原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに

3.11前後にヨーロッパで開かれた脱原発イベント

3.11にヨーロッパ各地で福島原発事故5周年のいろいろな行動が行われました。

■イベントの一覧表(よそものネットから)

Image表

福島5周年、フランス・パリでの催し

●3月11日(金) 17時半 
レピュブリック広場 東日本大震災・福島原発事故追悼集会 歌唱、チェロ演奏、 キャンドル・ナイト
(主催 よそものフランス、Sortir du nucleaire Parisなど)

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Image2パリ
▲パリ レピュブリック広場 
demosphere
映像:https://www.youtube.com/watch?v=ozjJ17XR3UM 「東日本大震災・福島原発事故5周年」


●3月11日(金) 19時~24時 
「福島の夜」 モントルイユ市 Maison de l'Arbre 9, rue Francois Debergue
コンサート、詩の朗読、
鎌仲ひとみ監督の『小さき声のカノン』前半特別上映、
討論、パフォーマンスなど
(主催 appel du 26.4 demosphere)
        

●3月12日(土) 15時半~ レピュブリック広場集会
(グリンピース、SNP、よそものなど)

●3月14日(月)19時~22時 人見やよいさん講演・討論会
「5年後の福島 住民の声を聞きませんか?」 Espace Jean Dame 17, rue Leopold Bellan 75002 (M° Sentier) (無料)
Sortir du Nuclaireair

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映像:
https://www.youtube.com/watch?v=C5D3nou7Rh0 「福島5年後」 人見やよいさんの講演
https://www.youtube.com/watch?time_continue=56&v=PFYzbFbhzJI 「質疑応答1」
https://www.youtube.com/watch?v=XIeOg1pciTQ 「質疑応答2」


*質疑応答はベルナール・ラポンシュ、ドミニク・リュグリュさんを交えて行われた。

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人見やよい Yayoi Hitomi  福島県在住のフリーライター
福島県中通りの地域情報紙に平和・環境・市民運動・脱原発についての記事を掲載。
原発をとめるため、信念を持って福島県で活動。
こおりやま「楽笑村」代表、 原発いらない福島の女たち WEB担当、子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク役員

ベルナール・ラポンシュ(Bernatd Laponche)
原子炉物理学およびエネルギー経済学の博士号をもつ研究者。1960年代、原子力委員会の技術者として初期のフランス原子力発電所建設に携わる。原発労働者の悪質な労働条件などを知り、原発に疑問を持つ。著書 フランス発「脱原発革命」

ドミニク・ルグリュ(Dominique Leglu)
Sciences et Avenirの編集長

●3月19日(土) 「追悼の夕べ」福島~チェルノブイリ(Association Tradescantia)
パリ国際大学都市 日本館
17時 メモリアルコンサート(libre participation)
19時~ 鎌仲ひとみ監督「小さき声のカノン」上映 (5ユーロ)
     上映後、鎌仲ひとみ監督の講演


出典:よそものネット・フランス ブログ: http://yosomononet.blog.fc2.com/
http://yosomono-net.jimdo.com/%E3%83%95%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%9E%E5%8E%9F%E7%99%BA%E4%BA%8B%E6%95%85%E4%BA%94%E5%91%A8%E5%B9%B4-%E5%BD%A1/

(ヨーロッパの行動の紹介:あっきい 写真:インターネットから)

第2回木版画ワークショップ@反原発美術館

楽しく木版画

福島第一原子力発電所の1号機爆発の日から5年となる、3月12日、反原発美術館ではA3BC:反戦・反核・版画コレクティブさんによる木版画のワークショップを開催しました。昨年12月19日に続いて、2回目の開催です。

Image1テントワーク

今回はワークショップの前に、「私/美術/社会はどのように関わっていけるのか?」というテーマで、ディスカッションも行いました。
木版画という表現手段を用いて、社会問題に積極的に関わるA3BCメンバーの皆さんに、これまでの活動や世界で起こっている木版画のムーブメントについてお聞きしました。

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木版画ワークショップは、15名以上の方が参加され、「小学生のとき以来!何十年?ぶり」の木版画体験を楽しみながら、作品を完成されていました

Imageテント作品

A3BCさんによる木版画ワークショップは、8月6日(1945年8月6日=殺戮目的で初めて原子爆弾が投下された日)にも開催予定です。是非ご参加ください。

(報告と写真 早川監督)

3.17大間原発反対スタンディングデモの報告

3.17(木)、初参加者2名を含めて10名程が集まりました。初参加の一人は職場が築地で、昼休みに駆けつけてくださった男性、もう一人は狛江からの女性。毎回、新しいメンバーの参加があり、うれしいことです。

お天気に恵まれてTシャツ半袖の人からコートを着ている人までバラエティーに富んだ服装でした。チラシの受け取りも良かったようです。
Iさんがハンドマイクを使って「鮪も烏賊も怒ってる!大間原発大間違い!と言いながら、電源開発ビルの周りを数回、廻ってくれました。きっと、ビル内にも聞こえているに違いありません。出入りする社員の少なくない人数がビラを受け取るのもいつもと同じです。私たちの声を聞くべき官僚が見てみぬふりをする官庁前とは違うところです。

警備員も増えて、正門前に3~4名、通用口に3名、裏口(新橋寄り)に2人と配置されていました。これまでで最高の人数でした。
ところが、参加者とは言いたくないような男性(2週間前にテントに来て過激発言をしていた)一人が電源開発の警備員数人と、トイレを貸せ、貸さないのと悶着を起こして、とうとう持参したカバン(テントで買ったバッヂを付けていた)で警備員の一人の頭を叩いたので、警官2名を呼ぶ?ということがありました。
止めに入ればエスカレートしそうな人と思ったので、終始傍観していることにしました。何とか私達にとばっちりがこなくて済みました。このどさくさで最後のシュプレヒコールを忘れてしまいました。
私たちは大間原発建設に反対する市民の人なら、誰でもが参加できるようなデモを目ざしているので、このように故意に相手方を挑発するようなことはやめてほしいと思います。

(報告:参加者数名)

3.11反原発福島行動 郡山で集会・デモ

3.11に福島で抗議行動をやり続けること! 実行委員会主催で下記のような集会が行われました。

3・11反原発福島行動'16集会要項

日時:2016.3.11 正午開場
場所:郡山市 開成山公園野外音楽堂
集会、デモ→郡山駅解散
主催:3.11反原発行動実行委員会


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集会では実行委員長の橋本さん(動労福島)が挨拶し、福島の今日のものすごい「復興キャンペーン」を弾劾しました。「常磐線の全線開通」がJR労働者に被ばく労働を強いるものであること、帰還の強制は自治体労働者や帰還する住民を被ばくにさらすものであることを述べ、やはり労働者が先頭になって労働運動の力で福島の現実を打ち破っていこうと言いました。

・この集会の一つの特徴は、労働者が闘うということを打ち出したことです。
常磐線や水郡線の運転士や車掌の労働組合である動労水戸が、もろ被爆地での列車運転再開反対と労働強化と日常的に闘っている報告、高浜原発反対を闘う京都府舞鶴市の職員労働組合の2.28集会の報告、伊方原発再稼働に反対して、愛媛県職員労働組合と愛媛県公営企業病院労働組合主催で3.19に抗議集会を開くことが訴えられ、参加者に闘いの方向性を示しました。

Image1労働者

・テントでおなじみの福島の佐藤幸子さんが167名子どもたちの甲状腺がんの発症に対して「放射線の影響は考えにくい」といまなお言い続けている福島医大の医者と闘う上で、「福島共同診療所」の活動はとても重要だということを「診療所建設委員」になっている立場で言われました。

・また、浪江町の「希望の牧場」の吉沢さんは「浪江町は原発のない町だったが、僕らの町にはもう意味がない。2万1千人の町はもう元通りにはならない。3000万袋のフレコンバッグはもうそのまま残る。現実は取り繕うことはできない」ということを「町はもう町としての意味がない」と表現されました。「戦争の時代に原発の時代を終わりにしよう。やっぱり実力闘争が大事です」と言われました。

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▼郡山駅前
Image駅前

 集会終了後、郡山駅までデモを行いました。家の中から手を振る人とか、3.11を忘れないでと車の窓を開けて言う人もいました。
郡山駅前で元気よく総括集会を開いて、この日の行動を終えました。

(まとめ:あれこれ屋 写真:ネットから)

「3.11」後5年の三春と郡山

「原発いらない福島の女たち」主催の紹介について、もう一つ報告をアップします。

3月11日―12日と福島に行き、集会やデモに参加した、簡単にその報告。


午前 三春交流館まほらで「日本と原発4年後」を観る
福島の地で5年間を振り返り、沢山のことが蘇った。中でも、3.11直後の収束作業のシーンを見ると、複数基立地・複数基同時稼働の恐ろしさを思い起こさせられた。これすら求めない「新規制基準」があまりにも緩やかに過ぎることも。「世界最高水準」も「コントロールできている」も「ブロックできている」もアベの大嘘だ。

・ランチ交流会は贅沢な時間。福島を始め日本全国の人たちと交流した。

・「全体会」
橋本あきさんの司会で進められ、「原発サイトで何が起きているか」「除染と放射性ゴミ焼却について」「帰還政策と避難者の切り捨て」「子どもたちの健康被害」「放射能安全キャンペーン」「事故の責任追及」を改めて知ることができた。

・佐々木慶子さんの紹介で三春の福島県環境創造センターを見学。種々の測定器を置いた研究室を見学したあと会議室で県の説明を受け質疑応答。広々とした2階建てビルの同センターはIAEAの肝いりで創られ、今年の7月にオープンする。総工費100億円以上で、モニタリング・調査研究・情報収集発信・教育研修交流の4つの役割を果たす。小中学生への放射能教育で何を教えるか? モニタリングポストの縮小が心配 土壌のモニタリングがもっと必要、などの質問・要望が上がった。

三春まちづくり公社の宿に泊った。

3月12日(土)

・午前 シンポジウム「原発災害から5年 福島の歩み、そして未来」
 郡山の豪勢なホテルでのシンポジウムには県内外から400名が参加。写真家飛田晋秀さんのお話と写真で厳しい福島の現実を突き付けられたが、コーディネータ清水修二氏の進行が気になった。パネラー3人に話させながら、フロアーからの質問・意見を一切聞かず、最後に自分の意見を皆に押しつけた。残念ながら全く対話の無いシンポジウムだった。

・午後 原発のない福島を!県民大集会 開成山陸上競技場
 観客席は県内と県外の人で一杯になり、6人の素晴らしい発言でシンポジウムのモヤモヤを吹き飛ばしてくれた。
鎌田慧さん:厭戦気分と原発いやだ、大津地裁決定、郡山から「押し出し」で3.26全国大集会へ。
武藤類子さん:真実と責任追及、告訴、ひだんれん。帰還困難区域の方:原発と人間は共存できない、豊かな国土に国民が根ざすことから、国・東電の責任を問う。
大熊町の方:中間貯蔵施設問題、いつかは大熊町に戻りたい。
高校生平和大使:このままでは原発事故の記憶が忘れられてしまう、現状を多くの人に伝えたい。
向原祥孝さん(鹿児島):福島からの再稼働阻止応援のお礼、がっかりなんかしていない、温排水の害。…
それぞれのお話が皆を元気づけた。

・二手に分かれて郡山駅の方向に向かってデモ行進した。県内外の人々が福島の未来を考え全国の再稼働を止める気持ちを1つにして歩いた。

報告:K・M

原発いらない福島の女たちの3.11行動

2016.3.11福島県現地で開催された行動

3.11「原発いらない地球(いのち)のつどいin三春」開催!


日程:2016年3月11日(金) 9時半開場
会場:三春交流館「まほら」ホール
内容:10時~12時半 『日本と原発 4年後』上映会
13時半~14時半  全体会
 原発事故から5年が過ぎても続く避難、帰還政策、子どもたちの健康問題、中間    貯蔵施設・最終処分施設・分散貯蔵、放射能・放射線教育の実情、汚染の実態・    公表数値…。福島県に降りかかるさまざまな問題を共有し、これからどう考え、    どう行動していくべきか、共に考える時間。
   15時~16時 福島県環境創造センター見学会


3.11、12日福島バスツアーに参加して

311にはフクシマに立ちたいとの思いで毎年参加して5回目。ことしは 1泊2日で18名の方とご一緒しました。
11日、東京からの往きのバスの中では、自己紹介を兼ねて4月からの電力自由化について情報や意見交換。


昼近くに三春町について、「第5回 原発いらない地球(いのち)のつどい」に参加。

手作りの料理をいただきながらのランチ交流会。後述のWさんが自宅の畑や田んぼでとれた安全な白菜の漬物、枝豆入りのおにぎり100個、その他の惣菜が並ぶ。

その後の全体会では、事故の犠牲者への黙祷の後、「今、伝えたい福島の現状ーマスコミが伝えない事故から5年目のフクシマ」の講演。原発サイト内では1,2号機の排気塔の破断、汚染水や凍土壁の問題、被曝労働。生活圏では県内1,030ヵ所に積まれているフレコンパック、放射能ゴミの仮設焼却炉や中間貯蔵施設の問題、子どもたちの甲状腺ガンの増加。事故は収束していないのに、帰還政策で避難者を切り捨て、中学生を動員しての国道6号線の清掃や環境創造センターの開所など、安全キャンペーンにつながる動きの危険性、事故の責任追及について、動画を見ながら説明を聞く。

午後3時からは昨年10月に開所した県の環境創造センター本館の見学
311環境創造センター

原発事故には触れず、事故後の福島の「環境の回復・創造に向け」」安心して快適に暮らせる’福島’にする取り組み」をめざし、3月に交流棟が完成したら、県内の小学校5年生に必ず参加させて「本県の未来を創造する力を育むための教育」を行う、とのセンターの目的や職員の説明に、参加者からは疑問や批判の声が上がったが、時間が少なく十分な質疑応答ができず残念。

宿に行く前に、三春町郊外の「地域と農家のためのコミュニティショップ『えすぺり』に立ち寄る。
30年近くこの地で農業をしてきた経営者夫妻の事故後の苦悩をシイタケ栽培農家の人形劇に仕立てたものを鑑賞。
事故後2年は好きなギターを手にできなかったという夫さんの作った歌も聞く。「正義の味方はどこにいる」事故直後、国からは放射能についての情報はなかった。100ミリシーベルト迄は安全という学者。放射能の危険性についてきちんと情報提供してくれた学者。でも、誰も、では、どう生きていけばいいのか、教えてくれなかった。みんな、来ては去って行った。「正義の味方はどこにいる」
食の安全をめざし有機農業を営んできたのに、放射能汚染された土地で、どのようにして農業を続けて行けばいいのか。線量を計り、基準値以下でも数値を消費者に詳細に知らせ判断してもらう、それが今のところの夫妻の結論。
「食べて福島を応援しよう」のまやかしには反対、でも、ここで生きることを選んだ農家の覚悟や苦悩、不安に消費者としてどう向き合えばいいのだろうか。

翌12日の午前中は14年4月に真っ先に避難指示が解除された田村市都路地区を見学。

都路には今も戻らず、県下で有機農業を続けているWさんがバスに同乗、案内してくれた。
彼女が30年近く栽培をしていた梅林に行く。無添加の梅干しは美味しいと評判だったそうだ。青空の下、早春の日差しをうけて、木々や農家の屋根が光る、のどかな山間の里。しかし、畑や人家のすぐ脇にフレコンパックの山。

▼敷地内や畑においてあるフレコンパック
都路フレコンパック 

▼竹の炭

311都路竹炭

話を聞きながら、この梅林に今頃満開だっただろう梅の花が瞼に浮かぶ。「ここの、こしあぶら等の山菜はうまかった。養鶏・豚・牛農家が多く、都路牛も評判だった」。そんな暮らしも原発事故で吹っ飛んだ。帰還政策で7割近く戻ったのはほとんど高齢者。
亀の形の大きな岩があってその脇から透明な清水が流れている所にも行った。きれいに整地されているのに、地面で計るとo.4µSv超。年1mmSv は0.115µSV。一日8時間外にいても0.23µ Sv。春、野原をよちよち歩きする幼子がタンポポやオオイヌノフグリを見つけて駆け寄り、身を屈めて花に触れようとする。ダメ、ダメ、ダメー大声で叫ぶ。帰宅後、何度も夢を見た。福島の友人には、幼い孫と母親である娘が県外避難している人が多い。

除染の目標は年1mm Svだったのに、いつの間にか、避難指示解除は20mm Sv以下が基準。避難解除の説明会で反対したのは彼女一人。「放射能は危険だって言うと、帰還後米作りしている人たちから、そんなこと言うから米が売れなくなると非難される。でも、本当のことは言わねば」と、彼女は言う。

午後からは「原発のない福島を! 県民大集会」とデモに参加。

主催団体から情報提供された会場の郡山市開成山公園の線量が高いので、福島の友人のアドバイスとおり、お弁当はバスの中で食べる。町の人々はデモには無関心に見えた。「そこに、かえって、福島に暮らす人の緊張を感じた」と練馬から参加した別グループの友人が後で電話してきた。

放射能排出効果があるからとスギナ茶を差し入れてくれた友、当日は花粉の中に800Bq の放射能が含まれていたと電話で心配してくれた友。5年経ってもフクシマで暮らすことは緊張や苦悩を強いられる。事故の責任を取らず、事故を過少にみせようと帰還政策が始まっている今、とりわけ、農家の人々の苦悩は深い。

桃源郷のように美しい都路の風景の中で避難した家族の荒れ果てた家、「えすぺり」の夫妻の歌声、Wさんの福島弁のゆったりとした話し声の中の苦悩と原発に抗う決意の声、忘れられない。
見てきたこと、感じたこと、うまく伝えられないけど、どこでも、誰にでも、機会あるたびに話したい。
バスの中で意見交換した電力自由化のみんなの結論めいたものは、新電力の電源構成がきちんと明らかにされてないし、原発由来の電気が完全に入ってないところは殆ど無い。でも、打撃を与えるために東京電力だけは避けたい、だった。

放射能排出効果があるというお茶の差し入れや飛んでいた花粉に800Bqの放射能が含まれていたから気をつけてと「原発いらない女たち」。5年後の今も、農家は勿論、福島で暮らすことの緊張や苦悩を実感したツアーだった。

(報告:ちせ 写真:ツアー参加者)  

2016年3月11日の闘い 東京

東日本大震災と福島原発事故から5年たちました。怒りは増すばかりです。

3月11日(金)

12時30分 最高裁へ要請 (テント日誌より)
 経産省前テントひろばの「明け渡し裁判」に抗議して、被告とされた淵上さんを先頭に、上告人と関係者が最高裁判所に要請に行きました。
最高裁の前で少しアピールをしたのち、中に入り、現れた書記官に対して、淵上さんが要望書を読み上げました。その後、各自が3.11の現実、なぜテントを立てたのかなど、自分の考えや思い、公正な裁判をやることを訴えました。
書記官は、メモを取って聞いてくれました。そして長官にはきちんと伝えるといいましたが、本当に伝えるのか、伝わるのかは心配でした。

◆テントの前で日蓮宗・祈祷会の人たちの「追悼の祈り」(三上さんの報告)
「3.11鎮魂 呪殺祈祷僧団四十七士」祈祷会が行われました。
「テント前では時ならぬ祈祷会が出現して多くの人が驚いたのかもしれない。通行人もテント前で足をとめ祈祷を眺め聞き入った様子だった。この祈祷会は3・11の死者への鎮魂のためになされてものであるが、これは彼らの声を無視して悪行を重ねる人たちへの、あるいはその体制への告発でもあった。これは僕らが死者をよみがえらせ、彼らの声を聞くことであり、声を失った彼らに代って声にすることであった。福島泰樹さんや上杉清文さんの祈祷は大変見事なもので、戦死者の声も含めたその声の現前化は僕らのこころをゆすぶった。それに聞き入りながら僕はあらためて死者たちのことを思った。そして祈った。」
(2015年に原発再稼動と安保法制の反対をテーマに、呪殺祈祷僧団四十七士(JKS47)を再結成し、3.11に、経済産業省前テントひろばを会場に呪殺祈祷会「死者が裁く」を行なった。)

◆17時~18時 経産省への抗議行動(毎週行っている)
この日は金曜日で「官金」の日であり、かつ、3.11の日なので、いつもよりたくさんの人たちが集まりました。途中から、小出裕幸さん、木内みどりさんも参加され、活気のある抗議集会になりました。
テントに来るのが初めての人もいるし、テントがこんなに長く頑張っていて、さらに原発がなくなる日まで頑張ると言っていることに驚いている人もいました。
いつもより10分オーバーして、終わり、東電に移動しました。

◆18時30分~ 東電抗議行動

東電前では、原発事故は終わっていない、大量の放射性物質がまき散らされている。東電は謝れ!東電は償え!の怒りの言葉から始まりました。

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鎌田慧さんが、井戸川さんが発言しました。

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落合恵子さんは「東電よ!あなたたちは大津地裁の判決をどう受け止めているのか。もう、原発はだめなんだよ。それでも安全と言い続けるのか。私たちはもうだまされません。5年目を迎えたこの日から、約束しましょう。
もう一度怒りをかき集め、もう一度希望をかき集め、もう一度人としての勇気をかき集めて声を上げ続けていきましょう!」と訴えました。

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佐藤さんは「4年8ケ月かけても東電の勝俣らの強制起訴を勝ち取った。これからが本番。これから多くの証拠を出し、地裁5年、高裁3年、最高裁2年の10年戦争に立ち上がっていきましょう。」と決意を込めて言われました。

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テツさんがシュプレヒコール。
「あれから何も変わってない」

この日は本当に寒い日でした。
官邸前にも6000人が集まり、反原発、脱原発の意志をぶつけました。


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(まとめ:あれこれ屋 写真:IWJ動画より)

福島原発事故から5年 3.11を闘う

福島原発事故から5年が経ちましたが、原発事故は何一つ解決しておらず、福島県民は原発放射能にさらされています。実際、167名の子どもの甲状腺がんが発症しているのに原発事故との因果関係は認められないなどという発言を、この期に及んでも福島県・福島医大は繰り返しています。そして、政府・福島県は「安心・安全」を押し立てて、次々と帰還制限を解除して、地域住民を原発放射能の中に送り込んでいるしまつです。また、原発再稼働反対の60%以上の声を無視して原発再稼働を強めています。

3月10日からのテントを中心にした闘いを報告します。

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3月10日(木)
この日は、再稼働した高浜原発(3号機プルサーマル1/29、4号機2/26再稼働未遂)の運転差し止めの請求が大津地裁で認められ、実際に3/10にとまりました。不幸中の幸いでした。

18時30分より:東電前抗議行動 呼びかけ:たんぽぽ舎、経産省前テントひろば
経産省前テント広場とたんぽぽ舎の呼びかけによる抗議行動が行われました。すごく寒い夜でしたが、約300名集まり、「福島第一原発事故の責任をとれ!」のシュプレヒコールをあげ、リレートークと東電への申し入れを行いました。
リレートークは以下のような方が行いました。
鴨下祐也(福島原発被害東京訴訟・原告団長)、吉岡達也(ピースボート)、古川よし子(富岡町)、FOEのドイツ代表、松元(九州川内原発)、学生ハンストグループ、乱鬼龍(経産省前テントひろば)、浅野健一(同志社大学)、相馬(横須賀原子力空母)、森下(世界ヒバク者展)他

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(まとめ:あれこれ屋 写真:ネットから拝借)

3/12  反原発美術館にてディスカッションと木版画ワークショップ開催

■3月12日(土)、反原発美術館にてディスカッションと木版画ワークショップを行います!

「A3BC:反戦・反核・版画コレクティブ」と「私・芸術・社会はどのように関わっていけるのか」というテーマでディスカッション
 
  
   時間 12:00~ トーク&ディスカッション
 
 ★アートを用いて社会問題に積極的に関わっていて、反原発美術館(第二テント)にも、 「沖縄鳥獣戯画」をはじめ、いくつかの作品をご提供いただいている人たち
 ★A3BCのメンバーの皆さんとディスカッションをしながら、A3BCの活動についてお聞きします!


■「木版画のワークショップを開催」
   時間 13:30~ 木版画ワークショップ(大体2~3時間で作品が完成します)

 ★ディスカッションの後に、木版画のワークショップをします。
  昨年12月のワークショップはとても好評でした。前回参加できなかった方は、ぜひこの機会にご参加ください。
  材料はすべてこちらでご用意しています。初心者歓迎です。


>■会場:経産省前テントひろば・反原発美術館
  入場無料・予約不要
  雨天決行

皆様のご来場をお待ちしています!

3.11 丸5年 福島原発事故は全く収束してない

■3.11 東京での抗議行動
福島現地行動に行かれない方は東京行動に集まってください。

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Image1東電裏

3月2日 ―福島原発事故から5年―被害者を切り捨てるな!全国集会

◆ひだんれん「被害者を切り捨てるな!全国集会」◆

十分に放射線量が下がりきらない地域の避難指示を解除し、それに伴い賠償を打ち切り、住宅無償支援も終了し、まるで原発事故など無かったかのように被害者を切り捨てようとする国、東京電力、福島県に対し、原発事故被害者団体連絡会(ひだんれん)は東京日比谷野外音楽堂に集い、被害者の悲痛な叫びに耳を傾け、誠実に応えるよう訴えます。


―福島原発事故から5年―被害者を切り捨てるな!全国集会

2016年3月2日(水) 東京都 日比谷野外音楽堂
13:30 開場
14:00 開会
15:30 デモ行進開始
16:30 終了予定


3月3日は「アベ政治を許さない」のポスターを全国一斉に掲げる日です。13時 国会正門前でもあります。

3月5日(土)新宿デモ 福島も関東も危ない 放射能から子供を守ろう。

新宿駅東口アルタ前ひろば 13時アピール 14時デモ

★3.11経産省→東電包囲(「3・11」5周年行動)

プロフィール

原発いらない女たちのテントひろば

Author:原発いらない女たちのテントひろば
「未来を孕むとつきとおかのテント行動」を引き継ぐ新ブログにようこそ!

「原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに」は
東京・霞が関の「経産省前テントひろば」を拠点とした、女性による脱原発・反原発のアクションです。
 年齢もバックグラウンドも様々な女たちが、福島原発事故に対して立ち上がった「原発いらない福島の女たち」につながろうと集まって来ました。
 それ以来、つねに新しい仲間を迎えながら、「原発を止めたい」「子どもたちを守りたい」という思いのもとにテントを拠点に多様な活動を続けています。
 生きること、暮らすこと、命をつなぐこと。小さく、ささやかなものへの眼差しを大事にして、「原発」という強大な構造を変えて行けることを固く信じて。
 このブログはもう一つの「テントひろば」。誰にでも開かれた、語らいと学びと交流の場です。世界中の女たちに呼びかけます。
「強く、そしてしなやかにつながっていきましょう!」

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