原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに

7.22 脱テント裁判 第2回口頭弁論 報告会 (その6)澤地久枝さんの発言

 7/22テント裁判の報告会は16:00から 弁護士会館2Fで行われました。(その5)
参照。
 報告会ではテントひろば応援団の澤地久枝さんが発言されました。(長いのでブログの都合上、整理をさせていただきました。


澤地

■澤地久枝さんの発言
<懲りないんだろうか>
 きのうの参議院選挙の結果はやっぱりがっかりでした。でも投票所に行かなかった人が半分ちかくいるんですね。これはいかにみんなが政治離れをしているか、日本の政治は駄目だと思っているかのあらわれだと思います。
 
 民主党が勝って、民主党政権ができて、たちまち私たちの期待を裏切りました。政権をとるとすぐに消費税をあげると言いました。2011年12月には「収束宣言」を出しました。なんにも収束していないのに。こういう人たちが選挙で負けるのは当たり前ですけれども、替わって自民党がまたこんなに出てきて、安倍さんが憲法96条を変えるとか、TPPに入るとか、その他、私たちが望まないことをやるのがもう目に見えている。 憲法も変えようという馬鹿な政府の下に私たちはあるわけですけれども、もう、「投票所に行くのを止めた」っということは止めましょう。
 今までいっぱいそういう裏切りをやられてきているのに、日本人は懲りないんだろうかという気もちょっとします。でもね、やけどをすれば熱いんですよね。

 私は政府と、民主党の政府と自民党・公明党の政府の両方でが、それから国と、国っていうのは実体がないですけれども、私たちの上にある権力機構ですよね、それと電力会社が日本人から故郷を奪ったんだと思うんです。故郷が死んでしまったらそこに帰っていくことはできない。今は尖閣列島とか竹島とかいろいろ言っていますけれども、別にそんなところで領土争いをやって、ふたつの国の関係を悪くする必要はないんです。 日本の固有の土地であることが誰の目にもはっきりしていて、最も美しい土地であると認定したような福島県飯舘村を含めて、福島とその近辺の土地を人を住めないようにしたということを政府も東京電力もはっきり言いません。今避難している人たちはいつ故郷へ帰れるか。放射能というのはそれだけ怖いものなんで言えないのです。
 チェルノブイリの事故(1986年)から随分経ちますけれども、チェルノブイリは完全解放されたということはないわけですね。同様に、福島はもう戻せない。福島を殺してしまったこの国の責任というものを問いたいと思うんです。

写真Image2澤地
 
<テントを応援すること>
 原発事故はまだ終ってない。最近も“湯気が出た”という話がありましたね。湯気なんていうのはお風呂の湯気がたつなんていうくらいで、原発から、すごい建築物から湯気がたつなんていうのはおかしいんですが、それはまだ事故が進行形、英語でいうingなんですよね。
 私はテントのあたりを通るたびに、まだ今日はテントはある、と思ってたんです。でも新聞にもなにも出ないから、去年の5月にあそこで座り込みをしようと思って、瀬戸内寂聴さんに連絡をしました。あそこで私は2日間ハンストをしましたけれども、そうすれば、マスコミが動く。誰かが子どもを産んだというと父親は誰かといってワッと動くんですよね。一体なにが大事なことなのかを考えてほしい。マスコミはみんながどんなことを求めているかということをヒシヒシと感じ取るような神経をもっていかなきゃと思うんです。
 去年寂聴さんが食べないで1日座ったときはものすごく人がたくさんきたんですね、寂聴さんはなにがあっても私は命がけでいきますよ、といってらっしゃる。
 わたしはテントがいつとられるかと実は思っていたわけです。機動隊が入ってきて強制的にあれを排除しようとすればできなくはないんですね。だから、みんなかなり緊張して見守っているわけです。でもどうするかな、と思ってみていたら、自民党が政権をとったら今度のような訴訟になった。おまけに一千万円を超えるお金まで払えといってきた。でも国とか裁判所は、まず自分たちがやるべきことをもっときちんとやって、その上でテントが目障りならばどいて下さいといったらいいんです。だけど、国も電力会社もなにもしていないですね。

<原発で死んだ人>
 原発で死んだ人はいないと言って、あとで自分の発言をどうするか困ってしまった女の政治家がいました。しかし大勢の方が亡くなっています。普通の生活を営んでいたら、次の瞬間に住んでいる家も全部奪われ、そして家族が行方不明になって、生きるための働く手段も全部奪われてしまって、路頭に迷わされる。そういうような状態に突き落とした国というものが許せるかということだと思うんですね。
 亡くなった方のひとりは、私の息子くらいの年齢の人ですけれども、「ねえちゃんには大変お世話になりました。私の限度を超しました。ごめんなさい。」2011年6月10日、午後1時30分、こういう書置きを遺して自殺をしています。全部を奪われて、これからどうやってやっていこうかと考えたら、絶望しない人なんていないですよね。

 あと2、3の自殺をなさった方の声をご紹介したいと思います。
「原発さえなければと思います。残った酪農家は原発に負けました。頑張ってください。」こう言って。飯舘村で、もうここで牛を飼っていくのは無理だ、そして上からトサツせよという命令がきた。どうして家族のようにかわいがってきた牛を殺すことができるかと。
 まだ今も被爆を覚悟で餌を運んでいる人がいます。この人はいっぱい飢え死にした牛の遺体を目にしている。自分のところは500頭、餌をやり続けている。しかし、自分は被ばくをしている。それは覚悟の上で。

 それから、7歳と5歳の息子を遺して死んでいった人は、「仕事をする気力をなくしました。」というのが最後の言葉です。
 あるいは、102歳のおじいさんは「お前ら避難しなんねんだべ。おれがいたんでは足手まといだべ。」といって死んだって言うんですよね。102裁まで家族と普通の生活を営んでいた人がなにが起きたかということを考え、自分はこの愛する家族の足手まといになるだろうと考えた時に死を選んだ102歳のおじいさんがいたということを私たちは忘れちゃいけないだろうと思います。
 それからまた、93歳の南相馬市のおばあさんは「私はお墓に避難します。」と。

<再稼働なんてとんでもない> 
 福島の人たちに対する経済的な保障を、私たちから税金をとるだけとっておいて、何もしていないと私は思います。被災者に支払われるお金は僅かですね。
また、福島第一原発の作業員の2000人近くが100ミリを超す放射能を受けている。これは、あそこの現場では非常に厳しい緘口令が敷かれて、人々が「私はこういう経験をした」とか「こういう風に口を封じられました」とか言えないような仕組みになっている。そして業者の孫請けの更に下請けの、訳のわからないような、仕事がなくてなんにでも飛びつくような人たちが、いちばん大変な仕事をしているんですね。そういう状態の中で、被爆の程度も人数も公表されているよりずっと多いだろうと思います。早くその状態から解放されたいけれども、それをやりながらでもやはり原発をなくさなくてはならないですね。私は即刻全部、今動いているものを止めて、再稼働などはとんでもないですから、再稼働はさせないということを、やっぱりこれはわたしたちみんなの気持ちとして政府をゆさぶってやらなきゃならないだろうと思っております。

<東電の勝手を許さない>
 その一方で、東電は3回赤字決算をするわけにはいかないから、原発を再稼働させたいと平然と口にしましたね。あんな責任の重いことをやって、会社が税金を投入してもらっても赤字なのは当たり前だと思いますね。普通の企業はつぶれますよね。
 東電も電気代を上げている。また上がる。でもそんな勝手なことをさせてはならないんですね。
 経産省前のテントは、わたしたちの意思表示としてあそこにあると思います。あれをどけろとか、これだけのお金を払えとかいうならば、国は、あるいは東京電力は、被災した人たちが納得がいくようなきちっとした処置を、口先だけではなくて具体的な処置をとるべきですね。
 政府に対する、電力会社に対する批判をやめたわけではありません。わたしたちは忘れませんということを、思い知らせるためにあそこにテントがある。謙虚に座り込んでいるのが非常に意味があるんですね。
 目障りと言われようと、近代的な建物の前にがっちりテントがあって、私よりも十くらい年長の女性の方もいつもみえていますね。そういう年齢を問わない人たちがあそこに詰めていて、わたしたちは忘れない、わたしたちは要求するという声をあげつづけるということが非常に大切であろうとわたしは思っております。
 テントは、長く続くことは本当に大変ですけれども、でも答えが得られるまでは続けていくべきだろうと思っております。



(動画起こし:Pipi、写真:ケロップ)

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Author:原発いらない女たちのテントひろば
「未来を孕むとつきとおかのテント行動」を引き継ぐ新ブログにようこそ!

「原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに」は
東京・霞が関の「経産省前テントひろば」を拠点とした、女性による脱原発・反原発のアクションです。
 年齢もバックグラウンドも様々な女たちが、福島原発事故に対して立ち上がった「原発いらない福島の女たち」につながろうと集まって来ました。
 それ以来、つねに新しい仲間を迎えながら、「原発を止めたい」「子どもたちを守りたい」という思いのもとにテントを拠点に多様な活動を続けています。
 生きること、暮らすこと、命をつなぐこと。小さく、ささやかなものへの眼差しを大事にして、「原発」という強大な構造を変えて行けることを固く信じて。
 このブログはもう一つの「テントひろば」。誰にでも開かれた、語らいと学びと交流の場です。世界中の女たちに呼びかけます。
「強く、そしてしなやかにつながっていきましょう!」

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