原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに

お知らせ 11・16「原発事故被害者集会」開催!  福島市で

11月16日(日)福島市公会堂において「原発事故被害者集会」を開催することになりました。
原発事故の被害者たちが、つながりあい、力を合わせて訴えます。お誘い合わせのうえ、会場にお越しください。


告訴

告訴団ura

無農薬の新鮮野菜をどうぞ

みなさん! ご注目を!

去年の夏から、神奈川県で自然農法の無農薬野菜をつくっておられる市川さんが、毎週金曜日、「官邸前金曜日行動」に参加されるとき、出荷用につくられた農作物の一部をリュックで運んできてくださいます。カンパです。

新鮮この上ないものです。長崎長なすの色つやは、本当にほれぼれする「作品」です。
そしてうまい。

皆さんには、それらの野菜をカンパで持って行っていただいています。テントの維持費にさせていただいています。

野菜が端境期から冬に向かうので、来年の春まで、野菜はお休みになるかもしれません。
▼新鮮野菜
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▼みごとな長崎長なす
野菜ややや

▼おくらもおいしい
やさい

▼カボチャや柿も(柿は別の方から)
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▼めずらしいカボチャ
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(写真:あれこれ屋 ぬーさん)

10/29 東京地裁で 函館市大間原発建設差し止め裁判

10月29日(水)、函館市大間原発建設差し止め裁判が、東京地裁で開かれます。
安倍内閣が原発再稼働方針を強める中、函館市が起こした「大間原発建設差し止め裁判」は重要です。
函館や大間から裁判の傍聴に駆け付けることは困難です。
東京及びその近郊の人たちは傍聴に来てください。お願いします。

日時:10月29日午後3時開廷 傍聴抽選締め切り 2時30分。時間厳守
場所:東京地裁103号法廷

裁判終了後、参議院議員会館で報告集会
 

Image2大間
▲このチラシは「大間原発反対関東の会」のちらしを元に、あれこれ屋がブログ用に作成したものです。

10月14日 脱原発テント裁判 第8回口頭弁論傍聴記

 10月14日(火)に行われた「脱原発テント裁判」は、被告・正清、淵上側が、「占有」について、新しい角度からの主張を大口弁護士が出して、裁判の展開が一歩進みました。
 その内容は結構難しかったのですが、山城さんが明快な「裁判傍聴記」を寄せてくださいましたので紹介します。

▼裁判の傍聴に入る前、裁判所前で抗議集会
テント淵上

テント裁判傍聴の記           山城 峻 
 台風19号関東通過の翌日、10月14日(火)10時30分から11時40分頃まで、東京地裁103号室でテント裁判第8回口頭弁論がひらかれた。10月9日以来川内原発再稼働のための「住民説明会」が開催されており、また前々日12日に第2テントが襲撃されるという緊迫した情勢下での口頭弁論であった。

 これまで毎回300人以上が並んだ傍聴抽選だが、今回は前夜の台風のせいか、午前の法廷のためか約120人程度とやや寂しい。傍聴90名ほどの大法廷なので、今日こそはと思っていたところがまたしても抽選にはずれ落胆していたところ、「テント当番にあたっているので」と傍聴券を譲って下さる方がいて傍聴できた。テント裁判では初めての傍聴であった。
法廷に入ると経産省側が裁判官席に向かって左の原告席、テントひろば側が右の被告席、被告席には、河合、大口、宇都宮などの弁護士、正清、渕上の両被告が並び、 冒頭、若干の手続き確認と書面の字句修正などが行われた。そのあとで被告=テント側から原告の主張に対して反論がなされた。

1.大口弁護士、テント敷地の「本来的用途」を証明し、原告側の主張に反論
まず第一に、大口弁護士は、テント設置場所の「本来的用途」について反論。
原告側作成の図をもとに、テント設置の場所はその図において「ポケットパーク」とされており、原告が主張するような経産省の業務に支障をきたすような場所ではなく、それゆえ経産省業務の妨害とはなっておらず、およそ損害などあり得ないこと、
しかも原告は仮処分申請の際はその図を書証として提出したのに、本件訴訟では「秘匿している」と経産省の卑劣な法廷対応を暴露し、裁判官に準備書面の写真、図を示して、はっきり見て判断するよう訴えた。
第二に、原告側からの「テント側は主張を変えている」との「非難」に対して「主張は何ら変わっていない」ことを主位的主張と予備的主張の両面から反論した。主位的主張では原告の「テント広場は経産省敷地の占有」との主張に対し「占有ではない」ことを、「予備的主張」においては、仮に「占有している」との原告側主張を前提とするとしても、そもそも「占有」の定義からして、問題となると述べた。この点は書面を確認していないので詳細はやや理解し難かった。
大口弁護士の声は力強く、経産省側の不当な主張を覆す論旨は明快で、原告側を圧倒し傍聴者を勇気づけるものであった。

2.河合弁護士、経産省の責任を追及し、テントの意義と正当性を主張
ついで河合弁護士が登場、原告である経産省の責任を列挙した。
第一に福島第一原発事故は、最悪の場合首都圏住民2000~3000万人の避難という事態を招く、まさに国家存亡・消滅の危機であったこと、その責任はあげて原発を推進してきた経産省・科学技術庁にある。その責任を自覚させるため、また批判・抗議の意思表示としてテントはあること。
第二に、福島第一原発の事故の結果、15万人以上が避難生活を続け、故郷喪失、コミュニティの崩壊、内部被曝・後遺症による子どもの未来への不安におびえている、そのような現実に対する経産省の責任、さらに「除染」というも所詮は「移染」に過ぎず、山積する放射性物質の中間貯蔵地を大熊町、双葉町に建設し、二つの町を「放射能のゴミ捨て場」にしようとする経産省の責任を厳しく断罪した。そして、再度の原発事故のリスクは大きく経産省の施策は「ロシアン・ルーレット」の如きものと批判した。
それに続き、河合弁護士は、大飯原発裁判判決、東電幹部の起訴相当との検察審査会決定、渡辺さんの自死に対する損害賠償判決など最近の裁判・司法の動きを「司法への大きな望み」と評価し、裁判への期待を表明して、裁判所に重大な責務の自覚を促した。
原発の危険性と福島の現実の悲惨を国民に訴え、経産省の違法性に対する抗議の意思表示としてテントはあるとの河合弁護士の主張は説得力に富み、聞く者に改めてテントの意義と正当性を確信させた

3.「テントは正当行為」、経産省の「テント撤去請求はスラップ訴訟」、
河合弁護士の後に再び大口弁護士が弁論。
テントは憲法に保障される正当防衛ともいうべき権利の主張で、主権者としての地位回復の行為であり、設置場所についても、国土交通省によっても当該地が「広場」という公共の空き地で通行人が休憩したりする場所とされていることを指摘し、原告の「経産省の土地」との主張に反論した。さらに10月12日の右翼によるに第2テント襲撃にふれながら、主権者としての正当な行為に多額の損害賠償請求で恫喝・脅迫するこの訴訟は「スラップ訴訟」に他ならないと経産省を弾劾した。
さらに弁護団からは、3張りのテントは脱原発・反原発・再稼働反対を目的に多数の共同出資により設置されたもので、民法上の「組合」にあたり、仮に被告2名がテントに関与しているとしても、2名は民法上の組合員に過ぎず、撤去請求の訴訟形態としては組合員全員が対象とさるべきであり、その意味でも被告2名だけのこの訴訟は訴訟要件を満たさないので、棄却さるべきものとの主張もなされた。

4.「カネより命」、「撤退はしない」、被告2人の断固たる意志表示
 最後に被告とされた正清、渕上両氏の陳述。
正清さんは、責任ある施策の不在、とりわけ福島への支援対策、被災者への救援もなされず、事故の原因さえ究明されていないにもかかわらず、鹿児島川内原発などの再稼働を推進していると経産省を批判した。スリーマイル、チェルノブイリに続いて、フクシマが全世界に放射性物質を拡散させ、全世界の注目を浴びており、国民の70~80%、女性の90%が脱原発を支持している今こそ、経済成長のための原発推進をやめるべきである、まさに、「カネより命」だと、脱原発を説き、テントの正当性を訴えた。
渕上さんは10月9日から15日までの川内原発再稼働についての「住民説明会」の「実態」を明らかにして、「地域住民の理解を得るため」との名目の住民説明会が再稼働推進のためのプロセスとされていることを厳しく告発し、「原子力行政とは一体何なのか」と原告を追及した。最後にテントは政治的主張の場であり、いくら「出て行け」と言われても、「脱原発はやめない、撤退はしない」と力強く決意を表明した。

5.傍聴を終えて
 午後の報告集会は所用で参加できなかったので、今回が初めての傍聴ということもあり、この傍聴報告も誤解や見当違いがあるかもしれない。
その点で、事務局や関係の方々にさらなる負担を求めることになり心苦しいが、「本日の弁論の要点」、乃至「法廷案内」といった簡単な裁判レジュメ的なものを用意していただけると、ありがたいと感じた
裁判にとって傍聴者の多寡は裁判官に与える影響とともに、裁判闘争の持続のうえでも極めて重要であり、傍聴者は勿論、傍聴抽選に外れた人にも当日の弁論等の内容を紹介し、次回の結集を呼びかける対策・工夫は不可欠である。そのために弁論終了後に報告集会があるのは承知の上だが、長時間の都合がつく人がすべてではないわけで、ぜひレジュメ的なものの検討をお願いしたい。

ともあれ、弁護団、被告の説得力ある、力のこもった弁論・陳述は原告を圧倒し、傍聴者に強い共感を呼び起こした。とはいえ、法理・条理兼ね備え、当事者の動機の真摯性、行為の正当性が明らかであっても行政の意をくむ司法の壁は厚いのが行政訴訟の実態である。いわんや敵は政・財・官複合の原子力村の中枢である経産省という巨大権力、闘いの圧殺、テント撤去の策動は今後とも陰に陽に続くであろう。
今回の弁論を傍聴して、原発推進の是非という国策をめぐる闘いでもあるこの訴訟、負けられないとの思いを改めて強くした。川内原発など再稼働を巡る厳しい攻防の中で、テントの存在、そしてテント裁判の重要性はさらに大きくなっている。この裁判を長期、大衆的に維持していくことはそれ自体が闘いである。
次回も傍聴に来なければ、との思いで裁判所を後にした。

次回弁論は12月3日(水)15:00~16:00、大結集で裁判所を包囲しよう。

第二テントで「大間原発の話を聞く会」を開く

●襲撃された第二テントを修復し、函館の「大間原発訴訟の会」の野村さんのお話 


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10月13日(水)に野村保子さん(函館在住)が東京にこられたので、第二テントで大間原発についてお話していただいた。
野村さんは1994年から大間原発訴訟の会を中心に活動をしているフリーライター。

 当日は雨の降る中を予想以上に多くの方々が参加してくださり、大間原発に対する関心の高さを感じた。日曜日のテント襲撃事件を心配してきてくださった方もいらしたと思う。出入りがあったが、常時10人ほどの方が野村さんの話に耳を傾けた。
思いがけない差し入れもあった。新宿駅にあるカフェ・ベルクの副店長さんが亀の形に焼いた大きなパンをもってきてくださったのだ(残念ながら、写真は暗くてうまく撮れなかった)。

ベルク

●野村さんのお話

野村さんの話は多岐にわたったので、まとめるのはむずかしいが、以下のような点が中心になった。

ありちゃん

・1976年、大間町商工会が大間町議会に要請したことをきっかけに、大間原発建設が決定した。
建設申請は1999年に許可されたが、工事は2008年5月まで着工されなかった。最後の地権者、熊谷あさ子さんが土地を手放さなかったからである。そのため、事業者Jパワーは設計を変更して、再申請を行なった。現在、燃料庫は「あさこはうす」のすぐ傍に建てられている。敷地は広大なのに、なぜ、あさこはうすに隣接して建てられたのか。嫌がらせ以外の何ものでもない。

・この地域は霧が発生しやすい。航空機が近くの横津岳(1166.9m)に墜落したこともある。米軍の三沢基地もある。霧が発生した時に、近くを飛ぶ飛行機が大間原発に追突したら、と思うとぞっとする。

・現在、日本にはプルトニウムが6.5tあり、これは長崎に落とされた原爆(プルトニウム爆弾)が7kgということから考えれば、とてつもない量である。
大間原発は世界初のフルMOX原発で、発電のためというよりも貯まりすぎたプルトニウムを消費するという目的がある。
 MOX燃料というのはウランとプルトニウムを原料として作られる(混合酸化物燃料)。両者は核分裂の速度が違うので、非常な危険が伴う。

原子炉を冷やすために毎秒91tの海水を必要とする。そして冷却後、水温が7度上昇した温水が海に流される。
原発は13ヶ月ごとに約3ヶ月にわたり定期検査を行う。海水を吸い込む直径3mくらいの管に貝がびっしりついており、それを手ではがしていくという作業をしている。

・1994年に「ストップ大間原発道南の会」が立ち上がり、同会が母体となって170名の原告団が2010年7月に「大間原発訴訟」を函館地裁に提訴した。その後も原告の募集を続けており、原告は現在、900名を超えている。10月17日に第14回の公判がある。

・大間町は人口6000人で、闘いきれていないという状況がある。
対岸に住んでいて出来ることは何か、一人一人が自分で考える機会にしたいと思っている。

 野村さんは2012年に『原発に反対しながら研究をつづける小出裕章さんのおはなし』(クレヨンハウス刊、1200円+税)という子ども向けの本を出した。
原発の知識がほとんどない初心者向けの本を紹介してほしいとの参加者からの声に、子ども向けなので、予備知識がなくても読みやすいと同書を勧めてくださった。

 会場には野村さんの友人の方など、テントは初めてという方も何人か参加してくれた。
うれしかったのはHさんという若い女性の参加。彼女は大学卒業後、1年間、資源エネルギー庁で働いていたことがあり、テントに来る勇気がなかったそうだ。午後2時から4時までの会だったが、その後も参加者の交流が続いた。これを機会に大勢の方にこれからもぜひ、テントを訪れてほしいと思う。

参考:野村保子さんのブログ「大間原発止める道」 http://ooma.exblog.jp/20288595/

(報告:あっきい  写真:あれこれ屋)

10月14日は脱原発テント裁判・第8回口頭弁論の日でした。

最大級の台風の中での裁判を覚悟して雨具を用意していたのに、当日はとても気持ちの良い青空でした。

道端で立ち話をしていると、「早く中に行かないと抽選券もらえないよ」と促され、中に入り抽選券をもらうと番号は115番。
「いいこ」なんて語呂がいいなと思っていると、そのまま当選し、法廷の傍聴席に座ることができました。

●今回の口頭弁論では、大口弁護士より
経産省は所有地の一部を占有され、業務を妨害したと訴えているが、経産省提出の敷地図には、テントのある位置を「ポケットパーク」としている。
つまり、業務妨害はしていないし、損害賠償は発生しないとハッキリ主張して下さいました。

●その後、河合弁護士より
①福一原発の事故の重大さ、そしてその監督責任は経産省にある。
②現地に住む人々は後遺症にビクビクしながら住んでいる、避難した人々は移住したことで経済的問題に直面している。その問題を引き起こした監督責任は、経産省にある。
③経産省の喉元で反省を促す為にも、テントがあの場所にあることに意義がある。
などなど、主張して下さり、聞いて胸が透く思いでした。

●経産省側の反論はなく、その後、被告人の正清さんと淵上さんの2人が意見を述べました。
まず、正清さんが淡々とそして論理的に今の政治不信の状況とそれに対応しない経産省への憤りを語り、その後淵上さんが情熱的に、そして力強く、今、川内原発の説明会で行われている異常な状況を報告していました。
淵上さんは最後に経産省側に向かって「お前達は俺たち国民から支払われる給料をもらってそこに座っているんだろうが、こっちは無給どころか、持ち出しだ。」と述べる思わずもらい笑いをしてしまうシーンも有りました。

次回、第9回口頭弁論は12月3日(水)午後3時~4時。
次回も沢山の人達が集まるといいですね。(A.B)

(法廷報告:A.B )

■口頭弁論の前段、いつものように裁判所前で、山田さんの司会で抗議集会を行いました。この日も福島から何人もの方が来られました。名物的出で立ちの安藤さんはまずテントに寄られ、右翼の襲撃について、テントの者たちを励ましてくださいました。

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裁判所前の安藤さん

この日は茨城県東海村村議の相沢さんも裁判傍聴から来られ、まず挨拶されました。 

▼傍聴抽選は10時締め切り
傍聴抽選

(前段集会の報告:あれこれ屋 写真:あれこれ屋)

10月15日 第二テントの炬燵の上に、お見舞いのフラワー・アレンジメント

テント襲撃に対しての皆さんからのお見舞い、カンパなどに感謝します。

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10月12日(日)にテントが右翼から攻撃されたことに多くの人がお見舞いや励ましをくださいました。
10月15日(木)に第二テントの当番に入ったら、こたつテーブルの上に西東京の方からのお見舞いのフラワー・アレンジメントがのっていました。14日の夜にもってきてくださったようです。

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ぬいぐるみも2つ添えてあって、1つは「山の家に帰りたい!」、もうひとつは「なくそう原発 ふやそう環境エネルギー」というたすきをかけていました。あたたかい思いやりを感じて、心がなごみました。ありがとうございます。テントはみんなのものです!!

(報告:あっきい  写真:ぬーさん)

右翼が経産省前テントを襲撃 あらゆる攻撃に屈せず闘い続けましょう。

10月12日(日)夕方、右翼が経産省前テントを襲撃しました。

■東京新聞記事(10/13

Image3東京新聞

■当日のあらまし
10月12日(日)午後5時半ころ、経産省正門前の方から女性1人を含む4人がテントを襲撃しました。約30分間、テントの正面のバナーを壊したり、第二テントの中に入って棚を倒したりと乱暴狼藉を働きました。彼らはみずから、襲撃の様子をツイキャスでネットに流しました。桜田修成と新社会運動という右翼だそうです。
襲撃した側のキャス(録画)⇒
http://twitcasting.tv/peng1n_28/movie/108000244…

第二テントをしっちゃかめっちゃかにしました。本当に許せないことです。このとき、テントには10名くらいの人がいたそうです。第一テントの方には手をつけませんてした。
第二テントの中に入り込んで中を破壊する右翼に、「やめてください」と立ち向かっていった女性たちもいました。幸いけが人は出ませんでした。

・第二テント内 左側
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・第二テント内左側
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・正面看板バナー
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丸の内署の警察が来ました。写真を撮ったりしました。襲撃者4人がいましたので警察は彼らを連れて行きました。彼らは、午後10時過ぎには釈放されたということです。あれだけの乱暴狼藉を働いているのにです。

テントからは正清さんが事情聴取ということで、やはり丸の内署につれて行かれました。
また、テント裁判の弁護士の一瀬さんも丸の内署に行きました。

7時頃になるとテント襲撃を知って、心配してかなりの人が集まってきました。報道ではTBSと東京新聞が来ました。東京新聞には翌朝、記事が出ました。

経産省の警備もビデオ撮りにきました。
「なにしに今頃くるのか」と詰問したら、「いや、さっきも来ていた」などといいわけをしました。ただ見ていたようです。

台風がくる情勢でしたので、人手があるうちに片付けをすることになりました。まず、彼らがテントの屋根にのぼってテントを破って中に入った箇所の修理を男性陣がしてくれました。外側からと内側からの仮修復。

・テント屋根仮修復
原田DSCF0514

第二テントに入って左側の奥の、本やいろいろのものがのせてある棚は、棚ごと放り投げられた状態でしたのでそれを元通りにしたり、割り箸とか紙コップ、金曜日のお茶だしグッズなども地面に投げ出されていたので、そういうものは捨てたり拾ったりしました。
その他、いろいろです。土間の黒い机(グッズを置いている)もバラバラにされてしまいました。

・第二テント内
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この日は10時過ぎに片付けを一旦やめ、次の日10/13にさらに整えることにしました。

皆さんが口々に指摘していた点は、極右安倍政権のもとで、右翼とニコニコ写真をとるような閣僚の布陣となったので、街宣右翼、在特会右翼、ネトウヨが勢いをつけてきているのだということでした。実際、その前の日曜日(10/5)も街宣右翼が来て、第一テントの入り口や植木鉢などを破壊して行きました。

これからこうした事態はこれから増えるかもしれませんが、私たちは屈しないで、この原発事故の未曾有の事態と闘っていかなくてはならないと思います。「福島とともにある」ということはあらゆること、あらゆる事態とたたかっていくということなのだと思います。

■次の日の10月13日
この日は午後から、青森の大間原発建設反対を闘っている北海道の「函館の会」の野村さんのお話を聞く会が第二テントで計画されていましたので、その時までには、第二テントをきちっとしておかなければということで、朝から整理に入りました。

・第二テント内部を整理
あらかた整理

・テント屋根修復
台風もくるので、前夜は仮修理にしていた第二テントの屋根を若者たちが修理してくれました。
テント原田

この日も朝から「東京新聞」の記事を見てきてとか、ネットで知った、大丈夫か、なにか手伝うことはないかとかと、心配して訪ねてくださる方が次々といました。
テントはみんなで支えていると感じました。

そして、次の日10月14日は朝から「脱原発テント裁判 第8回口頭弁論でした。

(報告:あれこれ屋(あれこれ屋は6時30分頃にテントに到着) 写真:いろいろの人)

10月14日午前 「脱原発テントと命を守る裁判」(第8回口頭弁論)へ

脱原発テントと命守る裁判・第8回口頭弁論が開かれます。

Image2テント裁判

原告(国・経産省など)と被告(テントひろばの淵上、正清)の論争点は「被告2人が占有している」という点です。今度の裁判は新しい展開になることが予想されます。

また、経産省側は「次回=12月3日の裁判で結審しろ(終わりにしろ)」などと主張しています。まだ、なにも始まっていないのに終わらせることなどできません。私たち傍聴者はまだ原告(国・経産省)側がちゃんとしゃべる声すら聞いていないのです。

<来年も引き続き、闘う事ができるか!否か?>の瀬戸際を迎えています。
たくさんの人に集まってほしいです。

■10月14日(火) 東京地裁(103号法廷)10時30分開廷
 9時30分  地裁前集合 簡単な集会
 9時50分  傍聴抽選に並ぶ。
 10時    傍聴抽選締め切り(10時に遅れないでください。)
 10時30分 開廷(裁判始まる)


◆報告集会 裁判終了後、昼休みをとって、13時から参議院議員会館・講堂で行います。

9/27、28 ・録画:川内原発再稼働阻止現地行動の報告

9月27・28日に川内原発再稼働阻止の現地行動が行われ、東京からも約100名が参加。現地行動に参加できなかった皆さんにもその模様をお知らせたいと思い、dukecord さんが提供してくれた録画でたどってみました(名前の後の数字は録画時刻)。

■9月27日(土)午後4時から「再稼働阻止全国ネットワーク全国相談会」 
全国相談会には薩摩川内、鹿児島の方々、志賀・伊方・大間など原発現地の方々と東京からの参加者の合計120名が集まり、いかに川内原発再稼働を止めるかについて話し合った。会議中に御嶽山噴火の報が入った。次いで、桜島も噴火した(日時不詳)。
▼広瀬隆さんの話https://docs.google.com/file/d/0B6EQ5_tZOVZcUDlPU00tdEJ2ZlE/edit?pli=1

▼鎌田慧さん(4:20)
Image2鎌田

 ▼ミサオ・レッドウルフさんの
http://www.youtube.com/watch?v=5u9aQe8ZOa8&list=UU_C_MSVI5fFU-ME8pcar4Og&index=26

▼渕上太郎さんの話
http://www.youtube.com/watch?v=lsROKvogdfc&list=UU_C_MSVI5fFU-ME8pcar4Og&index=25

Image2淵上-001

渕上太郎さんはきのう川内原発裏側の久見崎海岸に設置されたテント村について報告。

■9月28日(日)午前 川内原発ゲート前抗議行動
9月28日(日)は川内原発前抗議行動のため、早朝、薩摩川内のホテルから貸切バス2台で移動。ゲート前に約200名が集まった。川内・鹿児島・東京の主催5団体や原発現地9団体のアピールと「川内原発、再稼働反対!」のシュプレヒコールを行った。

・録画:9月28日川内原発前の抗議行動
(4-1)http://www.youtube.com/watch?v=Pav1f4R0UYg&list=UU_C_MSVI5fFU-ME8pcar4Og&index=24

▼ゲート前に集まる
Image2川内原発前鹿児島

(4-2)http://www.youtube.com/watch?v=kWUSsVU0HWQ&list=UU_C_MSVI5fFU-ME8pcar4Og&index=23

(4-3)http://www.youtube.com/watch?v=F-fm2LadymA&index=22&list=UU_C_MSVI5fFU-ME8pcar4Og

ゲート前抗議行動開始(3:20)
シュプレヒコール(3:21)
主催者の挨拶:柳田真さん(4:45)
渕上太郎さん(6:45)
川内原発建設反対連絡協議会:鳥原良子さん(9:25)
さよなら原発いのちの会:井上さん(10:53)
かごしま反原発連合有志:岩井哲さん(13:50)
シュプレヒコール(16:45)
原発いらない福島の女たち:木田せつこさん(18:24
)▼
Image2木田

福島からの避難者:二瓶和子さん(24:22)
泊原発の廃炉をめざす会:佐藤英行さん(25:25)
青森・大間原発反対現地集会実行委員会:中道雅史さん(27:30)


 8団体の抗議・申入書を九電職員に手渡したあと、バスに乗り、まず、ゲート前から川内原発を囲む道路を通って、26日に海岸に建てられた7張りのテントを見学。脱原発テント村としては国内で6番目となる。

■録画:川内原発立地点の海岸に作られた監視テント(1)
http://www.youtube.com/watch?v=P_z7JCsJ29U&list=UU_C_MSVI5fFU-ME8pcar4Og&index=21

Image2海岸テント

てんてん

Image2テントてんと

■9/28午後1時~
 鹿児島市中心部の天文館公園で「ストップ川内原発再稼働!9.28全国集会」

集会の主催は「ストップ再稼働!3.11かごしま集会実行委員会」。参加者は7500人。県内初の大規模集会となった。集会ステージ前には再稼働阻止全国ネットワークのリレーアクションで集められた50枚の寄せ書き横断幕が一面に置かれていた。

・録画:9月28日鹿児島市「川内原発再稼働反対大集会」(5-1)
http://www.youtube.com/watch?v=i0RqIbwBeTg&list=UU_C_MSVI5fFU-ME8pcar4Og&index=19

 Image2集会

開会あいさつ:宍道紀代美さん:ストップ再稼働!3.11鹿児島集会実行委員会共同代表(録画無し) 
向原祥隆さん:同事務局長(0:00) 
鎌田慧さん:さよなら原発1000万人署名市民の会 (5:15)
盛本達也さん:原発をなくす全国連絡会(10:39)
ミサオ・レッドウルフさん:首都圏反原発連合(15:33)
菅直人元首相(特別ゲスト)(20:13)
集会参加国会議員の紹介(26:50)
  日本共産党衆議院議員 笠井亮(あきら)さん
  同     参議院議員 仁比そうへいさん


Image2集会全体

・録画5-2
http://www.youtube.com/watch?v=L-qw2QxIdU0&list=UU_C_MSVI5fFU-ME8pcar4Og&index=20

社会民主党 吉田忠智参議院議員(0:00)
青木幸雄さん(宮崎県で緊急署名を集めている)(1:50)
*現地からの報告としてそのほかに福島原発、玄海原発、原発いらない!九州実行委員会の報告
(録画なし)

会場かい

・録画5-3
http://www.youtube.com/watch?v=QY70ZS7HZyA&list=UU_C_MSVI5fFU-ME8pcar4Og&index=18

○鳥原良子さん:川内原発建設反対連絡協議会会長(0:00)
 「薩摩川内の市民グループが1万3000戸にアンケートを配布したところ、85%が再稼働に反対だったが、議会や市長は賛成している。住民説明会の申し込みが定員1200人のところ、1300人の申し込みがあった。何回でも説明会を開いて聞きたい人全員に聞かせるべき。
○川端清明さん:薩摩川内市山之口団地自治会長(4:05)
 「自治会として再稼働反対表明の取り組みをした。ほかの自治会でも運動が始まっている。」「52円の住民投票の仲間達」という、はがきに本音を書いてもらい、市と議会に市民の声を届ける取り組みを立ち上げた。」
○江藤卓郎さん:避難計画を考える緊急署名の会(いちき串木野市)(7:00)
  「原発事故が起こると、最大の被害地になる。わたしたちはふるさとを失いたくない。 川内原発再稼働に反対する市民の緊急署名に取り組み、15,655筆(市民の過半数)が集まった。」
○森雅美弁護士:九州電力川内原発の運転差止め訴訟弁護団(9:03)
 「現在、原告は2472名。まだ原告を募集しているので、ぜひ参加してほしい。」「5月に営業差止め仮処分の申請を行った。早ければ今年の終わりまでに決定が出ると思う。」「49名の県会議員に再稼働についてのアンケートを取ったところ、38名がうやむな回答しか出さなかった。もっと人間の命のような重大な問題について、見識のある議員を選ばなければならない。
○集会参加県議会議員の紹介
・遠嶋春日児(はるひこ)議員、県民連合(12:15)
「県議会でとことん意見を戦わせようという議員のひとり(司会の紹介)
今日は県民連合7名のうち4名と共産党の方1名が参加しています。今回の審査は全くおかしい。新しい審査基準を作って審査し直すべき。1,2号機が最終的にパスしてしまうと、福島の事故が再び起こる可能性を否定出来ない。
○30キロ圏内自治体議員の紹介
・井上勝博議員、日本共産党(17:25)(議員を代表して発言)
「今、薩摩川内市は変わりつつある。再稼働の声を突きつけて行こう。
○集会参加著名人の名前紹介(21:43)
  ・広瀬隆さん(作家)
  ・藤田祐幸さん(物理学者、長崎在住)
  ・伴英幸さん(原子力情報資料室)
  ・振律かつみさん(チェルノブイリ・ヒバクシャ救援関西)
  ・山本太郎さん(参議院議員)
  ・木田せつこさん(原発いらない福島の女たち)
○メッセージの紹介
  ステージ右側に飾られた熊本から今日の集会のために寄せられた、メッセージが描かれたハンカチの紹介。

・録画5-4
http://www.youtube.com/watch?v=SWMx9uGz1ao&list=UU_C_MSVI5fFU-ME8pcar4Og&index=17

■集会アピールの提案と採択

■鹿児島市内デモ
・録画5-5 
http://www.youtube.com/watch?v=Jnv38ovNbqc&list=UU_C_MSVI5fFU-ME8pcar4Og&index=16

Image2鹿児島

 集会後、デモに移った。デモコースは会場の天文館公園から鹿児島中央駅まで2.5キロ。「原発いらない、再稼働反対!」と声をあげながら2時間かけて行進し、中央駅で流れ解散となった。

参考資料:
・川内原発再稼働阻止!テント宣言(テントひろば日誌 10月3日付け)      http://tentohiroba.tumblr.com/
・鹿児島集会アピールhttps://docs.google.com/file/d/0B6EQ5_tZOVZcUDlPU00tdEJ2ZlE/edit?pli=1


*この報告は以下の報告記事を参考にまとめたものです。
・「テントひろば日誌」9月28日付け記事(K.M.) http://tentohiroba.tumblr.com/
・「たんぽぽ舎メルマガ TMN、No2295 「9/27・28現地参加レポート」(水尾寛己)http://saikadososhinet.sakura.ne.jp/ss/archives/6812
・長崎地区労:GOODBYE NUKES 「ストップ川内原発再稼働!9.28全国集会」
http://www13.ocn.ne.jp/~ntikurou/heiwa92.htm

(まとめ:あっきい   録画:dukecord さん)

10/1 定例・東電本店合同抗議行動 被爆労働ネットワークからの報告

 10月1日、毎月第一水曜日に行われている東電本店合同抗議行動(主催:たんぽぽ舎、経産省前テントひろば)はこの日も、色とりどりののぼり旗をもって、6時30分~8時まで行われました。第二テントの「福島とともに」の幟もMさんがもって、参加しています。

東電DSCF0447

 東電の犯罪は日を追って深くなっています。とりわけ、廃炉作業に携わる被爆労働者の労働実態は過酷を極めています。そのことについて、<被ばく労働ネットワーク>から抗議文読み上げられましたので、紹介します。

▼被爆労働ネットワークのアピール(写真が鮮明でなくてすみません)
被爆

■<被ばく労働ネットワーク>からの報告
被ばく労働を考えるネットワークでは、この春「被ばく労働者春闘」と名付けた行動を行いました。廃炉・収束作業発注者の東電と除染作業元請けの前田建設の社前で抗議と申し入れ、国に対しては、経産省、厚労省、環境省と省庁交渉を行い、被ばく労働者春闘集会も行いました。

東電へは「被ばく労働者春闘」統一要求として、主に次のような内容の申し入れ書を出しました。(原文は長文のため項目のみ、概要)
一 全労働者への正当な賃金支払いの最終責任をもつこと。
一 スケジュールや経費削減を優先した無理な作業計画をやめよ。
 労働者の安全を最優先し、現場の意見を取り入れた作業工程に改善せよ。
一 被ばく労働は危険有害業務であり、労基法で残業は1日2時間までと決められているが、現場では違法な長時間労働が行われている。
東電は、被ばく線量管理の責任を負うのだから、労働時間についても管理責任を果たせ。
一 偽装請負等の違法派遣の利用をやめ、労働者が長期に安心して働けるように責任をとること。

それに対する東電の回答は、「法律や国の指導に則り、適切に対処してまいる所存です」
というものでした。


そこで、9月にまた再度の申し入れ書を送りました
3月末に基礎杭に入って作業中の労働者がコンクリートと土砂の下敷きになるという死亡事故が起こりましたので、その件も含めました。
申し入れ書の概要は、
一 3月28日に発生した死亡事故について、安全配慮義務違反があったこと、緊急救命措置が遅れたことを認め、謝罪し、東電が第一義的な責任を負うことを表明せよ。
一 危険手当1日1万円から2万円への増額が、下請労働者の賃金に反映されたかを調査し、結果を公表せよ。
一 基本給は最低でも「公共工事設計労務単価」(2014年、福島県・普通作業員)16000円相当額が支払われることに、東電は責任をもて。
一 東電は福島第一で働く全労働者の「被ばく線量管理」のみならず、一日の労働時間管理についても違法のないように管理する責任をもて。
一 偽装請負等の違法派遣をなくすこと。

回答の締切は9月末でしたので、昨日付けで回答が送られてくると思います。

被ばく労働を考えるネットワークでは、労働者が直接言いにくい労働条件などの要望について、引き続き労働者からの声を聴き、しつこく東電へ申し入れを行っていきます。
また、省庁交渉も引き続き行っていきます。

現場労働者の安全を第一とした廃炉計画を作らせていくためにも、地味ですが、東電および国への申し入れを行い、回答を引き出してまいりますので、みなさまのご理解、ご協力をよろしくお願いいたします。
以上

(紹介:あれこれ屋 写真:あれこれ屋)

福島原発事故の責任を問う 9.30院内集会&東京地検包囲の報告

9月30日(火) 福島原発告訴団はバス3台で福島県各地から上京し、東京地検に対して「地検は自らが起訴せよ」という趣旨の「上申書」を提出しました。

この日の行動はユープランの動画にあります。ご覧ください。
http://www.youtube.com/watch?v=2ZdkyeWQuPo&list=UUhjEbWVGnGHhghoHLfaQOtA

■参議院議員会館講堂で院内集会
 東京地検への上申書の提出と抗議行動に先立って、12時~13時30分まで、参議院議員会館講堂を満杯にした340名を超す人々で集会を持ちました。

▼写真
告訴全体

●司会は福島告訴団の地脇さん

●佐藤和義副団長が次のような挨拶をしました。
「福島原発事故から3年余たったが福島は厳しい状況に置かれている。福島がなかったのようにして川内原発再稼働に向かっている。原発輸出を行う一方、再生可能エネルギーの買い取りは縮小という。全国告訴団が中心になって福島の風化と被災者の分断を封じていこう。
検察審査会が3人の起訴相当を出したが、地検が自ら起訴することが必要。今日はそのための行動。 私たち被災者・被害者が声をあげ続けて事態を変えていこう。」

●海渡雄一弁護士は最初に、河合弁護士と手分けして、今日地検に提出する「上申書」の解説をすると言われました。
Image2カイト

★海渡弁護士は、上申書では被疑者勝俣、武藤、小森はこの深刻な災害を予見することができたという点を出した。検察審査会は津波想定を重視した議決を出したがその通りだ。
 2002年政府の地震調査研究推進本部(推本)」は福島県沖でマグニチュード8クラスの地震が30年以内に20%程度の確率で発生すると予測した。(ドイツの場合は100万年に1度の確率で計算)
 2008年、東京電力の土木調査グループは被疑者武藤に15.7mの津波が生ずる試算を報告したが、武藤らは推本の意見、土木調査グループ試算を取り入れなかった。

★朝日新聞叩きで「吉田所長の調書」を取り上げているが、吉田調書の意義は大きい。
朝日がスクープしなかったら、今日、吉田調書などは公開にはならなかった。
吉田調書では、「中越沖地震対策会議」が社長、会長、武藤、武黒、吉田らでもたれ、そこで、「太平洋側の場合、今想定しているより大きい津波が来る可能性を否定できない。対策が必要」「その場合のお金の配分も検討した」とある。である以上、勝俣の「知らなかった」という証言はウソ。東電は中越沖地震の対策に大わらわで、津波対策にお金をかけることをやめたと思う。
 東電の刑事上の罪を決めるのは裁判所の役割だ。検察はそれを指定弁護士に任せることは卑怯なこと。自らで東電の罪を立証することだ。検察が起訴せよ」と海渡さんは発言を結んだ。

●河合弘之弁護士も福島の真実を明らかにするためには、検察の手で責任者を起訴することが重要なのだと言われた。
河合弁護士

★河合弁護士は福島原発事故関連のいろいろの裁判によって、連鎖的に事態を明確にしていくことができている点、裁判どうしがいい関係になってきている点を指摘された。
★政府の事故調の報告書が出て、それを元にして東電株主代表訴訟の訴状が書けた。その訴状で書いたことはそのまま告訴団の訴状に使えるなと考え、告訴団の告訴状ができた。告訴団訴訟では検察審査会が起訴相当の議決を出した。その議決の内容は、株主代表訴訟に生かして闘っている。清水、武藤らは逃れられない。ブーメランのようだ。
 株主代表訴訟のなかで、テレビ会議電話が明らかにされたが、某新聞社の人が裁判が終わったらテレビ会議の記録は破棄されてしまうかもしれないというので、証拠保全を申し立て、認められた。
検察審査会の議決は大飯原発差し止め訴訟の判決が影響している。

★津波で事故を起こした花火工場の事業者と原発事業者の予見可能性の能力は同じか?
被害が大きい施設であればその事業者の注意義務は大きく、予見可能性の能力が問われる。検察は同じように予見可能性はなかったというがそれは間違っている。あらゆる観点で違う。
 吉田調書の内容は重要。朝日新聞の記者がスクープをしたので、それを私たちは情報公開請求をして証拠にした。
テント裁判を含めて、ブーメランのようにつながって、相乗効果になっている。
 飯館村の人たちが損害賠償訴訟を起こした。「謝れ 償え なくせ原発」ということで立ち上がった。私たちの闘いはみな密接につながっている。それぞれの持ち場の闘いを徹底的にやろう。

●保田行雄弁護士は「これからの被害者の闘いについて」話された。
Image2保田

検察審査会の議決は大きい。まだ、良識が残っていた。福島の被害者にとって本当によかった。
 飯舘村の長谷川さんたちから相談を受けた。原発被害を糾弾し、原発完全廃止を求めて立ち上がった。8月に訴訟団を結成した。村民の約半分3000人を超える人が参加してきている。
 政府の原子力損害賠償紛争審査会(原陪審)は中間指針定め、保障を定めている。損害はなにが原因かということで、政府の避難指示があったかどうかで損害の有無を判断するとしている。汚染実態を反映してない。今福島でやられているのは除染と避難解除。これは 何を意味するかと言えば損害倍書の打ち切りだ。不動産賠償をしたからと言って元の生活にはもどれない。それでおしまいというのは絶対に許されない。
 飯館村の闘いはこれからのあらゆる闘いの再度の契機になる。脱原発の運動と被害者の運動を結びつけていこう。全ての被害者の完全賠償を勝ち取っていこう。告訴団の闘いはとても重要だ。

●弁護士の話の後、告訴人の話からの発言がありました。とても重い内容でした。
工藤悦子さん(会津坂下町)
菅野千代子さん(浪江町)
菅野つよしさん(川俣町山木屋)
 告訴人の発言は、別途します。


●さらにその後、広瀬隆さんと落合恵子さんの迫力ある発言がありました。

●福島原発告訴団団長・武藤類子さんのまとめ 
Image2武藤

検察審査会の議決はうれしかった。東京地検に葉書を送ってください。
それから「11・16 もう我慢しない!立ち上がる 原発事故被害者集会」に参加してください。被害者が声を上げなければならないということで集会をします。
 今日の行動への参加とカンパ17万円余、ありがとうございました。
 福島では分断が進みみんな疲れ切っています。自分たちは被害者なんだと思い続け、意識し続けていることは大変なことです。しかし、そうしないと被害の責任を追及していくことはできないと思う。二度とこのような被害・悲劇をくりかえさないために皆さんの協力をお願いします。手と手を重ねていきたい。よろしくお願いします。

■東京地検への「上申書」提出と抗議行動

上京団検察前

告訴シュプレヒコール

(まとめ:あれこれ屋 写真:ユープランさん あれこれ屋)

橋本あきさん(原発いらない福島の女たち)の話 @9.23さようなら原発全国大集会

9月23日、東京・亀戸中央公園に集まった1万6000人の人たちを前にして、橋本あきさん(原発いらない福島の女たち)は発言しました。

▼橋本あきさん
Image2橋本

「こんにちわ。福島から来ました橋本あきと申します。今日はこのような上段でわたくし如きが話をするなんて、夢にも思っていませんでした。しかも3年前には遠く、神のような存在だった方々がお話しする中で一緒に、こういう座にいるなんて、ホントにわたし、恐れ多い感じで、今、立っています。

1986年のチェルノブイリ原発事故当時のニュースなんて全然記憶になく、社会に対する関心も薄かったようなわたしで、何の危機感も状勢を知ろうとすらしなかったように思います。でも、わたしは中学生の頃から1行日記もどきをつけていたので、一応、何か記録があるか、探してみました。
4月26日 土曜日友引 くもり 10時間の仕事をして足腰が痛い。
4月27日 桜が終盤となり、さみしい時、とあるだけでした。
でも、5月1日先勝 晴れのちくもり、ソ連の原発事故のせいか、ゆうべよりかなり冷え込む。朝夕こたつがほしいと書いてあり、わたしなりに驚き、ちょっとは世界状勢を考えていたようでした。それで、自分でもちょっと安心しました。やはり記憶というものは薄れゆくものだし、我が身に起こらないと忘れていくものだということをつくづく思いました。

 話はちょっと変わりますが、わたしの父親は大変な大酒飲みでした。毎晩の晩酌は当たり前、たまに外へ飲みに行くと、決まって大きな声で軍歌を歌って帰ってきました。軍歌特集のLPレコードを聞いて、よく泣き伏せっていました。悲惨な戦争体験で多くの犠牲者、恐怖、飢えを思い出していたのだと思います。軍国少年がそのまま年老いて人生を送っていたような父でした。国や政府のいうことに関しても、物申すなんてことはとんでもないことだとよく言っていたし、それらを聞いていた若いときのわたしはそんなもんだと思って、ただ聞いていました。でも今、こういうことになって、今、父が生きていたら、この有様はなんだ、このまま、黙っていていいのか、とか、大喧嘩になり、親子断絶になっていると思います。
でも、わたしの子どもがアトピー性皮膚炎で生まれてから、社会的な問題に関心が行き、食品添加物、地球環境とかに関心が広がり、やっと原発に行き着いた次第でした。
 
 その頃から、原発、沖縄、憲法などの勉強会やらデモやらがあると、せっせと出かけて学びました。わたしは大きなことは言えないし、大きなことも書けません。しかし戦争と原発はいらないと大きな声で言えるし、書けます(拍手)。

田中正造さんの言う「山を荒さず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さずあるべし」。これこそ、政府、官僚に今、必須科目として学んでほしいことだと(拍手)、これはわたし、大きな声で言いたいと思います。
そして今の子どもたちに教えるのは、わたし、宗教とか色んなアレではないんですけども、愛国心てあまり使いたくない言葉なんですけども、今の子どもたちに、こういう田中正造さんの言うことを人間の一番基本だということを教える時期じゃないかと思います。

今、生きている源の土、水、空気等が壊され続けていますが、今、壊さなければならないのは、日本政府の言う、嘘、ごまかし、脅しです。これによって、今や福島ばかりではなく、日本全体を汚し続け、30年後とか、金目とか、よくもヌケヌケと言えるもんだと、いらぬ関心さえ出てきてしまいます(拍手)。
原発か、再生エネルギーかと、論争が起きていますが、電気なしの生活はできないが、自分は消費を抑える力、知恵、工夫はあるよって言う人はかなりいると思います。そして、どう考えても原発はいらないんだと結論が出るはずです(そうだ!の声)。その証拠に百万ドルの夜景と言われている東京、原発なしで成り立っていますからね。
 
 最後に、わたしのような何の知識も学識もない者が、単に原発をとてつもなく怖いもの、単純にそういう風にしか思ってない者なんですけども、こういう場に立つなんて世も末に思えますし(笑い)、大変な時期にあると思います。3年半過ぎても、東京電力福島第一原発の事故、事件がもたらしていることをもっともっと広げ、原発再稼働なんてとんでもない!と、諦めず、繋がって行きましょう。(大きな拍手) 

デモ出発


録画(1:06:35~1:12:04)
http://www.youtube.com/watchv=vVLk3naEQZk&list=UUhjEbWVGnGHhghoHLfaQOtA(uplan)

(まとめ:あっきい  写真:uplan さん ムキンポ)

大石又七さんの話 @9.23さようなら原発全国大集会で

●9・23さよなら原発全国大集会・亀戸集会

▼福島の怒りを発言する橋本あきさん(福島の女たち)
橋本カッ

発言者のうち、第五福竜丸乗組員だった大石又七さんの発言内容をご紹介します。

▼大石又七さん
Image2大石さん

司会:今日、9月23日は60年前の太平洋ビキニ環礁で事故に遭った第5福竜丸の無線長だった久保山愛吉さんが亡くなった命日なんだそうです。大石又七さんもやはり第5福竜丸の乗組員だった方です。「生存者」と言ってよいのでしょうか、お話の聞ける貴重なチャンスだと思います。
    
大石又七
皆さま、こんちにわ。平成の時代に昭和の事件の話になりますが、なぜ、この話をしているか、というと、福島の原発事故とビキニの水爆実験の事故がつながっているということをずっと、これまでわたしは伝えて来ていましたけれども、みんな忘れてしまった。研究もなにもしないで、今日に至った。福島の事故が起こったら、学者もお医者もあわてふためいている。その辺のことをちょっと一言、皆さんにお伝えしたいと思います。
わたしはちょっと身体が不自由になりましたので、原稿をしたためて来ましたので、それを読ませていただきます。

 福島原発事故で、隠されていた内部被爆の恐ろしさがにわかにクローズアップされて来ました。内部被爆はすでに今から60年前、アメリカ軍はビキニ環礁で広島型原爆の約1000倍と言われる、巨大な水爆実験を行い、大量の死の灰を太平洋、太西洋にまき散らした、その時から始まっているのです。
実験当時、太平洋では1000隻に及ぶ日本の漁船が延縄漁をしており、27シーベルトもの恐ろしい放射能を浴び、内部被爆をしています。やがて欧米の人はガンなどを発病して亡くなっていきました。太平洋にあった放射能は雨や雪にまじって降り始め、海に落ちた放射能は魚たちが食物連鎖で濃縮して人間の口に入って行きました。世界中から爆発的な反対運動が沸き起こりました。
 ソ連と原発より強力な水爆の開発競争が始まっていたアメリカは驚き、核実験の妨げになると言って、日本政府にマグロに付着している放射能は身体にほとんど影響がないことがわかったと言って、日本の反対運動に圧力をかけてきました。日本政府はその言葉に従って事件発覚後わずか9ヶ月で政治決着に移り、同時に反対運動を握りつぶしました。

 握りつぶした結果、どうなりましたか。ヒロシマの時の原爆の数十倍もの威力をもった核弾頭は世界中に17,000発も出来上がってしまい、今は人類を脅かしています。同時に437基にも及ぶ原発も造り続けられて来ました。これは2010年の調べです。そして漁師たちは政治決着と同時に被爆者でなくなり、現在に至るまで保障も援助も一切受けていません。その後、核実験に対する反対運動はタブーとなり、マグロ被爆の勉強も研究もそこから半世紀以上もストップしたままです。そのため、政治家も御用学者と言われる原子力ムラの科学者たちもビキニ事件当時と同じことを言いながら右往左往しています。少しも進歩していない。

 この時、日米政府は宣伝のため、大変な大金をかけていました。これは福島原発事故の責任問題を考える重要な要素になります。誰が、なぜ、この核兵器に匹敵する原発を地震大国である日本に導入したのか。反対する人たちも大勢いたのにその人たちを押しのけて、時代の波に乗り遅れると言って、導入した政治家は大勲位とかいう勲章をもらって、原発導入の責任は取っていません。

 わたしは被爆者としてビキニ事件を調べているうちに、アメリカから当時の重要な資料が出てきて、いろんなビキニ事件の政治の裏側が見えてきました。アメリカの国立公文書館から出てくる資料はみな驚くような事実です。忘れられて行く、この大事なビキニ事件の内容を知らない現在の人にも未来の人にも伝えなければ、と思い、事細かく調べて、本にまとめました。今日、持ってきています本などを読んで、本当のビキニ事件と放射能の本当のこわさをぜひ知ってください。核兵器の放射能も原発の放射能も同じものです。恐ろしい放射能を抱え込んでいる原発も核兵器もぜったい反対です。
*音声が聞き取れない部分があるため、割愛部分があります。ご了解ください。

大石又七さんの著作から:
『ビキニ事件の真実 ーいのちの岐路で』2003年、みすず書房
『これだけは伝えておきたいビキニ事件の表と裏 ー第五福竜丸・乗組員が語る』2007年,かもがわ出版
『矛盾 ービキニ事件、平和運動の原点』2011年、武蔵野書房

(まとめ:あっきい 写真:Uplanさん せんちゃん)

プロフィール

原発いらない女たちのテントひろば

Author:原発いらない女たちのテントひろば
「未来を孕むとつきとおかのテント行動」を引き継ぐ新ブログにようこそ!

「原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに」は
東京・霞が関の「経産省前テントひろば」を拠点とした、女性による脱原発・反原発のアクションです。
 年齢もバックグラウンドも様々な女たちが、福島原発事故に対して立ち上がった「原発いらない福島の女たち」につながろうと集まって来ました。
 それ以来、つねに新しい仲間を迎えながら、「原発を止めたい」「子どもたちを守りたい」という思いのもとにテントを拠点に多様な活動を続けています。
 生きること、暮らすこと、命をつなぐこと。小さく、ささやかなものへの眼差しを大事にして、「原発」という強大な構造を変えて行けることを固く信じて。
 このブログはもう一つの「テントひろば」。誰にでも開かれた、語らいと学びと交流の場です。世界中の女たちに呼びかけます。
「強く、そしてしなやかにつながっていきましょう!」

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