原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに

脱原発テント裁判・第5回口頭弁論後の総括集会 (その2)

裁判が午後4時過ぎに終わってから、参院議員会館講堂で、総括集会が開かれました。歩いて行く途中、国会正門あたりで、ゼッケンを付けた人に対して、警官が寄ってきて、ゼッケンを外せと言いました。

s-大友さん警官

参院議員会館講堂で総括集会
まず、被告の正清さんと淵上さんが、裁判で、自分はどういうこと述べたのかを紹介しました。2人とも、裁判は楽しかったと言いました。

それから、吉田哲也弁護士が、その日の法廷の論述全体の構成について解説されました。
s-Image2吉田

その後、黒田節子さんが、都知事選についての意見と、今の福島の状態について訴えられました。

他に、伊方原発50㎞圏内住民有志の堀秀樹さんが、伊方闘争について話されました。
s-Image堀さん

河合弁護士は、都知事選で宇都宮さん支持と細川さん支持で「分裂」が起こったが今後のテント裁判闘争、脱原発闘争では一緒にやっていける、むしろ、その経験をもって、脱原発の闘いは第二段階に入ったととらえて闘って行こうと言われました。
最後に、たんぽぽ舎の柳田さんが政府・各電力会社の再稼働の動きについて話されました。伊方、川内、大飯からはじるかもしれない。全国から原発現地に結集しよう、自治体に避難計画の実施(とその困難性)を通して、脱原発に向かわせようといった提起がされました。

最後にシュプレヒコール
s-院内シュプレ


黒田節子さんの発言
s-Image2黒田

黒田節子さん(人見やよいさんのピンチヒッター)

都知事選挙ご苦労様でした。いろんな立場でがんばって下さってありがとうございました。その上で、福島から言えば、何で一つにならなかっのか。いろんな立場があることはわかりますが私たちは残念です。私たちは福島で緩慢なる死に直面しています。福島を中心に、脱原発を中心に、してひとつになれなかつたのか。しかし、問題はコレからです。この経験から学んでこれからの運動をつくっていきましょう。
福島の状況を知っていただきたい。 

福島では、避難の問題、健康の問題、除染・被染の問題、帰還の問題、被曝労働者・緊急事態で狩り出された被曝した労働者2万人くらいのうちの半分くらいが労働基準法でいうと白血病の労災基準を上回るほどの被曝をしている問題、放射性廃棄物の問題、これらの問題はますます重要になってきます。
 あるいはIAEA福島に土地を確保して着々と「環境創造センター」というものの建築が始められようとしている。そこで何がなされるのか。福島県知事は「そこに県内の小中学生を必ず1回は集めて勉強させる」と言っています。「放射能文化」(IAEAの言葉)を学ばせれば科学者になれるよというようなことを言うのか。こういうこととも私たちは向かい合っていかなければならない。
 それから、東電、国は損害賠償責任をどうするんだ。告訴団をはじめいくつかの裁判が続けられていますが。それから福一はどうなっているんだ。4号機、地震がある度にぞっとします。
1号機と2号機の間のベントを行った排気塔(120㍍)
s-16458排気筒

これはいつ崩壊するかわからない。しかもそこは放射能が高くて近づけない。たれ流しの汚染水の問題等々私たちはあまりにも多くのことを抱えてしまっている。

 とりわけ、おととい、第14回県民健康管理調査の結果が発表されました。昨年11月に18歳以下の子ども58人の嚢胞が甲状腺がんとその疑いだったのですが、それが今回17名増えて75人と発表されています。これについていろんな専門家がいろんな事を言うでしょう。
 昨年11月に専門家の意見交換会が開かれました。福島県立医大の鈴木真一さん、岡山大学の津田さんの2人が県内各地に配置されいてる放射能アドバイザーと専門的な意見交換会をした。そこでは数値をめぐってのグラフの解析等がなされていて、私たちが知りたいことを言わない。傍聴して強い憤りを感じました。私たちが求めているのはグラフの解析ではなくて、子どもたちや私たちが被曝をしなくていいようにするための対策を早くしてくれと言うことなのです。
 その他にも若者の突然死、目に異常、子どもに嚢胞がいっぱいあるんだけど大丈夫なんだろうかという不安がまん延しています。

 話しは変わりますが、昨年、谷中村に行きました。そして、100年前の谷中村と福島の現状があまりにも似ていると感じました。田中正造さんと山本太郎さんの「天皇直訴」は似ている。正造さんが直訴したのは鉱山の操業停止でした。子どものいのち、憲法、自治でした。東大の学者たちは「少しの銅は身体にいい」といいと言ったそうです。福島でも「放射能は骨にいい」なんて言われた。それから強制移住をみとめない国。谷中村民はオホーツクの佐呂間に移住していったのですが、困難と差別。それは福島でも始まっています。古川工業はフィリピンのレイテ島に新たな操業地を求めた。なんと原発輸出と似ていることか。100年前と日本は変わってない。国策は変えられないのか。しかしみなさん。谷中村では女たちが頑張りました。押し出し(デモ)をしました。何千という人が徒歩で、あるいは川を下って上京し霞ヶ関に行ったんですね。私はそういうことも知りました。

 今日、住民運動があちこちで原発をとめているんということも知りました。あきらめなくていいんです。身近なことで言えば、私の娘は親に反発して政治的なことは斜めにみていました。ところが、官邸前の20万人の動きを見ていて「子育てでいまは忙しいけれどそのうちデモ行進に行ってみようかなー」というようになりました。確実にそういうことがあります。
今年も3.11集会をやります。是非来て下さい。スリーオンは日帰りバスを出す予定です。

先ほど、吉田弁護士がパブリックホーラム・公共空間の平和的占拠をやり続けましょう。
福島弁にこういう言葉があるんです。「シビラっぽく」。しつこく、あきらめずにということをあらわします。私たち福島の女たちはシビラっぽくやりますので、一緒にシラビっぽくやりましょう。

(報告:あれこれ屋、写真:あれこれ屋 祐司三輪さん )

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Author:原発いらない女たちのテントひろば
「未来を孕むとつきとおかのテント行動」を引き継ぐ新ブログにようこそ!

「原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに」は
東京・霞が関の「経産省前テントひろば」を拠点とした、女性による脱原発・反原発のアクションです。
 年齢もバックグラウンドも様々な女たちが、福島原発事故に対して立ち上がった「原発いらない福島の女たち」につながろうと集まって来ました。
 それ以来、つねに新しい仲間を迎えながら、「原発を止めたい」「子どもたちを守りたい」という思いのもとにテントを拠点に多様な活動を続けています。
 生きること、暮らすこと、命をつなぐこと。小さく、ささやかなものへの眼差しを大事にして、「原発」という強大な構造を変えて行けることを固く信じて。
 このブログはもう一つの「テントひろば」。誰にでも開かれた、語らいと学びと交流の場です。世界中の女たちに呼びかけます。
「強く、そしてしなやかにつながっていきましょう!」

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