原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに

8月21日のテント撤去についての補足 

テントの撤去の連絡を受けて、一瀬弁護士は、すぐにテントに出向いてくださいました。まだ暗いうちでした。その報告が、「テントひろばニュー88号」に掲載されましたので写真とともにアップします。

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8月21日(日)未明に経産省前のテントが撤去された。5人が泊まっていたところ、3時40分頃に経産省職員・裁判所職員・ガードマン・多数の警官隊ほか総勢百人が不意にテントを囲い込み、5人を追い立て、第一テントだけではなく、脱原発美術館としての第二テント、第三テントなどの撤去作業を開始した。
 現場に直行したテント弁護団の一瀬弁護士によると、国の意向を受けた東京地裁の宮本執行官が、8月17日に東京地裁に「休日・夜間執行許可申請」を行い、同日、裁判所は執行日を「8月21日午前3時半以降」として許可を出していたという。

私たちは、何度も話しあって、テント撤去に備えていたが、残念ながら深夜の闇討ちに立ち打ちできなかった。

(記事:テントニュース88号より  写真:一瀬弁護士)



テント撤去後の闘い 1808日~

◆8月22日(月)撤去翌日 10時~
台風9号関東直撃の中、延べ20人が参加。テントノボリを立てるが、経産省2名は高圧的態度で敷地(国有地)内に一切物を置かせず。警察バス1台待機。ジャパンタイムス記者から取材。午後にはパイプ椅子を事務所から持ち込んだ。

むきんぽ森

夕方にはカメラマンの釈放を求めて丸の内署抗議に行く。

63e9352丸の内署

◆8月23日(火) 10時~

160823_113726 雨傘

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朝は5~6人で座り込。 午後にはにぎやかになる。 多いときは25人、延べ50人。IWJ午後に中継、近く総集編作成とのこと。
4時15分逮捕されたカメラマンが保釈。
緊急集会を開き、カンパ2万3千円集まり、沖縄への航空運賃に(カメラマンは沖縄が本拠地)。

2日間の行動、やってよかった!今後、メリハリを持ち新たなテント活動を展開する。

◆8月24日(水) 正午~19時

正午に設営し、チラシを撒いたりしました。テントがなくなっていると驚く人や頑張ってくださいと励ましてくれる人、今度はどこにテントを移したのという人もいました。

3日記念撮影

午前中は基本的に当番2人。しかし、どうなったかと寄ってくれる人もいる。おゆうさんもそのひとり。久々に東京に来たので、どうなったかと恐る恐る寄ってみたと顔を見せてくれました。良くこんなところに建てていたもんだわねと懐かしみつつ、次の約束の場にいかれました。
今日は日中韓の外相会議があるので、外務省に対して右翼の動きが激く、警察が阻止線を張ったりしていました。テントに来るかなと思っていたら、案の定、右翼街宣車がひろば前に停まり、中から男性が降りてきました。14時頃のことでした。「全部どかせ」などと言いがかりをつけてきました。警察官もどっと押し寄せてきて、右翼とともに、「道路交通法違反だからどかしてください」などといいました。右翼は前においてあったバナーを踏んずけたりするので、バナーはたたみましたが、当番のものは椅子に座って若干言い合いになりましたが、動きませんでした。右翼とも険悪にならず、会話をかわしたりしました。外務省の方の動きもあって、結局、街宣車に乗り込んでいき、テント前はそれで終わりました。
16時頃に交代の人がきてくれたり、テントによく来られるSさんが立ち寄られて記念撮影などをしました。当番の人の引き継ぎました。

◆8月25日(木)正午~19時
1ca1be25木 狭山事件デモ

午後に狭山裁判無罪再審請求のデモ 石川さんご本人もデモ
7652afe4狭山

37aa3河原井

(まとめと紹介:あれこれ屋  写真:ムキンポ)

8月19日 大間原発建設反対 まぐろ も いか も 怒ってる!

<まぐろ も いか も 怒ってる!>
電源開発本社前で 大間原発建設反対スタンディングデモ


電源開発

7月19日(金)。3ヶ月ぶりの電源開発本社前でのスタンディングデモ。幸い20%の確率の雨も降らず、昭和通りに面した一角を占める高い電源開発ビルの影が私たちを暑さから守ってくれる。
このデモも定着し毎回必ず新しい参加者がある。今回は合計で15人くらい。久しぶりに顔を見せてくれた人もいた。
6月22日は電源開発株主総会会場前で、7月16日・17日は青森県大間町でのオオマグロックフェスティバルで
そして今日19日は命がけで大間に原発を建てさせなかった熊谷あさ子さん月命日の電源開発本社前デモで。

私たちがデモする日は警備員が配置され、正門から出入りする社員はいない。私たちが道路の境目に立ち、道行く人にちらしを配ると
警備員が ここは私有地だから出て下さいと言う。ほんの五センチにも満たないほどの幅を警備員が私有地だと言う先に横断歩道を示す白線が見える。
あの延長線上より中に入っていない、と指摘すると、あの白線が間違っていると言う。監視カメラでチェックされているのですか?と問うと、そうだと頷く。
それらしいものは見当たらない、本当かしら?警備員は派遣先から言われた通りにやっているのだから相手にせずちらし配りをする。
裏口の一つを出入りする社員の少なくない人がちらしを受け取る。
電源開発の本音はきっと原発をやりたくないに違いない。五年経っても福島原発爆発の真相もわからず被害が拡大するばかりだから。 三輪車に乗ったこともない子どもにいきなりバイクに乗れ!と脅されているようなものではないかしら?

大間

私は電源開発が、広告で訴えているように、庄川桜を移植して少しは自然に人間が守られていることが頭の隅に有るなら、自然エネルギーで社会に貢献されることを願う。

感想:里山恵、写真:あれこれ屋

テントが撤去された一日 その四

15時からの抗議集会

テント前

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テント撤去に抗議する人たちがたくさん集まってきてくれました。
そして、これからもテント跡で行動することを確認しました。

ゆうぐれ

抗議集会が終わっても、みなさんテント跡ひろばから去りがたい様子でした。

しかし、まだやることがある。丸の内警察署に、カメラマンを釈放しろと抗議に行きました。

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(まとめ:あれこれ屋 写真:レイバーネット ムキンポ あれこれ屋)

テントが撤去された一日 その三

13時からの抗議集会
岩上ユーチューブに出ています。 https://www.youtube.com/watch?v=StwFQ2MkwKI

13時から抗議集会を開くために、 福島から希望の牧場の吉沢さんがベコのオブジェをつれてテントに来られました。黒田節子さんと橋本あきさんも朝連絡を受けて駆けつけて来られました。
 抗議集会が始まり、淵上さんが挨拶をしているとき、テントひろばにベコを持ってこようとした吉沢さんに、警察がよってたかってそれを阻止しようとしたためもみ合いになり、騒然となりました。その過程でカメラマンの人が逮捕されてしまいました。大口弁護士がすぐ丸の内署に行きました。(1泊2日で釈放)

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集会続行。
淵上さんは言いました。「たしかにテントは撤去した形になっている。しかし、われわれは頑張っちゃっている。仕方がないでしょ。われわれはテントが撤去されたくらいでわれわれの意思を変えることはほとんどない。」

○吉沢さんが発言。
※残念なことに吉沢さんの声は周りでいろいろと弾圧してくる警察官の声などにかき消されてしまっています。


○黒田節子さんの発言
 予想されていたこととはいえ、私たちの大事な、ひとつの砦がなくなってしまった、暴力で奪われてしまった。福島のことを訴えるのにこのテントは必要だった。ほんとにほんとに悔しい!
テントはなくなってしまったが形を変えて原発がなくなる日まで絶対に一人一人の気持ちの中に残り、それは発展していくだろうと思います。
福島です!福島はなにも変わってないどころかますますひどくなっている。発表されるごとに子どもたちの甲状腺がんは増えている。原発のせいではないないって国は言うのか!ふざけるな!世界中が見ているのに、恥ずかしい。原発はどうなっているかわからない。汚染水も何百トンも海を汚している。にもかかわらず帰れという。そういう政策がすすめられている。住宅支援も来年3月に打ち切られる。ほんとにムチャクチャだ。チェルノブイリ法のようなものもできていない。保養も民間レベルで市民がやっていて、国はまったく逆なことをやっている。少しづつ病気になりなさい。そうすればお金が浮くからっていう政策なんです。
私たちのひとつの拠点は失われてしまったけれど、心のテントはむしろ生き生きと私たちの中に生き続けるだろう。テントひろばはあちこちで続けられるだろう。原発が続く限り私たちのやることはたくさんある。私たちがあきらめないで闘い続ける限り、負けることはないと確信しています。

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○橋本あきさんの発言

なんという理不尽な警察か。こういう暴力的なことを見たたのは初めてです。私はいま60歳ですが、この歳でこういう光景を見るとは思わなかった。吉沢さんを暴力で引きづり降ろした。私たちをそうやってつぶそうとしていると思いました。
テント撤去の報をきいて悔しい朝になりました。原発がなければこういうことにはならなかった。体を張って活動している者たちの、ここはみんなの集まりやすい場所で私たちはここで救われてきました。ここで福島を共有できる。ここが目障りだったんだろう。怖かったんだろう。みなさんとつながりながらやっていきたいと思います。

○火炎瓶テツさん
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私はテントに最初に来たとき、こんな風貌なんで怪訝に顔をされて皆さんと声をかわすのに4~5ケ月かかった。テントの歌を歌います。レゲエの歌。

テントはなくなったわけではないですから。僕の中に許せない主体がある。ダメなものはダメ。座り込みが解除されるのはダメなものがなくなったとき。
われわれ一人一人がテントです。原発に立ち向かうテントなんですよ。TPPに立ちはだかるテント、戦争反対のテント、原発反対、辺野古新基地反対のテントなんですよ。みんな一人一人がテントなんですよ。自ら考え思考し、自らしゃべる。自ら聞き判断する。そしてどこにでも行く自由なテントじゃないでか。テントはなくなってない、むしろ増えている。テントがなくなったなんてウソですよ。これからですよ。
シュプレヒコール
テントはまだまだなくなってない! 原発反対のテントだテントだ! 僕らはみんながテントだテント! 原発反対のテントだテントだ! 戦争反対のテントだテントだ! TPP反対のテントだテントだ! テントはまだまだなくならない!

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○寺崎さん(第二テント)
第二テントは女性たちが中心になって運営してきたテントです。そのきっかけは2011の10月終わり、100人の女たちが福島から駆けつけてきて、経産省を取り囲むアクションが企画されて第二テントがつくられたのです。それから福島の人たちがかかわってテントが運営されてきましたが、いろいろとそれぞれの問題が起こって分かれてきて、首都圏の女性たちがテントの運営を引き継いでやってきました。去年の12月6日から第二テント自体を反原発美術館にすることにしました。今年の8月6日に、版画のワークショップをやって、そして今日を迎えました。テツさんが言ってくれたように、このテントはみんなの気持ちが通い合う場所だったので機能してきたと思います。原発をなくして行動していく場につなげて行きましょう。

13時から集会では他にもいろいろの人たちが話しました。

次は15時から、再度抗議集会を持ちました。

(まとめ:あれこれ屋 写真:岩上ユーチューブ 、シャワリンユーチューブから)

テントが撤去された一日 その二

抗議集会と記者会見

○9時から抗議集会と記者会見が行われました。

○最初に、昨夜の泊番の人から、経産省が撤去に来た時の状況についての報告がありました。その一で報告したことを実際に闘った人からの報告です。

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○続いて淵上さんはテント撤去に対して強く抗議しました。
「いまここにテントはありません。私たちの脱原発の意識や運動がこれからもっと困難に見舞われるとしても、だからと言って闘いをやめることなんてありえません。
…今日は1807日でした。しかし、1808日があり1809日があります。そして9.11を迎える。闘い続けます。」という決意の表明がされました。

抗議集会の途中、経産省の役人が「バナーを、つくっばかりの囲いにひっかけたのは許さない、取れ」と言って乱入する事態がおこりました。あきれたことです。前に持ちました。

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○亀屋さんが発言しました。
亀屋さんは双葉から避難して東京に来たつらい体験を語りました。「テントにつれてこられたときは泣くことしかできませんでしたが、テントの人たちは話を聞いてくれました。そして支えてくれました。テントは私の第二の故郷です。経産省の人たちは第一原発を見てきましたか、見てないでしょ。三号機はいまも即死する状態です。私は去年の10月に双葉に帰った。そのとき自分の家に寄ってみました。天井が落ちていました。盗賊に荒らされていました。本当にみじめです。この思いを他の人にさせたくないから再稼働反対なんです。
東電がなかったら私はここにいる必要はなく、双葉にいます。福島に帰りたい。一番憎いのは東電と経産省と国です。最後の最後まで頑張りますから、みなさんよろしくお願いします。」
亀屋さんはそのほかにも、凍土壁が凍らないこと、それに国税が320億円も使われていること、甲状腺がんの子どもが172人に増え、茨城でも8人がなった。自分の子どもが、自分が甲状腺がんになったことを考えてみてくださいといいました。

○記者会見なので、記者の人たちに質問はないか聞きましたが、記者たちは、テントが撤去されたので、もう関心がなくなったのか、質問はありませんでした。あきれます。

○次は13時から抗議集会を行いました。

○その間もいろんなことが起こりました。

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○亀屋さんたちが座っている監視カメラの台に「台に登ることを禁ず」とあったので座っていたところ、経産省の役人が来て「座るな」というので、「ここには登るなとある。登ってない」といいました。経産省の役人は一旦引き下がり、写真にあるような囲いをつくってきて座れないようにしました。
この囲みは上が開いていたので、「上が開いているとゴミが捨てられるぞ」と誰かが言うと、経産省の役人は慌てて蓋をつくってきて
取り付けました。大笑いです。もちろん経産省の役人はその都度警官に自分たちを守らせていました。

(まとめ:あれこれ屋 写真:ぬーさん インターネットから)

テントが撤去された一日 その一

いろいろな人の話、報道などを参考にした一日の様子です。その一

▼日テレより
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朝、3時40分頃、経産省役人、警官、公安、執行官、執行業者など100名がテントに来て、テントを撤去するので、10分以内にここから持ちだすものを持って立ち退け。今いるものは氏名を言えなどと言った。
テント側は、テント裁判の被告の2人、弁護士が来るまで待ってほしいと言ったが受け付けなかった。

3時40分は夜中で、法律では、休日と日没から夜明けまでは(民事では夜7時から朝7時までの間)、強制執行とか、家宅捜索をやってはいけないことが定められている。特別のことをやる場合は裁判所の許可をとってやるようにとも法律に書いてあるので、裁判所の特別執行許可書をとってきて、それをテントの泊り番の人に読んで、執行はいいんだということを言った。
そして、すぐ執行に移ったが、マスコミがすぐその場に来たそうだ。つまり、マスコミにはあらかじめ知らせていた。

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○警察官などがかため、地下鉄の入口も封鎖され、テントにいた人たちは財務省のところに連れていかれた。
テントから、すぐ、撤去が行われていることを各方面に知らせた。(3時4時では一番電車もないが、それでも、連絡を受けた者たちはテントに向かった。)
執行は約1時間半で終わった。撤去したものは経産省の敷地内に入れてた。トラックなどは来なかった。

○撤去しても警官・権力は帰らず、テント前に居続けた。
テントの者たちは、財務省前で抗議をし続けた。7時になると大分人も集まってきた。

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9時からテント撤去の抗議集会を始めた。

(まとめ:あれこれ屋 写真:ネットから)

NHK 朝のニュース

◆NHK テレビニュース
脱原発主張の団体設置のテント 強制執行で撤去
8月21日 7時23分

脱原発主張の団体設置のテント 強制執行で撤去
脱原発を主張する市民団体が経済産業省の敷地に設置したテントをめぐる裁判で撤去を命じる判決が確定したことから、東京地方裁判所は21日朝、テントを撤去する強制執行を行いました。

強制執行が行われたのは、東京・霞が関の経済産業省の敷地の一角に市民団体が設置したテントです。
このテントは東京電力、福島第一原発の事故の半年後に市民団体が脱原発を訴えるための拠点として設置したもので、国は「不法占拠だ」として団体のメンバーに対して裁判を起こし、今月、テントの撤去や敷地の使用料の支払いを命じる判決が確定しました。
テントは、その後も撤去されなかったため、国の申し立てを受けて東京地方裁判所は21日午前3時半すぎから強制執行を始めました。テントの周辺は立ち入りが規制されて市民団体のメンバーも退去を求められ、警察官などが警備する中、1時間半ほどで撤去作業が終わりました。
その後、市民団体のメンバー30人余りが経済産業省の前で抗議活動を行い、脱原発の取り組みを進めるべきだと訴えました。
市民団体の代表の淵上太郎さんは「テントの撤去はしかたがないと思っているが、脱原発の活動は続けなければならないので、経済産業省の前で座り込みの抗議を続けていきたい」と話していました。

8月21日 経産省前テントが撤去されてしまった。許せない!

◆東京新聞
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スタンディングデモのご案内  8月19日

8月19日(金)、お昼12時から13時まで、東銀座・電源開発本社前でスタンディングデモ

大間原発の建設が進む中、「大間原発はいらない!」の思いを伝えるため、3月19日に銀座の電源開発本社前にてスタンディングデモを始めました。
19日は熊谷あさ子さんの月命日です。デモの出入りは自由です。都合のよい時間だけでも、皆さまのご参加をお待ちしています!
*スタンディングデモとは、参加者が自分の思いを記したプラカード等をかかげて、黙って立っているというスタイルの沈黙の意志表示です。

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(紹介:あっきい)

伊方原発再稼働反対 隣接県で仮処分申請など

伊方原発再稼働に対しては「中央構造線が動いた」という一層重大な問題が発生し、近隣県で運転差し止め仮処分申請などが出されている。

伊方反対

伊方原発再稼働を許さない!

8月12日、住民の反対を押し切って、四国電力は伊方原発再稼働させた。

愛媛では、伊方原発ゲート前抗議行動、伊方町九(くちょう)での町内デモなどが行われた。

Image2新聞記事

右の記事は伊方原発ゲート前抗議行動
左の記事は川内原発ゲート前抗議行動


岩上ユーチューブで見られる
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/325198

Image2伊方九町
▲岩上ユーチューブより

経産省前でも、5時~6時までも抗議行動が行われた。
川内原発再稼働に抗議し、最高裁のテント撤去判決に抗議し、この日は経産省前にも、テント前にもたくさんの人が結集した。

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(記事紹介と写真:あれこれ屋)

8月6日、A3BC木版画ワークショップ報告

8月6日、経産省前テントひろばの反原発美術館にて、A3BC:反戦・反核・版画コレクティブさんによる、木版画のワークショップが開催されました。

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昨年12月、今年3月に続いて、今回が第3回目の開催です。これまでは、参加者がそれぞれ小さなサイズの木版画を制作していましたが、今回は全員で大きな1枚の作品を作ることに挑戦!

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ワークショップを始める前、A3BCメンバーの上岡さんより、丸木夫妻の「原爆の図」に関するお話がありました。原爆の図がどのようにして生まれ、どういういきさつでシリーズ化されていったのか、と。

お話を聞いた後、たてよこ90センチぐらいの板に、どのような作品を作るか、皆で話し合いながら作業が進められていきました。テントは、数日前に最高裁の決定が出て、いよいよ強制撤去が行われるのかと、これまでにない緊張状態でしたので、絵の内容にもおのずとテント、そしてこの反原発美術館のことが盛り込まれていきました。

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時間の関係で、作品はこの日には仕上がらなかったため、A3BCさんが持ち帰り、後日完成させて美術館に寄贈してくださることになりました

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A3BCの皆さんの皆さん、参加してくださった方々、猛暑(酷暑)の中、大変お疲れ様でした! 作品の完成をメンバー一同、心待ちにしています!

(報告と写真:早川由美子)

8月2日 テント裁判 上告棄却に抗議して記者会見

8月2日(火)、13時から、経産省前テントひろばでテント裁判の上告棄却の最高裁判決(決定)に対する抗議と今後の闘いについての記者会見を行いました。

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13時に木村(雅)さんの司会で、記者会見を始めました。

■淵上:.まず、被告の淵上さんが「最高裁決定に対する経産省前テントひろばの声明」を読み上げました。
「この決定に大きな怒りと抗議の意思を表明するとともに、経産省前テントを守り脱原発の闘いを引き続き推し進めること、私たちの意思で経産省前テントを撤去することはない」と言い切りました。また、「この決定をもって、経産省・国がどうしようと、いささかもたじろがず、粛々とテントを守り、全国の皆様に闘いの継続を呼びかけます。」と言いました。

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■大口弁護士
 最高裁判所が言っていることはテントの上告理由は、土地明け渡し民事訴訟法の上告理由に当たらない。テントは意見や不備を言うがこの裁判はそういうことは審査しない。だから上告は棄却する。三下り半の判決の典型。怒りに耐えない。原発を巡る深刻な事態はまさしく憲法違反。10万人の人がまだ福島に帰れていないという現実を全く見ない判決。最高裁が何を言おうと、テントの声明にあるように闘い続けるという立場を弁護団として支持してともに闘っていく。

■河合弁護士(テント裁判弁護団長)
僕は原発の差し止め裁判をやり、東京電力の刑事告訴を闘い等々、原発問題のあらゆる闘いをしている。テントはのどぼとけにかみついたネズミ。脱原発の闘いの中で重要な位置を占めている。そのことはこの5年間で示されている。テント裁判にも、その報告会にも人がよく集まることにも示されている。四電の前にも関電の前にも同じような人たちがいる。波及している。ここは脱原発の心の寄りどころ。撤去との闘いが流血の惨事のならないことを希望するが、ここを守っている人たちは年は取っているけれど歴戦の勇士なので、おめおめと引き下がる人たちではなく、闘い続けるだろう。
日本中から原発をなくすこと、これが私たちの最終目標。その手段としてのテントです。原発がなくなるまで私たちは闘いをやめない。

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■ 黒田さん(福島の女たち)
ここに来ると5年前の暮れにここで闘ったことを思い出す。原発問題はあまりにも多くのテーマを生み出してしまった。みんなそれぞれに闘っている。いまもあきらめずに闘っている。あの時、経産省への申し入れをはじめてしたが、10人くらいが中に入って申し入れをした。いまや経産省はそういう態度はとらない。7月11日、愛媛の女たちと福島の女たちで経産省に申し入れをしようとしたが、職員は私たちに会おうともしない。門のところに出てくることもしない。私は本当に唖然、愕然とした。
5年前、4つの要求をした。一つは原発は怖いからやめてください、二つは再稼働はありえない。絶対にしないで。三つは福島の子どもたちを避難させてください。この3つは5年たってもかなえられていない。それどころかもっと深刻になっている。避難した人たちの家賃補助を打ち切って、福島にかえれということがいま進んでいる。本当に怒っている。沖縄から「決してあきらめない」ということを学んだ。ここのテントは私たちがいろんなことと具体的に繋がれる場所。たとえここが撤去されても、いろんなところで、いろんなかたちで、新しくテントを建てて闘い続けよう。

■亀屋さん(双葉から東京への避難者)
いまは港区に住んでいる。ここになんでテントがあるのか。第一原発事故がなかったら、私たちはテントなんかつくる必要はなかった。このテントを撤去する前に福島原発事故を収束させてくれ。福島の子どもたちはひどい状況にある。来年には家賃は打ち切られる。生活できなかったら福島に帰んなさいっていうことなんです。福島は帰る場所ではない。この間、双葉町の、うちの部落41軒のうちの、51歳の旦那さんが突然死した。おとといの朝、別の、家の前の旦那さんが突然死した。何人も死んでいる。
東京に来たとき、初めて山本太郎さんに連れられてここに来た、泣いていた。このテントと知り合いになれて私は立ち上がれた。ここでいろんな人に支えられた。双葉の故郷は東電に奪われた。このテントひろばは第二のふるさとだ。ここが奪われたら私はどこをふるさととすればいいのか。こんな悲しいことはない。撤去は許しません。みなさん一つになって頑張りましょう。

■正清さん(被告)
5年頑張ってきた。何一つ問題は解決してない。また原発が安いなんてことはない。さらに原発廃棄物の処理一つとっても全く道がないのに強行している。憤る。原発をなくすこと以外にないということを確信してみなさんとともにがんばる。

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■江田(第一テント独立当事者)
これからどうするのか。徹底的にたたかう、その闘い方はこれからみんなできめていく。私はいま川内原発再稼働とたたかっている薩摩川内市の浜に設立されたテントで闘っている。それはこのテントのバトンを受け継ぎ発展させたもの。だからこのテント自体もこれからどういう闘いをしていくかだ。それから、全国的な原発再稼働と安倍路線とどういう闘いをしていくか。
川内原発を巡っては鹿児島県では三反園新知事が反原発派の知事登場した。川内原発を止める動きをしている。ユニークな活動をいろいろやろうとしている。ここのテントの闘いはそういうように受け継がれている。闘いは続く。敵が原発を維持しようとしてるが、新たな展望をもった闘いがイメージできる。伊方でも、ひとつひとつつぶしていく。

■寺崎(第二テント 独立当事者)
第二テントは2011年10月25日に建てられた。これは福島の女たちが上京して経産省を囲むというアクションを応援するために第一テントを建てたおじさん、おじいさんが中心になって建てたもの。そのあと、1年余は福島の人たちが中心になって運営してきたが、その後いろいろな事情があり、首都圏の女たちが担って現在に至っている。初期のころは福島の人たちを応援するという形の運動をやってきたが、最近では第二テント独自の企画もやるようになっている。いま第二テントでは去年の12月6日から「反原発美術館」をやっている。今日は終わったらぜひ中に入って見ていっていただきたい。いろんな形で闘いを広げていかなければいけないという意味で、この反原発美術館は画期的なものだと思う。
最高裁の決定がでたが、私たちは困難にぶつかったら凹のでなくてそれを起爆剤として次の段階に進むという方法でやってきた。これからもそういうふうにしたたかに、しなやかに次の行動をやっていく力を発揮していく。

■高瀬(第三テントの独立当事者)
私たちは、このテントはみずから撤去することはない。あくまでも闘う。沖縄の高江で150人の住民の部落に1000人の機動隊員を導入してヘリパットをつくる。これは弾圧以外の何ものでもない。しかも辺野古基地建設では、政府が翁長知事を訴える。伊方においても民意を無視して再稼働しようとする。まさに非道。民衆と権力の圧倒的力関係のもとでわれわれが主張し表現し反対をする。憲法21条は圧倒的力関係の下で民衆の権利を保障する、表現を保障するために、憲法が権利を保障しているもの。
反原発を主張するこのテントは憲法そのものだ。われわれは憲法に依拠した闘いだという確信をもって闘う。
最後に、9.11にお祭りをやります。詳細は追って決めます。テント建設5周年。経産省包囲祭りといったものです。お集まりください。

<記者の質問>

☆賠償金はどうなるのか?

★淵上:いままでに控訴審のとき、供託金を500万円払ったので、それは没収になる。 それから、淵上の口座と正清の口座は2000円くらい押さえられている。残りは朝日新聞によると3800万円。さしあたって、お金がないので払えません。払いようもない。動産も不動産も持ってない。払えないし払う気もない。
私を連れてってどっかで働かせるというのなら働きましょう。長生きできるかもしれない。

☆今後、強制執行があった場合具体的にどのように闘うのか。

★淵上:強制執行と言うのは本当に強制的に物理力で執行するので、この力に対して私たちは真っ向うからゲバルト的に戦えない。残念なことですが。一言で言えば、粛々とこのテントを守る、これ以上のことは言えません。

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★淵上みずから撤去するということはありません。
闘い続けるというのが原則です。いまから、これがなくなっちゃったときどうするのかとかを言うと神秘性もなくなるし面白くないのでいいたくないのですが、いろんな工夫を凝らしたいと思う。実際に撤去されたらどうなるのかというイメージ位はわいてくるので、それをみんなで煮詰めていって、もっとも効果的でやれそうなことをやっていく。来年も再来年も原発が続く限り、経産省がある限り闘いは続くと思う。この経産省が原発を推進している本当の根っこなんです。ですから、こいつらが何とかしない限り、われわれも引かない。

☆強制撤去の時、事前に知らせてくるものなのか。そのとき全国に闘いを呼びかけるのか。

★淵上:いついつ撤去するということは言ってこないと思う、突然来る。しかし、裁判所の許可が必要らしくて、経産省なりはそのための法的手続きはとる。一般的な意味で強制執行とか家宅捜索は突然くる。日の出から日没までの時間でということで、夜は来ない。
ここにはいつも何人かは泊まっているので、執行官が来たらすぐ、全国にお知らせする。新聞社にもお知らせする。それで闘いがはじまる。私たちは頑張りたいと思う。

(報告と写真:あれこれ屋 )

記者会見にご参加を

本日、8月2日(火)13時から、経産省前テントひろばで、最高裁判決に対する抗議と、今後の闘いについての記者会見があります。記者会見には、河合弁護団長、弁護士、被告、独立当事者、支援が臨みます。
万障お繰り合わせのうえ、皆さんもご参加ください。

▼東京新聞 8/2

テント東京新聞

8/2 テント撤去の不当判決に対する、緊急の記者会見への参加の呼びかけ

 最高裁の不当な判決が出たことに対して、経産省前テントひろば運営委員会は直ちに会議を開き、今後の闘いについて確認しました。

1. 基本的に、東京高裁判決後にとった、テント防衛体制を確認し、堅持する。
2. 8月2日(火)に記者会見を行う。
日時:8月2日 13時~ 
場所:経産省前テントひろば
3. 8月2日の記者会見にできるだけ多くの人が集まってください。

以上、よろしくお願いいたします。

8月1日 最高裁判所 経産省前テントの撤去の不当判決出す。

8月1日(月)、最高裁判所から弁護士事務所に、いわゆるテント裁判について、<本件上告を棄却する>の不当な判決文が送達されました。その判決文は以下の通りです。


平成28年(オ)第320号
平成28年(受)第402号

             決 定

        当事者の表示    別紙当事者目録記載のとおり
 
 上記当事者間の東京高等裁判所平成27年(ネ)第1309号土地明渡請求及び参加申出事件について、同裁判所が平成27年10月26日に言い渡した判決に対し、上告人兼申立人らから上告及び上告受理の申立てがあった。よって、当裁判所は、次のとおり決定する。
     
             主 文 

         上告を棄却する。
         本件を上告審として受理しない。
         上告費用及び申立費用は上告人兼申立人らの負担とする。

             理 由
 
 1 上告について
 民事事件について最高裁判所に上告をすることが許されるのは民訴法312条1項又は2項所定の場合に限られるところ、本件上告の理由は、違憲及び理由の不備をいうが、その実質は事実誤認若しくは単なる法令違反をいうもの又はその前提を欠くものであって、明らかに上記各項に規定する事由に該当しない。

 2 上告受理申立てについて
 本件申立ての理由によれば、本件は、民訴法318条1項により受理すべきものとは認められない。

 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

     平成28年7月28日

                最高裁判所第一小法廷
                       裁判長裁判官  大 谷 直 人
                           裁判官 櫻 井 龍 子
                           裁判官 池 上 政 幸
                         裁判 官   小 池   裕

8月1日 最高裁判所 経産省前テントの撤去の判決

8月1日 最高裁判所 経産省前テントの撤去の判決

<朝日新聞ニュース 経産省敷地の「脱原発テント」撤去へ 国側の勝訴確定>


 東京・霞が関の経済産業省の敷地にテントを設置して脱原発を訴えているグループに対し、国がテントの撤去と損害賠償などを求めた訴訟の上告審で、グループ側の敗訴が確定した。最高裁第一小法廷(大谷直人裁判長)が7月28日付の決定で、グループ側の上告を退けた。

 敗訴が確定したことで、今後国が申し立てれば、テントの撤去と土地の明け渡しが強制執行される。約5年間の敷地使用料と、年5%の遅延損害金の計約3800万円の支払い命令も確定した。

 一、二審判決などによると、グループは東日本大震災から6カ月後の2011年9月11日に、経産省の敷地の一角にテントを設置。国の原子力政策への抗議活動などをしてきた。

 昨年10月の二審・東京高裁判決は、テントを訪れた震災の被害者が交流したり議論したりすることで有益な場となっていた面がある、とグループ側の活動に理解を示した。一方で、そのことで敷地の使用が法的に許されることはない、と指摘。「憲法が保障する生存権に基づいた、原発に反対するやむにやまれぬ活動だ」とするグループ側の主張を退けたうえ、敷地の使用料が年額800万円に上るとして、1日あたり約2万2千円の支払いを命じた。

 決定について経産省は「国の主張が認められ、極めて妥当な決定。被告らが最高裁決定を厳粛かつ真摯(しんし)に受け止め、直ちに土地を明け渡すことを強く求める」とする談話を発表。グループ側代理人の河合弘之弁護士は「脱原発の闘いの正当性が認められず、誠に遺憾。テントの人たちは最後まで闘い、任意で立ち退くことはしない」とのコメントを出した。

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原発いらない女たちのテントひろば

Author:原発いらない女たちのテントひろば
「未来を孕むとつきとおかのテント行動」を引き継ぐ新ブログにようこそ!

「原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに」は
東京・霞が関の「経産省前テントひろば」を拠点とした、女性による脱原発・反原発のアクションです。
 年齢もバックグラウンドも様々な女たちが、福島原発事故に対して立ち上がった「原発いらない福島の女たち」につながろうと集まって来ました。
 それ以来、つねに新しい仲間を迎えながら、「原発を止めたい」「子どもたちを守りたい」という思いのもとにテントを拠点に多様な活動を続けています。
 生きること、暮らすこと、命をつなぐこと。小さく、ささやかなものへの眼差しを大事にして、「原発」という強大な構造を変えて行けることを固く信じて。
 このブログはもう一つの「テントひろば」。誰にでも開かれた、語らいと学びと交流の場です。世界中の女たちに呼びかけます。
「強く、そしてしなやかにつながっていきましょう!」

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