原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに

強制捜査はまだか!! ~告訴受理から1年を迎えて~いわき報告4

ミニコンサート 李政美(イ・チ”ョンミ)さん

10分間の休憩の後はイ・ヂョンミさんのミニコンサートから始まりました。
録画:https://www.youtube.com/watch?v=BN62JA4haq0(数字は録画の開始時刻)


(1:38:06)イ・ヂョンミ「アニアンセヨー、こんにちは。ずっと東京の葛飾というところに住んでいました。四月に越して埼玉の住民になりました。神田さんも今年の1月に埼玉に引っ越されたというので、一緒だなぁと思いました。
わたしの住んでた町に、武藤類子さんがお話をしに来てくださったんですね。そのとき、わたし、初めて武藤さんのことを知ったんですけども、原発(事故)があるまでの暮らしぶりをずっとスライドで写真を見せてくれながら、話をしてくれました。そのお話にすごく共感をして、それが去年の秋だったんですけれども、類子さんにお手紙を書きまして、わたしはこういう者ですけれども、歌をうたっているんですが、類子さんの町、福島に歌いに行きたいんですけれども、呼んでもらえませんか、というファンレターを書きました。それで、その後、今年の2月に福島の田村市、郡山市、福島市、それから大熊の皆さんが避難している会津若松市、全部で6か所だったと思うんですけれど、歌をうたうツアーをすることになりました(注:このツアーについては本ブログ1月24日付けに案内が掲載されています)。
 福島に行くにあたって、わたしの名前を知っている方は、この中でも5人ぐらいはいるかと思いますけど、ほとんどの方はわたしのことを知らないので、どんな歌をうたうんですが、といろいろ事前に言われて、CDもお送りしたんですけれど、ぜひ、福島の民謡も歌ってくださいっておっしゃってくださって、福島の民謡もちょっと勉強しました。今日はそんな歌もうたいたいと思っています。

 まずはわたしの自己紹介も兼ねて、わたしの生まれた、わたしのふるさとをうたった歌です。京成線という、とてもローカルな電車が東京を走っていますけれど、京成線の窓から見た、わたしのふるさとをうたった歌です。
 わたしのふるさとといっても、わたしにはふるさとがずっとないんじゃないか、と思って生きて来ました。わたしの両親は朝鮮半島の済州島という、朝鮮半島、うさぎみたいな形してますけど、その最南端にある済州島の出身なんですね。両親が子どものときに日本に渡ってきて、出会って、生まれたのがわたしです。ですから、わたしは在日、自分では朝鮮人と言ってますけど、朝鮮人2世になります。そんなわたしが生まれた場所、この国がふるさとだなって、今は思っています。そんな思いをつづった歌をうたいます。
京成線 (1:41:25)
(曲の合間に共演者の紹介) ギターとマンドリン、矢野敏広です。

李さん(ギター)

 いろんな楽器が並んでますけど、この変わった楽器はインドの楽器で、タンブーラっていうんです。とても簡単なんですね。(弾きながら)こうやっているだけなんですけど、これがまた不思議な音がするんですね。弾いているわたしは音の波の中にいるような感じで、すごく気もちがいいんですけど。このタンブーラを弾きながら、「祈り」という歌をうたいます。
 「祈り」というこの詩は、山尾三省(やまお・さんせい)さんという、(1938年~)2002年に亡くなられましたけど、屋久島で20年以上、百姓をしながら詩を書いていた詩人がいました。三省さんは東京の生まれなんですけども、日本のヒッピーのはしりだったんですね。自分で自給自足の生活をするために屋久島に渡って、ほとんど自給自足に近いような生活をしながら、詩を書いていましたが、三省さん、亡くなる前に自分の家族や親しい友人たちに遺言を残されました。三省さんは東京の生まれでしたけど、3つの遺言を残されました。1つめの遺言は、彼が生まれた東京の神田川の水も、屋久島の白子という川のすぐ傍に住んでいましたけど、その白子の水のようにわたしたちが飲み水として飲める水に再生されますように、という遺言。それから世界中からすべての核兵器と原発がなくなりますように。もうひとつは日本国憲法第9条が世界のあらゆる国の憲法に組み込まれますように、世界中から一切の戦争がなくなりますように、という3つの遺言を残されました。そんな三省さんの思いがこの「祈り」という詩にはこめられています。

李さん(タンブーラ)

 わたしはこの詩に出会ったのが、ちょうど今から20年くらい前になりますけども、この詩を三省さんの朗読で聞いたときに、何だかこう、胸のすごく深いところに届いて来たんですね。で、自分で作曲とかは全然したことがなかったんですけれども、この詩に作曲して、このたった1曲の「祈り」という歌を自分のレパートリーとして歌い始めたのが、わたしの歌手生活の始まりでした。
わたしにとってはそんな大切な歌のひとつなんですけれども、この歌の始まりに「ナム・ジョー・ルリコウ」(南無浄瑠璃光)という言葉が出てきます。南無というのは仏教の言葉で、ジョーは浄化する、ルリコウは瑠璃色の光、瑠璃光世界にいらっしゃると言われている薬師如来にわたしは帰依します。そんな言葉で始まります。最後には「オンコロコロ・センダリマトウギ・ソワカ」という、これは薬師如来の信仰なんですね。もともとはパーリ語で、「オームフルフル・センタニ・マトウンキ・スババ」というのが、日本語で発音しやすいように、オンコロコロ・マトウーギ・ソワカ」という発音になったそうです。「オンコロコロ、オンコロコロ」と言って、昔、おばあちゃんたちは痛いところをさすりながら、傷を癒したと言われています。薬師如来の信仰です。「祈り」という歌をうたいます。
祈り(1:51:33)

 この太鼓は韓国の太鼓で、チャングといいます。この太鼓を使って福島の民謡を歌ってみようかなと思っていますけども、皆さん、合いの手をよろしくお願いしますね。「新相馬節」と「会津磐梯山」を歌います。
新相馬節(1:59:14)
会津磐梯山(2:01:35)

李さん(チャンゴ)

 これは韓国の民謡です。
珍島アリラン(2:04:23)
(ブラボー、アンコールの声)
 ありがとうございます。アンコールじゃなくて、もう1曲歌おうと思います(笑い・拍手)。「朝露」を歌おうと思っていたんです。
 「朝露」という機関紙があると聞きました。朝の露、本当にキレイなんですよね。初めて朝露に気がついたとき、びっくりしました。ダイヤモンドより、真珠より、もっときれいなんですよね。
 これは韓国の歌で、1970年代に韓国で若い人たち、市民がよくうたっていた歌なんですよ。韓国はその頃、軍事独裁政権だったんですけれども、この歌をホントに生きる糧にしていたんですね、韓国の人たち。今でも若い人たちにもお年寄りにもよくうたわれている歌です。韓国語、日本語、両方で歌います。
朝露(キム・ミンギ作詞・作曲)(2:09:25)
ミニコンサート終わり(2:13:37)

注:新相馬節、会津磐梯山以外の歌の歌詞は「李政美の世界」(http://leejeongmi.com/)の全歌詞コレクションで見ることができます。

(まとめ:あっきい  写真:nomorefukushima2011さんの録画より)

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原発いらない女たちのテントひろば

Author:原発いらない女たちのテントひろば
「未来を孕むとつきとおかのテント行動」を引き継ぐ新ブログにようこそ!

「原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに」は
東京・霞が関の「経産省前テントひろば」を拠点とした、女性による脱原発・反原発のアクションです。
 年齢もバックグラウンドも様々な女たちが、福島原発事故に対して立ち上がった「原発いらない福島の女たち」につながろうと集まって来ました。
 それ以来、つねに新しい仲間を迎えながら、「原発を止めたい」「子どもたちを守りたい」という思いのもとにテントを拠点に多様な活動を続けています。
 生きること、暮らすこと、命をつなぐこと。小さく、ささやかなものへの眼差しを大事にして、「原発」という強大な構造を変えて行けることを固く信じて。
 このブログはもう一つの「テントひろば」。誰にでも開かれた、語らいと学びと交流の場です。世界中の女たちに呼びかけます。
「強く、そしてしなやかにつながっていきましょう!」

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