原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに

テント裁判 不当判決 控訴棄却(一)

10月26日(月)午後3時開廷で、経産省がテントひろばの淵上さんと正清さんを被告として訴えた、経産省前土地明け渡しと賠償請求のテント裁判の控訴審の判決が行われました。私たちの控訴を棄却した許せない判決でした。

■裁判開始前に高裁前で抗議集会

裁判に先立って、13時30分に経産省前テントひろばに集まり、みんなで高裁に向かいました。14時から高裁(地裁前)、で抗議集会をしました。被告とされた淵上さん、正清さんの決意表明、福島の女たちの発言などがあり、14時30分に締め切りの傍聴抽選に並びました。

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■法廷報告 <10.26 テント裁判控訴審判決 最低最悪判決 傍聴記>

◆法廷 カメラ撮影2分 判決10秒
 傍聴券抽選には200余名の人たちが並びました。
 傍聴席には、この日は記者席が5列くらいありました。


「裁判長の態度も判決も最低最悪でした。」河原井さんの傍聴報告です。
 
15時開廷です。
青白くこわばった髙野伸裁判長は、
○控訴人の請求をいずれも棄却する。
○裁判費用は控訴人の負担とする。
と早口で言い放ち、消え去りました。テント撤去や「土地使用料」の支払を命じた地裁判決を支持しました。


裁判長が「判決」を言うや否や、「そんな判決は認められない」「判決理由を言え」等々、傍聴席は騒然となりました。「裁判長!もう少し説明してください」「判決理由はなんですか」「原発事故は司法にも責任があります。」「棄却の理由を私たち傍聴者も聞く権利があります」「和解案はどこにいった」「なんのために和解を言ったのか」「裁判長を呼んできてほしい。判決理由を言うべきだ」等々を傍聴人は繰り返し要求しました。そして、座り続けました。

裁判長が15秒後に引っ込んだあと、裁判事務局職員や廷吏が増えました。傍聴人は柵を越えていわゆる法廷の方に出ようとしたわけでもなく、傍聴席に座ったままなのに、廷吏の人たちは「前を固め」、立ちはだかるように立ちました。そして、「閉廷しましたので退廷してください」「閉廷しましたのでお帰りください」をただただ繰り返すだけでした。

15時40分頃「外で抗議を続けましょう」という呼びかけがあり、シュプレヒコールもして、何人かは法廷を出ました。

しかし、法廷内に座っている独立当事者の黒田さん、橋本さん(福島)、渡辺さん、橋本さん(東京)、馬場さんたちや傍聴席に座っている独立当事者の木村さん、高木さん等々、傍聴席の半分以上の人たちは座り続け抗議を続けていました。

職員たちの「帰れ」「退廷せよ」の声が静まりました。30人くらいは棒立ち。
大口弁護士が裁判所事務局と話す。大口「事務局は『取りにきたら判決文を渡す』と言っている。しかし、判決要旨を述べないのは失礼である。『取りの来い』などと言わず、持ってくればいいのだ」と言いました。また佐藤典子弁護士も、「傍聴人は傍聴人として独立してるから傍聴人にも知らせるべきだ」と言われました。

そのやりとりが続きました。傍聴席からも「裁判の公開原則から言って、傍聴人も裁判の構成者だ。伝えてほしい。」「だいたい、裁判長が15秒程度でひっこむなんておかしい。他の裁判でもそうだというが、そんなことは本来許されない」という声もありました。
また、廷内では、黒田さんたち福島の女たちが職員たちに対して、「福島の困難」「福島の今」を語っていました。みんな口々に「裁判長が出てきて、説明すればいい」と言い続けました。
ある女性が立ち上がって、自分の意見を述べました。黒田さんが立ち上がって、「福島の女たちのカレンダー」にある詩『私に夢がある』を読み始めました。
その途中で、16時32分に3人の裁判官が、再びあらわれました。やっときて来て説明するのかと思った人が拍手をしました。
ところが裁判長は甲高い声で「退廷を命じる」を連呼しました。この命令によって、廷吏たちは一斉に「退廷です」「退廷です」と声をあげて、傍聴席に座っている傍聴者に迫ってきました。そして、動かない傍聴者に対して、数人がかりで身体を宙にあげて、法廷の外の廊下まで運んで行きました。
 柵の内側にいた佐藤典子弁護士も黒田さんたちや馬場さんたちも手足をもたれ、廷吏に抱えられて連れ出されてしまいました。本当に許せないことです。
 最後は、大口弁護士が、「ここでの抗議行動を終えて、衆議院第二議員会館で行われている報告集会に合流すること」を提案しこの日の裁判所での闘争を終えました。


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裁判所を出たら、裁判所の敷地内に裁判所職員、公安警察が、たくさんいました。
道路にもたくさんいました。全く、裁判長、裁判所、公安警察がぐるになっての裁判でした。カメラを向けると後ろ向きになったりして顔を隠しました。

(法廷報告:河原井 写真:あれこれ屋)

10月21日 東京高等裁判所に要請行動 「公正な裁判を!」(その二)

10月21日(水)11時過ぎから東京高裁民事24部(15階)の書記官室に、要請書を持って、要請行動に行きました
 
■外国から寄せられた要請書を紹介します。

★ハイデマリー・ダン(ドイツ)……訳:寺崎明子
高野裁判長様

「日本の原子力政策についての政治的表明およびその展開について、フクシマの悲劇以降、私はずっと状況を追って来ました。

原発の再稼働、しかも火山の爆発が起こっていて明らかに危険にさらされている地域においてすらそれが行われていることを、わたしはシニカルな信じられない決断であると見つめざるを得ません。事故のもたらした結果とともに生活を続けることを可能にするためには、フクシマ県民に対する国の支援がまったく不十分であるという点から言えば、批判的な声が見える形で存在していることが必要であることは疑う余地がありません。

核エネルギーの利用に反対する正当な議論が消えていってしまえば、必要な代替案を探す、あるいは化石燃料を使い果たすことのないエネルギーの生産を財政的に促進するようなチャンスは失われてしまいます。

核エネルギーからの撤退がもたらす問題は、国民の立場から政治的に解決されなければなりません。人間が個々人の存在基盤および生命が放射能によって壊滅的な危険を伴いながら生きていかなければならないということはあってはならないことです。

それゆえ、わたしはあなた様が判断を下す際に、そのほかの点とともにこのような観点にぜひ留意してくださるよう、要請いたします。
   ※ハイデマリー・ダンさんは1983年、緑の党が(当時の西ドイツ)連邦議会に初の進出を果たした際にハノヴァー選出議員として連邦議会で活動された方です。

★松本充子(英国ロンドン在住)
高野伸裁判長

「経産省は2013年3月29日、渕上太郎、正清太一の両名を被告とし、テント撤去と日額2万円あまりの損害金(総額3500万円余)を請求する裁判を東京地方裁判所に起こしました。2015年2月26日に東京地裁村上裁判長は、福島の声を聞くこともなく、証拠調べもせず、テント撤去、土地の明け渡しと損害金の支払いを命じ、仮執行を許す宣言までつけるという、原告の要求を全面的に認めた不当な判決を下しました。

1)テント設置は原発事故被害者救援と知る権利の行使として始まったことです。

2)経産省に対する原発事故の責任追及から全原発の廃炉に向かって「経産省前テントひろば」が設立され、今日まで4年にわたって維持しています(*すでに1500日を超えています)。

3)テント設置による請願運動は国民の主権者としての意志表示なのです。

4)この運動を通して「主権者宿営権」を確立し、川内原発をはじめとする原発再稼働の阻止を目指して、裁判を闘ってきました。

5)国によるテント撤去を許さないとともに、裁判所は本件訴訟のスラップ性を認めて国の請求を却下すべきと考えています。

テントが経産省に対し不当に損害を与えているという原告の要求は受容できるものではありません。どうぞ公正な裁判をお願いいたします。     2015年10月17日

★飛幡祐規(たかはたゆうき)文筆家・翻訳家 在外脱原発ネットワーク「よそものネット」フランス代表

東京高等裁判所第24民事部御中
高野裁判長様 陪席裁判官様

平成27年第1309号土地明渡等請求控訴事件(テント裁判)について、テントひろばを応援する市民として、フランスからお願い申し上げます。

テントひろばは、福島原発事故の責任をとらず、原発推進政策を進める経産省・資源エネルギー庁に異議を申し立て、被害者を支援する場として、市民の連帯によって4年以上存在しています。
脱・反原発を願う市民たちが非暴力、自由な討論、連帯というかたちで民主主義を実践している、まさに「広場(アゴラ)」になっています。

海外からの支援市民もこの場所に立ち寄り、海外メディアもその独創的な存在を取材しています。

まわりに何の迷惑もかけず、市民の出会いの場となっているテントひとばに対する国の訴訟は、行政による言論・表現の自由の権利を妨げるものであり、威圧だと思います。多額の賠償金請求がそれを物語っています。

現在、安倍政権は非民主的なやり方で立憲主義を否定した安保法案を強行に採決し、メディアへの統制を強めています。
海外からみると、戦後日本の民主主義の最大の危機です。そうした情勢だからこそ、日本国憲法が保障する三権分立を守り、国民の言論・表現の自由を尊重する判決を希望いたします。 2015年10月20日 16:17

★水野千春 (在フランス)
高野伸裁判長殿 要請文

「日本国領土の3パーセントを汚染し、4年半後の今日も何10万もの人々が苦渋の生活を余儀なくされている原発事故に対し、責任追及を求める市民の声の正当性を認める判断を要請します。
日本が主権在民の民主主義国家である事を、東京高裁で示して頂きたい。
海外の報道機関も注目しています。  2015年10月19日

■森瑞枝さんの要請書
東京高等裁判所 第24民事部
高野伸 裁判長殿

経産省前テントひろばは福島原発事故をまねき、その上さらに原子力産業を推進し続る国・経済産業省に対し、国民が異議申し立てをする場を確保するために存在しています。
それに対して国・経産省は土地使用の賠償訴訟で応じたのです。これは司法を利用して国民の権利を妨害するとともに、法を悪用し、立憲の精神を踏みにじるものであります。
裁判長は福島原発事故被害の救済を訴える声を正面から受けとめ、テントの存在意義をふまえ、法の精神に基づいて、公正な判決を下されるよう強く求めます。   2015年10月21日

緊急のお知らせ! 10月26日(月)テント裁判 判決!

10月26日(月) テント裁判判決日です。
万障お繰り合わせの上、お集まりください!!

★13時30分 テントひろば集合
★14時~14時20分 裁判所前集会→傍聴抽選に並ぶ
★14時30分 傍聴抽選締め切り(時間厳守)
        傍聴抽選にはずれた人は、地裁前で判決まで待っていてください。
★15時~   裁判 開廷
        判決終了後、地裁前で抗議集会
判決終了後、被告と代理人(弁護士)は記者会見
★16時~    報告集会 衆議院議員会館 多目的会議室   

        被告、代理人(弁護士)、テント応援団・鎌田慧さん等々の発言
        判決内容の報告 今後の方針の提起
★17時~ テント前で抗議集会 火炎瓶テツさんたちと合流

ざっとこういう流れで「判決」に立ち向かいます。
みなさん、お集まりください。テントを守ろう!

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10月21日 東京高等裁判所に要請行動 「公正な裁判を!」(その一)

■高等裁判所・書記官室へ
10月21日(水)11時過ぎから東京高裁民事24部(15階)の書記官室に、要請書を持って、要請行動に行きました。参加者6名。
寺崎さんが裁判長宛に書いた要請文のほか、イギリスから1通、フランスから2通、ドイツから1通の要請文を渡しました。
高木さんが陳述書を、森さんが要請文を、と計7通の要請文を書記官に提出してきました。

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その後、高裁前(地裁前)で、10/26テント裁判のビラの入ったチラシセットを約100部通、5人で配布しました。「経産省前テントひろばです」というだけで手を出してくれる人も何人もいて、うれしかったです。裁判所見学に来た高校生にも渡しました。
トラメガを持って行ったので、裁判の経過についてのスピーチ、外国から寄せられた要請文を読み上げるなどもしました。最後に公正な判決を求めるシュプレヒコールをして、約1時間の行動を終わりました。

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■寺崎さんの要請文   東京高等裁判所民事24部 高野伸裁判長様
2015年10月21日

件名: 平成27年度第1309号土地明渡等請求控訴事件(テント裁判)についての要請

 わたしは第3回控訴審において、第二テントのスタッフとして意見陳述をさせていただきました。わたしがテントに関わるようになった動機、その後、現在までに第二テントでやってきたこと、考えてきたことなどを述べさせていただきました。
さらに2010年秋までは原発推進政策を積極的に進めていたドイツのメルケル首相がなぜ、2011年6月には「2022年までにドイツのすべての原発を停止させる」政策に踏み切らざるをえなかったか、それは国民の監視の目がきびしく、それを意識しないで政策を進めることが出来ないというドイツ社会の政治風土によるものであることにふれました。
現在のように、国民の7割が脱原発を望んでいると言われているのに、現政権は原発再稼働、原発輸出に邁進しているという、民意とのこの大きなずれをいかに是正出来るか、と日々感じているところから、わたしたちもそのような力をつけて行かなければならないことを述べました。
そして、裁判長ならびに陪審裁判官の皆さまがわたしたちの意を汲んで、公正な判断を下してくださるよう、お願いしました。

3回の裁判の中でも度たびふれられたように、このテントひろばの存在はテントに取材に来られる外国人ジャーナリスト、通りがかりの外国人観光客、海外に在住しながら日本の行く末を案じる日本人の方々からも注目されています。
特に今回の判決がどのようなものになるか、に大きな関心が寄せられています。今日は海外から寄せられた要請文も一緒に提出させていただきますので、ぜひ、目を通していただきますよう、お願いします。

高野裁判長は2013年8月に神戸地裁所長に就任されたときの記者会見で「現状に満足せず、裁判所に対する国民の信頼を高める努力をしていく」と語られたと聞きました。その姿勢は今も貫かれていることを信じています。どうか、日本国内のみならず、外国からも注目されているこの裁判について、公正な判決を出してくださるよう、お願いいたします。

経産省前テントひろば(第二テント) 寺崎明子

10.19 大間原発はいらない!スタンディング

このところ、スタンディングのたびに雨にたたられることが多かったのですが、10月19日(月)は気持ちよい秋晴れとなりました。
参加者は9名でした。長年、函館で活動してきて、この春に東京に引っ越して来られた方の「大間原発 大間違い」のプラカードはとてもユニークで、人目をひくものでした。
大間原発建設は電源開発株式会社がやっています。本社は地下鉄「東銀座駅」下車、すぐ。

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ちらし配布は4人でやったので、持参した約100枚を配布し切ることが出来ました。大間については新聞報道もされることが少ないので、少しでも大間情報を広める機会として、このデモの場を活用していきたいと思っています。

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12時から始めて、12時半と13時終了前にシュプレヒコールをしてデモを終わりました。
最後まで土地を手放さなかった熊谷あさ子さんの精神を受けついで、少人数でもこれからもデモを続けて行きたいと思います。

(報告・写真:あっきい)

10月6日 函館市大間原発建設差し止め訴訟 第6回口頭弁論の報告

10月6日(火)午後3時から、函館市がおこした「大間原発建設差し止め」裁判がありました。傍聴抽選に並んだ人は約160名。

◆法廷の様子
・被告側(国)代理人約20名。原告側(函館市)代理人約10名。
・法廷の原告側の壁の所にスクリーンが設置されている。被告側からはよく見える角度だ が傍聴席からは見にくい。
・最初は準備書面についてのやりとり。裁判長の声が小さい。「もっと大きな声で」と言 いたいほど。裁判は傍聴者も居て、公開原則が保たれているのだから、傍聴者にも聞こ える声でやってほしい。
・すぐに、只野代理人(弁護士)のスクリーンを使っての弁論に移る。

◆只野代理人(弁護士)の主張
・まず、結論を述べた。
 1.国は、大間原発を建設しようとしている地域での活断層の調査について間違ってい る。
 2.国は地震動の想定で間違っている。著しい過小評価がある。
 従って、大間原発建設は危険ではないとする国の判断は間違っている。
・そして、その点について、具体的に、明解に解説した。
※上記の点は科学的解析に基づき、理解するのにむずかしい点があったので割愛します。

◆只野代理人の準備書面(解析)は函館裁判の中で、どのように位置付けられるか。
争点項目一覧表によれば、
第1 行政訴訟 無効確認の訴えについて
第2 行政訴訟 差し止めの訴えについて
第3 民事訴訟 差し止めの訴えについて
  この第3の4 権利利益が侵害される具体的危険性……只野さんの主張
  (1)耐震設計 
   ア 過去10年間で6回も基準地震動を超えた地震動が観測されていること
   イ 対応スペクトルに基づく手法は、既往地震の平均像でなされていること
   ウ 断層モデルを用いた方法は、平均的なパラメーターでなされていること
   エ 震源を特定せず策定する地震動は過小であること
   オ 新規制基準における地震動想定手法が従前のままであること 
※只野さんのまとめ的引用
  福井地裁判決の文言
 「従来と同様の手法によって策定された基準地震動を「観測」しているから4つの原発  で、平成17年(2005)から10年間の間に 5回も超えているのである」と。

◆只野代理人の説明が終わると、裁判長は「本日はこれで終わりです」と言った。
その後、午後4時~6時近くまで、参議院議員会館講堂で報告集会が行われた。

第2テントからのお知らせ テント裁判の判決日は10月26日 大結集を!

■第一の緊急のお知らせ テント裁判の控訴審の判決日は10月26日(月)
国が「テントの撤去、土地明け渡しと賠償請求」を訴えた裁判(テント裁判)の控訴審の判決日が決まりました。10月26日(月)、午後3時開廷です。傍聴締め切りは2時30分。詳しくは追って。
9月18日(金)最終弁論でした。裁判長は、そこでは、判決日を提示しませんでした。ところが、10月8日(木)に、突然、判決日を知らせてきたわけです。
川内原発の1号機、2号機の再稼働情勢の中で、どんな判決が出るかわかりません。
ともかく、予想される事態を考え尽くして、断固とした対処ができるようにしなければなりませんが、まずは、裁判の判決日に大結集してくださるようお願いします。情報を拡散してください。

■第二のお知らせ
10月4日(日)に桜田修成という人物が「テント襲撃宣言」を出し、実際にテントの向かい側の財務省の所に来ました。みんなの力でテントを襲撃させませんでした。
その動画ありますので、アップします。
https://www.youtube.com/watch?v=S1JlJp35td8

■第三のお知らせ
9月18日の最終弁論で、河合弁護士が代理人を代表して意見陳述をされました。
その陳述書が届きましたので、貼り付けます。

平成27年(ネ)第1309号土地明渡等請求控訴事件
控訴人(一審被告,一審参加人)正清太一・淵上太郎ほか
被控訴人(一審原告)国
意見陳述
                 2015年9月18日
東京高等裁判所第24民事部御中

控訴人(一審被告,一審参加人)ら訴訟代理人
弁護士 河合弘之
1.はじめに

私は20数年前から,脱原発訴訟(原発差し止め訴訟)にずっと関わってまいりました。そして,3・11を迎えるまでは,敗訴に継ぐ敗訴でございました。
そのような敗訴の最大の理由は,被控訴人経産省を含む原子力ムラの原子力に対する安全・安心キャンペーンにあります。そして,大部分の国民もそれを信じていたことにあります。裁判官も国民の一部ですから,テレビも見れば新聞も読みます。ですから,原発安全・安心キャンペーンに毒されていました。そして,原発差し止め訴訟の原告やその代理人は,ありもしないことを大げさに言い立てる変な人たち,すなわち「オオカミ少年」なのだと裁判所は思っていたのです。
したがって,私たちの主張には聞く耳を持たない,そのような形で敗訴を重ねていたわけです。

2.我が国が亡びるとすれば原発事故か戦争
そして3・11が起きました。事故から数日たった後に,当時の原子力委員会の委員長・近藤駿介氏が,菅直人首相(当時)に「福島原子力発電所の不測事態シナリオの素描」(通称:「最悪のシナリオ」)というレポートを提出しました。福島原発の事故の今後の進行について,最悪の場合にはどうなるのかという諮問を受け,当時の原子力委員会の委員長・近藤駿介氏は,原子力安全基盤機構(JNES)の若手技術者を動員して,最悪の場合を想定いたします。そして簡単にいうと,4号炉の使用済み燃料プールが崩壊した場合には,福島原発から250キロの範囲の地域,すなわち東京,したがってここの裁判所も含みますし,関東圏すべて,首都圏全部を含みますが,その範囲に強制立ち退き,あるいは任意の立ち退きが指示されることになります。
すなわち,日常の生活や,経済活動には使えない,そのような土地になるということでございます。
全くの僥倖によって,その4号機の使用済み核燃料プールは崩壊しないで済みましたけれども,そのように原発事故というのは国を滅ぼしかねないような事態を起こす恐れがあるのです。そのことを忘れて,このテントのことを論じることはできません。私は原発差し止め訴訟をずっと続ける中で,我が国が滅びるとすれば,それは原発事故,或いは戦争しかないという確信を抱くに至りました。そして不幸なことに現在の政権は,この二つの危険をあえて冒そうとする,冒険主義の政治を行っております。

3.現政権の推進するその二つの危険は関連しており,テロを呼び込む
憲法9条を恣に,捻じ曲げた解釈改憲をなし,安保法制が現在,今日にでも通ろうとしています。アメリカは民主国家でありますが,最大の好戦国でもあります。戦後の多くの戦争は,民主主義の名のもとに,そのほとんど全部がアメリカによって起こされたといっても過言ではありません。アメリカが大きく関与してできたその度に,日本はこの憲法9条を盾に「憲法9条があるので,戦争はできない。参戦することはできない。」として,戦争に巻き込まれることを免れてまいりました。
しかし,今回の安倍政権が成立させようとしている「戦争法案」では,その言い訳を自ら放棄して,アメリカの好む戦争に進んで協力しなければいけないという政治体制を作ろうとしているのであります。そして,原発を再稼働させ,戦争に巻き込まれる危険を敢えて冒そうとしているという意味で,現在の政権は「亡国の政権」であると言っても差支えないと思います。そして,この原発事故の危険性と戦争,すなわち集団的自衛権の問題と深く関連致します。なぜなら,集団的自衛権というのは「味方の敵は,敵」ということになるのです。逆に相手側,すなわち敵の側から見ると「敵の味方は,敵」ということで,テロを呼び込むのであります。このことは,昨年12月のISによる後藤健二さんへのテロ行為を見ても明らかです。ISは,日本が敵に協力したので報復するということで,後藤健二さんを殺したのです。そして,その報復の方法が原発に対するテロではない,という保証はありません。
 ISが死を恐れない武装したテロリストを二組に分けて,ある原発を襲った場合に,日本の原発が極めて脆弱であるということが言われています。また,北朝鮮がミサイルで若狭湾に十数基ある関電の原発を狙った場合にどういう事態になるか。北朝鮮は崩壊状態を迎え,金と食糧が無くなっていよいよ困ったとき,日本を脅かして金や食料を脅し取ろうと考えないとする保証はありません。仮に,平城に近いミサイル基地からミサイルが発射されたときは,最短で7分,最長でも20分で若狭湾の原発に到達するというのです。このことは私が言っているのではありません。防衛相のホームページを見てください。ノドン,テポドンが発射さて7分から20分で我が国に到達するということが図入りで明記されているのです。原発がミサイルで攻撃された場合,原発から大量の放射性物質が放出されます。そして,福島原発事故以上の被害を引き起こします。その意味で,原発は「自国にのみむけられた核兵器」であり,「他国に提供する核弾頭」なのです。そういう危険を今の政権,そして経産省を含む政権は行っているのです。戦争を挑発し,またテロを挑発し,その結果,原発を攻撃され,日本が滅びるかもしれない,という危ない橋をわざわざ渡ろうとしているのだ,ということを忘れてはなりません。そうした事に対する全般的な抗議,反対の意思表示,それがテントひろばの活動の意味なのです。国民の正論の発信地として,非常に重要な意味を持っているのであります。

4.脱原発への道 
(1)再稼働を抑え込む
 これから私たちは原発のない平和な社会を創っていかなければなりませんが,そのためには私たちの戦略として,まず再稼働を抑え込む必要があります。いま川内原発が動いているわけですが,1基動いたからと言って,それで一喜一憂してはいけません。それを止めることは今からでもできますし,また2基目を動かさないよう,私たちは粘り強い闘いをしなければなりません。再稼働を抑え込むには,もちろん裁判だけでは足りません。集会もする,デモもする,マスコミにも働きかける,首長に働きかけ,そして選挙の時には脱原発の候補にきちんと投票する。そういう活動を粘り強く続けなければならないのです。
(2)自然エネルギー
それにより原発を抑え込んでいる間に,自然エネルギーを促進して,原発がなくてもエネルギーが十分に供給される,平和で豊かな社会を創らなければならないのです。そのために努力を続けていけば,ドイツのように必ずブレークスルーの時期が来ます。自然エネルギーであれば,安全で楽しく,豊かで穏やかで,そしてお金が儲かる社会ができる,それを私たちは実現して見せなければならないのです。
 実際にもそれが可能であることを示すため,私は自然エネルギーの映画を作ろうとしており,先日はドイツに行って映画の撮影をしてきました。ドイツではすでにそのようになっているのです。自然エネルギーは全電気エネルギーの30%を超えています。ドイツが脱原発に向かうことが出来たのは,自然エネルギーに対する信頼感があるからです。私たちもそうした形で,自然エネルギーを開発・促進しなければなりません。きちんと促進して実力を付けなければいけない。私たちは原発再稼働を徹底的に抑え込むとともに,自然エネルギーを促進してブレークスルーを呼び込もう,こういう運動の中で,自然エネルギーが儲かるということが分かれば,大企業も,中小企業も雪崩を打って自然エネルギーに向かうのです。そして,そういうところまで持っていくには国民運動が必要です。

5.テントひろばの闘いの意味
 裁判だけではなく,デモもやるなど,いろいろな表現を行う。その国民運動の拠点として,このテントが必要なのです。日常的に,そこに行けば仲間に会える,意見交換ができる,そこから日常的な発信ができる。このテントという恒常的な場,これが重要なのです。脱原発のための国民運動の場,自然エネルギー促進のための国民運動の場,日常的な運動の拠点として,この場所が絶対に必要なのです。このテントひろばは,亡国の役所・経産省との救国の闘いの基地でもあります。また,国民の抵抗権の行使の拠点でもあります。私たちは,あくまでも合法的に非暴力の手段で,この国民運動を推進していかなければなりません。そのための恒常的な基地として,常設的な施設として,このテントは絶対に必要なのです。経産省の土地のごく一部が,それも公園の一部が長期にわたって占有されることの不都合を,原発が推進される危険,戦争が呼び込まれる危険と比較して,どちらが避けるべき損害なのかということを,裁判所は大所高所に立って判断をしていただきたいと思います。
 現在の政権は,白を黒と,また黒を白と言いくるめる政権であります。あの憲法9条のどこを,どのように読んだなら,「味方が攻撃されたら,出かけて行って戦争をやって良い」などと読めるのでしょうか。
元の最高裁長官も,元の内閣法制局長官も,「それは無理だよ,法律解釈,憲法解釈の範囲を超えている」と述べています。これが,司法のトップに居られた我々の尊敬すべき人たちの言っていることです。それを無視し,平気でいられる現在の政権,そしてその一部である方が,私たちの向かい側に座っている被控訴人,経産省の方々なのです,それが経産省という役所なのです。
そのようなことを考えて頂き,どちらが正しいのかということをよくお考えになって,判決を賜りたいと思います。 以上

10/12川内原発2号機再稼動を許さない全国集会

川内原発1号機の再稼動に続いて、いよいよ川内原発2号機再稼働も迫ってきました。
折しも、安倍内閣の改造人事では、高木毅(福井県選出の原発推進派)が復興・原発事故再生大臣になった。一方、「原発ゼロの会」の河野太郎が国家公安・行政改革大臣になったが、河野は「政府の一員である以上、決まったことは誠実に実行する」と言っている。
原発再稼働をとめるために団結して闘っていきましょう。

■10.12全国集会に総結集を!!
九州電力は10月15日、川内原発の再稼働を目指しています。断じて許すことはできません。下記の行動を提起します。チラシ等再度拡散お願いいたします。
① 10月12日(月・祝)13:00より 鹿児島中央駅東口広場にて
「川内原発2号機再稼働を許さない!10.12全国集会」集会後鹿児島市中心部をデモ
② 10月15日(木)8:00より 川内原発ゲート前
「川内原発2号機再稼働を許さない!10.15ゲート前集会」
③ 10月11日 13:00より 川内原発ゲート前
 2号機再稼働反対!ハンガーストライキ」決行。原発再稼働「不同意」住民の会


■皆様
九州電力は2015年8月11日、川内原発1号機の再稼働に踏み切りました。しかし直後の8月20日、復水器からの海水漏出事故が発生しました。この復水器は2006年1月以降、9年以上も点検していなかったことが明らかになっています(2015.8.26朝日新聞)。しかも、原因究明は一切行わず、ただ漏れた管に栓をしただけです。

また川内原発2号機の蒸気発生器は、大きな問題を抱えています。九州電力が2009年11月、経産大臣に申請していた「川内原発2号機の蒸気発生器取替え等に関わる原子炉設置変更許可」願いは、2010年12月許可されています。2011年1月、鹿児島県知事も「了承」しています。交換の時期は、2014年度となっていましたが、未だに交換は行われていません。どういうことでしょう。老朽化した原発の安全性向上のために交換を申請していたはずです。

火山、地震、過酷事故対策、避難計画、使用済み核燃料など、様々な問題をかかえる川内原発、さらに2号機は未交換のままの蒸気発生器という問題が加わっています。

九州電力は10月15日、2号機再稼働と言っています。断じて許すことはできません。
つきましては下記の通り全国集会を呼びかけます。ふるってご参加ご協力方、よろしくお願いします。

ストップ再稼働! 3.11鹿児島集会実行委員会  事務局 向原祥隆

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9月28日 南相馬避難解除取消訴訟(20ミリシーベルト基準撤回訴訟)第一回口頭弁論の法廷陳述報と裁判報告会について

■南相馬・避難20ミリシーベルト基準撤回訴訟とはどんな訴訟か。
公衆の被ばく限度年1ミリシーベルトの20倍の年20ミリシーベルトを基準とし、住民の意思を無視して、国が「避難勧奨地点の解除」を決定したことは違法だとして、福島県南相馬市の住民たちが国を相手どり「その撤回と賠償」を求めて提訴しました。
9月28日(月)14時から、第一回口頭弁論が 東京地裁101号法廷で行われました。裁判に先立って、まず、経産省前で抗議を行い、続いて、東京地裁前でアピールが行われました。
南相馬から原告33名が上京。全体で150名の裁判闘争となりました。

↓支援の会から
南相馬第一回期日_地裁前


■裁判の様子
○原告代理人の原田建治弁護士が陳述
20ミリシーベルトの基準はあまりにも高すぎること、低線量被曝の危険、健康被害の発生の予測など、将来、健康被害が起こってからでは遅い。将来に禍根を残さないように、訴えたことを主張。

○原告・菅野秀一さん(高倉地区区長)の陳述
特定避難勧奨地点は警戒区域や計画的避難区域の外側にある地域なかの「地点」をさす。その地点=特定避難勧奨地点に住む、事故発生後の1年間で積算線量が20ミリシーベルトを超えると推定される世帯について、国は避難を奨励した。20ミリシーベルトという数値そのものがひどいし、地点地点の数値の測定もずさん。区域内には、避難奨励指定世帯と非奨励指定世帯とが混在し、住民は分断されている。子どもを含めた20ミリシーベルトという基準そのものがあまりにも高い。
本来、地区全体が特定避難奨励地点であるので、その指定解除には反対したのに、国は2014年12月28日に解除を強行した。これは地域の実情を無視したものだ。
子育て世帯は避難するのが当然で、実際、解除になっても若い人は誰一人帰ってこない。除染しても線量は3割しか下がらない。無数のマイクロホットスポットがある。いま地区にいる者は70歳以上のものばかり。コミュニティは完全に崩壊。住民は身体の不調、病気になっている。生態系の異常、環境の変化は目に見える形。
20ミリシーベルトは放射線業務従事者の基準。公衆の被曝限度の世界基準1ミリシーベルトで国内法でもそれを取り入れた。この基準は遵守すべき。経済性を優先して放射能汚染者を切り捨ててはならない。

○女性
原発事故当時、両親、夫、子ども3人の7人家族。事故後、福島市に避難。そこも線量が高いと知り、会津に避難。さらに山形に。しかし、両親は南相馬に戻り、夫も仕事の関係で南相馬にもどり、家族は分断された生活を送った。子どもたちは避難先で病気になったり、登校拒否になったりした。2013年の1月に、結局、自分と子どもたちも南相馬に戻った。
自宅は特定避難奨励地点にあったので、地域内の仮設に入った。自宅は除染しても下がらない。自宅に行くこともできない。子どもたちに「なにしゃダメ、ダメダメダメ」。
ところが、国は2014.12.28に20ミリシーベルトの基準値を設けて、特定避難奨励地点を解除した。自宅は避難奨励地点ではなくなった。仮設住宅も期限が来たら出て行かなければならないことになった。自宅には戻れない。子どもたちを被曝させることはできない。今は仮設住宅3軒分(自分たちと親たちの)と戻れない自宅の光熱費を払っている。東電からの補償金は住めない自宅のローンで消えた。解除で補償が打ち切られる。チェルノブイリでは1ミリシーベルトを基準にして補償がされている。
一方的な解除には納得いかない。一度白紙に戻して対策・補償を考えてほしい。

■裁判の報告会(参議院議員会館講堂)
1)まず、支援の会代表の坂本建さんが「この裁判は原発事故にともなう避難を解除するということの違法性を争う初の行政訴訟です」という確認をした。そして言った。
「日本国民が強いられている年間被曝線量は1ミリシーベルトなのに、解除の基準を20ミリシーベルトにした。このような過ちを白日の下にさらし、事故以前の1ミリシーベルトに戻すことを勝ち取る訴訟です。
日本の未来そのものである子どもたちを守るための闘いであり、大きくは世界における核推進の動きへのくさびとしたい。
全ての国民が福島原発事故の被害者です」とアピールしました。

2)法廷での意見陳述者の菅野秀一さんから、意見陳述書に書いたことの説明。
3)武藤類子さん(被団連)挨拶。
「この裁判は被曝というとても大きな問題を提示した裁判です。帰還政策の間違いをはっきりさせる裁判です。」
4)水戸喜世子さん(子ども脱被曝裁判代表)
 20ミリシーベルトが許容されたら世界中の一大事。
5)弁護団からの報告
①避難政策 2014.12区には解除を決める。
 ②将来志向 今後、被災者の健康を守り、何をすべきか。
 ③地域一帯の訴えによる裁判 行政 地点指定→断絶・分断
国は却下、門前払い論 その主張に3ケ月かかるという。
→次回期日 2016.1.13口頭弁論
6)汚染の状況について(略)

(まとめ:有識者)

10月4日 在特会系・桜田修成らが「テント襲撃」で財務省前に

■ことの次第
10月3日に桜田修成という人物が「10月4日(日)午後3時にテントを襲撃する」という予告を出した。

■ある人がツイート
「テントに心を寄せられる皆様、防衛にご協力ください!」
ものすごく大勢の人がそれぞれにリツイートで召集をかけてくれていた。

■当日の様子
★桜田の予告襲撃時刻まであと45分。テント前には防衛のために集まった人たち数十人。若者もたくさんで心強い。どんどん増える。道の向こうには制服警官や私服、カマボコ1台、桜田のグループの人も少しいるらしい。

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★3時少し前、財務省の方の出口から来た。
100人を超えるテント防衛の人々の迎撃により桜田ら4人(!)はテントに近づけず、財務省玄関前で警官隊に守られて旗竿を立て街宣するも、クラックの皆さんたちのたてているノイズ音楽のため一言半句も聞き取れず。

無題

★テント前ではある人がトラメガで道行く人たちに状況説明。
「テント襲撃予告をしてきたレイシストたちが今あちらでがヘイトスピーチを始めたのでノイズ音楽を流しています。ヘイトスピーチは偏見差別に基づく妄言であり、議論にはなりません。テントひろばは原発賛成でもテント反対でも、議論ならいくらでもします。議論をしたければヘイトスピーチをやめてから来ていただきたい。ヘイトスピーチをやめれば今日のように阻まれることもないでしょう」と。

桜田グループが何を言っているのかは一切聞き取れないが、青シャツの人物は「クルクルパー」というジェスチャーを7~8回はやっていた。差別主義者の正体丸出しである。 旗が増えているので4人より増えたのかもしれない。

★彼らは1時間ほどなにやらしゃべって帰って行った。
「日の丸」の旗一つ掲げ、警官隊に守られて、財務省前から虎ノ門方向に向かう。カウンターの人々は通りの左側、経産省前の歩道を伴走して行く。

★テント前は麦茶と飴とお煎餅でホッと安心の一休み。

皆様ご苦労様でした。そしてありがとうございました。

(報告と写真:ケロップ)

9/18 テント裁判 寺崎明子さんの陳述書

9月18日(金)、テント裁判控訴審第3回口頭弁論で、ご自身と第二テントの活動について陳述された寺崎明子さんの陳述書です。
陳 述  書 2015年9月18日
東京高等裁判所
第24民事部御中
氏名 寺崎 明子

 私は経産省前第二テントの運営に関わっている寺崎明子と申します。
1 私は、1979年のスリーマイル島原発事故が発生して以来、原発について、当時、相次いで開催されたデモや講演 会に参加したり、書籍なども読んだりしましたが、反原発運動に具体的に関わることはありませんでした。

2 2011年3月11日、東日本大震災が起こり、福島第一発電所の原子炉が 次々に爆発事故を引き起こす事態に 至りました。
 福島県三春町に住んでいた友人が中学に進んだばかりの娘を連れて松本に移住したこと(新居を建てて2年後の ことでした)、福島原発で発電された電気はすべて首都圏のためだったということなどから、首都圏に住む人間として 福島の人たちに対して何が出来るかを考えさせられました。そして、事故から間もない3月27日に行われ た反原発デモに参加して以来、出来る限りデモや集会に参加するようになりました。
 また、2011年9月11日に行われた経産省を囲む人間の鎖にも参加しました。10月27日から3日間行われた  「原発いらない福島の女たち」の座り込み、そに続く10月30日から7日間の全国の女たちの座り込みには、部分的 ではありましたが参加しました。
  しかし、福島の女たちの座り込みが終わって「やれやれ」と思っていたら、また7日間も座り込みが続くと聞いて、  「えっ、また?」と受け止める、という程度の受動的な関わりでした。 恥ずかしいことながら、福島から来た女性たちの 怒り、絶望、不安などには到底達しない認識にとどまっていたのです。この座り込み参加の中で, 第二テントが福島 から来た女たちのために加えられたことも知りました。
  その後、院内集会などに参加するため、霞が関に行ったときに第 二テントに寄ってみたりはしましたが、それは ちょっと話をして帰ってくるというにとどまっていました。

3 2012年3月 17日から、私は、テント当番を引き受けるようになりました。ここでテントと言っているのは、第二テン トのことです。 
  私の場合、もともとテントに関わろうと思ったのは、第二テントが女性の運営しているテントだと知ったからでした。い ろいろな運動の中でも女性はどうしても副次的な存在になりがちですが、この第二テントは女性が中心となって、時 には男性の力も借りて、運営しています。

4 私 のテントでの活動は、週1日の当番のほか、「テントひろば」主催のイベント等にもスタッフとして参加するようになりました。また、毎週金曜日夕方には第二テント前での情宣活動にも参加しています。テーブルに原発関連の情報(パンフ、書籍、DVD)や反原発のグッズなどを並べて紹介・普及しています。
  特に「原発いらない福島の女たち」の発行したパンフ、書籍、カレンダーなどの普及に力をいれてきました。そうすることが福島の女たちの活動を支えるために、第2テントとして出来る一つの大きな役割だと思うからです。
  また、福島の女たちの行動についても第二テントのブログ「原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに」を通じて、活動の予告、報告などを出来るだけアップするようにしています。

5 第二テントでは、テントという、照明も十分でなく、20人も入れば満員になってしまうスペースを使って、国から訴訟を起こされる前からさまざまな人が上映会、お話会、お茶会、川柳の会など多様なイベントを行ってきました。
 イベントを企画したり、それに協力する人たちの中には、この裁判の参加人になっていない人も含まれています。 イベントは思いついた人が中心になって、場合によっては助けを募って実施するという形で行われています。
  私も、2013年8月にドイツに住む友人が一時帰国した折に、ドイツで初めて市民が自然エネルギーによる電力会社をつくった過程を描いた「シェーナウの想い」という映画の上映と、原発をめぐるドイツの最新事情を話してもらう会を企画しました。
 2014年4月、 函館市は国と電気事業者を相手どって、大間原発建設無期凍結を求める裁判を東京地裁に提訴しました。これをきっかけに、テントに関わっているひとりのメンバーから呼びかけられて、「大間原発反対関東の会」をつくり、東京で開かれる裁判に首都圏の人たちの傍聴を呼びかけるなどの活動をするようになりました。
 同年9月には、その会をきっかけに知り合いになった函館のNさんが上京した際に、大間原発についてわかりやすく話をしてもらう会も開きました。
 2014年、テントの設立1000日を迎えた6月6日、Wさんは福島から東京に避難している詩人のKさんを招いて、3.11以後につくった詩の朗読、お話を聞く会を開いてくれました。 Kさんとの縁は、Kさんの娘さんが金曜日にテント前に来られて、Wさんに話しかけたことから始まりました。
 直近の例では、フクシマ・バッジプロジェクト県外支部をになってきたMさんが近く日本を離れるため、彼女が私費で購入した缶バッジ製作機械の受け入れ先を探すことを頼まれました。やはり、テントに寄って知り合いになったアーティストのMさんの仲介で、ある障害者作業所で受け入れてくれることになりました。保養に来た子どもたちの描いた絵をバッジにするというワークショップを福島県内で行ったところ、子どもたちにも喜んでもらえるプロジェクトが展開できるのではないか、と期待しています。

6 以上、思いつくままにいくつかの例をあげましたが、第二テントは、設立以来、「女性が運営するテント」として、そこに関わる人たちのさまざまなアイディアから生まれたユニークなイベントを行う場として独自の展開をして来たと言ってよいと思います。 「テントひろば」は、第一テントで24時間を通してテントを守ってくれる人たちはもちろんのこと、テント当番は出来なくても、おりおりに個性豊かな提案をし、実現してくれる人など、さまざまな人たちの想いが交錯し、結びついて、それに支えられていることを実感します。 しかも、「テントひろば」を支えている人たちの思いは、首都圏にとどまらず、北海道から沖縄まで日本全国に広がり、そして海外からも届けられ、ますます広がっているのです。   本年2月26日に、東京地裁が不当な判決を出さないように裁判所に抗議してほしいという呼びかけに対して、フランス、ドイツ、イギリスなどに罪周する日本人・現地の方々の反原発グループ、個人が不当な裁判の進め方、テント撤去に抗議の声を寄せてくれました。また、テントの設立4周年を迎えた本年9月11日も、激励のメッセージが寄せられ、テントは国内外の多くの方々に支えられているとの感を改めて深くしました。

7 私は、そのようなテントに関わっていることを喜んでおります。これからも出来るだけ、この場を有効に活用して、多くの人々に脱原発の想いを届け、広めていくために、微力ではありますが、テントで活動していきたいと思っています。
「脱原発・反原発」を支持する人々が多数派を占めているのに、その意思が国の意思決定にまったく反映されることのないこの国の現状を前にして、これまでの「お任せ民主主義」を反省し、自分たちひとりひとりが直接、この社会を作っていく、変えていく努力をしない限り、この国は変わらないということに遅ればせながら目覚めた私たちにとって、テントは「民主主義の学校」としての役割も果たしていると言えます。

8 70年代後半に当時の西ドイツのジャーナリストの取材に同行したことがあります。太陽光発電の実際を見て廻る旅でしたが、そのジャーナリストが最後に言ったことは今でもよく覚えています。日本は冬でも日照時間が長いが、ドイツでは短いから、太陽光発電の導入はむずかしいだろうと言ったのです。ところがそれから30年以上たった現在、ドイツでは再生可能エネルギーの活用が進み、すでに電力消費の約25%を占めています。その中心となっているのは風力と太陽光です。要するにエネルギー転換は技術の問題というより、政治の意志、やる気の問題なのです。
 福島原発事故を受けて、ドイツでメルケル首相に2022年までに全原発を止めるという決断をさせたのは、国民の日ごろからの厳しい政治に対する監視の目です。私たちも政治家が国民の批判の目を気にせずにはいられない、そういう力をつけて行かなければならないと強く思わされます。
 東京高等裁判所の裁判官の皆さん、日本を真の民主主義社会とするために、日々声を上げ続けている私たちの意を汲んで、良識ある判断をしてくださることを切望してやみません。
                                       以上

9.18 テント裁判報告集会

裁判終了後、午後5時からは参議院議員会館講堂で裁判報告集会が開かれた。主催は経産省前テントひろば、司会は乱鬼龍さん。戦争法案も山場を迎えている中での開催だったが、150人の参加があった。

その様子はUplanさんの録画で見ることが出来る。
https://www.youtube.com/watch?v=2oucIMatlYo (事前集会の録画のあと、報告集会は45:32から。文中の数字は該当場面の開始時刻を示す)

今回で控訴審は3回目、これで結審となる。弁護団の尽力で各テントから1名ずつ、「被告」の二人、弁護団からの発言のために1時間を取ることが出来たという。弁護団から事前に、発言者は時間を厳守するように、厳しく言い渡された。また、傍聴席からの拍手、発言なども控えるように、との要請もあった。でも、自然に湧き上がる感情を表現してはならないとは、裁判とはなんと非人間的な場なのか、との感を改めてもつ。

■まず、今日の裁判で意見陳述をした5人(3つのテントの関係者3人、「被告」2人)が発言。
陳述書または陳述は以下のサイトに貼り付けてあります。
http://tentohiroba.tumblr.com/ テント日誌9月25日の項 淵上太郎さんの陳述書
          テント日誌9月24日の項 江田忠雄さんの陳述書
          テント日誌9月24日の項 高瀬晴久さんの陳述書
http://tentohiroba.tumblr.com/ テント日誌10月1日の項 法廷もテントひろばだ!
                      正清太一さんの意見(森瑞枝さんまとめ)
                      弁護団長 河合弘之さんの弁論(森瑞枝さんまとめ)
寺崎明子さんの陳述書は別途。


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第一テント:江田忠雄さん(47.10)
・今日、9月18日は歴史的な日。1931年、関東軍が柳条湖事変を起こした日。 現在の状況に鑑みても非常に重要な指摘だと思ったため 、陳述の冒頭で即興的にふれさせてもらった。
・一審の裁判は裁判の体をなしていないものだった。
・テントの左右に監視カメラを設置して、テントに集まってくる人たちを特定しようとした。
 正清、渕上の2名を「占有者」とし、自分も当事者だと名乗りをあげてくれた人たちを「占有補助者」と勝手に位置付けた。
・憲法との関連も重要な争点だ。

第二テント:寺崎明子さん(53:55)
・福島在住の友人が娘を連れて避難したこと、福島第一原発で発電された電気はすべて首都圏で消費されていたことから、責任を感じ、なにか出来ることはないか、と思って第二テントに関わるようになった。
・第二テントは女性が運営しているというところに魅力を感じた。
・自然エネルギーの活用は政治のやる気次第で、もっと進めることが出来る。ドイツでメルケル首相が脱原発に政策を切り替えたのは、国民の目を意識したから。わたしたちも政府に対して監視の目を鋭くし、政治家が市民の目を気にするようにしなければならない。

第三テント:高瀬晴久さん(58:18)
・福島の人々は塗炭の苦しみを味わっている。憲法で保障されている権利をすべて奪われてしまっている。
*力強い高瀬さんの発言はぜひ、録画、陳述書で見てほしい。

正清太一さん(1:01:08)
・テントにはいろいろな人が参加している。年配の人から若い人までいる。
・経産省は自分たちのためにやったことを頬かむりして、わたしたちを訴えている。

渕上太郎さん(1:04:00)
・この裁判で国側は、原発自体の問題に一切ふれていない。
 あの事故が起きなかったら、テントはなかった。真正面から原発問題を論じなければ、テントに関わっている人の立場がない。

カンパ要請(1:06:38)

大口弁護士から本日の裁判についての報告(1:08:05)
・今日の裁判は弁護団が望んだ進行が行われ、成功だった。
 4年間テントを支えて来た人たちの声を裁判所に届ける機会として活用することが出来た。国側は虚偽の構造をデッチ上げしていることを明らかにした。
・今日、裁判長は判決期日を指定しなかった。それは高裁がいろいろな点をもう少し検討してみようという姿勢の表れと見ることが出来る。我々にも可能性があると考えられるのではないか。

福島からの発言(1)。

双葉町から避難している亀屋幸子さん(1:18:43)
・台風が来て、第一原発が一番心配だった。
・テントが無くなってしまったら、わたしはどこに行けばいいのか。

法廷でしめくくりの発言を行った河合弁護士(1:21:02)

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遅れて来られたため、発言が前後した。いつものことながら、これからも頑張ろう!という気持ちにさせられる発言だった。

・川内原発の再稼働が始まってしまったが、目の前のことに一喜一憂しないことが大事。
 我々は正義の闘いをやっている。勝つまでやるのだから、負けない。
・脱原発をするには、ちゃんとヴジョンを持って戦略を持って闘わなければいけない。
 再稼働を何とか止める。少しでも遅らせる。少しでも再稼働する基数を減らす。自分たちのやれることは全部やる。いわば総力戦。
・ドイツではなぜ、脱原発が出来たか。人々が自然エネルギーに対する信頼感を持っているからだ。日本でも自然エネルギーに対する信頼感をつくっていけばよい。
・「日本と原発」の映画に続いて、今度は「日本と自然エネルギー」の映画を作ろうと思って、デンマーク、ドイツに行ってきた。
・自然エネルギーをブレークスルーさせる時代をみんなで作りましょう!


福島からの発言(2)

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黒田節子さん(1:34:34)
5人の陳述について、メモをもとに心に残った点を紹介してくれた。

橋本アキさん(1:38:58)
・3.11前は裁判など、自分には遠い存在だったが、現在テント裁判を始め、3つの裁判に関わるようになった。
・「原発いらない福島の女たち」は今年もカレンダーを作るので、よろしくお願いします。

木幡ますみさん(1:42:09)
・テントから力を与えられている。今度の町議会議員選挙に出たいと思っている。

古川さん(1:43:20)
・事故当初は「福島を忘れない」という声が多く聞かれたが、だんだんに聞かれなくなった。そのときに、テントがあそこにあることが心強かった。福島は終わっていないどころか、もっと悪くなっている。
・福島の人たちが、あのときは大変だったよね、と笑顔で言えるようになるまで、テントはあそこに建っていてもらいたい。

続いて、前双葉町町長で、国と東電を提訴した井戸川克隆さん(前双葉町町長)(1:45:05)

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・今日の陳述を聞いて、本当のことを遠慮なく代弁していただいたという気持ち。
・この事故は経産省が起こした。起こしておきながら、まず一番先に始まったのは情報統制。原発基本法では、何よりもまず知らしめることが最優先とされている。それを破ってしまっている彼らは犯罪者。よくも原告になったと思う。
・わたしは事故を予期しながら、町の政治を司どってきた。機会があるごとに「事故を起こすなよ」と言ってきた。それに対して答えは「絶対、起こしません」だった。
・福島県、大熊町、東京電力は3者協議を結んでいたが、事故対策については隠していた。これも犯罪に近いものだと思う。皆さんにはもっと知っていただいて、それを発信していただきたい。
・あのテントがなぜ、出来たのか。経産省がだらしなかったから出来た。(裁判で)負ける理由はない。彼らは加害者だから、彼らのいうことを聞く必要はない。
・若い人がどんどん死んでいる。それは伏せられて、放射能の影響はないなどと言われている。避難訓練、避難計画の中で一番大事なことを彼らはやっていない。
・国、電力会社、県と双葉郡の4町は協議をすることになっているが、わたしたちを除いて、これまでずっと会議をしていた。
・事故以来、税金を払っている皆さん方がすべての費用負担をさせられている。その皆さんが声をあげれば、国は負けるでしょう。わたしは常に住民の立場で対応してきた。これからもそうする。
・わたしも裁判を起こした。皆さんの裁判を逆手に取った裁判です。次回は11月12日に第2回の公判が行われるので、ぜひ傍聴に来ていただきたい。


 最後に、供託金500万円返済の一部にとして発案されたテントTシャツチームが目標としてきたカンパ金100万円の贈呈が行われた(1:59:30)  淵上さんは深々と頭をさげた。

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これをもって裁判集会は終了した。

(まとめ:あっきい 写真:あれこれ屋)

10.6大間原発建設差し止め・函館裁判

10月6日(火)、函館市大間原発建設差し止め裁判が行われます。みなさん、ご参加ください。
法廷 日時 2015.10.6 午後3時開廷
                  午後2時30分 傍聴抽選締め切り 遅れないこと。
    東京地裁103号法廷

裁判報告集会 午後4時~5時30分
   参議院議員会館講堂

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9.18大間原発いらない!スタンディングデモの報告

毎月19日の熊谷あさ子さんの命日に東銀座の電源開発本社前で行っている「大間原発いらない!」スタンディングデモ。今月は19日が土曜日なので、18日に行いました。
戦争法案審議も大詰めを迎え、国会前抗議に参加する人が多かったため、スタンディングデモに参加したのは4名でした(そのうち2名は主催者)。

始めたころは雨がぱらついていましたが、幸いに大降りにはなりませんでした。
通行人に少しでも電源開発が建設している大間原発の危険性を理解してもらいたいと、「大間原発いらない10の理由」を書いたちらしを配りました。ちらしの受け取りは悪くなく、用意した分はすべて配布出来ました。いつものことですが、若い女性の無関心が気になります。
13時にデモを終わり、テント裁判の行われる霞が関に向かいました。

(報告:あっきい)

プロフィール

原発いらない女たちのテントひろば

Author:原発いらない女たちのテントひろば
「未来を孕むとつきとおかのテント行動」を引き継ぐ新ブログにようこそ!

「原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに」は
東京・霞が関の「経産省前テントひろば」を拠点とした、女性による脱原発・反原発のアクションです。
 年齢もバックグラウンドも様々な女たちが、福島原発事故に対して立ち上がった「原発いらない福島の女たち」につながろうと集まって来ました。
 それ以来、つねに新しい仲間を迎えながら、「原発を止めたい」「子どもたちを守りたい」という思いのもとにテントを拠点に多様な活動を続けています。
 生きること、暮らすこと、命をつなぐこと。小さく、ささやかなものへの眼差しを大事にして、「原発」という強大な構造を変えて行けることを固く信じて。
 このブログはもう一つの「テントひろば」。誰にでも開かれた、語らいと学びと交流の場です。世界中の女たちに呼びかけます。
「強く、そしてしなやかにつながっていきましょう!」

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