行く」ということは、人権問題を国連に訴えるということなのだ(*)。
*国連人権規約は世界人権宣言の内容を基礎として条約化したもので、経済的・社会的及び文化的権利に関する国際条約「社会権規約」(A規約)と市民的及び政治的権利に関する国際条約「自由権規約」(B規約)がある(日本は1979年に締約国となった)。
締約国は規約の実施状況について、4年ごとに社会権規約委員会から審査を受ける。2013年4月30日に日本政府の第3回定期報告書が社会権規約委員会により審査されることになっていて、木田さんのジュネーブ行きはこれに合わせたものだった。

木田1
▲ジュネーブ行きの段取り

自分は話を聞くとイヤと言えない、一つのことにのめり込む性質。この間の活動を通して自分の出来ること、出来ないことがわかってきた、と木田さん。

社会権規約第一条の2
「すべて人民は互恵の原則に基づく国際的経済協力から生ずる義務及び国際法上の義務に違反しない限り、自己のためにその天然の富及び資源を自由に処分することができる。人民はいかなる場合にもその生存のための手段を奪われることはない」。
「このような権利を国と東電が奪ったのであるから、それを弁償しろ!」と木田さん(会場のホワイトボードの上記の引用の下に書かれたもの)。

日本はすでに2001年の審査の際に原発事故について国連から勧告を受けていた(事故の際の避難ルート、ヨウソ剤の配布、食料の調達など)! 6年後にはそれに対して回答すべきだったのに、日本政府は無視していたのだ(*)。

 *「社会権規約 経済的、社会的及び文化的権利に関する委員会(2001年9月24日)
第2回日本政府報告書審査 経済的、社会的及び文化的権利に関する委員会の最終見解
 主な懸念される問題とそれに対する勧告」

 パラグラフ22に対しての勧告:
(勧告)パラグラフ49 委員会は、原子力施設の安全性に関連する問題に関し、周辺住民に対して、すべての必要な情報の透明性及び公開性を促進することを勧告する。さらに、締約国に対し、原子力事故の予防及び事故が起きた際の迅速な対応のための準備計画を策定することを要求する。
 このほか、パラグラフ27に対する勧告(パラグラフ54)、パラグラフ28に対する勧告(パラグラフ55)も重要。

4月24日に日本を出発した(帰国は5月3日)。手違いで参加バッチが27日まで入手出来なくて、会場に入ることが出来なかった。その代わりに国連本部のガイドツアーがあったので、入場料800円を払って内部を見てまわった。
通訳をしてくれる筈だった、筑波在住23年のアメリカ人ジェフリーも仕事の都合で一緒に来れなかったため、バッチを入手するまで、“DAYS JAPAN“2013年4月号に掲載の「富岡町汚染地図」を背景に、国連本部前やジュネーブの大学でゲリラスピーチを行ったり、ジェフリーの作ったドキュメンタリー映画 ”Women in Fukushima”(福島の女たち)の上映を行ったりした。

現在の富岡町
▲富岡町の地図

29日はパレ・ウィルソンという会場で、日本の各NGOが人権理事会に日本政府の報告書審査のために情報の提供を行なった。エジプトのモネーヌ委員は「わたしたちは日本政府の集めた資料以上の資料を日本のNGOからもらっている」と述べた。

30日には日本政府第3回定期報告書が人権理事会により審査された。
日本政府代表団は上田秀明人権大使(*その後、6月に国連拷問禁止委員会で「シャラアプ!」発言をした人物)を団長とした18名で、外務省の阿部人権人道課長が法務省、厚生労働省、環境省、文科省などの担当者と共に回答をした。傍聴について突然、人数制限を設けたり、日本政府の回答はのらりくらりの官僚式答弁に終始したり、というものだった。
ところが、委員会が終わり、関係者があらかた退場すると、日本政府代表団の面々はハイタッチをして、「無事、やりおおせた」ことを祝っていた。そこで木田さんは「何をそんなに喜んでいるんですか」とひと言、意見を言って会場を出たという。
5月17日には国連から日本政府に「総括所見」が出された。

今回は急に行くことになったが、次はちゃんと準備して福島の被害者たち大勢で行きたい。

国連行き
▲スケジュール ジュネーブでの

参議院選挙に立候補(2013年7月)
ジュネーブ行きの準備をしている忙しいさなかに選挙の話があった。脱原発をかかげる緑の党が原発難民を立候補させたいということで声がかかり、出発前にとりあえず党員になった。夫はずっと立候補に反対だった。離婚届を用意してきたので、書こうとしたら立候補を認めてくれた。
息子が飼い始めた犬の世話のため、夫の住んでいる社宅では犬が飼えないので、現在は犬と生活している。ケンカしたとき、帰る所があるのはいいと思う。

広瀬隆さん、山本太郎さんも応援を表明してくれた。原発難民だが、県外避難なので思ったことが言える。福島難民のことをわかってほしいと思って立候補を決めた。
選挙運動を始めて、都会での反応の悪さにがっかり。選挙運動2日目、第一声をあげた静岡から戻ってきて、品川で駅頭街宣。品川駅芝浦方面はIT企業が多いところ。通行人は若い人が多いが、足早に通りすぎ、ちらしを受け取ろうともしなかった。
都内に避難している人が多く住む江東区東雲(しののめ)では、「福島から放射能を撒き散らしに来たのだろう」と言われた。

マスコミの扱いも影響があったと思う。共同通信は緑の党を政党してし扱っていなかった。読売は立候補者へのアンケートの対象として扱ってくれなかった。候補者の肩書きとして、「原発難民」と書いてほしいというと、朝日は「原発被災者」としか書いてくれなかった。そんなこんなで7月で新聞を取るのをやめた。

多くの人たちからカンパをいただいた。「年金生活なので、これだけしか送れません」とか、振込用紙に書き込まれた一言ひと言に涙が出てきた。

「フクシマ、これでいいんですか」
「この国はわたしの思っていた国ではなかった」
この思いを訴えるために、やるだけのことはやった。原発で儲かった奴らは原発反対を言わない。

これからやって行きたいこと
昨年秋から新橋駅前SL広場でゲリラ・スピーチを行なっている。大熊町の木幡ますみさんと一緒にこれからも神出鬼没でやって行きたい。
原発難民の聞き取りをしたい。福島の人の声を政治家に届けたい。

これからのこと
▲これからのこと

皆さんも行動を起こしてほしい。
会場から「原発立地の人の話も聞いてほしい」との声(女川からの参加者)があったが、「場所を設定してもらったら、ガンバって行きます」との答え。

原発難民には現在、月10万円の精神的慰謝料が支払われているが、一括でも受け取れるようになった。それを狙って暴力団が福島に入ってきている。若者が麻薬に手を出しているなどの弊害が生じている。

震災後、妊娠した女性に対し、検査を受けると心音が弱いから、と堕胎し、本人に許可を得ることもなく胎児を福島医大に送っている。

木田さんは2時から途中、休憩を交えて5時までジュネーブ、選挙のスライドを交えて語り続けてくれた。選挙では最後の1週間、木田さんの選挙の手伝いをしたが、これからもわたしなりの方法で、応援していきたいと思っている。

(報告:あっきい  写真:あれこれ屋)

和田央子さんの福島からの報告@日比谷公会堂集会

2013年10月13日(日)に首都圏反原発連合、さようなら原発1000万人アクション、原発をなくす全国連絡会の共催で「1013原発ゼロ☆統一行動」が行われました。まず13:00から14:00まで日比谷公会堂で「福島を忘れるな!!再稼働を許すな!!全国の想いをひとつに」集会がありました。そこでの福島県鮫川村焼却炉連絡会の和田央子さんの報告です。
*この書き起こしは「みんな楽しくHappy がいい」というブログから転載させていただきました。そこには他のスピーカーの方々(肥田俊太郎さん、大江健三郎さん、鎌田慧さん)の書き起こしもアップされていますので、ぜひご覧ください。

福島県鮫川村焼却炉連絡会
和田央子さん


Image2和田さん

みなさん、こんにちは。
福島県南端部、茨城県との境界にあります塙町からやってまいりました、和田と申します。
いつも福島に多大なご支援、ご声援を賜りまして心より感謝を申し上げます。
本当にありがとうございます。

原発事故によってもたらされた放射能の被害により、今なお多くの人々が苦しめられています。
少しずつ、確実に私たちの身体を蝕んでいる、放射性物質による健康被害への不安。仕事や、気概の喪失。
長期に及ぶ不自由な避難生活、家族離散などに翻弄され、疲弊し、復興ばかりが大きく取り上げられていますが、現実は厳しく、むしろ深刻の度を深めています。

そんな中今福島は、大手メディアがほとんど取りあげないもうひとつの重大な問題に直面しています。

原発からまき散らされた膨大な放射性物質はあらゆるものを汚染しましたが、それらの処分の問題が、今私たちに新たに重くのしかかっています。

国は汚染された膨大な廃棄物を焼却によって減容化するという世界的に例のない方法で処理することとし、各地に焼却施設を設置する方針を決定しました。
県内ですでに稼働された4基を含めて、合計20もの計画が進行しています。


放射能汚染物を集めて焼却すれば、焼却灰や気体に放射性物質が何十倍に濃縮され、二次汚染と深刻な内部被ばくにつながる恐れがあるため、国際原子力上「厳禁」とされています。

環境省は排気筒から出る放射性物質をバグフィルターで99.9%除去できるとしていますが、
排ガスの排出基準や測定方法は極めて疑問が多く、「焼却炉周辺において、市民側の自由な測定をさせない」など、大きな不信を招いています。

復興の名のもとに進められる除染と帰還の促進。そしてそれに伴って増え続ける膨大な除染廃棄物。これが美しかった福島の風景を一変させています。

早急にこれを処分しなければ復興が進まない。「さもなければあなたの町は、何時まで経っても廃棄物に占拠されたままになりますよ」
環境省はこのように説明し、専門知識を持たない市町村に焼却施設の受け入れを迫っています。
これは脅迫に等しいのではないでしょうか?

そもそも私たちのかけがえのない土地や水。自身や家族の健康。そしてあらゆる大切な財産を汚染させたのはだれなのでしょうか?

なぜ汚染者の罪が全く問われないのでしょうか?

そうは言ってもあまりにも膨大な廃棄物をどこかで減容化しなければならないのだから、汚染された福島で行うのが最も合理的なのではないか。そう思われる方もいらっしゃるでしょう。

しかし、ある日突然自宅の裏手に放射性廃棄物線用焼却炉が設置されたと想像してみてください。殆どの人が恐怖を覚え、反対するのではないでしょうか。

和田央子さん

私の自宅から2km以内の鮫川村に突然焼却施設が秘密裏に建設されました。福島でも奇跡的に高濃度の汚染を逃れた極めて線量の低いエリアであり、関東のホットスポットよりも低い値となっております。ここで施設を稼働すれば、新たな二次汚染は免れません。

この鮫川村の焼却施設はkgあたり8000ベクレル以上もの指定廃棄物を安全に焼却し、減容化を図るための実証実験とされ、ここで得られたデータを基に、各地で焼却炉の設置をするためのモデル事業とされています。

しかし、その進め方は恐ろしいほど密室で行われました。僅か30世帯の同意だけで決定され、村民にも近隣市町住民にも知らされず、住所も非公開。公道から施設が見えないように設計し、法的に授けられた環境設備等を逃れるために施設を小型にするなど、とても国の事業とは思えないルールを無視したやり方に戦慄を覚えるばかりでした。

この焼却施設の説明会では、地権者の一人が「大切な家族を実験に使わないでくれ」と訴え、もう一人の若い父親は「かわいいわが子を避難させて離れ離れに暮らすことは堪えられない」と泣いて訴えましたが、願いは届きませんでした。

建設地区限定の説明会は初め、ビデオの取材を許されず、すぐそばに居住する私たち隣町の住民は参加を拒否され、氷点下10度以上の中、会場の外で震えながら中の説明に耳を傾けざるを得ませんでした。反対していた地権者も次々と説得され、覆されました

私たちの必死の反対もむなしく、環境省は8月に本稼働に踏み切りましたが、僅か9日目にして、地響きを伴う爆発を起こし停止に至りました。

が、絶対安全とされていたモデル事業は破たんしましたが、環境省は爆発の事実を認めず、
「ボンッ!という大きな破裂音」と称して事故を矮小化し、原因は作業員の人為ミスであるとして、更迭することで責任逃れを図っています。
そして、施設の全面的な増改築と、作業員を大幅に増員することで再稼働を目指しています。

施設に不安を持つ複数の住民はすでに鮫川村を去り、今後も増えるとみられています。

各市町村においても同様に、施設建設によって新たな避難者を生み、帰還の妨げになるとして反対する声が上がっていますが、「復興」の掛け声にかき消され、建設地抜きで進められつつあります。

爆発事故をきっかけに、私の住む塙町ではバイオマス発電施設が白紙撤回となりました。
住民の粘り強い運動の成果です。


このバイオマス発電施設は一日340トンものとてつもない量の森林除染廃棄物、そして、震災木質がれきを償却する計画でしたが、同じような施設はさらに少なくても5カ所候補が上がっています。

深刻な内部被ばくをもたらすとされる危険な施設を子どもたちが住む町に建設させてはなりません。

高汚染地帯の無駄な除染と帰還をやめ、汚染物は排出元である原発周辺において、汚染者負担のもと処理を行うよう強く求めます。

この環境省が進める焼却政策を許せば、福島、そして日本は、新たな放射性物質の汚染が進むことは必至です。

皆様どうかこの問題に注目し、施設建設反対に一緒に声をあげていただきますよう強くお願い申し上げます。
ありがとうございました。

*この報告の動画は三輪祐児さんによってアップされています。
http://www.youtube.com/watch?v=-oEnH9HxnjU


(文字おこし:「みんな楽しくHappyがいい」さんより転載、写真:YouTubeより)

10・13原発ゼロ★統一行動

10月13日日比谷公会堂で「原発ゼロ★統一行動」の集会が開かれました。会場はすぐ満員になり、集まった人たちは公会堂の周りを埋めました。

東京新聞
▲東京新聞記事

Image2公会堂
▲公会堂脇

公会堂では次のような人たちからの訴えがありました。
Misao Redwolf(首都圏反原発連合)
篠原義仁 (自由法曹団団長/原発をなくす全国連 絡会)
和田 央子(福島から 鮫川村焼却炉問題連絡会)
肥田舜太郎(日本被団協中央相談所前理事長/全日本民医連顧問)
大江健三郎(作家/さようなら原発 1000万人アクション 呼びかけ人)
鎌田慧(ルポライター/さようなら原発1000万人アクション 呼びかけ人)

●鮫川村の和田央子さんの話は別途、発言を起こしたものを追ってアップします。

日比谷公会堂の集会が終わり、日比谷公園霞門からデモが出発。公園内で集会が終わるのを待っていた人たちも後に続きましたが、約4万人からの人たちなので、なかなかデモに出ることが出来ず、最後の隊列の人たちは3時間も待ったようです。

たんぽぽなど
▲タンポポ舎などの隊列

山田
▲さよなら原発千葉の隊列

Image2ドラム缶
▲ドラム缶を叩く防護服の隊列
 
 デモが終わった人たちは、首相官邸前へ、国会正門前へと霞ヶ関包囲行動に入りました。
 経産省前テントひろばは、「峠の茶屋」のようにお茶やお汁粉をふるまいました。
テントひろば前でドラム隊の演奏もありました。

ドラム隊
▲ドラム隊

この日は7時に行動が終わり、みなさんひっきりなしにテントに立ち寄って行きました。

<追記>
 フランスのバスティーユ広場で、日本の原発ゼロ★統一行動に呼応した集会が10月12日に「よそものネット」の人たち(海外で反原発を闘う日本人たち)を中心に行われました。「かんしょ踊り」を踊っています。
http://www.youtube.com/watch?v=TlElWZrDO38

Image2よそもの
▲よそものネット
 
 ドイツのデュッセルドルフでも、「さようなら原発」で、12日に映画試写会、13日にデモをしたそうです。

(報告・写真:あれこれ屋)

9.12.テント裁判第3回口頭弁論 傍聴報告 被告人取り違えのこんな裁判やる必要あるの?

■今日は傍聴券が当たった!
この日はよく晴れて最後まで日差しが強い一日でした。13時頃に東京地裁前に到着。すでに、人々は集まっていて、まさに抗議集会が始まろうとしていました。顔見知りの人が何人もいてなんか一安心。そのうち、裁判記録を取るように依頼されて、できるかなと思いつつ引き受けていました。

裁判所前抗議行動・黒田さん発言
▲抗議集会

○スラップ訴訟が広がっている!
この裁判前の抗議集会で、新たな事実を知りました。スラップ裁判が広がっているという事なのです。原発のないはずの祝島で何と、電力会社が、反対運動の中心となっていると三人の個人を特定し、原発が建てられないからと、損害賠償を請求しているというのです。心の中でつぶやきました。『そう来たか、中国電力さん。あなたのやることも汚いのね』と。そして続く福島の女たちを含めさまざまな地域からテントを守る理由と抗議する声をききました。その後のシュプレヒコールを聞きながら、この公判は、もはやテントだけの問題ではなく、さまざまなところで起きているスラップ裁判と市民運動そのものの闘いとなっていると感じ、テント以外の人たちのためにも絶対に負けられない、と思いました。

そうこうしている内に、傍聴券を受け取る時間になり、地裁の敷地内へ。屋根がある駐車場もどきのホールへ細い道を通って集合させられました。私は確か91番?で理由なく傍聴券を手に入れられるような気がしていました。待っている間に通路から入ってくる人の番号が目に入りました。えっ、250番を過ぎている!250人以上の人が集まっているのです。どこから、「全員入れろ」の声が聞こえてきました。『ホントにそうだわ。これだけの人が興味を持って見守っているのだから』と思いながら待っているとコンピュータのくじ引きです。前に進みながら、そっと白板に張り出された番号表を見ると、ありました。確かに私の引いた番号91番です。
地裁の中に入るのに空港にある身体検査機を通り抜け公判の場へ向かいましたが、なかなか見つかりません。廊下の表示のなんと見えにくい表示なのでしょうか。慣れている人しか来ないのでしょう。私は最後まで103号法廷の文字を見つけられませんでした。市民のための裁判所とは、ほど遠いと思います。時間5分前、やっと部屋を見つけ席を確保しました。完全方向音痴の私だからと思っていたのですが、どうやら、やっと見つけたのは私だけではなかったと申し上げておきましょう。

■東京地裁103号法廷で裁判始まる
・裁判所側:村上正敏裁判長と右陪審、左陪審とも男性。
・原告代理人(国)11人 
・被告代理人(テント)13人
○14:00。裁判官席を真ん中にして、左側に原告代理人席、右側に被告代理人席。全員着席して始まりました。
開廷の合図がしないのでいつ始まったのか分かりませんでした。が、打ち合わせが始まりました。ノートを準備して待っていましたので慌てなくてよかったのですが、原告代理人の声が小さくてほとんど聞こえません。終わりに、原告側が「早く進めてほしい」と言ったことくらいしかはっきり聞き取れませんでした。

○裁判官席の前で、打ち合わせ、陳述書類などの提出書類の確認。裁判長の「事前陳述がまだなのでまずそこから始めましょう。」という声で始まりました。

・一瀬弁護士の準備書面の陳述。
・大口弁護士の「本日、福島から大勢の傍聴者が来ています。まず渕上より請求却下を求める口頭弁論をし、続いて準備書面の口頭陳述をします。」
・渕上さんの陳述。渕上さんは安倍総理が9月7日の東京オリンピック招致最終プレゼンテーションした際の発言「汚染水はコントロールされ、ブロックされている」発言は虚偽発言であり、高濃度汚染水流失を防ぐ自信を持つ者はどこにもいないこと、福一の事故は継続中であり、収束などしていないこと、その時に再稼働はとんでもないこと、この裁判は福島原発事故に由来し、テントに対する筋違いの訴えであり、取り下げるべきことなど訴えました。(淵上発言中、傍聴席からの声・拍手に対し、裁判長が注意しました。)
・裁判長は、「何度も言っていますが、私も真剣に聞いているので、「合いの手」のような発言は止めてください。」と傍聴人に注意を与えました。神経を使っているのですね。
・次に青木弁護士の『職権乱用である』についての陳述
 1号機の水素爆発に続く3号機の水素爆発は核爆発説があり、原子力規制委員会は原子力国際会議でレベル7を認め、セシューム、ストロンチームなど何種類もの放射線を含んだ崩壊熱を何十年も冷却し続ける必要がある過酷事故であると断定しました。汚染水については水量の詳細に触れながら、山から海へ毎日1千トンの地下水が流れるなかに汚染水が流れ込んでいることを述べた。そして、東電・経産省の対応について批判的な見解をのべ、安倍は「ブロックされている」とウソ発言をし、これには東電も「ありえない」・漁業者も怒っていることを述べました。またこの裁判は訴えの乱用であり、却下しなければならないと明確に主張しました。また海外メディア・諸外国から厳しい目があることを述べた。そして更に、経産省前テントひろばは、いまだ収束していないフクイチ事故の問題を明らかにし、政府が、気がついていない問題があればこれを示唆し、政府が無視しようとする重大問題があれば警鐘を鳴らす場として、政府が施策を行うために必要不可欠な場である。(ささやかな拍手に対して裁判長から再度の厳重注意あり。)テントの存在意義はフクイチ事故を収束させることにあり、この裁判はより良い社会をめざすために訴訟が認められているという本質を無視するものである。本件訴訟は訴訟権の乱用として却下されなければならない、と結びました。
写真 河合弁護士
・河合弁護士は、準備書面の人違い問題を取り上げ、正清氏に対しては訴えを取り下げるべきだと主張しその時の活動の様子を述べて、一瀬弁護士は請求を全て棄却せよ、と結びました。
写真 浅野弁護士 
・浅野弁護士は、被告はこれまで証拠写真につき求釈明を求めてきたが、原告からは未だに真摯・誠実な回答がなく、初めの訴状の内容を変えて新たな主張を出してきている、と詭弁を弄する原告側の主張に真っ向から反対を表明しました。被告側の「映像資料を公開せよ」に対して原告は開示を渋っているわけですが、初めて聞いた声は、「求釈明については回答しない。」でした。
 映像資料の開示に裁判長は、原告側にこの求釈明に対し書式文書で出した方が良いとのアドバイスがあり、原告側は承知しました。そして、次回は11月29日ということになりました。

■原告側の本末転倒の主張
 最後に、原告側代表が、「裁判が長引いているから早く終了してほしい」旨を裁判長に要請しました。それに対して、河合弁護士はすくとたって、「被告人を取り違えるなどという自らのミスで遅延させておきながら、今の原告の発言は聞き捨てならない。求釈明に応じず、引き伸ばしているのはどちらか。被告側に落ち度があるかのような言い方はおかしい。」と応酬しました。ちょっと胸がすきっとした一瞬です。

 気が付いたら15:05で閉廷。原告側のことばを私が聞いたのはたった2回でした。原告団は本当にテントへの「土地明け渡し訴訟」をヤル気があるのかなあ、という感じでした。

■傍聴後記
この裁判について改めて考えてみました。被告人を明らかに間違って特定しているのに、取り下げず継続しているということは、原告側のメンツの問題だけではないだろう。  では、目的は何でしょう。それは、被告側の疲弊と権利要求することへの躊躇と諦めのトラウマを産みつけることにつきるのではないでしょうか。スラップ裁判 は、威圧訴訟、恫喝訴訟と訳されていることからも分かります。祝島・上関・沖縄の報告を聞いても、中国電力や国側の態度はスラップそのものです。そして、瓦礫焼却問題やジャーナリストが、放送局が、そして教育分野にまでスラップ訴訟は広がっています。
カルフォニア州では反スラップ法を制定して禁止をしていますし、その他の州や世界の国でも禁止する国が増加しているとのことです。私たち市民は、まず、それぞれの地域と連携してこれらの裁判を乗り切りましょう。そろそろ日本も真の法治国家にしないといけないと思います。

(報告:アイアラック 写真:あれこれ屋)

ⅰ)スラップ(SLAPP, Strategic Lawsuit Against Public Participation、威圧訴訟、恫喝訴訟。直訳では「対公共関係戦略的法務」)。ジョージ・W・プリングとペネロペ・キャナン(両人ともデンバー大学教授)は、成立し得る基準として以下の四要素が含まれる事を挙げている。
・提訴や告発など、政府・自治体などが権力を発動するよう働きかけること
・が民事訴訟の形を取ること
・巨大企業・政府・地方公共団体が原告になり、個人や民間団体を被告として提訴されること
・公共の利益や社会的意義にかかわる重要な問題を争点としていること

◆日直だより番外編 火曜日横断幕紹介◆

今回は日直だよりの番外編です。

火曜日にたんぽぽ舎ボランティアを中心に制作されている
横断幕を紹介します!

テントひろばで作られて、官邸行動を経て
原発立地地域に送られた横断幕もたくさんあるんですよ。
原発推進のど真ん前で作られた「原発反対」の横断幕が、
迷惑施設を押し付けられている地元へ渡って行くって、
なかなか凄いです。
こういう繋がりって、かならず力になりますよね!

そんな数々の横断幕の中から今回、撮影者(日直だより編集ボラ0.k)が出会えたものを紹介して行きます。


福島を
まずは「福島を忘れない」の横断幕。もちろん、忘れたことないよ!


柏崎刈羽
「柏崎刈羽原発 やめろ!再稼働」柏崎刈羽は新潟、
でもあそこの原発で作られる電気って東京に送られてたんだって。


子供たちに
「子どもたちに未来を語れるか デタラメ新規制基準」
本当に、このままじゃ子どもらに何て言えばいいのか。

だましたな
「よくぞ世界をだましたな」
今でさえ取りきれない責任を放置してんのに、これ以上どうするのかと…。

いまでそ
「検察さん!東電捜査 今でしょ!」
画質悪くてすみません。。
2013/10/16福島原発告訴団が東京検察審査会に検査申し立て!




横断幕制作の中心メンバーであるたんぽぽ舎ボランティアさん達の都合にも寄りますが、
晴れていれば火曜のお昼には大抵作業してらっしゃるということ、

その辺の時間に近くにおこしの際は、ちょっと作業に参加してみては?
この作業自体がれっきとした抗議行動です。



◇ここからは、9月の日直だよりに載らなかった作業時の様子を◆
完成した横断幕の写真とともにお送りしてみます。

汚染水処理しろ


9月3日(火)
・第1テントの「大飯をとめろ くり返すなフクシマ」を「止めろ放射能☠水」に取り替え。
・たんぽぽで下ごしらえして来た「東電の責任に半減期はない」の赤字を何色でふちどりするか検討、キラキラブルーに決め、MNさんが作業。
・TKは「再稼働はダメ、汚染水処理が先」の下ごしらえ、黒地シートに黄色の配字に決める。ダメは赤のラインで×で表現、YYさんの発案。
【TM】



東電半減ない

9月10日(火)
いわきの若者が第1へは時々来るが、第2へは初めての訪問。
・たんぽぽチームが若者といっしょに手伝って横断幕完成。
「東電の責任に半減期はない」にα β γを散らす。
白シートに赤字、キラキラブルーでふちどり、放射線文字は黄。
・次回テーマ検討。「世界をだましたペテン師アベ」に決める。
【TM】




最後に

10月初めに作られていた、「伊方原発再稼働いかん!」の横断幕です。

伊方いかん
後日、金曜日の官邸行動など首都圏の反原発アクションを経て伊方へ旅立ったそうです。

伊方みかん
「!」の点がみかんです!
本当は緑のフチ取りがあるんですが、きれいに撮れていなかったので
完成前の画像で失礼します。。。
伊方はみかんの産地。プルトニウムの産地じゃありません。


(文責 0.k)

第43回テント前オープンマイクのお知らせ

第四十三回「After 311~霞ヶ関の中心で愛を叫ぶ!!」
経産省前テントひろばオープンマイク

2013年10月17日(木)18:00~21:00

【歌うたい、ミュージシャン、詩人、役者、その他表現者各位へ】

第四十二回10月3日(木)は主催〝浦邉 力〟と、「中学生日記」の教師のモデルになったこともある替え歌大王〝ジョニーH〟、内田裕也ファミリーで前回都議会選に立候補した〝山口あずさ〟による天皇玉音放送の朗読、熱い50歳高校教師〝吉浦隆司〟の魂の歌、みんなの涙を誘った医師〝ムロー〟による福島の歌「帰りたい、帰れない」、そしてお馴染みオオトリの〝カクサンスケサンF〟により盛り上がりました。

さて、ここにきて図に乗る安倍政権は特定秘密保護法という平成の治安維持法と言われるものを出して来ました。主催がこのイベントを企画した理由である一番のテーマは『他人からも、自分からも規制されない本当の声を聴かせてくれよ!』ということです。そして、しゃべり場で本音で対話をするということです。

だから、誰でもウェルカムです(^。^)v!ノルマ、ギャラもちろん無し(笑)♪しかし、ライブ後〝しゃべり場〟可♪あと、ネット中継してくれる方も募集します。




持ち時間1人10分前後(一夜につき10人程度、場合により飛び入り可、但し21時以降完全音出し禁止)お問い合わせはメールでchikarasongs@hotmail.com (浦邉(うらべ) 力(ちから))まで

1組目が18時00分スタート(多少前後有り)

雨天は状況によっては順延せずにマイク無しで演る場合もありますが、濡れる覚悟でお願いします。その他状況はツイッター @chikara69 でつぶやきます。(出演者にはメールを送ります)

「第二テント日直だより」第16便

「第二テント日直だより」第16便です。
10月になってしまいました。
9月中にもう一度お届けするつもりだったのに、今になってしまいました。

そろそろ夕方は冷え込むかな?座り込みには上着を持参されるといいかも。
(0.k)
日直だより16


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
9月9日(月)
白い雲が多いですが青空も見えてすゞしい朝です。
12時少し前、90歳の男性がテント訪問、これから記者クラブへ行くそうです。元気でビックリ。
【ヨーカン】

午後
2時頃、早稲田大学の中国人留学生で映像について学んでいる院生が2ー3人で1チームを組んで、2チーム来て取材して行った。
秋川から来た障害者の男性からも、中国人たちからも、オリンピック招致決定についてどう思うか、安倍のコントロールれている、ブロックされている発言をどう思うか聞かれた。
関電前グループなども来て、テントはわりとわいわいしていた。
鹿児島川内原発のパンフが送られてきた。
蚊にすごく刺された。
【あれこれ屋】

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
9月11日(水)
テント2周年の日
午前中から多くの方が訪れました。
第2テントの中も集会の準備のためごった返していました。

15:00ー17:00 集会(経産省正門前)
17:00ー18:00 休憩タイム/軽食提供
18:00ー19:00 経産省への申し入れ行動

私はテント前に机を出してあっきぃさんらと物販や案内をしていました。
19:30ー 「怒りのヒューマンチェーン」は成功し、経産省を取り囲むことができました。
その後もかなりの方がテント周辺に残り、三々五々話をされていました。
第2テントの中でも片付けを終えたスタッフの反省会(?)の場となり、10時をすぎても話が尽きませんでした。
みな様本当にお疲れ様でした。
【メーテル】

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
9月12日(木)
12:00過ぎにテントに着いたら、もう裁判の為に集まった方々が多勢集まっていました。
3人連れの女性の方、「わたしも原発反対!」と言って立ち寄って下さった女性、官邸行動に参加して、その思いを声にして下さいと言って、少しお話ししました。
HIさんに同行してみえた兵庫のGTさんが「いのちを守る回覧板①」をおいて行かれました。明日、あさってに配布したいと思います。
STさんという男性の方がドイツ在住の日本人女性の方を連れてきて下さいました。その方は毎年1回帰国されているそうで、テントももう3回目とのことでした。
さいたまんぞうさんというミュージシャンの方が、自作の「原発・アウト!」という歌のCDをもって見えました。
隔週木曜日のオープンマイクにエントリーするようにすすめました。
【あっきぃ】

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
9月13日(金)
明らかに日射しが夏とは違ってきましたが、じっとりと蒸し暑い一日でした。私はトークイベントの準備もあり、昼過ぎからテント入りしました。茨城から谷田部さんがみえ、バナー作りなどを手伝ってくださいました。
17時より「これでも罪を問えないのですか!福島原発告訴団50人の陳述書」出版記念特別企画テント前トーク。
メインの出演者のはずだった明石昇二郎さんが、同じ時刻に行われた告訴団の緊急集会の方に出られて遅刻されたほかは、順調に進みました。
ゲストの手塚真子さん、白井基夫さん、そしてサプライズで出演してくださった谷田部さんのお話にみなさん熱心に耳を傾けておられました。
6時近くになると、官邸前などでの抗議行動に続々と人が集まってこられ、いつものテントの金曜日に。
8時をすぎると抗議を終えた方々がテントに立ち寄られ、いっそう賑やかになりました。9月15日は再び原発ゼロの日。汚染水問題、支援法のこと、4号機の燃料棒取り出しのこと、安倍首相のインチキ「安全宣言」のこと等々…話題は様々。
第2テントではケロップさんたちの「女子会」の呼びかけに予想以上の女子が集まりました。ときどきはこういう交流をしたいですね。
【メーテル】

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
9月20日(金)
10:30着。快晴。畳を干しました。
土曜日夕方に運び込んだ関西大弾圧救援会のビラを整理する。3箱も1週間置きっ放しにしてすみません。
関西大弾圧でただ一人大阪拘置所に勾留されていたUさん、昨日釈放!!保釈金を払っての釈放ではなく、無条件の勾留取消を勝ちとった。
これはスゴイことです。Uさんはテントができた当時深く関わっていた人で、亡くなったYさんと共に大阪で戦っていて、不当逮捕されました。
保釈の道を選ばず、10ヶ月獄中で戦って勝ったUさん、尊敬します!
お昼頃、SNさんとERさんがテントに立ち寄る。これからベローチェの雇い止めの裁判に行くとのこと。
13時ごろにはこれから裁判に行くというMKさんという方が立ち寄る。メーテルさんのお知り合いとのこと。テント裁判にも来てくれているそうですが、家が長瀞と聞きびっくり!15時ごろSNさんとERさんが再び来て、休憩していく。ERさんは一昨年「テントカフェ」をやったりしていましたが、最近はご無沙汰だったので、久しぶり。
テツさんの抗議が終った後、テント前でUさんの祝勝会。
【しろたま】

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
9月26日(木)
すっかり秋めいて寒いくらい。少しポツポツと雨が降ったが、止んだので、奥の2枚の畳を干した。下に敷かれていた新聞紙も干した。
3時すぎ迄青空でよかったと思ったが、その後、再び暗い空模様に様変わりしたが、雨は降らなかった。
4時頃、東京から神戸に避難している方が福島のママたちの声を届けたいとテキストをA3に拡大してラミネートしたものをもって見えた。福島のお母さんたちは東京オリンピックが決定して、とてもガッカリしているので、その声を伝えたいと思って作られたとのこと。第2テントの全面に吊るしたらどうか、ということになったが、和文・英文が表裏になっているので、別々にした方がよいということになりKionko'sでコピー・ラミネートすることにした。見出しの部分をし残したので、明日ラミネートして持ってきて、Eさんにアドバイスを受けながら吊るすことになった。
テント前は人の絶えることなく、座り込みが続いた。
5時頃SMさんが見えましたが、今日はスピーチはなかった。
【あっきぃ】

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
9月28日(土)
映画会「原発の町を追われて」(正・続)上映&トーク堀切さん(監督)16:00~
迫力のある画、本音でしゃべる双葉町の人たち。トークの部に入っても人数あまり減らず、ずいぶん長い時間集中して過ごしました。
・暗幕がうまくはれました。これなら真昼間でも大丈夫(自画自賛)
【ケロップ】

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テントを守れ@川柳句会

9月29日はさわやかな秋日和。
月に一度、子犬を連れて座り込みに参加するMさんの姿もあった。
7名の参加者で句会を開きましたが、初めて全員が女性でした。
席題は「食べる」「海」の二題。各2句吐。選者は乱鬼龍さん。
特選はおおきな梨(原発なしの意)秀句にはみかん(未完)とレイバーTVの缶バッチ。景品にも落ちがあるのですね。
最近若い草地さんが大活躍。テントひろばからも川柳人が生まれることを期待しています。

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<食べる>
 特選:食べるたび何ベクレルと問いつづけ /草地
  秀句:食べたいなまつたけさんまくりごはん 乾草
     さしみ食う文化をつぶす汚染水 /浮浪雲
    食べ歩き出来ぬ日本に誰がした /芒野
    フクシマよ母なる海に放射能 /落葉

< 海 >
 特選:海の幸幸が不幸に早変わり /草地
     海だって出口ないのをお忘れか /流子
     海汚染地球の7割汚すこと /草地
     汚染水母なる海に丸なげだ /芒野
     汚染水世界の海にしのび込む /わかち愛

ーーーーーーーーーーーーーー
 
次回の句会は11月10日(日)14時(13時半受付)
場所は経産省前テントひろば(第2テント)

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(報告:わかち愛、写真:芒野)

9/14 亀戸中央公園の脱原発集会 ブース出店

 9月14日、亀戸中央公園で「再稼働反対!9.14さようなら原発大集会」が開かれました。労働組合、市民団体など9000人の参加がありました。
 第二テントはブースに出店参加してきました。

テント出店
▲テント出店

 ブースは関西大弾圧救援会・東京の会、わかち愛さん、大村さんほか男性2名(80本の扇子は完売しました!)、第二テント有志で、ひとつテントで出店しました。

福島の森園さん寄る
▲福島の森園さん寄る

 出店ブースの場所が舞台から遠く、人通りが悪く、人目目につきにくい場所にあったため、思ったようには物品を販売することが出来ませんでした。それでも福島原発告訴団の冊子『それでも罪は問えないのですか!』26冊をさばきました。

告訴団の本売れる
▲告訴団の本

 参加者はバッチに興味を示す方が多かったようです。
 鹿児島・川内のパンフは100円ということもあり、集会参加者の中に出向いて、50冊売りました。集会では鹿児島・川内原発の人が、再稼働申請をした以降の九電や自治体の動きの報告もありました。

 福島からの<つながろう!放射能から避難したママネット>の二瓶和子さんと増子理香さんが発言されました。

ママネット増子さん
▲ママネット増子さん

会津若松市職労
▲会津若松市職労

 ブースに専念していたので集会の方はちゃんとフォロー出来ませんでしたが、お天気もよく、有意義な一日でした。

テント隊列
▲テント隊列

(報告・写真:あれこれ屋)

堀切さとみ監督「原発の町を追われて ―避難民・双葉町の記録」上映会@第2テント

9月28日(土)午後4時から堀切さとみ監督のドキュメンタリー映画「原発の町を追われて ―避難民・双葉町の記録」の上映会を第2テントで行なった。当日はいろいろ催しが重なっているので、どの程度、人が来てくれるか心配だったが、スタッフを含めて累計15人ほどが参加。そのうち男性が3分の2くらいを占めた。
まず、本編(56分、2011年)、続編(25分、2013年)を上映。その後、短く休憩を取ったあと、監督を囲んでのトーク。

映画開始


堀切監督のトークから
堀切さんは3.11以前から反原発に関心を持っていたが、住まいの近くにあるさいたまスーパーアリーナに原発立地の人たちが避難してきたことを知り、そこに通うようになった。
なぜ、双葉の人たちにカメラを向けたのか。スーパーアリーナから双葉町の人たちが騎西高校に移り、町民の今(当時)の思いと今後、どうなるか、に関心をもったからだという。
事故が起こった当時、原発立地の人たちは何も言えない状況だった。避難してきた時の思いも、3月いっぱいくらい、とか2、3日で帰れると思っていたとか、人によってまちまちだった。なぜ、自分たちが遠く埼玉県まで避難しなければならないのか、事情がよくわかっていない人も少なくなかった。
避難について言えば、避難所で会った原発建設当時に関わった人の話によれば、原発建設の説明会では放射線状に8本の道路が避難用に作られることになっているということだった。しかし、その計画が実行に移されることはなかった。原発の安全神話を壊すようなことには東電も国もふれてこなかったということだ。

堀切堀切

避難所での生活が続くうちに、次第にさまざまな不満が生じてきたが、最も大きい問題は町役場自体が県外(騎西高校)に置かれていることだった。そのことに対する反発が町民たちを分断する大きな要因の一つになっていった。自分たちの向かうべき相手は本当は国、東電なのに・・・
騎西高校に避難する人たちのあいだでもさまざまな分断が広がっていった。

田中信一さんは福島では4世代10人で生活していた。彼にとっては、何かを決めるとき10人が一緒に暮らせるかどうかが一番大事だった。

町長が代わって、現在、一番の問題は騎西高校での避難所の閉鎖だ。現在、高齢者を中心に約100人が避難しているが、その人たちにとって、そこでの生活が新しい居場所になりつつある。一緒に住んでいることによって、助け、助け合う関係が生まれてきた。借り上げ住宅に入ると、このような関係が失われて孤立が深まる。一番、望ましいのは一人一人が自分の望むかたちで住めるようにすることだ。

現在、住民は福島県内、日本の各地、騎西高校というように住むところが分散してしまっていて、町としてのアイデンティティが失くなっていこうとしている。自分たちの存在は忘れ去られて行くのではないか、と思っている。

堀切監督と話す

参加者からの発言より
参加者から堀切監督に対して質問だけでなく、色々な提案が活発に行われた。
・子どもたちの健康の今後を(監督に)追ってほしい。
・広範囲な生態学的調査が必要である。それは専門家だけでなく、住民自らが出来ることも多い。所沢のダイオキシン問題では、子どもにアトピーが現れたなど、心配事のある住民が集まって情報交換するところから始まり、国を動かすことが出来た。
・田中正造に詳しい乱鬼龍さんからは、「今、必要なのは60年代に宇井純さんが始めた<公害言論>のようなものを立ち上げることだという提案がなされた。

討論は7時まで続き、その後も個々に話が続けられ、堀切監督、参加者の皆さんのおかげでとても充実した時間が持てたと思う。また、いつもながらのケロップさんの用意してくれた飲み物、スナックも話し合いを盛りあげるのに貢献してくれたと思う。皆さん、ありがとうございました。
(報告:あっきい  写真:あれこれ屋)

9.13テント前トークイベント報告

福島原発告訴団による『それでも罪を問えないのですか!~福島原発告訴団50人の陳述書』の出版を記念し、9月13日(金)にテント前でトークイベント「伝えよう!福島の叫びを 届けよう!私たちの思いを」を開催しました。 この本は、昨年6月の福島県民による第1次告訴に参加した1324名の告訴人の陳述書から50編を選び、まとめたもの。トークゲストには 本書の編集に携わったルポライターの明石昇二郎さんをお迎えし、告訴人の一人であり「那須塩原 放射能から子どもを守る会」代表の手塚真子さんを交えてお話を伺いました。トークの進行役は、発行元である㈱金曜日編集部の白井基夫さんが務めてくださいました。

 このイベントの開催を決めた直後の9月9日(月)、告訴団が告訴・告発していた東電幹部、政府関係者ら全員に「不起訴」決定が出たことから、トークイベント当日の午後4時から告訴団が東京地検に説明を求め、午後5時からはその報告集会がもたれることになりました。ゲストの明石さんはそちらに参加したため遅れて到着。それまでは茨城から見えたおなじみの谷田部裕子さんが飛び入りでトークに参加してくださいました。
 本書の刊行に至るまでの裏話、本に込めた思いから始まり、不起訴決定についての解説、栃木や茨城など北関東地域での放射能汚染の現状とそれに対する取り組み、汚染水問題、子ども被災者支援法のことなど話題は尽きず、1時間強という短い時間ながら中身の濃いトークとなりました。

Image3谷田部

このイベントの映像は、下記でご覧いただけます。

20130913 UPLAN テント前トークイベント「伝えよう!福島の叫びを届けよう!私たちの思いを」
(撮影・編集:ユープラン 三輪祐児)
http://www.youtube.com/watch?v=A5InCAL_3ZE



(報告:メーテル)

オープンマイクのお知らせ

毎月第1・第3木曜日恒例のオープンアイクが今週も開催されます。
お誘いあわせの上、ぜひテントに足をお運びください。


第四十二回「After 311~霞ヶ関の中心で愛を叫ぶ!!
    経産省前テントひろばオープンマイク

     2013年10月3日(木)18:00~21:00

【歌うたい、ミュージシャン、詩人、役者、その他表現者各位へ】


第四十一回9月19日(木)は〝浦邉 力〟〝ジョニーH〟〝ムロー〟〝火炎瓶テツ〟〝カクサンスケサンF〟が出演!

途中〝火炎瓶テツ〟のエロ講談に通りがかったご婦人からクレームがつきましたが、主催は約束通りに表現の自由を守り通しました。

この模様は http://www.youtube.com/user/kayoji69 第41回「After311~霞ヶ関の中心で愛を叫ぶ!」に全編アップされてますので、ご覧下さい。



さて、次回10月3日(木)は、42(死人)回です。

TPP、秘密保全法、憲法改悪など、言いたいことも言えない、自由も奪われ、まるで死人のような人生をおくる未来が待っているなんて、どんな気分ですか?

表現者よ、今、表現しないで、いつするの?

熱いモノ見せてくれよ!

誰でもウェルカムです(^。^)v!

ノルマ、ギャラもちろん無し(笑)♪

しかし、ライブ後〝しゃべり場〟可♪

あと、ネット中継してくれる方も募集します。




持ち時間1人10分前後(一夜につき10人程度、場合により飛び入り可、但し21時以降完全音出し禁止)お問い合わせはメールでchikarasongs@hotmail.com (浦邉 力)まで



1組目が18時00分スタート(多少前後有り)

雨天は状況によっては順延せずにマイク無しで演る場合もありますが、濡れる覚悟でお願いします。その他状況はツイッター@chikara69 でつぶやきます。(出演者にはメールを送ります)

東電本社合同抗議に参加を!

9月27日、東京電力は柏崎刈羽原発6,7号機(新潟県)の再稼働に向けた安全審査を原子力規制委員会に申請しました。
福島第一原発事故の収束が困難を極め、大量の汚染水が海洋に放出され続けている中で、また福島や周辺地域で人々が放射能による被ばくに苦しんでいる中で、そして被災者に対する正当な補償も為されていな中で、とんでもないことです。

このたび経産省前テントひろばは、他の3団体(たんぽぽ舎、首都圏反原発連合、東電株主代表訴訟)と共催で、毎月第1水曜日に東電本社前にて抗議行動を行うことを決定いたしました。
第1回目は、10月2日(水)です。
この行動に、ぜひご参加ください。

◆東電解体! 東電本店合同抗議
 汚染水止めろ! 柏崎刈羽再稼働するな!


 2011年5月以降、福島第一原発から海に流出した放射性物質セシウムとストロンチウムの総計は、国が認可した「年間放出管理目標値」の100倍を優に超え、タンクからの漏洩はついにレベル3という危機的事態に直面しています。しかし東電は当初、この原子炉建屋付近の海水漏洩を隠蔽し、参議院選挙後の7月22日になって初めてそれを認めました。事故を引き起こした当時から何も変わっていない、相変わらずの東電の公表姿勢に反して、原子力緊急事態は悪化しており、国家レベルで汚染水対策に注力しなければならない状況といえます。 また東電は、汚染水を処理する能力も無く事故の収束もできず、原発作業員の環境の改善もできないまま、柏崎刈羽原発の再稼働を目論んでおり、国民を欺くような企業体質は事故から学ぶどころか一層陰湿化しています。
 すでに企業の体すらなしていない東電。もはや破綻処理すべき段階まできています。
 その東電に対し、私たちは月例での抗議を呼びかけます。
 みんなの意志をこの劣悪企業に対し突きつけましょう!

1回目 10月2日(水) 2回目 11月6日(水)  3回目 12月4日(水)

場所:東京電力本店前(東京都千代田区内幸町)
   JR・地下鉄新橋駅徒歩5分、都営地下鉄三田線内幸町駅徒歩3分

時間:18:30~20:00


呼びかけ団体:経産省前テントひろば首都圏反原発連合たんぽぽ舍東電株主代表訴訟

東電前抗議チラシ

プロフィール

原発いらない女たちのテントひろば

Author:原発いらない女たちのテントひろば
「未来を孕むとつきとおかのテント行動」を引き継ぐ新ブログにようこそ!

「原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに」は
東京・霞が関の「経産省前テントひろば」を拠点とした、女性による脱原発・反原発のアクションです。
 年齢もバックグラウンドも様々な女たちが、福島原発事故に対して立ち上がった「原発いらない福島の女たち」につながろうと集まって来ました。
 それ以来、つねに新しい仲間を迎えながら、「原発を止めたい」「子どもたちを守りたい」という思いのもとにテントを拠点に多様な活動を続けています。
 生きること、暮らすこと、命をつなぐこと。小さく、ささやかなものへの眼差しを大事にして、「原発」という強大な構造を変えて行けることを固く信じて。
 このブログはもう一つの「テントひろば」。誰にでも開かれた、語らいと学びと交流の場です。世界中の女たちに呼びかけます。
「強く、そしてしなやかにつながっていきましょう!」

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