原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに

9・20 大間原発反対!スタンディングデモ

今月のスタンディングデモは9月20日

9月は19日が敬老の日で祝日だったので、20日(火)に月例の大間原発反対!スタンディングデモを東銀座の電源開発本社前で行いました(12時~13時)。台風の影響で雨が降っていましたが、幸いなことに土砂降りではありませんでした。
10人ほどが参加してくれました。毎回、新しい顔が見られるようになりました。以下は参加者の感想です。

★地下鉄で雨の装備をしたら12時近くなってしまった。
警備員に挨拶し、雨なので社員の出入りは少ないと思ったものの通用口に回る。
裏口の警備員も色々でちらしを読んで下さい、と差し出すと、会社から受け取らないように言われていると言う。
自分の仕事を忠実にこなすには私たちが何を訴えているか理解しておくことも仕事の一部でしょ、と訴えた。

★交替した警備員は話しかけてもあらぬ方を見て、話にならない。
社員の出入りに対しては、<政府予算は28年度は電源開発の研究予算が一億円から半分の五千万円に削減され、来年度はゼロになる。これ以上お金をつぎ込んでも無駄>と訴えながら差し出すきれいなカラーのちらしがびしょ濡れでかわいそう。それでも僅かの人が受け取る。

★時5分前になったのでみんながいる正門に移動。
大間原発大間違い!鮪もイカも怒ってる!
とシュプレヒコールで締めた。

★その後、いつも寄る「G」という店のランチが楽しみ。ちりめん山椒ご飯をお代わりしてしまった。
今日は最悪で参加者は女性4人と思っていたが、徐々に増えいつものように10名以上になったようだ。お昼休みに来た人、お友だちを誘って来た人と裾野がひろがっているようで嬉しい。

★電源開発の社員も工事がまたもや先伸ばしになり大間に転勤もありそうで不安だろうに(注1)。
会社は?、労働組合は?
皆さん!私たちと一緒に大間原発大間違い!と言いましょうよ!

(報告:里山恵)

注1:日経新聞記事(2016.9.8 digital版)
「Jパワー、大間原発の工事再開2年延期 審査長期化で」

Jパワー(電源開発)は青森県大間町に建設中の大間原子力発電所について、今年11月としていた本格工事再開を2年程度延期する方針を固めた。
前提となる原子力規制委員会の安全審査が長期化しているためで、2022年度ごろとしていた運転開始時期も先送りする。9日に県や大間町など地元自治体に延期方針を報告する。
Jパワーは14年12月に大間原発の安全審査を規制委に申請。これまで、今年11月に審査に合格し本格工事を再開する工程を示していた。
審査の長期化で合格の時期は見通せず、11月の本格工事再開を断念した。
大間原発は08年に着工したが、11年の東日本大震災で工事を中断。工事進捗率は震災前と同じ約38%のままだ。工事中断の長期化で、 震災直前に約1700人いた建設工事関係者は現在300人程度まで減少し、地域経済は疲弊している。大間町も年間数十億円の固定資産税が当分見込めず、厳しい財政運営が続く。
このため、Jパワーは守衛所や構内道路の整備など許認可に関係ない周辺工事を前倒しで行うほか、本社の社員研修を大間町で行うことで地域経済を下支えしていく方針だ。 町の原子力防災の費用も一部負担していく。

「さようなら原発 さようなら戦争 9.22大集会」

9月22日(木 休日)代々木公園で行われた「さようなら原発 さようなら戦争 9.22大集会」に、経産省前テントひろばはブースを出しました。時折強く降る雨で、集会だけで終わりました。デモはしませんでした。9500人が集まったそうです。

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テント撤去に抗議 <海外からの応援・連帯メッセージ>

経産省前テント撤去に抗議する<海外からの応援・連帯メッセージ>

❶レベッカ.ジョンソン(軍縮専門家)  2016年9月5日
私は、市民たちが運営してきた東京の反原発・平和テントが容赦なく撤去されたことを聞いて、ショックでした。緑の党(イングランド・ウェールズ)の安全保障・平和・防衛担当のスポークスパーソンとして、わたしは何回か、テントを訪れたことがあります。
そして、非暴力に徹していること、原子力と武器、特に福島の核災害が引き起こしている恐ろしくかつ継続的な、人間および衆境に与える影響について、人々の関心を高めるために行動していることに強く印象づけられました。

脱原発・平和テントで情報を広め、フクシマの人々およびすべての核ヒバクシャへの支援を提供している日本の勇敢な市民たちは、政府や人々に心から感謝されるに値します。手荒に追い立てられたり、沈黙を強いられたりするなど、とんでもないことです。
核の危険は強く強調されなければなりません。沈黙したり、隠されたりしてはなりません。わたしは世界中の人々とともに、電力と核兵器のための危険な核技術の使用を終わらせることを求めている日本の活動家の皆さんたちへの連帯と支援を送ります。

*レベッカは文中にもあるように何度もテントを訪れてくれました。最近では7月にも来てくれました。数多くの国際会議で核軍縮の政策提言をしている民間の軍縮専門家です。
これまで2回もノーベル平和賞にノミネートされているそうです。

❷ミュラー・柴 勵子(さよなら原発デュッセルドルフ会員)  2016年9月6日
テントひろば強制撤去の情報は会の仲間が転送して下さる、東京新聞で知りました。
「やっぱり来たか」との思いはありますが、日本から、ひいては世界から、原発がなくなるまで、あきらめない決心を新たにしました。在日本のときは以前と同じく、旧テント跡詣でをします。
原発と核武装は同じメダルの裏表。
「よそもの」として否「よそもの」だからできることを考え、共に手を取り合って活動を続けてゆきましょう。

*勵子さんは第2テントで映画「シェーナウの想いJの上映会をしたときに、実際にシェーナウを訪れたときの感想も交えてドイツの電力事情について解説してくれました。

❸よそものネットフランス一同 2016年9月8日
2011年9月11日から5年近くのあいだ、「原発いらない」日本市民たちの抵抗の場。福島原発事故被害者たちにとっても重要な場でした。さまざまな出会いを可能し、民主主義が実践される真のアゴラでした。
不当な判決につづき、行政による休日夜中の不当な撤去に抗議すると共に、みなさまの行動を支援する連帯のメッセージを、フランス・パリから送ります。

*代表の飛幡祐規(たかはた・ゆうき)さんは「レーバーネット」のサイトにコラム「フランスの窓から」を連載しています。
                              
❹ヒルデと多くの友人たちより ベルリンから   2016年9月6日
○親愛なる皆さんへ
占拠の開始から1807日目に「テント」は撤去された。このニュースをわたしたちは怒りと悲しみをもって読みました。テントは建てられるとまたたく間に、脱原発を実現したいと願っている人々が出会える場所となりました。ここで、この国のあちこちから集まって来た年とった人も若い人も、女性も男性も一緒になって、核のない、平和な世界のために闘ってきました。テントは亡くなった人、病気になった人、ふるさとを失ってしまった人など犠牲者を思い出し、警告を発する場所でした。

わたしは2012年秋にテントを訪れたときのことを思い出します。わたしはテントから発せられるパワーとエネルギーを感じ取り、この場所が組織面でも、また精神的にも運動にとってどれほどの意味を持っているかを目の当たりにしました。
また、公共空間の平和的な占拠は民主主義に対する願望をはっきりと示すものでもありました。活動家たちは政府の建物が立ち並ぶ真ん中で、つまり自分たち国民に関連した決定がなされる権力の中心で声をあげる場所をつくったのです。テントのメッセージははっきりしていました。ここはわたしたちの町だ、わたしたちの国だ、わたしたちの未来だ、わたしたちはそれらをつくりあげていきたいのだ。

テントは無くなってしまった。でもその場所はそこにいたことのある人々、そこから発信されたメッセージを聞いた人、見た人の記憶に残るでしょう。そこで起こったことはこれからもテントに関わったすべての人が担い続けるでしょう。これからはテントが無くなってからの日々が新たに加えられて行きます。そして多くのテントが生まれていくことでしょう。
わたしたちは、猛烈な逆風にもかかわらず、倦むことなく、断固として闘っているすべての皆さんとともにいると感じています。皆さんの勇気は、核エネルギーに反対し、平和な未来をつくるために闘っているわたしたちを励ましてくれます。
原子力 いらない!

*ヒルデさんはハノーヴァー大学非常勤講師(女性学)。ジャーナリストのパートナーと来日の際には、首相官邸前でスピーチをしてくれました。

(メッセージ紹介 翻訳:あっきい)

9.11経産省前テントひろば 5周年 怒りのフェスティバル 成功!

9.11フェスティバル。場所は経産省の正門前。

15:00 経産省前で、浦邉力さん司会で開始 歌・音楽演奏
16:45 懐かしい「かんしょ踊り」
  同時刻、日比谷公園から、希望の牧場の吉沢さんのオブジェの牛神輿をかついだ デモ出発。経産省前で合流し、
さらに日 比谷公園まで。
17:30 スピーチ開始 司会は乱気流さん
    淵上太郎さん(テント裁判被告)、 武藤類子さん(福島の女たち)、黒田節子さん(福島の女たち)
川端清明さん(川内原発反対)、八木健彦さん(伊方原発反対)、大城悟さん(沖縄平和運動センター)、
正清太一さん(テント裁判被告)、亀屋幸子さん(避難者)、齋藤美智子さん(反原発活動家)、柳田真さん(たんぽぽ舎)
早川由美子さん(映画監督)
18:45 経産省包囲・ヒューマンチェーン
19:10 終了

○歌は浦邉さん、ウランさん、ジョニーHさん、橋本美香さん(制服向上委員会)など。
▼司会の浦邉さん
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○武藤さんがかんしょ踊りについて説明。「会津磐梯山の古形の盆踊り歌・踊りなのだが、左手と左足、右手と右足を出し、かつ激しい所作のためか、ときの為政者によって弾圧され、禁止されたりした。しかし、農民はひそかに残してきていた、それを掘り起こした。」というような説明がありました。そして、黒田さんのあとについて踊る。踊っているうちに思い出した人も多かったようです。

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○かんしょ踊りと同時に、牛神輿デモが日比谷公園から出発。牛神輿は「希望の牧場」の吉沢さんが連れいてる赤べこのオブジェ。経産省前で合流し、歩道をかんしょ踊り、車道を牛神輿。すごくいい感じでした。
かんしょ踊り隊は郵便局の前でUターンするようになっていましたが、黒田さん先頭の人たちは牛神輿と一緒に行動してUターンせず、日比谷公園まで行ってしまいました。

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○経産省の裏・資源エネルギー庁などが入る別館の前ではテツさんたちが抗議行動を行っていましたが、牛神輿に合流。解散地点の日比谷公園は人がすごくいっぱいいました。

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○牛神輿隊もついて行ってしまったかんしょ踊り隊も経産省正門前に戻って集会。

◆集会でもいろんな人が心を打つことを言いました。

○淵上さん(被告・テントひろば代表)

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「今日は1828日です。われわれの脱原発の意志は非常に堅いもので、テントの一つや二つが撤去されたってへこたれるようなものではない。8月22日から今日まで、そこの一角に「テントここにあり」の横断幕を掲げて、意思がここにあるということを示して、原発推進者たちに大きな抵抗をこれからも続けていくという意思を表している。この闘いを続けて行こう」と言われました。

○正清さん
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○武藤類子さん(福島の女たち)
「思えば2011年秋、経産省を取り囲もうと福島からやってきた111人の女たちとテントは経産省前で出会いました。ここにたくさんのアピールの場をつくっていただきました。5年にわたって原発反対の発信基地になっていただきました。テントがなくなっても心の中にテントはあります。闘い続けましょう。

○黒田節子さん
「今日、地下鉄のコンコースを歩きながら、ここを何回歩いたかな。地上に上がってもテントはないんだなーと思うと無性に寂しかった。A12と出口を書いたメモもって通ってきたりしたことを思い出しました。
 福島の子どもたちのためにチェルノブイリ法を制定させるように頑張りましょう。

亀谷

○亀屋幸子さん
「福島はほんとによかったけれどもう帰れない。みなさんこの気持ちわかりますか。福一では凍土壁をつくのに、国が350億円の税金を投じたが水は凍らない。その額のお金があれば双葉町を新たに造ることができるでしょう。私たちの苦しみを忘れないでください。

○伊方原発反対で伊方に移り住んだ八木健彦さんからも、川内原発反対運動を続ける川端清明さんからもともに闘おうという発言がありました。

◆最後に経産省包囲のヒューマンチェーン 

チェーン

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▲経産省裏 別館

 経産省正門~脇門~裏玄関までチェーンはつながれました。主催者から参加人数が発表されませんでしたが、そこから推量して、800名近くが参加したと思われます。
へこたれないでどこまでも闘うという意思を表した感じでした。楽しいことが何よりでした。

◆テントひろばの名物と言えば、飲み物と食べ物

15時近くになって、組み物・食べ物隊がフェンスの前を陣取りました。テントグッズも並べてあります。飲物のメインは生姜ジュース。食べ物は芋。じやがいも、さつまいも、里芋。西瓜。うまい!

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雨が降らず、天が味方してくれたような気がします。闘いはこれからが本番! 

みなさん,毎日、正午から夕方までの座り込みに参加してください。

(まとめ:あれこれ屋 写真:インターネットから)

8月28日 撤去から一週間たった。 日曜日。

日曜日。あの日から一週間たちました。
11:50テント前到着、すでに1人来ていました。警官が、最初から立っていた1人以外に3-4人出てきて、何時までやるのか、何をやるのか、何人来るのか、等聞きました。毎日やっている通りに座り込みをするので、何人来るかはわからないし、誰が来るかによって音楽をやるかスピーチをやるかなどはいろいろだ、と答えておきました。何か特別のイベントをするのではないと知って安心したのか、その時はそれで終わりでした。

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その後、横断幕を設営しようとしたときに、そのことで、機動隊6人くらいともめました。
財務省前を通りがかった右翼の街宣車がUターンしてテント前へ来て、降りてきましたが、警官6人が止めたので、しばらくのあいだものすごい爆音で軍歌を流していった。

また、徒歩で農水省方面から来た男が横断歩道途中から走り出し、3500万円払ったのか!等々とわめきながら接近してきて、歩哨の警官が止めた。同時に財務省前を街宣車の車列が通り過ぎました。彼らが流していた曲は「アンパンマンのテーマ」。
と同時にカップルらしき二人連れが座り込みのに近寄ってきて「どうなっているか心配で見に来たんだ」と言って1000円カンパしていきました。めまぐるしい瞬間でした。

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テント前座り込み。今日は主な活動としては、高江のヤンバルクイナのタグ作りと、コーラスの練習が行われていました。心配だった雨は霧雨程度で、あまり問題になりませんでした。
16:00まできっちり座り込んでから 片付けはサックスが流れる中、横断幕と幟を撤収。 座り込み参加者23-24名か。立ち寄っただけの人4-5人。

(報告:橋ゆき 写真:ムキンポ)

9・11 テント設立5周年に集まれ!

9・11 テント設立5周年に集まれ!

9月11日は経産省前テントひろばを設立して5周年に当たります。1828日目です。
確かに経産省前テントひろばは1807日目に撤去されてしまいましたが、翌日から1808日を迎え、1809日…の行動に入って、「経産省前テントひろば」は続いています。
みなさん! 経産省前テントひろばの座り込みに参加してください。昼12時から夜7時までです。土・日は12時~4時です。

※チラシはテント撤去前につくったものです。よろしく。

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土曜日の座り込みの終わりの時間は16:00 天候は雨

8月27日(土) 12時~16時まで。

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▲齋藤さん

事務所で幟などが見つからず出発が遅れ、椅子だけ積み到着が2、30分程遅れました。
ひろばにはTさん、国会前通信の方などすでに6人くらいいました。機動隊も。
台車を押して到着すると機動隊が、ここに椅子を置くなと言う。座ってもダメだと言ってきました。バックパックを足元に置くと、ご親切にも「そこに置くと危ないですよ」と盗難の心配をしてくれました(笑い)。機動隊がいる前で盗みをする奴の顔を見てみたいものです。
機動隊が5人くらいきて、「警備上の理由」一点張りで押し問答が続きました。話し合いがやや煮詰まりそうになるたびに(それは向こうの勝手な判断ですが)人数を増やし距離はとりながら浅い包囲網をつくり威圧してくる。隊員の言葉使いがソフトなだけにいっそう不快でした。
何故急に「警備上の理由」などといってくるのかと聞くと前からそうだと。誰が責任者と聞くと「警視庁」とのこと。丸の内署に問い合わせるように言うと、しばらくして立哨に一人残し引き上げました。警戒杖を持った立哨は逐一無線で報告、雨の中ものものしさを空しく演出していました。定期的に交代するのはあどけない顔の若い隊員ばかり。酷い先輩たちですね。

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テント撤去後の最初の土曜日で雨。にもかかわらず、撤去前より大勢訪れてくれました。
椅子に座り、あるいは立ったまま歓談。一人黙々と微笑みながらプラカードを掲げスタンディングをする男性も。
テントという物体がくなってなっても人が集まり、機動隊員のお付き添いがある以外はいつもの土曜のテントひろば。常に8~10人はいたと思います。延べ25人くらいでしょうか。
韓国の労働組合の方たちが通訳の人と10人くらい来て増々賑やかに。増々といえば増山レナさんも取材にきました。
テントの当番メンバーは4人。16時になり私たちが引き上げるとき、ひろばにはまだ数人残っていました。
テントもなくテントのメンバーも片付けでいなくなるのに、そこは「テントひろば」でした。

( 報告:オーO  写真:ムキンポ)

テント撤去のとき、権力が持ち去ったものを取り返してきた

8月26日(金)

8月26日(金)の昼、車と人手でテント撤去の時、「とられた物」を取り返しに行きました。
8/21のテント撤去の際、東京地方裁判所・執行官 宮本英一名で以下のような「通知書」を残していきました。
「通知書(遺留品の引渡催告等)」
1.本日貴殿ら占有の土地に対し、土地明渡強制執行を行った。その際に土地上に存在したテント等及びテント内に存在する目的外動産については、執行時間内に貴殿らに引き渡すことができませんでしたので、貴殿らの遺留品として、別紙売却期日通知書記載の保管場所(売却場所)で保管しています。
保管場所 東京都中央区     押入れン産業株式会社 勝どき店」
権力の側はテント所有のものに対して「遺留品」と表現していました。

取り返してきた物品は、預かってもいいと申し出てくださった方に、預かっていただきました。

本日は月例の祈祷会(主催:呪殺祈祷僧侶団)の日。テントひろばで抗議の祈祷。


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呪詛団

経産省前テントひろば前で、いつものように「売店」を開きました。また、5時~6時までは経産省前で抗議の集会。お茶も出しました。経産省の周辺は抗議の声で盛りあがっていました。

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(報告:あれこれ屋 写真:ムキンポ あれこれ屋)


プロフィール

原発いらない女たちのテントひろば

Author:原発いらない女たちのテントひろば
「未来を孕むとつきとおかのテント行動」を引き継ぐ新ブログにようこそ!

「原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに」は
東京・霞が関の「経産省前テントひろば」を拠点とした、女性による脱原発・反原発のアクションです。
 年齢もバックグラウンドも様々な女たちが、福島原発事故に対して立ち上がった「原発いらない福島の女たち」につながろうと集まって来ました。
 それ以来、つねに新しい仲間を迎えながら、「原発を止めたい」「子どもたちを守りたい」という思いのもとにテントを拠点に多様な活動を続けています。
 生きること、暮らすこと、命をつなぐこと。小さく、ささやかなものへの眼差しを大事にして、「原発」という強大な構造を変えて行けることを固く信じて。
 このブログはもう一つの「テントひろば」。誰にでも開かれた、語らいと学びと交流の場です。世界中の女たちに呼びかけます。
「強く、そしてしなやかにつながっていきましょう!」

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