原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに

5/17 沖縄での「辺野古新基地建設反対集会」に3万5千人が参加

5月17日(日)、午後、沖縄県那覇市のセルラースタジアム(野球場)で「戦後70年 止めよう辺野古新基地建設! 沖縄県民大会」が開かれました。3万5千人が参加しました。
本土のテレビや新聞でも報道されていました。県民の決意は翁長知事の言葉に集約されていると思います。
このブログは「脱原発テント」のブログですが、沖縄の闘いは脱原発の闘いと並んで最重要な闘いですので、簡単に写真を載せます。

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■プログラム
 0.司会は県立普天間高校の1年生・宮城りな
 1.主催者あいさつ  共同代表6人 
 2.辺野古の闘いの報告 安次富浩
 3.辺野古・大浦湾地域住民代表 松田藤子
 4.沖縄アイデンティティー 佐藤優
 5.学生からのメッセージ 古堅智美(沖縄国際大学)
 6.海外からのメッセージ オリバー・ストーン(代読)
 7.県外からのメッセージ 鳥越俊太郎
 8・沖縄県知事あいさつ  翁長隆志

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9.決議提案及び行動提起 仲宗根悟(事務局長)
  *メッセージボードアクション
 
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青

10.ガンバロー 閉会

■翁長知事の発言  
翁長知事あいさつ(全文)

はいさい。ぐすーよーちゅううがなびら(皆さんこんにちは)。うちなー県知事ぬ、うながぬたけしやいびーん(沖縄県知事の翁長雄志です)、ゆたさるぐとぅうにげーさびら(よろしくおねがいします)。

新辺野古基地を造らせないということで、ご結集いただいた皆さん、こちらの方は見えないと思うが、外野席もいっぱいだ。3万人を超え、4万、5万と多くの県民が集まっていると思っている。

うんぐとぅあちさるなーか、うさきーなー、あちまてぃくぃみそーち、いっぺー、にふぇーでーびる(この暑さの中、これだけ多く集まっていただき、ありがとうございます)。まじゅんさーに、ちばらなやーさい(一緒に頑張っていきましょうね)。

私は多くの県民の負託を受けた知事として、県の有するあらゆる手法を用いて、辺野古に新基地は造らせない、この公約実現に向けて全力で取り組んでいくことをいま皆さま方にあらためて決意をする。

先月、私は安倍総理、菅官房長官と会談させていただいた。会談内容を国民の皆さまが注目することになり、ほとんどの中央メディアの世論調査で、平均して10%ほどの国民が反対との意思表示を多くやっていただいた。

本土と沖縄の理解が深まったことに大変意を強くしている。さらに辺野古基金においても本土からの支援が多く寄せられていると聞いており、心強い限りであり、ともどもにこの沖縄から日本を変えていきたい、こう決意をしているところだ。

しかし私が沖縄県の民意を伝えたにもかかわらず、日米首脳会談の共同会見で、安倍総理が普天間飛行場の危険性を辺野古建設によって一日も早く除去すると発言をされた。私は強い憤りを感じている。安倍総理は、日本を取り戻すと言っておられるが、私からすると、この日本を取り戻す中に、沖縄が入っているのかと強く申し上げたい。戦後レジームからの脱却とよく言っておられるが、沖縄に関しては戦後レジームの死守をしている。私はこう思っている。

沖縄の基地問題なくして、日本を取り戻すことはできない。日本の安全保障は日本国民全体で負担する気構えがなければ、沖縄1県にほとんど負担をさせておいて、日本の国を守ると言っても、仮想敵国から日本の覚悟のほどが見透かされ、抑止力からいってもどうだろうかなと思っている。

特に沖縄から見ると、日本が独立をし、沖縄が切り離されたサンフランシスコ講和条約の祝賀式典で万歳三唱をする姿を見ると、また同じ歴史が繰り返されることはないだろうかと、あるいはまた、ミサイル数発で沖縄が沈むことはないだろうかと、将来の子や孫が、また捨て石として犠牲にならないか、沖縄に責任を持つべき責任世代として、しっかりと見極めていかなければならない。

そして、これは強調しておかなければならない。政府は普天間基地の危険性の除去がこの問題の原点だと言っているが、沖縄から言わせると、さらなる原点は普天間基地が戦後、米軍に強制接収されたことだ。何回も確認する。沖縄は自ら基地を提供したことは一度もない。

普天間飛行場もそれ以外の基地も戦後、県民が収容所に収容されている間に接収をされ、また、居住場所をはじめ、銃剣とブルドーザーで強制接収をされ、基地建設がなされた。自ら土地を奪っておきながら、普天間飛行場が老朽化したから、世界一危険だから、辺野古が唯一の解決策だ。沖縄が負担しろ、嫌なら沖縄が代替案を出せ、こういうふうに言っているが、こんなことが、許されるだろうか。

私はこのことを日本の政治の堕落だと言っている。自国民に自由と人権、民主主義という価値観を保障できない国が、世界の国々とその価値観を共有できるのだろうか。日米安保体制、日米同盟というものはもっと品格のある、世界に冠たる、誇れるものであってほしいと思っている。

一方、2プラス2の発表には、世界一危険だと指摘されている、普天間飛行場の5年以内停止が明示されていない。普天間飛行場の5年以内の運用停止について、前知事は県民に対し、一国の総理および官房長官を含め、しっかりと言っている、それが最高の担保であると説明をしていた。

5年以内運用停止は前知事が埋め立て承認に至った大きな柱だ。しかし、米国側からは日米首脳会談でも言及することはなかった。5年以内運用停止は辺野古埋め立て承認を得るための話のごちそう、話くわっちー、空手形だったのではないかと私は危ぐしている。

今日までの70年間の歴史、いつも困難の壁がある時には必ず話のごちそう、話くわっちーを沖縄県民にも国民にも聞かせて、そしてそれを乗り越えたら知らんぷりと、それが70年の沖縄の基地問題の実態だ。

私は安倍総理にうかがった。ラムズフェルド元国防長官が13年前、普天間基地は世界一危険な基地だと発言し、菅官房長官もそのことを再三再四言う中で、辺野古が唯一の解決策だと言っている。辺野古基地ができない場合、本当に世界一危険な普天間基地は固定されるのでしょうか。こう総理に聞いたら返事がなかった。

しかし私は自由と人権と民主主義の価値観を共有する国々との連帯を目指す日米同盟がそんなことはできないと思っている。新辺野古基地の建設を阻止することが普天間基地を唯一、解決する政策だ。

中谷防衛大臣は、中国の脅威を説明し、数字を挙げ、新辺野古基地が唯一の解決策だと話をしていた。また、いかに現在が危機的な状況であるか、自衛隊の増強が必要で、沖縄がいかに安全保障にとって重要かと、とくとくと説明をしていた。

しかし、考えてみると、とんでもないことだ。冷戦構造時代、あの時も大変だった。今も危機があると言っているが、あの積極的平和主義の中で、私たちは今、積極的平和主義の名の下に中東まで視野に入れながらこれから日米同盟が動くことを考えると、沖縄はいつまでこの世界の情勢に自らを投げ捨てなければいけないのか。私はこれについてしっかりと対処していきたいと思っている。

そして、安倍総理が二つ、私に前に進んでいることを話していた。一つは嘉手納以南の着実な進展。それからもう一つはオスプレイは全国に配備してありますよ。もう少しずつ良くなっていますよと話があった。

こういう話を聞くと、本土の方々は「なかなかやるじゃないか」と、「少し前に進んだんだな」と思っていると思う。しかし私は総理に申し上げた。総理がおっしゃるように普天間基地が新辺野古基地に移り、そして嘉手納以南が返ってきた場合、一体全体、何%基地が減るのか。これは73・8%が73・1%に、たったの0・7%しか減らない。

何でかというと、全部県内移設だからだ。外に持って行く話ではまったくない。これが本土の方々には分かっていない。「嘉手納以南をみんな返すぞ」ということで分かっていない。

それからオスプレイはあの森本元防衛相がこう述べていた。5年前、著書の中で平成24年に12機、平成25年に12機(が配備される)。著書の中で「沖縄にオスプレイが配置されるだろう」と。見事に的中している。

そしてその中に何が書いてあったかというと、新辺野古基地はオスプレイを100機以上持ってくるために設計はされている。これから全てオスプレイは向こうに置かれるんだということがあの森本さんの著書の中に書いてある。

ですから今、本土で飛んでいるオスプレイも一定程度が過ぎたら、みんな沖縄に戻ってくる。これが私は日本の政治の堕落だということを申し上げている。

どうか、日本の国が独立は神話だと言われないように安倍総理、頑張ってください。

うちなーんちゅ、うしぇーてー、ないびらんどー(沖縄人をないがしろにしてはいけませんよ)。

(まとめ:あれこれ屋 写真:あれこれ屋、ネット配信映像)

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Author:原発いらない女たちのテントひろば
「未来を孕むとつきとおかのテント行動」を引き継ぐ新ブログにようこそ!

「原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに」は
東京・霞が関の「経産省前テントひろば」を拠点とした、女性による脱原発・反原発のアクションです。
 年齢もバックグラウンドも様々な女たちが、福島原発事故に対して立ち上がった「原発いらない福島の女たち」につながろうと集まって来ました。
 それ以来、つねに新しい仲間を迎えながら、「原発を止めたい」「子どもたちを守りたい」という思いのもとにテントを拠点に多様な活動を続けています。
 生きること、暮らすこと、命をつなぐこと。小さく、ささやかなものへの眼差しを大事にして、「原発」という強大な構造を変えて行けることを固く信じて。
 このブログはもう一つの「テントひろば」。誰にでも開かれた、語らいと学びと交流の場です。世界中の女たちに呼びかけます。
「強く、そしてしなやかにつながっていきましょう!」

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