原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに

9.23 さようなら原発・さようなら戦争全国集会@代々木公園にブース参加

秋晴れの秋分の日、9.23集会は代々木公園で行われました。主催は「さようなら原発」一千万署名 市民の会」
安保法が国会で通ってしまった直後の集会であるため、危機感をもつ労働組合、市民団体、個人が2万5千人集まりました。


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■代々木公園のケヤキ並木のところに、10のブースが出店しました。
第二テントもテントTシャツプロジェクトと組んで、たんぽぽ舎、再稼働反対全国ネットワークと共同でブースを出しました。
281さんのバナー(第二テント前にかけてあったもの)も木と木のあいだにヒモでつるしたので、多くの人の目をひきつけるのに役立ったと思います。
販売に当たったのは第二テントを中心としたメンバー4,5人。

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扱ったものはTシャツ、バッジ、反原発扇子など。
Tシャツは22枚、バッジも281さんデザインのもの、フクシマ・バッジプロジェクトのものを中心によく売れました。

ブースは11時オープンで、2番目のデモ(原宿コース)が出始めたころ(15:30ころ)まで頑張りました。普段、経産省前テントに来ない方々、顔なじみの方々など大勢の方が寄ってくださり、みなさんのご協力でそれなりの成果をあげることが出来たと思います。どうもありがとうございました。

(まとめ:あっきい  写真:ナガー)

■代々木公園の集会場はいっぱいになりました。

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○集会は13:30 から始まりました。司会:木内みどりさん
○発言:落合恵子さん/澤地久枝さん/河合弘之さん/福島から・武藤類子さん/自主避難(北海道から)宍戸隆子さん/

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川内原発現地から野呂正和さん/上野千鶴子さん/SEALDs・奥田愛基さん/辺野古新基地建設反対関東ブロックから木村辰彦さん/韓国カトリック平和のための福島訪問ツアー団/カトリーヌ・ガドゥさん(仏・映画監督)/大江健三郎さん/鎌田慧さん
が次々に発言されました。

○15:00 クロージングライブ&トーク 木内みどり/津田大介/佐藤タイジ(シアターブルックを行う中、デモに出発。

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デモは二手に分かれて行われました。一手は代々木公園~渋谷駅~神宮通公園
もう一手は代々木公園~原宿駅~青山通り~日本青年館 こっちは労働組合いが中心でした。

■発言を紹介

○落合恵子さん
安倍政権から私たちの民主主義を取り戻すために今日ここに来た。アメリカ議会で約束してきたことを私たちに説明しないままにやった。安保法案の説明はメチャクチャ。説明すればするほどデタラメ。原発を推進してきた姿にぴったりと重なる。福島第1原発が終息しないままに、川内原発を再稼動させた。
私たちそれぞれが自分にむけて約束しよう。存在をかけて闘い続ける。戦争法案に賛成した議員の顔を忘れず落選させよう。
なにがオリンピックか。仮設で暮らす人に使え。私たちは思想と姿勢で抗っていこう。

○武藤類子さん
東京電力が起こした福島原発事故は終わっていません。今も被害は広がり、続いています。
豊かな生命を育む、大地も森も水も風も深い傷を負ったままです。
福島県は今、帰還と復興の激しい流れに呑み込まれています。
国と福島県は、放射線量がまだ十分下がりきらない地域の避難指定を解除し、避難者の借り上げ住宅制度の廃止や賠償の打ち切りを、当事者の声を十分に聴かぬままに決めました。
オリンピックに注がれる莫大なお金で何人の避難者の生活が保障されるでしょう。
福島県の小学5年生が全員訪れることになる放射線教育施設の完成が近づき、子どもの応募により愛称が決まりました。
修学旅行の高校生や見学ツアーの中学生が福島を訪れます。
早急な調査と対策がされるべき小児甲状腺癌は、増え続けています。
福島県の災害関連死は、津波で亡くなった人をはるかに超えました。ふるさとへの郷愁と放射能への不安のはざまで、精神の疲れは限界です。
そんな中、川内原発は再稼働し、次は伊方原発の再稼働が目論まれています。原発を造ってきたメーカーやゼネコンは、責任を負うこともなく放射性廃棄物の処理で再び利益を上げています。

過去の過ちを反省せず、多くの国民の反対を押し切って推し進める。これは、憲法違反の安保法案が、安倍政権の暴挙によって決められたことと重なります。多くの市民の枯れ果てるまでに上げ続ける声を聞かずに決めたこととも同じです。
過酷な被曝労働は、日本中で仕事を求める人々の受け皿になっています。今度は兵役がその受け皿になるのでしょうか。
戦争も原発事故も、起きてしまったことから学ばなければ、悲劇は何度でも繰り返されるのです。犠牲になった人々の怒りと悲しみは決して慰められはしません。
国土を失い、平和を失い、民主主義を失うものは、原発と戦争です。

「9条守れ」「戦争いやだ」のプラカードを手に、雨の中も国会の前に立ち尽くす何万という人々がいました。年齢や立場、党派をも超えて共に闘う人々がいました。
原発事故の被害者たちは共に手を繋ぐことを約束しました。
全国散り散りになった避難者も、繋がっていこうと動き出しました。刑事責任を問わない検察庁の代わりに、市民による検察審査会は、刑事裁判への扉を開きました。
原発も戦争も無い世界を、私たちひとりひとりが創っていきましょう。

(まとめ:あれこれ屋 写真:公開映像 あれこれ屋)


9/18テント裁判の報告(その二) 法廷傍聴の報告

テント裁判の法廷期午後3時から開かれました。河原井純子さんの報告です。

この日は、朝鮮高校無償化裁判を傍聴した後、高裁前の抗議行動に合流し、「テント裁判」を傍聴しました。連日の国会前の「戦争法案」への抗議行動が絶えることなく続いているなかでした。この日は、最大の山場で、朝から夜、さらに翌朝まで抗議が行われていました。決してあきらめずにです。

◆裁判の様子
まず、裁判長より、今までの裁判の書証や証拠などの整理・確認がありました。
そして、控訴人である、当事者参加の3人と被告とされた2人、最後に河合弁護士の「最終意見陳述」がありました。

◆江田忠雄さんの陳述から
2015年9月18日、安倍政権による「戦争法案が」が強行採決されようとしているこの日は、84年前の1931年9月18日の柳条湖事件が起こった日で、日本の関東軍が満州鉄道の線路を爆破し、満州事変に突入していった日であるといかりを込めて陳述を開始しました。
①原審判決は欺瞞に満ちている。テントの占有者は淵上、正清の2人だけではなく、当初は国は17名をあげていた。現に、国は自分と正清を間違えている。一審では「当事者参加申立の42名」を無視し欺瞞にみちている。
②テントの設置と継続性。
テントは2011.9.11に設置した。集会・デモという一時的でない、より持続的な場所が必要ということで、みんなで相談して、あの場所にテントを立てた。使用許可書も出した。
③テントはローテーションを組んで維持してきた。右翼の襲撃は数しれなかった。運営上諸問題は運営委員会や全体会議で決めている。
④多彩なテント活動
テントは原発問題・再稼動のこと等々を発信し続けてる。多彩な活動をやってきた。それらの活動はテントを支えた。経産省前テントは必然であった。
⑤主権者は国民である。
第3テントに「主権者は国民である」というバナーが貼ってある。日本国憲法の根本だ。福島で引き起こされた惨害のすべては憲法の権利に関わっている。経産省前テントの活動は憲法を国民のものにする闘いだ。

◆寺崎明子さんの陳述から
①1979年のスリーマイル島原発事故の発生以来、原発問題を考えてきた。2011.3.11の福島第1原発事故が起きて、福島友人が娘を連れて松本に引っ越した。2011.3.27の反原発デモに参加した。9.11のデモにも参加した。10月末から11月初めの、「原発いらない福島の女たち」の経産省前座り込み、続く全国の女たちの行動に参加した。第二テントが福島の女たちのために建てられたことを知った。
②また、第二テントが女性たちで運営されていることを知ったので、2012.3.11からテントの運営に参加した。週1回の当番の担当、イベントの企画・実施のスタッフ、テント維持のためのグッズの紹介やカンパのお願い、第二テントブログの「原発いらない女たちのテントひろば ~福島とともに」の維持等々を担っている。
③イベントの内容は豊富だ。ドイツにいる友人が帰国したとき、ドイツの反原発活動・自然エネルギーによる発電会社を作った話をしてもらった。
 今年の2.26の地裁判決のときは、仏、独、英などに在住する日本人・現地の方々が抗議のメッセージをくれた。4周年にもメッセージをくれた。テントは日本全国と世界の人に支えてられている。
④「脱原発・反原発」が多数派なのに国の意志決定に反映されない。70年代後半、当時の西ドイツのジャーナリストの太陽光発電の実際を見て回るという取材に私は同行した。そのジャーナリストは「日本は冬でも日照時間が長いがドイツは短いから、太陽光の導入は難しいだろう」言った。しかし今ドイツでは再生可能エネルギーは25%を占め、それは風力と太陽光だ。ドイツではメルケル首相は2022年までに全原発を止めると言った。メルケルにそう決断させたのは国民の日頃からの厳しい目があるからだ。
テントは「民主主義の学校」としての役割も果たしている。

◆高瀬晴久さんの陳述より
①第三テントは「平和と民主主義をめざす全国交歓」(団体)が建てた。各テントの建設に参加した。
②経産省前テントは不法占拠ではない。国有地だ。しかも、「貸してください」という申請もした。
③テントには福島の人も全国の人も集まってきている。故郷を一方的に奪われた人たちの拠り所になっている。そして、各省庁への抗議・要請の足場になっている。
④加害者の国・経産省が被害者を訴えることを絶対に認めるわけにはいかない。福島ではすでに千人を超える死者がでいる。10万人を超える人たちが避難生活を強いられている。127名の子どもに甲状腺癌が発症している。
⑤経産省の役人で次のように言っている人がいる。
「ほぼ滅んでいた東北のリアス式の過疎地で定年どころか、年金支給年齢をとっくに超えたじじぃとばばぁが、既得権益の漁業権をむさぼっている」「復興は不要だ。」「復興は不要だという正論を言わない政治家は死ねばよい」「天下りまであと3年、がんばろう」となどと被災した方々を愚弄侮辱する、差別意識に満ちた腐敗しきった言葉を吐く輩が出現してい
る。許せない。
⑥第三テントの人たちを支えいているのは、脱原発運動への役割と責任だ。

◆正清さんの陳述
◆淵上さんの陳述

◆河合弁護士の陳述
 脱原発訴訟・差し止め訴訟は「3.11」まで敗訴続きであった。原子力村は「安心安全キャンペーン」に毒されている。脱原発を偏見視していた。
<3.11事故>
近藤原子力委員長(当時)の最悪のシナリオは250㎞圏内強制立ち退きか任意立ち退きかであった。
<テント問題>
○国が滅亡するものとして①原発事故、②戦争があげられる。安倍政権は亡国の政権である。いままで戦争で人殺しをしてこなかった憲法9条を投げ捨て、アメリカの戦争の協力体制づくりをめざしている。
北朝鮮からのミサイルは7~10分が日本に到着する。安倍政権は「危ない橋」を渡ろうとしている。
○1基も再稼動はさせてはいけないのだが川内原発は再稼動させてしまった。でも粘り強く1基も動かさない闘いをやろう。
<これから テントは不可欠>
原発のない平和な社会へ、平和で豊かで安全で みんながお金が儲かる社会を志向しよう。
ドイツは自然エネルギーを促進している。国民運動として進めている。
経産省前テントは「原発のない平和な社会」への国民運動の、日常的な拠点として不可欠なものである。常設の施設としてテントは行き続ける。

補足<報告集会より>
河合弁護士は「決してあきらめずに、これからも闘う」ことを力強く示唆されました


(報告:河原井さん)

9/18テント裁判の報告(その一) 裁判所前抗議集会

9月18日(金)、国・経産省に訴えられた「テント撤去と損害賠償請求」裁判の、控訴審第三回口頭弁論が開かれました。開廷は3時。

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▼1時30分から、東京高裁前(地裁前と同じ)で、シャワリンの司会で抗議集会が行われました。
シャワリンは、今日の裁判は最終弁論であり、弁論としては終わりであることを確認しました。被告2人と福島からの女性たちの発言の他、井戸川元双葉町町長や霊山町からの安藤さんも発言されました。

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▼井戸川さん
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▼2時過ぎに裁判所前の抗議集会を終え、傍聴抽選に並びました。並んだ人は160人近くでした。

(まとめと写真:あれこれ屋)



テント4周年に寄せて フランスからのメッセージ

9月11日に設立4周年を迎えた経産省前テントひろばに寄せられた海外からの励ましのメッセージ2つを紹介します。呼びかけが遅くなってしまったにもかかわらず、メッセージを送ってくださったお二人に感謝しています。

テント設立4周年に寄せて 海外からのメッセージ

◆よそものネット・フランス 飛幡祐規  9月10日
テント設立4周年をむかえたみなさんの粘り強さと意気に感服します。
政府と九州電力は川内原発を無理やり再稼働させてしまいましたが、福島原発告訴団は遂に東電元幹部の強制起訴を勝ち取りました。
原発ゼロを2年近く維持できたのも、市民の力があったからだと思います。
今、安保法案反対を訴える市民の動きは、前代未聞の広がりを見せています。
日本の民主主義の一大危機に、海外から支援と連帯を届けます。
テントひろばは市民が出会い、議論し、民主主義を実践する象徴的な場として、大きな意味をもっていると思います。
みなさまのご健闘をお祈りします。

◆水野千春 (フランス在住) 9月11日
四年もの抗議行動に頭が下がります。大間のあさこハウスの様に息の長いご活躍をお祈りしています。
海外に居る私共も、日本の現状を正しく伝える様頑張ります(例、小出氏のラジオフォーラムを参考にしています)。
原発問題は沖縄基地問題や安保法案等と皆つながっていると思います。
70年間戦後処理をしてこなっかた付けが、今噴出しているのでしょう(例、戦犯の岸がアメリカの配慮により首相になる様な国)。
世界中の庶民が幸せに暮らせる日か来る事を夢見ています(愛、平和、希望)。

(紹介:あっきい)

◆ フランスの女性反原発活動家からのテント4周年へのメッセージ

Communique de soutien aux femmes japonaises qui occupent un site depuis quatre ans
4年間、土地を占拠している日本の女性への支援コミュニケ
Une des responsables de la lutte antinucleaire en Alsace et dans le Dreyeckland (Le coin des 3 frontiere) rassemblement cree en 1974 entre les ?Alsaciens, Allemands du Pays de Bade et les Balois en Suisse, nous nous sommes mobilises contre la centrale de Fessenheim en Alsace.
私はアルザスの「三つの国境の地」と言われているドレイェックランド (Dreyeckland)における反原発闘争の責任者の一人です。
アルザス人、バーデン領邦のドイツ人、そしてバーゼルのスイス人が、アルザスにあるフェッセンハイム原子力発電所の稼働に反対するために集結しました。
Nous avons occupe un pylone a Heiteren a cote de Fessenheim pendant huit mois ou nous etions tous les jours une cinquantaine de personnes, ?beaucoup plus les week-ends.
わたしたちは8か月間、フェッセンハイムの近くにあるエイトレンで送電鉄塔を占拠しました。平日は50人、週末はもっと多くの人が集まりました。
Les forces de l'ordre nous ont degages pour disjoncter (mettre en route la centrale) Nous avions appris que l'electricite produite par cette ?centrale alimenterait Paris, transportee par d'enormes pylones car l'Alsace avait assez d'electricite.
原発再稼動のために、私達は警察権力に追い出されました。
私達はフェッセンハイム原発の電力が、エイトレンの大きな送電鉄塔からパリまで運ばれるということ、そしてアルザスの電力は足りていることを知っていました。(だから占拠した。)
Nous n'avons pas obtenu grand-chose, malgre des manifestations ou nous bloquions les frontieres entre la France, l'Allemagne et ?la Suisse : La creation d'une commission de controle ou nous pouvions participer aux reunions et la non construction de 5 tranches de la centrale car le POS (Plan d'occupation su sol) en avait prevu 7.
フランス、ドイツやスイスの国境をブロックしてデモを行ったにもかからず、(再稼働を阻止できずに終わったので)成果は小さかったといえるかもしれません。
しかし、(反対派も)会議に参加できる監査委員会が成立し、土地利用計画で当初予定していた7機建設のうち5機は造られなかった(2機に縮小した)ことは、成果といえるのではないでしょうか。
La centrale de Fessenheim a aujourd'hui 41 ans et est de plus en plus dangereuse car elle a connu beaucoup d'incidents.
現在、フェッセンハイム原子力発電所は建設後41年です。沢山の故障を積み重ねて、ますます危なくなっています。
Hollande avait promis de l'arreter mais le lobby est beaucoup trop fort et controle tout dans ce pays.
オランド大統領はフェッセンハイム原子力発電所を止めると約束していたのですが、ロビーの力は強大で、全国を支配しています。
Je dirais que lors de l'occupation du pylone, c'etait surtout les femmes qui s'etaient mobilisees
エイトレン送電鉄塔の占拠では、主に女性が集結したと言えます。
Nous remercions les femmes japonaises qui occupent aujourd'hui, et ceci depuis 4 ans, un site pour demander l'arret du programme nucleaire apres la catastrophe de Fukushima, d'avoir droit a toutes les informations; Le Japon ?est aussi secret que la France qui nous a toujours menti sur les catastrophes nucleaires.
福島第一原子力発電所の事故後、核開発計画を止めようと訴えて4年前 から「土地」を占拠しているテントの人々、特に女性のおかげで、私達は福島について情報が得られ、感謝しています。日本は原発事故について嘘をつき続けたフランスと同様、真実を隠したがっています。
Nous sommes solidaires de leur lutte
私達は、真実を明らかにするあなた方の闘争と連帯しています。
Ginette Hess Skandrani
ジネット へス スカンドラニー
Ecologiste
エコロジスト

森瑞枝さんのコメント
15日まで、ゆえあってフランスにおります。
フランスの反原発活動家ジネット・ヘス・スカンドラニさんからテントひろば、とくに女性たちへ連帯のメッセージが届きました。彼女たちのグループはアルザスでテントを貼って、再稼働を縮小させた実績があります。
 また、ジネットさんたちが配信しているビデオジャーナルで、福島のこと、テントのことを取り上げることになりました。ビデオジャーナルは主にアフリカ、中東地域に配信されます。

9.11 テント設立4周年 怒りの経産省包囲

◆9月11日、テント設立4周年を迎えました。2011年3.11の原発事故から半年たった9月11日に経産省包囲行動を行った後、テントを1張り建てました。それから4年、テント3張りにして「経産省前テントひろば」を維持し、脱原発闘争の一つの柱になって闘ってきたわけです。この4年間、福島原発事故と住民の被害・被災問題はなにひとつ解決されていません。テントを経産省前テントとして存在させ続ける意義は大きいと思い、第2テントとしても「福島とともに」で頑張ってきたと思います。

※この日の行動の映像
 ・ユーチューブ ユープランhttps://www.youtube.com/watch?v=DegwBhfPHQE
 ・写真と報告 レイバーネットthttp://www.labornetjp.org/news/2015/0911tent  

 
■長い一日の闘い

◆9月11日、お昼過ぎから人々はテント前に集まり始めました。
○同じ時、高校生の社会見学の一団がテントに寄り、Eさんはテントのなりたち、原発事故の大きさ、経産省・東電が責任をとらないことなどを説明しました。

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15時頃に、Tシャツやバッヂを販売する「お店」を第3テントの方に出しました。
16時~17時まで、記者会見。司会:木村雅英さん
淵上太郎さん(テント裁判の被告)/ 照屋寛徳さん(沖縄県選出の衆議院議員)/ 黒田節子さん(福島のおんなたち)/ 斎藤美智子さん(テント前での毎日の反原発スピーチ)/ 亀屋幸子さん(双葉町からの東京避難者)/ 河合弁護士/ 大口弁護士/ 向原幸隆さん(川内原発反対現地から)/ 遠藤さん(伊方原発反対現地から)の皆さんをメインにして、ほかにテラサキさんの海外からメッセージ紹介など数人の方の発言もありました。

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○記者会見の終了後、18時~19時まで、テントひろばでスイカ割り、そうめんとスイカを食しての歓談

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○19時~20時 経産省正面玄関前での抗議行動


 雨が降り出しましたが、幸い、すぐやみました。サンバ・ナ・フアの歌(「原発なくったって」)やジョニー・Hさんの歌から始まり、淵上さんの主催者挨拶ののち、次々と発言者が登壇して怒りを経産省にぶつけました。シュプレヒコールなどは浦邊力さんや火焔瓶テツさんたちがパンチを効かせて、音頭をとってくれました。最後に、テントTシャツを着た制服向上委員会が「ダッダッ脱原発」の歌などを歌って、抗議集会を終えました。

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(レイバーネットから)

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(レイバーネットから)

◆20時~21時 経産省包囲 怒りのヒューマンチェーン

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 官邸前金曜行動(反原連)に参加していた人たちも帰りに抗議集会に参加してくれました。テツさんを先頭に動き出しました。経産省の完全包囲にはなりませんでしたが、力強く展開できました。
ともかく、雨も降らず、賑やかにこの日の行動を展開できました。

(まとめと写真:あれこれ屋)


9/11 テント設立 5周年目に突入

9月11日(金)は経産省前テントひろばの5周年の日です。5年目に突入です。
この日は金曜日で、首相官邸前抗議行動が行われる日ですが、経産省前テントひろばで抗議行動を行います。
戦争法案反対の行動もあって、連日の闘いになりますが、是非、テント前にお集まりください。

■記者会見  17時~18時
淵上太郎(テント設立4年と政府の原発推進政策)
照屋寛徳(原発・戦争法制・辺野古基地建設、経産省前テントと辺野古テント)
黒田節子(福島の被害者の怒りと悲しみ)
河合弘之(亡国の省「経産省」、福井地裁決定、東電トップの起訴)
大口昭彦(テント裁判の動向)
斉藤美智子(テントひろばから脱原発スピーチ)
テントひろばから数人

■そうめんとスイカ割り  18時~19時
■抗議集会 経産省正門前 19時~20時
  ★制服向上委員会が白のCEを着て歌います。
■経産省包囲 ヒューマンチェーン 20時~21時


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9/18 テント裁判最終弁論

いよいよテント裁判は最終弁論です。スケジュールに入れておいてください。

Image3テント裁判

9/11 経産省前テントひろばは5年目に突入!

福島はまだなにも解決してない。それどころか事態は一層深刻になっている。

9/9 シンポジューム開催  9/11経産省包囲
みなさん 集まってください。ときは戦争法案阻止闘争の最中。ななにもかも頑張りましょう


Image2テントプレ企画

プロフィール

原発いらない女たちのテントひろば

Author:原発いらない女たちのテントひろば
「未来を孕むとつきとおかのテント行動」を引き継ぐ新ブログにようこそ!

「原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに」は
東京・霞が関の「経産省前テントひろば」を拠点とした、女性による脱原発・反原発のアクションです。
 年齢もバックグラウンドも様々な女たちが、福島原発事故に対して立ち上がった「原発いらない福島の女たち」につながろうと集まって来ました。
 それ以来、つねに新しい仲間を迎えながら、「原発を止めたい」「子どもたちを守りたい」という思いのもとにテントを拠点に多様な活動を続けています。
 生きること、暮らすこと、命をつなぐこと。小さく、ささやかなものへの眼差しを大事にして、「原発」という強大な構造を変えて行けることを固く信じて。
 このブログはもう一つの「テントひろば」。誰にでも開かれた、語らいと学びと交流の場です。世界中の女たちに呼びかけます。
「強く、そしてしなやかにつながっていきましょう!」

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