原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに

「地方自治体と原発裁判」ー第2回大間原発を考える学習会報告ー

 2014年11月26日(水)19時からスペースたんぽぽで, 第2回大間原発を考える学習会が開かれた。

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テーマは「地方自治体と原発裁判 -海外の事例をふまえて」、講師は海渡雄一弁護士。主催は大間原発反対関東の会。日中、ずっと雨が降っていたので心配していたが、30名の方が熱心に参加してくださった。

まず、パワーポイントを使って海渡弁護士がプレゼンテーションを行った。

Image2海渡さん
(海渡さんの写真は10.29函館裁判の時のもの)

福島原発事故:
「その原因を徹底的に解明して、事故を引き起こした組織と個人の法的な責任を明らかにしなければならない」。原発事故が引き起こした福島の悲惨な状況の写真が次々とスクリーンに写しだされる。そして「このような悲劇を二度と繰り返さぬためには、国は脱原発を決断しなければならない。国が決断できなければ、司法こそ、危険な原発の稼働を停止させなければならない」と強調された。

福島原発事故は防ぐことができたのか:2008年に地震と津波の影響について東電社内グループのシミュレーション結果が出ていたが、それは2011年3月7日まで国に伝えられなかった。原発事故発生後、東電は「想定外の津波」を原因とするものであり、東電には法的責任がないとの主張を繰り返した。しかし、検察審議会は、東電が改良工事のために原発が長期停止になることをおそれ、土木学会に検討を依頼したのは時間稼ぎのためであると認定した。

脱原発へのいくつかの道程:「原発を止める力を持った機関」として、1)国会 2)行政 3)原子力規制行政 4)地方自治体 5)裁判所 をあげ、「すべての段階で我々の闘いにおいて原発を止められる可能性がある」ことが強調された。

日本の裁判所はなぜ福島原発事故を未然に防ぐことができなかったのか:
これまでに多くの反原発裁判が闘われてきたが、勝訴したのは2つだけ。しかし、いずれも最終的には最高裁で勝訴取り消しとなっている。

 1973年に提訴された伊方原発訴訟は
1992年に最高裁で「原告の請求棄却」判決が言い渡された。この判決はその後の原発訴訟の方向性を決めた判決とみられている。しかし、久米三四郎先生(もんじゅ訴訟のリーダー)とこの判決をよく読み込んでみると、原発訴訟を闘うときの武器と出来る内容を含んだ判決であることに気がついた。その点は1985年提訴のもんじゅ訴訟に活かされた。

 もんじゅ訴訟は1985年に福井地裁に提訴された。
1987年に「原告適格なし」との判決を受けたが、1992年に最高裁が「原告適格」を認めて、福井地裁に差し戻された。1995年にはもんじゅナトリウム火災事故が起きた。2003年に名古屋高裁金沢支部(川崎和夫裁判長)は住民側全面勝訴判決を下した。しかし、2005年の最高裁判決は「高裁の専権である事実認定さえ書き換え、原告勝訴判決を理解困難な論理によって覆した」。

 3.11前に勝訴判決を勝ち取ったのは二つだけだった。もう一つは2006年志賀原発訴訟の金沢地裁判決である。原告勝訴判決を書いたのは、井戸謙一裁判官(現弁護士)。

しかし、2005年のもんじゅ最高裁判決および2009年の柏崎最高裁判決が「司法の判断放棄」を招いた。

中越沖地震の警告を受け止めなかった東京電力と最高裁:今回の事故は中越沖地震(2007年7月16日)の際の柏崎原発の被災を重く受け止めて、対策を講ずることができていれば、未然に防止できた可能性がある。福島第一の吉田所長は、この中越沖地震によって原発の3000か所が壊れたが、それを逆に「原発は地震に強い」と考え、教訓化しなかったことを政府事故調の調書で認めている。

 2003年に提訴された浜岡原発訴訟(運転差止)では
地震時に停止できるか、配管機器の健全性は保たれるか、地震による共通原因故障に耐えられるか、非常用電源は起動できるか、という福島原発事故を予言するような耐震安全性への疑問が提出されている。しかし、静岡地裁の宮岡裁判長は「耐震設計審査指針等の基準を満たしていれば安全上重要な設備が同時に複数故障することはおよそ考えられない。原告らが主張するような複数の再循環配管破断の同時発生、停電時非常用ディーゼル発電機の2台同時起動失敗等の複数同時故障を想定する必要はない」という班目委員長の証言を採用した。2007年10月26日判決の日に、石橋克彦氏は「この判決が間違っていることは自然が証明するだろうが、そのとき私たちは大変な目に合っている恐れが強い」と述べた。福島原発事故はこの予言の現実化であった。浜岡訴訟で勝利出来ていれば、全国的に原発の地震対策が強化され、今回の福島における悲劇を未然に防止出来た可能性がある。司法はこの経験を深刻に反省しなければならない。

3.11後の司法のあり方と大飯原発差し止め判決:2011年7月16日に脱原発弁護団全国連絡会が結成された。情報を共有して、助け合うためである。全国で300人以上が結集した。
2014年5月21日には 福井地裁の樋口裁判長が大飯原発差し止め判決を出した。この判決の基本的な考え方は次のようなものである。

・人の生命を基礎とする人格権は我が国の法制下でこれを超える価値を他に見出すことはできない。

・原発の稼働は経済活動の自由という範疇にあり、人格権の概念の中核部分より劣位に置かれるべきだ。

・「大きな自然災害や戦争以外で、この根源的な権利が極めて広範に奪われるという事態を招く可能性があるのは原子力発電所の事故のほかは想定し難い」

・福島原発事故のような事態を招くような「具体的危険性が万が一でもあれば」(これは伊方判決に由来する考え方)、差止が認められるのは当然だ。

 過去10年足らずの間に基準地震動設定の失敗を5回も犯している。設定の手法が改められていない以上、これからも誤る可能性がある。この判決は「科学的な論争には踏み込まないが、安全性が保障されていないことを強い論理で論証した」。この判決を高裁で守りぬくことが必要である。

原発事故を防ぐことが司法の責務と述べたこの判決は、まさに原発裁判の判決はこうあってほしいという手本のような判決である。

 今年5月にドイツ連邦行政裁判所を訪問した。裁判所の壁面に権力を象徴するライオンに鎖(憲法)をかけたレリーフが彫られており、裁判所の姿勢を示していた。
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ミュルハイムケリヒ原発に関して、1995年3月11日に州レベル、1998年1月14日に連邦レベルで判決が出て廃炉が決まった。

ドイツ人の裁判関係者は「我々は行政から完全に独立している。原発に厳しい判決を下した裁判官には何の不利益もない(しかもその裁判官はのちに出世したとか)。日本の状況を憂えている」と話してくれた。

▼ドイツの裁判関係者

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 ドイツの行政裁判所においては原発の認可の是非が判断されてきたが、認可処分の際にあらゆる見解に対して適切な考慮がなされなければならず、行政の調査不足、考慮不足があれば認可は取り消されるという判断枠組みがとられてきた。

 安全基準地震動についてRP高等行政裁判所の1995年判決に見られる考え方が紹介された。ドイツは地震がほとんどないにもかかわらず、非常にきめ細かい指摘がされている。

つねに福島の悲劇に立ち返る:「福井地裁判決を糧に、福島の悲劇を忘れず、被害者を支え、全国で原発の再稼働に反対して活動を続ける市民と協働し、もう一度脱原発の大きな流れを作っていきたい」。


 プレゼンテーションは約1時間で終わり、会場からの質問に答える時間をとった。ドイツの廃炉裁判での自治体と市民の協同について、阿蘇山の噴火と川内原発再稼働について、原発とテロ対策等々の質問が出された。海渡さんは秘密保護法反対の運動でも活躍されているので、原発情報と秘密保護法との関連についての質問もあった。

今、シネマート六本木で上映されている「日本と原発」の舞台挨拶に行かなければならない、とのことで、海渡さんのお話は予定より早く午後8時40分に終わったが、中身の濃い学習会になったと思う。


 海渡弁護士の話を聞いて、たとえ敗訴を続けても一つ一つの判決から活かせる部分を見つけ出して次に臨むという地道な努力が、福井地裁の判決につながって行ったのだと思った。これからも、目先の結果にめげずに手をゆるめずに運動していくことの大切さを強く感じた。


<参考文献・録画>

・海渡雄一『原発訴訟』 岩波新書1337、2011年11月

・磯村健太郎、山口栄二『原発と裁判官 なぜ司法は「メルトダウン」を許したのか』 朝日新聞出版、2013年3月(海渡さんのお話の中であげられた川崎和夫裁判長、井戸謙一裁判長(いずれも当時)のインタビューも収録されている)。

・泊原発の廃炉をめざす会主催 海渡弁護士講演会「見てきたドイツでの原発訴訟と大飯判決勝訴の意義」(録画、今回は録画が出来なかったが、この報告は内容的に今日の話と重なる部分も多く、参考になる)(同ブログ2014年9月19日付け)。

 http://tomari816.com/blog/?p=1574

(報告:あっきい  写真:あっきい、ユープラン)

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Author:原発いらない女たちのテントひろば
「未来を孕むとつきとおかのテント行動」を引き継ぐ新ブログにようこそ!

「原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに」は
東京・霞が関の「経産省前テントひろば」を拠点とした、女性による脱原発・反原発のアクションです。
 年齢もバックグラウンドも様々な女たちが、福島原発事故に対して立ち上がった「原発いらない福島の女たち」につながろうと集まって来ました。
 それ以来、つねに新しい仲間を迎えながら、「原発を止めたい」「子どもたちを守りたい」という思いのもとにテントを拠点に多様な活動を続けています。
 生きること、暮らすこと、命をつなぐこと。小さく、ささやかなものへの眼差しを大事にして、「原発」という強大な構造を変えて行けることを固く信じて。
 このブログはもう一つの「テントひろば」。誰にでも開かれた、語らいと学びと交流の場です。世界中の女たちに呼びかけます。
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