原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに

強制捜査はまだか!! ~告訴受理から1年を迎えて~いわき報告3

神田香織さんの話
録画:https://www.youtube.com/watch?v=BN62JA4haq0
(数字は録画の開始時刻)



(1:15:10)みなさんこんにちは。
いわき市は泉町というちょっと田舎なんですけれども、そこの出身であります講談師の神田香織でございます。
どうぞよろしくお願いいたします。
今から9年ほど前、約8年間いわき市にわたくし住んでおりました。
で、ここは古い市民会館しかわたくし知りませんでした。
今日きてみたらすごく楽屋も新しくなっていて、思い起こせば今から10年ほど前古かったいわき市民会館で、私は代表作のひとつ「チェルノブイリの祈り」をここで語らせていただいたんです。その頃を懐かしく思っております。

神田さん

まさか、我が故郷が原発事故、というか事件ですね、このような目にあってしまうとは、もう日々、2年と5ヶ月たってもはらわたが煮えくり返るような思いは消えません。
先ほどのご挨拶のなかで、怒りで、毎日怒ってばかりで大変だ、というようなお話もありましたけどもね、怒るためには、時には笑って、泣いて、思いっきりいろんな感情をフルに起こしてそしてたまに怒る。
1週間7日のうち、3日にいっぺんくらいやる。ほかはね、免疫をさげないように、そういうことをぜひ取り入れてやっていただきたいと思うんですね~。
え~わたしは2ヶ月くらい前に、佐藤和良さんから、え~講談やってくれって言われて、もう8月ですからね、間に合うと思って引き受けたんです。
そしたらですね、そのあとすぐに選挙に入りましたでしょ。応援でもってそっちこっちにわたくし呼ばれました。
そしたら夏ですから、夏になりますと「はだしのゲン」っていう講談で結構全国各地呼んでいただくんです。今年は特に、中沢けんじさんが去年お亡くなりになりました。
で、追悼という意味も含めまして、各地で取り組みも多くてほとんど高座を制作している暇がなくて今日を迎えてしまったんです。

でも頭の中にはたくさんあるんですよ。
どれをまとめたらいいか、例えば避難されているお母さんのお話。あるいは作業員のお話。あるいはこの故郷、住んでらっしゃる方の気持ち。
どの切り口からお話をまとめていいかわからないくらい、たくさんたくさん私は資料は集めてます。
9月26日に東京でこれからシリーズで語っていく第一回目をやりますので、これからもぜひぜひ応援していただきたいと思いますが、簡単に近況報告をさせていただきます。

7月の半ば頃には北海道にいっておりました。
4日間、これは「はだしのゲン」ですけれども、呼んだところはどこだと思いますか。宗教団体なんです。真宗大谷派ってご存知でしょうか。真宗大谷派だけじゃなくて真宗にはほかにもたくさん派閥があるんですね。それが北海道は非常によくまとまっていて、10個くらいの教団のみなさんが集まって、そして呼んでくださったんです。
聞いたんです。なんでそんなにまとまりがいいんですかって。そしたら言いましたね。
自分たちは歴史が浅い。開拓団と共に100年前に北海道にはいった。だから歴史が古いといろいろ葛藤があったみたいですが、浅い、そしてまた助け合わなければやっていけなかった。だから、自分たちはまとまりがいいんだ。このようにおっしゃっておりました。
はい、ヒントがありますね。今度の参議院選挙、こういう結果になりましたが、しかしこれから先も地方選挙も含めてたくさんありますから、そのときにこの北海道の真宗の皆さんの取り組みをピッと思い起こして、これから先役立てていかなければいけないなぁというふうに思っております。

そして北海道から移動いたしまして、函館から大間にいきました。日本本州の最北端です。
大間といえばマグロで有名ですが、ご存知でしょうか、「あさこはうす」っていうのがあるんです。
大間原発をたてる時に土地の人々がどんどんどんどん土地を売っていったそのときに、これは絶対に売るわけにはいかないと、村八分にあいながらも自分の土地を手渡さなかった人なんですね。
このあさこさんが亡くなりまして、小笠原厚子さんという娘さんがそのあさこはうすに残ってるんです。そこに住んでらっしゃるわけではないのですが、原発に反対したそのシンボルとして大勢の人がそこに集っています。一町歩もある広さなんです。さあ、すばらしいところですよ。
厚子さんに会いました。そしたら厚子さん、こういうこと言うんです。
去年までは井戸水が出ていたのに電源開発がもっとそばに深い井戸を掘ったがために、自分ちの井戸水が出なくなってしまった。つまり、水がないんです。水攻めなんです。
13メートルの井戸から水が出なくなってしまった。さあどうしたらいいか。ぜひぜひ知恵を貸してもらいたい、とこういうことをおっしゃってるんですね。で、言ってましたね。
思い切り深く掘ってみようと思うんだ。だけど深く掘って、温泉がでたらどうすべ、と心配しておりましたけれども、ひろーいところです。
ここにいろいろ動物を飼って、そして子どもたちが、福島や関東の子どもたちがここで保養できたらいいな。そういう夢をもっていらっしゃいます。
固く握手をして、別れて今度は私は福島に参りました。

7月23日、桑折町で映画のロケがありました。
桑折町を舞台にする「物置のピアノ」という映画の撮影なんですね。
これは来年あたりに封切りになる予定なんですけれども、それを制作している映画会社と、私は昔から知り合いがたくさんおりまして、「香織さん、聞くとあんた昔俳優を志していたんでしょ。それがなまりがなかなかとれなくてなまりを直すのが目的で講談習い始めて、講談師になったんでしょ。だったらこの映画にでてみたら。」っていってくださったんです。
私、ピアノの先生の役で出させていただきました。台詞は二言ぐらいいただいています。
ピアノの先生といっても私ピアノひけませんから、「猫ふんじゃった」くらいしか弾けないですけれどもね、でもそういうシーンもないから、ということで一日おつきあいしました。

そして東京に戻りまして、それからすぐに大阪に行きまして、親子劇場というところで昼•夜2ステージ『はだしのゲン』をやりました。
これ昼•夜2回やって大変疲れたんですが、お客さんの数は1回にしてもちょうどいいくらいの数でございましてね、疲労だけが残りました。そして関空の傍のホテルに移動しまして、夜中11時頃、それは次の日朝7時の飛行機で博多に、福岡にいくためです。
そして朝早く起きてね、ピーチっていう飛行機ご存知ですか。私、初めて乗りました。ピンクでね、とってもかわいいんです。安さで有名なんですけれども。
ピーチで福岡空港に行きまして、そこから天草エアラインって飛行機ご存知ですか。ちいちゃい飛行機なんですけれども、プロペラ機、これにのりまして天草へ参りました。
天草には私の講談のアマチュア弟子が、もう6年前から天草の自然に惚れ込んで住んでおりまして、毎年よんでいただいている。
去年いったときには私は福島のこどもたちをなんとかこの天草のような自然の中で思いっきり遊ばせたいんだということを散々言いふらしておりました。
そしたら天草市長にまで会いまして、市長さんが私たちがやっているNPOの会員になってくれたんです。「福島支援 人と文化ネットワーク」で、それ、僕たちも一生懸命、市をあげて協力しますから、といって、今年の7月25日から1週間、いわき育英舎ってご存知でしょうか。養護学校なんですが、小学生が1年生から6年生までちょうど9人おりました。この9人を招待して、そして、天草に遊びにいっていた。そこに私も合流したわけでございます。
さぁ、こどもたち、もうまっくろになって海で泳いで、なにしろね、いわきの海は海開きはひらかれましたよね、あのー、四倉と勿来ですか、でもそれと同じように同時期に原発からものすごい濃い汚染水が流れていると発表されて、だれがそんなところで子ども安全で、海開き喜んでられますか。親だってビクビクしながらですよね。
そういう心配なしに思いっきり天草の自然の中でとびまわって、ホームステイもして、なにしろ養護学校の子どもさんたち、家庭の味もなかなかとおざかっています。
そこで3人ぐらいずつ家庭にひきとってもらいましてね、中には大きな犬がいる家、猫がいる家、おじいちゃんおばあちゃんがいる家、そういうところで本当に宝物のように大切に一週間みてもらったんですね。
それはそれは初めての取り組みでしたから、いろいろご苦労もあったと思いますが、こどもたちが帰るときにはもう天草の世話をしてくださった方、涙ぐんでいましてね、「また来年も来るんだよ」「また来年も来たい」っていう、私も思わず見送ってて涙がでましたが、そういうことで、みなさん確実につながりは広がっています。

私は「はだしのゲン」をやっておりますから、戦中派のような気持ちでおります。で、大本営発表など過去のものだと思っておりました。しかしそうではなかったのです。今度の事故ではっきりいたしました。戦争のときの生き残りが今でも日本をそのまま支配しているんです。今の大本営発表はすべて福島を忘れさせようという発表です。
今度の選挙の争点だって、ねじれなんかじゃないんです。参議院選挙は良識の府なんですから、結果ねじれだってそれはいいんです。
それを「ねじれ解消」なんてどっかからもってきた名前をくっつけて、これが大本営発表なんです。これにだまされるわけにいきませんね。そして、広島の原爆、長崎に落とされて、2度の原爆でもって日本は戦争をやめた。
福島の原発事故があった。もう一回事故を起こさせるつもりなんですよ、あいつらは。
こんなこと絶対に許せません。

私は「チェルノブイリの祈り」という講談を10年前から、「はだしのゲン」を27年前から、そして今度もし日本のどっかで事故を起こさせようとしたら、そんなのはね、皆さん、江戸時代でしたらね、市中引き回しのうえ、拷問、はりつけ、縛り首ですよ。
そんな責任、誰もとらないなんて冗談じゃありませんよね。これはね、皆さん、どんどん声だしていかなければいけませんよ。
昔は生きるか死ぬかって言われましたが、これからは生き抜くか、殺されるかの時代ですからね。

さ、わたしたちのNPO、311のあと、なんとか福島を支援しようっていうみんなで集まって作りました。ちっちゃいちっちゃいNPOですが、確実にこのように広がっております。
そして今度は長野の小諸というところにも保養に連れて行こうといろいろ計画をしております。
でも、お金がないんです。お金はないけど皆さん、たくさんの善意をいただいているんです。今日、売店にもってきておりますが、支援Tシャツってのがあるんですね。支援メッセージTシャツ。これはいわき市にお住まいのデザイナーの方最初に作ってくださったんですね。その方のお名前をちょっとど忘れしてしまいましたけれども、そちらのうしろで皆さんTシャツをもちあげておりますけれども、デザインは3種類もう変わって、もう今最新のものです。前は花びらですが、後ろはまるで花火のようなデザインの中にメッセージが書いてあるんです。
このメッセージを読みますとですね、本当につながっているなって実感いたします。
2500円で販売させていただいております。
このようにして北海道でもたくさん買ってもらいましたし、こうやってつながっていくんです。

闘いって言うのは、明るく楽しく、しつこく、というのが大切なんです(拍手)。
それからもうひとつですよ。いいですか。呆れ果てることばっかりですよ、次から次へと。
あきれ果ててそこでストップしちゃ、呆れ果てるだけ。
呆れ果ててもあきらめないことです(拍手)。絶対あきらめないですよ。諦めないでそして楽しくつながっていくんです。
向こうがそういう手にでるんだったら、じゃあ私たちはこういうふうにやってやろうじゃないのって、そこに喜びを見いだして、免疫を下げないようにする。
やっていきましょうよ。
これ放射能のことばっかり語ってきた私がいうんですから間違いないですよ。

そこで私は今、ちから入れているのは、全国各地呼ばれていくときに、この人の詩を紹介してあげているんです。
相馬から滋賀県の大津市に避難している青田恵子さんです。
ご主人は校長先生でした、元。そして40年も反原発の運動をしてきたんですが、やはり故郷がそういうことになってしまって、いろいろいろいろ、こう5回くらい避難先をかえながら、滋賀県の大津市に今お住まいなんですね。
この人が去年の集会でかきました2つの詩、これを紹介させていただきます。
私はいわきなまりをとるために、講談をならいました。しかし逆に今は、このなまりでもっていろんなところで語らせていただいているんです。
それではいってみます、まず最初に「拝啓関西電力様」という詩です。

「拝啓関西電力様」   青田恵子

エアコン止めで、耳の穴かっぽじって
よーぐ聞け。
福島にはなぁ、「までい」っつうことばがあんだ。
「までい」っつうのはな、丁寧で大事にする
大切にするっちゅう意味があんだ。
そりゃあ、おらどこの東北の暮らしは厳しかった。
米もあんましとんにぇがったし
べこを飼い
おかいこ様を飼い
炭をやき
自然の恵みで「までいにまでいに」今まで
暮らしてきた。
原発は一度になにもかも
奪っちまった。

原発さえなかったらと
壁さチョークで遺書のこして、
べこ飼いは首をつって死んだ。
一時帰宅者は、水仙の花咲く自宅の庭で
自分さ火つけて死んだ。
放射能でひとりも死んでねぇだと….
この嘘こきやろう 人殺し
原発は田んぼも畑も海も
人の住むところも
ぜーんぶ、かっぱらっちまったんだ。
この盗っ人ドロボー
原発を止めれば
電気料金を2倍にすんだと…
この欲たかりの欲深ども。
ヒットラーは毒ガスで人を殺した。
原発は放射能で人を殺す。
お前らのやっていることは
ヒットラーとなんもかわんねぇ。
ヒットラーは自殺した。

おめえらは誰一人、
責任とって詫びて死んだものはないねぇ。
んだけんちょもな、おめえらのような
人間につける薬が、ひとつだけあんだ。
福島にはなぁ、人が住まなくなった家が
なんぼでもたんとある。
そこをタダで貸してやっからよ、
おっかあと子と孫つれて、
住んでみたらよがっぺ。
放射能をたっぷり浴びたベコは
そこらじゅうウロウロいるし、
セシウムで太った魚は
腹くっちくなるほど太平洋さいる。
いんのめぇには梨もりんごも柿もとり放題だ。
ごんのさらえば
飯も炊けるし、風呂も沸く。
マスクなんとうっつぁしくてするもんでねぇ。
そうして1年もしたら
少しは薬がきいてくるかもしんねえな。

ほしたら福島のこどもらとおんなじく、
鼻血がどどっとでて、
喉さグリグリできっかもしんにぇだ。
ほうれ、言ったとおりだべよ。
おめえらが言った、安全で安心なところだ。
さあ、急げ。
荷物まとめて、福島さ引っ越しだ。
これがおめえらさ、つける
たったひとつの薬かもしんにぇな。

はい。ありがとうございました。
本当に汚染地帯を区分けして、人を呼び戻そうとしている。なんなら言った人が、まずは率先垂範、手本をみせたらよかっぺと思いますよね。これ人として当たり前ですよ。ましてや税金で食ってるあんたたちなんだ。
ぜひ、行ってすんでみてくっちぇ。
わたしも今度、安倍さんにあったらよーく言っときますけどね。

さあ、次は「1万円」という詩でございます。

東京電力はあれほど2年間毒水流しておきながら、最近になってそれを白状しているんですね。そして毒水はどんどん流すがお金はケチ。本当にど・け・ちです。自分らにはボーナスだしているんですよ。

「1万円」  青田恵子

宮城県に5人で避難していた5ヶ月、
当座の物品購入費用代、1万円の賠償請求したんだが、
東京電力さ郵送したらば、
2、3日して速達がきたんだわ。
さすが東京電力。やることはぇと思ってあけてみたんだが、
1万円分の領収書つけてよこせって
戻されてきちゃったの。
レシートなぞどっかさなくしたべし、
で、なくしたならば買った店の名前さ言ってよこせって。
買った日付を言ってよこせって。
そだこと今更わかんねぇ、おもいだせねぇ。
やっぱしくれたくねぇんだね、1万円。
1万円くれてやっからあれ出せこれ出せって
はじめっからねぇのわかってて言ってくる。
おめえらだって2年前の買い物覚えてっか?
マンションやダイヤモンドでねぇんだよ。
茶碗5個、湯飲み5個、皿5枚。
たわしにスポンジ、包丁にまな板。
自衛隊から水もらうのに並ばねばなんねし、
その日その日生きるのに精一杯で、
そんな領収書どこでねかった。
ゆくゆく賠償さ必要になっぺなんて、
そんなことまで考えられなかった。
座卓のねえ畳さ、新聞紙広げて
テーブル代わりにしていたんだけんちょも、
紙コップからはじめて瀬戸物の茶碗でおちゃっこしたときは、
あーぁ、うまかったなぁ。
5人で二ヶ月分の日用品代だよ。
下着も着替えもなにもねかったんだよ。
1万円とはずいぶん少なく見積もってやっちまったもんだ。
領収書だせなんて脅すもんだから、
こっちから東電さおまけして安くしてやったんだ。
どこまで欲深で浅ましいやつらなんだ。
あーあ。いらねぇいらねぇ、1万円なんぞいらねぇ。
そのかわり、3.11前の福島さ戻してけいろ。
早春のあの阿武隈の峰より注ぐ、
あのオレンジ色の残照に包まれた
おらの故郷を返してくいろ。

青田恵子、「1万円」でございました(拍手)。

みなさん、この詩を日本全国どこで語っても、泣かない人はいませんよ。
感情は変わらないんです。
決して福島は孤立していません。みんな事情がわかれば誰だって手を差し伸べたいんです。
それをマスコミが、大手マスコミが報道しないから終わったのかなぁと思ってしまっているんです。決してそんなことはありません。人情はあるんです。
絶対に失望しないでください。諦めないでください。
そしていいですか、いきますよ。呆れ果てても諦めない!それで行きましょう。

ありがとうございました。

(書き起こし:pipi、 写真:nomorefukushima2011さんの録画より)

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Author:原発いらない女たちのテントひろば
「未来を孕むとつきとおかのテント行動」を引き継ぐ新ブログにようこそ!

「原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに」は
東京・霞が関の「経産省前テントひろば」を拠点とした、女性による脱原発・反原発のアクションです。
 年齢もバックグラウンドも様々な女たちが、福島原発事故に対して立ち上がった「原発いらない福島の女たち」につながろうと集まって来ました。
 それ以来、つねに新しい仲間を迎えながら、「原発を止めたい」「子どもたちを守りたい」という思いのもとにテントを拠点に多様な活動を続けています。
 生きること、暮らすこと、命をつなぐこと。小さく、ささやかなものへの眼差しを大事にして、「原発」という強大な構造を変えて行けることを固く信じて。
 このブログはもう一つの「テントひろば」。誰にでも開かれた、語らいと学びと交流の場です。世界中の女たちに呼びかけます。
「強く、そしてしなやかにつながっていきましょう!」

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