原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに

11.19 大間原発いらない!スタンディングデモの報告

ここ数回、雨が降ることが多かったのですが、今回は秋らしい青空に恵まれて、12時から1時間、東銀座の電源開発本社前で「大間原発いらない!」スタンディングデモを行うことが出来ました。参加者は15名。
3.11以降、函館に娘さん家族とともに避難していて、自分だけ東京に戻ってきたというAさんは先月、初参加でしたが、今回はお友だちを誘って来てくださいました。

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通りがかりの男性が足をとめ、「頑張ってください。私は函館に住んでいた。函館市は市長が先頭で大間原発反対をやっている。よろしくお願いします」と言われました。その後、Aさんと函館市原発訴訟についての話をして行かれました。

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ちらしは3人で配布し、1時間で持っていった70枚を全部配布することが出来ました。ビジネスマン風の中高年の男性は結構、受け取ってくれますが、若い女性は全然、関心を示してくれなくて残念です。わたしは「あなたたちの未来のためにもやっているのよ」と心の中でつぶやきながら、配っています。
ちらしを受け取りながら、「ご苦労さま」と言ってくれた年配の女性もいました。
継続することで、一人でも多くの人が大間原発の危険性に注意を向けてくれるようになってほしいと思います。

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来月は19日が土曜日なので、17日(木)12時~13時まで同じ場所で行います。

(報告:あっきい 写真:あれこれ屋)

みなさんへ お知らせやら報告やらお願いやら

テント撤去に関して、いろいろとまぜこぜに報告いたします。

①10/26テント裁判で、「控訴棄却」の判決が出ました。
そのあと、裁判所前での抗議の後、衆議院第2議員会館に場所を移して、抗議集会、さらにその後、テント前もどり、火炎瓶テツさんたちとともに、経産省に対する抗議行動を行う。
また、最高裁に上告。テント撤去執行停止の訴えを出す。
→最高裁への上告、受理。テント撤去執行停止の訴えは却下。→テント撤去情勢に入る。
→テント防衛体制に入る。

②10月28日、夕方、経産省職員がテント脇に設置している「全方位の監視カメラ」の「修繕」にくる。

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 テント「なにをしているんだ?」 経産省「修繕だ」 テント「なにを修繕しているんだ」 経産省「性能が悪くなったから直すんだ」 テント「性能がどう悪くなったんだ」といったやりとり。ともかく、性能を良くしにきた。例えば、赤外線カメラで、暗くてもよく見えるようしたとかだろう。

③10月29日(木)の記者会見。その後、裁判所への抗議行動を行う。
 翌日10月30日(金)に経産省への抗議行動を、午後5時~6時まで行う。
 毎週金曜日に、経産省への抗議行動を行う。

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④正清さん、淵上さんの銀行口座凍結の連絡。
 年金振込口座も凍結。ひどい。

⑤最高裁への上告には印紙代がかかり、印紙代約100万円を支払った結果、受理された。 50日以内に、上告理由書を出す。(12月28日か) 
 テント撤去の執行官が来たときの連絡体制、防衛体制など決める。
 広くツイキャスなどの方法で知らせる。駆け付けられる人は駆け付ける。終日抗議。

⑥テント撤去された場合、その後どう闘うか。「動くテント」など、知恵を出し合っている。みなさんのご協力をお願いします。

11月14日(土)午後7時~映画会。
テント企画の映画会 
第二テントにて テント有志主催 無料
親睦会(&ディスカッション) 20時半から カンパ制
中国映画鑑賞会 独立系ドキュメンタリー映画
胡傑監督「私が死んでも」2007年、70分。
中国国内では見られない中国映画 日本語字幕付き
  1966年8月、北京師範大学附属女子中学・高校の副校長の卞仲耘が紅衛兵に殺害された。文化大革命最初の紅衛兵の犠牲者である。
  夫の王晶○は妻の死を知るや、すぐさまカメラを買い、妻の死のありさまを撮影した。映画は王晶○をはじめ家族、関係者へのインタビューとその時の写真、資料映像によって、文革の実態に迫る。

テント防衛のお願い。
朝、昼、夜、泊まりの防衛にご協力ください。明るいときは、テント前での座り込みが基本です。ご都合のつく時、お願いします。泊まりの防衛は、あらかじめテントの責任者に申し出てください。“今来て、今から防衛に入る"というシステムにはなっていません。その点ご了解ください。

(まとめ::あれこれ屋 写真:うーさん あれこれ屋)

10.26テント裁判報告集会

午後4時からは衆議院第二議員会館多目的会議室でテント裁判報告集会が行われた。その模様はUPlanさんの録画で見ることが出来る。
https://www.youtube.com/watch?v=O9Z9P1IU58A (文中の数字は録画時刻を示す)
*録画の前半には裁判前集会の模様が収められている。報告集会は0:48:13から。

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■報告会の様子
司会は木村さん。まだ、弁護団が到着していなかったため、高瀬さん、木村さんから状況報告があった。

●0:54:40 鎌田慧さん(テント応援団)

Image2鎌田

・テントは極めて英雄的な座り込みを行ってきた。
・ここを中心に全国に反原発運動が広がって行った。
・テントと表現が一体化したことが共感を浴びている。

1:01:48 浜岡原発を考える静岡ネットワーク(浜ネット)の男性
・原告、弁護団、傍聴席が三位一体になって闘っているので、力づけられる。

1:03:48 メッセージ代読 (川内の家 岩下さんのメッセージ)
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▲河合弁護士と淵上さん・正清さん
1:06:30 河合弘之弁護士
・通り一ぺんの判決。判決の中身は一審と同じ。 
・これからの運動の進め方
1)原発に反対し続ける。1基動いてもあきらめない。
2)自然エネルギーを楽しく進め、お金ももうけられることを示していく。
      
1:31:10 正清太一さん
・今度の結果はちょっと意外だったが、10年長生きするつもりでガンバっている。あと10年で原発を必ずつぶしてしまうという思いでいる。これで終わったわけでなく、むしろこれからが私たちの運動だ。
・国民の7割は原発に反対している。女性の場合は9割が反対している。それをどう、票に結びつけるか。わたしの地元では、住民投票をしようという動きがある。

正淵上2

1:35:10 渕上太郎さん
・3回の公判の流れからいうと、もう少しよい判決になると思っていた。
・現地の市長、知事は国が原発を進めているから、やむを得ないと言う。地域住民の力が強くなれば、止めようというようになる。
・これからも楽しくがんばろう。

1:48:30 橋本アキさん(原発いらない福島の女たち)
*法廷に最後まで残った一人。初めて経験した裁判の感想を生々しく語ってくれた。
・(一度、退廷した)裁判長が再度、出てきたとき、ちょっと期待をしてしまったが、「早く帰れ」みたいなことをいうので、わたしは「サギ!」と思わず叫んでしまった。
・わたしたちのような思いを他の人たちにはさせたくないという思いで、テントにがんばってほしいと思ってきた。
・この裁判をひっくり返すような勢いで、皆さんと一緒にがんばりたい。

Image2橋本渡辺
▲橋本さんと渡辺さん

1:54:20 渡辺ミヨ子さん(同上)
・田村市都路地区は除染をしても決して元には戻っていない。避難解除になって喜んで戻ってきても、日が経つとだんだんと暗くなっていく。原発事故というのはこういうことなのだな、と思う。
・今日の判決では、皆さん納得がいかずに、たちあがることが出来なかった。一緒に傍聴してくださった皆さん方の叫び声がとても暖かく聞こえた。
・司法がこのような判決で、本当に血の通った状況は感じられないが、まだまだ子孫のために頑張って行きたい。今日は本当にどうもありがとうございました。

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▲佐藤典子弁護士

1:57:04 佐藤弁護士(法廷に最後まで残ってくださった一人)
・判決は「控訴をすべて棄却する」と主文だけを言って、裁判官は3人ともさっといなくなってしまった。どうしてこういう判決になったのか、理由を聞かないと納得できない。理由を聞きたいとその場に残った。
・通常、判決理由は長いので、判決要旨を用意する。後で聞くと、書記官室には判決要旨は用意されていたが、代理人が取りに来いと言って、法廷に持って来ようとしなかった。
・突然、裁判官が3人とも入ってきたので、要旨を言うのか、と思ったら、「退廷」と言って姿を消した。
・わたしは3,4人の男の人にかかえられて、法廷の外の廊下まで連れ出された。
・実に傲慢である。怒りが収まらないので、ここまでにしておきます。

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2:02:46 大口弁護士
非常に腹立たしい判決だった。
・誰のための裁判なのか。なぜ、判決要旨を言うことが出来ないのか。裁判所の余裕のなさを表わしている。
・判決は東京地裁27部の判決がそのまま、生き返るという形になった。
 1)テントを撤去
 2)一日当たり何某かの損害金を払え。
・我々はただちに上告、執行停止の申し立て、訴訟救助申し立ての準備に入っている。手続きは今日中に行われる。
・しかし、高裁の判決に対する執行停止はなかなかに厳しい。地裁の2月26日の判決以降しばらく続いた状況に入っていく。テントを防衛する体制をしっかりしていくことが必要。
・記者会見では、テントは判決に対してどうするのか、という点にのみ質問が集中した。渕上さんは「非暴力・絶対抵抗」すると発言。具体的にはどうするのかは、これから議論されていくことになる。
・「アンダーコントロール」と言って、再稼働を強行し、ぬけぬけと外国にまで原発を売りつけようとしているアベが一方でこういう恥ずかしいことをしているということを全世界的に明らかにしていく必要が絶対にある。
・長期的な展望に立って、戦略的に闘い抜くことが必要だと思う。弁護団は皆さんとともに最後まで戦いたいと思うのでよろしくお願いします。


2:20:30 馬場さん(第二テント)

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・最後に裁判所から追い出されてきた。第1回目の地裁のときも追い出されてきたが、2人がかりでソフトに裏口まで運ばれた。今回はかなりラフな方法で、3人がかりで廊下の方まで追い出された。非常に腹が立った。
・どうしてわたしたちは最初から何かあれば、座り込むぞと決めていたのか。第二テントは福島の女たちが活動を始めたところ。わたしたちは第二テントを「原発いらない女たちのテントひろば」ということで、福島の人たち以外の人間が活動している。それには「~福島とともに」という副題がついている。わたしたちは福島の女たちとともに、福島の女たちがあきらめないなら、わたしたちもあきらめない、ということで活動をしてきたし、これからもそのつもりです。それで、この裁判でも行動をともにしたいと思ってきました。
・これからどうなるか、わからないが、第二テントは第二テントとして、女たちの出来ることをやっていきたいと思っている。応援をよろしくお願いします。

2:22:50 柳田さん(たんぽぽ舎)
1)本日の判決には日本の司法の本質が表れている。
2)テントの闘いは「英雄的な闘い」。公有地にテントを作って闘うということを全国に広めた。また、その根拠となる理屈も広めた。
3)テントとたんぽぽ舎の共闘
再稼働阻止、東電抗議などで共闘してきた。

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2:28:36 今後の予定について(高瀬さん)
10月29日:テント前記者会見(13:00)、その後、高裁前で抗議
10月30日:経産省前抗議(17:00~18:00)

今日の判決には皆が怒りを感じている。しかし、判決に意気消沈しているわけでもない。どの発言者もむしろ闘いはこれからだ、と闘いを続けていく決意を明確に語ったのが印象的だった。

(まとめ:あっきい 写真:ユープランさん IWJさん)

経産省前テントを守ろう! 撤去はさせない! 

■テントを一緒に守って
テントを守ろうと、テントを訪ねてきてくださる方は増えています。
テントを守るために、朝、昼、晩、夜とテントに来ることができる方は、来て、座り込みをしてください。テント撤去の強制執行に一緒に備えてください。お願いします。
夜~夜中の泊まり番のできる方は、テント責任者に申し出てください。


■裁判判決以降
10月26日の判決に対して、すぐ、最高裁に上告しました。また、テント撤去の執行停止要請をしました。
その結果、10月28日午後に裁判所から代理人(弁護士)に、「①上告に当たっては、印紙を代を支払うこと。②テント側のテント撤去の執行停止要請は却下する。③経産省側のテント撤去の執行許可願いは受理して、許可した」旨の連絡がありました。
その時点から、テント撤去の強制執行が発動されたわけです。

テントひろばの運営委員会で、その対処を話し合いました。10月29日(木)の記者会見は予定通り行い、その後、裁判所への抗議行動を行うことを決めました。また、翌日10月30日(金)に経産省への抗議行動を決め、実行しました。

11月2日には、被告の淵上さんにはX銀行から、正清さんにはY銀行から、「国から指示があり、あなたの銀行口座を凍結しました」と連絡があったそうです。

国・経産省はテント撤去に「着々」と向かっています。
私たちは「テント撤去は認めない。テントを守り抜く」決意で、いまの事態に対処していかなければならないと思います。

▼11/4(朝5時すぎ、まだ日の出前)
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▼11/4(朝6時頃)
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IWJは朝早くから、カメラを構えて、執行に備えています。その他にもカメラマンが構えています。
▼IWA(朝7時すぎ)
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みなさん! ともに闘いましょう! 本当に福島原発事故はなにひとつ解決していないのですから!

(アピールと写真:あれこれ屋)


10/30~11/1「再稼働反対伊方行動」に参加して

■再稼動阻止ネットワーク全国相談会 

10月30日、愛媛県八幡浜市の公民館において「再稼働阻止ネットワーク」の全国相談会・交流会が行われた。
飛行機の都合で少し遅れての参加だったが会場は既に超満員で熱気さえ感じた。出席者は約150名。

●各原発現地からの代表者の報告が次々となされた。
  

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心に残ったことを大掴みに書いていきます。
○岩下さん:薩摩川内に1年9ヶ月居住して運動を拡げてこられた岩下さんが「川内原発を止めることができず・・・」と。だが、私は彼らの活動が川内の再稼働を遅らせたから、「原発なくても電気は足りてる」と、官邸前金曜行動でコールができたのだ。
○伊方の斎間淳子さんが、長年原発反対運動に身を投じ、ついこの間逝かれた近藤誠氏の今際の言葉を伝えられた。「黙っていることは認めたことになる、声を挙げ続けなければ」と。

●少しの休憩の後、今後の再稼働阻止闘争への討議がなされた。
高浜3・4号機再稼働阻止に向けた取り組みと現地の情勢
・「原子力規制委員会」の動向と非難の視座について木村雅英さんが発言。
・全国自治体議員の要請行動については、杉並区議員の結柴誠一さんが発言。
・各地の運動と課題についての時間には福島の女たち三人が語り始めた。
 福島が忘れ去られていく現実。帰還政策と現実との乖離など。
・続いて鎌田慧氏と広瀬隆氏の提言があった。
・広瀬氏は来年4月から始まる「電力の自由化」に際しての発言だった。
電力会社の利益の70%は企業ではなく一般家庭への売電によるから、4月以降は新電力会社の原発によらない電力を買えば原発は止められるとの意見だった。
ただし原発メーカーの新電力には留意するようにと付け加えられた。
○最後に伊方原発再稼働阻止に向けた方針の中で、八幡浜市で行われる住民投票に対する取り組みに力を入れることとなった。

●予定時間は過ぎていった。交流会は大忙しに催された。
今治からわざわざ魚料理を運んで下さった井出さんや酒類やツマミの準備に関わられた現地の方に感謝した。
交流会で余った酒やツマミでホテルで二次会がはじまった。このひと時が現地行動の楽しみである。

■7/1ゲート前抗議行動→松山城山公園へ

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翌朝はバスと車でゲート前で抗議活動を100人位で行った。
ゲート前から松山へ向かう。昼食を取る間もなく城山公園広場での全国集会が始まった。

天気予報では雨の確立20~50だったが、日差しもあり天気は持つだろうと思った。
おしどりマコ・ケンのトークがあり、そのあとの司会進行も務めた。
次第に人々が集まってきた。日比谷野音にぎっしりという感じの集会だった。
今では定番になってしまったプラカードを一斉に掲げた。
黄色の紙に「原発再稼働ゆるさん!!」と漢字は黒、平仮名は赤字である。

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集会後のデモコースは2つに分かれた。
横断幕を先頭にのぼり、プラカード、鳴り物入りで出発した。
警官がいないわけではなかったが東京のデモのような規制はなかった。
デモるほうも穏やかな気持ちで大きな声でコールができた。
道行く人々は我々の行動をどのように受け止めていたのだろうか。
鐘を叩くリズムを崩さずコールを正しく繰り返えすだけで私は精一杯だった。
元の広場に戻って一休みしていると別のコースの人達が帰ってきた。
その後方部に幟を立て真っ赤なTシャツで揃えた一団があった。
大阪釜ヶ崎の仲間だった。何故かいたく感激してしまった。

(報告:たんぽぽ舎・Yancha  写真:k.geta)

10/29 テント裁判 不当判決抗議  記者会見

■東京新聞記事(10月27日、10月30日)

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■10月29日(木) 13時~ 記者会見

10月29日(木)に、不当判決に対する抗議と、今後の方針についての記者会見を行うことは予定通りでした。
しかし、10月28日の午後、東京高裁は代理人(弁護士)に対して、次の2点を通知してきました。
一、テント側が求めた「テント撤去の強制執行停止」を却下したこと。
二、経産省が高裁に要求した「テント撤去の強制執行」を許可したこと。


記者会見はその報告を含めて行われました。
このことによって、直ちに、いつでも、テントの強制執行が行われる情勢に入りました

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■抗議声明 <不当判決に対する経産省前テントひろばの声明>              経産省前テントひろば
  
 「テント裁判」において東京高裁(民事24部 高野伸裁判長)は、2015年10月26日、判決を下した。大方の予測通りの判決で、基本的には原告(国側)の主張を全面的に認め、「テントを畳んで経産省の管理地から退去せよ」「一日当たり2万1917円の金員を払え」「これには仮執行の条件を付す」というものである。
 不当判決である。私たちは直ちに最高裁への上告と仮執行停止の申立の手続きをとった。
 私たちは、2011年の9月11日来、今日までこの公共的空き地にテントをたてて、脱原発を訴えてきた。この裁判も2013年5月より2年半になろうとしている。
 そして残念ながら、判決の当日、愛媛県の中村時弘知事が伊方原発3号機再稼働の同意を表明した。
 私たちの意志は明快である。原発の再稼働はならぬ、ということである。わが経産省前テントひろばは、2011年東電福島第1原発事故について、その責任を誰も取らず、大事故の原因究明もままならないままでの原発の再稼働・推進の方向が民主党政権のもとで露骨な姿を示すようになったちょうどその頃に、国民の脱原発の意志の自由な表現としてつくられたものである。今日でもそうだが、国民の大多数が原発に反対している。
 原発の否定は今や広く国民の意志である。しかし決して一枚岩ではなく、この国民の意志は幅広く様々な特徴を持ち、矛盾を含むものである。当然のことである。
 しかし今日の安倍自公政権は、この様々な傾向をもつ民意を巧みに分断し、あるいは取るに足らないものとして再稼働に突き進んでいる。つい最近の川内原発の再稼働は、鹿児島県知事と議会、薩摩川内市長と市議会の同意だけで良しとして、地元住民の不同意の意志を無視したまま再稼働を強行、九州電力自身は不同意住民の説明会開催要求を拒否したままである。
 しかも原発の安全性及び避難の問題等の最終責任については、電力事業者、原子力規制委員会、政府、原発立地行政等々がそれぞれ勝手な言い分で責任逃れを言い、極めて分かり難くしている。規制委員会は「適合性審査は安全性を担保するものではない」と言い、政府は「規制委員会によって安全性が確認された原発の再稼働を進めていく」と言い、原発立地の知事・市長は「国民の生活レベルを守り、わが国の産業活動を維持する上で再稼働はやむを得ない。政府の再稼働方針を理解する(鹿児島県伊藤知事)」といった調子である。最近の林幹生経産大臣は「原子力規制委員会が世界最高水準の規制を進めているわけですから、それをクリアできる十分なものが得られれば進められるのかと思っております」などと言っている。
 結局のところ、我が国の政治は、一部電力事業者とこれに群がる原子力村の経済的利益を優先させ、原発問題を「電力の安定供給がなければ経済的発展が成り立たない」という、あたかも全国民経済の趨勢を左右するかのような論議にすり替えて、ついには一電力事業者にすぎない九電と一体となって川内原発1・2号機の再稼働を強行してしまった。次の原発再稼働は四国電力伊方原発3号機、関西電力高浜3・4号機などとされている。
 民意を無視した一部原発の再稼働が行われてしまった今日、脱原発運動はどうするのか。これでお終いというわけではあるまい。闘いは決して負けてはいない。脱原発の運動は決して短期的な展望のもとで闘われ始めたのではないし、1つの原発の廃炉に30年~50年という時間と莫大な費用が掛かるであろうことはことは、もとより明らかであった。脱原発の運動は、曲折を経ながらも、粘り強く闘いを継続していかねばならない。
 経産省前テントひろばの闘いも同様である。例え、高裁判決により、国がテントを撤去したとしても、闘いの主導権を確保しつつ、脱原発のためのテントひろばは継続されるであろう。脱原発の国民的意志の表明は、原発がある限り止むことはない。
 2015年10月29日 東京高裁判決にあたって

10/26 テント裁判 控訴棄却(二)

■不当判決に抗議して、裁判所前で集会

高等裁判所・髙野伸裁判長の不当判決に対して、弁護士・独立当事者・傍聴者たちは法廷内で座り込み抗議をしましたが、傍聴抽選に外れた人たちは裁判所前で判決を待っていました。「不当判決」の知らせは上杉弁護士によって直ちに外に伝えられ、裁判所前で抗議行動が行われました。 その様子はレイバーネットを見てください。                                                   
http://www.labornetjp.org/news/2015/1026shasin

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また、同時に、判決後も、裁判所内の司法記者クラブで、河合弁護士や被告が不当判決の内容について怒りをこめた説明を行いました。
 「50年にわたって原発を推進してきた張本人である経産省の喉元で抗議をしていることの重要性に全く理解がいっていない。ことの本質を見ていない」と糾弾しました。


そして、法廷内で抗議をしつづける人たちを残して、全体として、衆議院第2議員会館多目的会議室で行われた報告集会に向かいました。

(まとめ:あれこれ屋 写真:レイバーネットから)

プロフィール

原発いらない女たちのテントひろば

Author:原発いらない女たちのテントひろば
「未来を孕むとつきとおかのテント行動」を引き継ぐ新ブログにようこそ!

「原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに」は
東京・霞が関の「経産省前テントひろば」を拠点とした、女性による脱原発・反原発のアクションです。
 年齢もバックグラウンドも様々な女たちが、福島原発事故に対して立ち上がった「原発いらない福島の女たち」につながろうと集まって来ました。
 それ以来、つねに新しい仲間を迎えながら、「原発を止めたい」「子どもたちを守りたい」という思いのもとにテントを拠点に多様な活動を続けています。
 生きること、暮らすこと、命をつなぐこと。小さく、ささやかなものへの眼差しを大事にして、「原発」という強大な構造を変えて行けることを固く信じて。
 このブログはもう一つの「テントひろば」。誰にでも開かれた、語らいと学びと交流の場です。世界中の女たちに呼びかけます。
「強く、そしてしなやかにつながっていきましょう!」

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