原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに

テント裁判 控訴審第二回口頭弁論 傍聴記

7月21日(火)、テント裁判控訴審第2回口頭弁論が開かれました。

■前段集会(東京高裁=東京地裁前)
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12時過ぎには経産省前テントひろばに、裁判に参加する人たちが集まり始めました。12時30分から裁判所前で、シャワリンの司会で抗議集会を開き、福島から参加した黒田節子さん鹿児島・川内原発反対を闘う遠嶋春日児(川内原発建設反対協議会)さんらが発言しました。12時50分には、傍聴抽選(13時締め切り)に並びました。抽選に並んだ人は約140名でした。

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■法廷の様子
 この日は、淵上太郎さんと正清太一さんと独立当事者参加者の佐藤保さんの証人尋問を、まず、弁護人から行い、続いて経産省側が反対尋問をしました。

▼佐藤保さん
 佐藤さんはテントひろばの行動にどのように関わっていったのかについて話されました。3.11以後、その重大問題と佐藤さんの夫人が亡くなられたことが重なっていて、テント活動への参加が少し遅れたけれど、今日まで昼間の座り込みや夜の泊まり込みに協力・参加されていることを話されました。
 佐藤さんは、経産省側が密かにテント撤去の仮処分申請をしていて、2012年3月14日早朝に執行官がテントの状況を調べに来たとき、泊まり番をしていたそうです。その時のことについて弁護側からと国側からの尋問を受けました。
 国側はその段階で、「淵上はいるか、正清はいるか」と2人をテントの責任者と決めつけて来たことが明らかになりました。
 佐藤さんは裁判について言いたいこととして「テントを建てた時と状況は何も変わっていない。福島原発事故についても何も変わっていない。オリンピック招致のプレゼンテ-ションのとき、「収束した」と言ったが、毎日約400tの汚染水を流している、原発輸出をしようとしている、世界の人々から金儲けのとんでもない日本人だと思われる。
 オリンピックの新競技場は取りやめたので、トルコ、ヴェトナム等と連帯し、粘り強く闘って原発を止めていくと話されると、傍聴席から盛大なる拍手がおこりました。

▼正清さん
正清氏は耳が少し遠いようでしたが、3.11後、2t車を運転し8回も日帰りで福島支援で水や物資を届けたそうです。政府、行政がきちんとした対応をしないのでボランティアとして動いたわけですが、忘れもしない5月2日は、ガイガーカウンターが鳴りっぱなしなのに、道路左側には飯館村の人々がまだ非難しないでいる状況だった。驚いてすぐ福島民友、福島民報に電話し、それから全国紙に情報が載るようになった等の生々しい陳述をされました。
 そして、半年後、テントを建てて経産省や東電の責任を追及していく行動となったことを言われました。正清さんはテントは脱原発運動の拠点で、外国のメディアもよく話しに来て、応対したこと、あるいは、国会議員や福島現地の人たちとを結ぶ役目も果たしたことなどを言われました。
反対尋問では、経産省側は正清さんが「テントの責任者」でテントの占有者であり、賠償請求を受けて当然ということを導き出そうとして、くだらない尋問をしていました。

▼渕上さん
淵上さんは一徹(ごめんなさい)で聡明な方! 陳述を聞いていて胸がすっきりしました。
淵上さんも正清と同じように、3.11事故後、福島支援で物資をとどけることをしていたそうです。
淵上さんは、まず、なぜ脱原発のテントを設置したのかについて、過酷事故の責任を国も東電もとらないことに対する怒りを述べられまた。原発は絶対安全と言っていたのに、事故の検証もしてもいない。許されないことを黙っていることは、許すという事になる。進行している事態を変えるのは選挙かもしれないが、ともかく、声をあげ、福島とともにあるという共感を示すことは国民の義務であると言われました。
デモに出る、集会に参加するというのは、ある意味で1回1回の完結して行動なのに対して、持続的継続的な行動を、合法性をもったものとして目指すには物理的空間が必要であると考え、経産省の「ポケットパーク」という公共空間にテントを建てることにした。これは憲法にもかない、当然のことだと考えて、「国有地の使用許可願いも出した」と言われました。なぜなら、1972年の第二次砂川闘争の時、公園の一角に学生のテント村があり、23張ぐらい建っていたが、これは立川市が使用許可を出したもので、声を上げる絶好の場所をちょっとかしてくれたということからみれば、これほどの事故に対して、国が公共空間を貸してくれるのは当然ではないかということを陳述されました。
国側の弁護士の反対尋問は、正清さんの場合と同じように、淵上はテントの代表だと言わせたいというものでした。「テントはTシャツをつくって運営費にしていると言うが、淵上もその決定に加わったか」と言ったようなことを言ったので、淵上さんは「Tシャツは供託金の一部にしようとして、プロジェクトをつくったつくったものだ」と答えました。淵上、正清さんをが占有者だと決めつけて、賠償金を支払わせようとしていますが、その賠償金の算出の仕方もでたらめで、国はいつから不動産業を始めたのかしら?と思えるような言い方でした。

最後に、裁判長は次回の日程をいいました。
○次回の口頭弁論は9月18日(金)、最終弁論です。

最後の最後に、法廷が終わってから、傍聴人の多くが国側の弁護士(代理人)の方に行き「あなたたちはテントで販売しているTシャツを知っているのでか? これです(自分が着ているTシャツを示す)。供託金を支払うためのものです。よく見てください」と言いました。Tシャツを着ている人は集まって「よく見てください」と言いましたが、国側弁護士はおかしいほど顔を背けました。
「このTシャツは将来値打ちが出るので買って下さい」と廷吏の方々(笑ってらした方もいた)にも言いました。
そのあとは、参議院議員会館講堂での報告集会に向かいました。

(報告:C.K 写真:あれこれ屋)

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Author:原発いらない女たちのテントひろば
「未来を孕むとつきとおかのテント行動」を引き継ぐ新ブログにようこそ!

「原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに」は
東京・霞が関の「経産省前テントひろば」を拠点とした、女性による脱原発・反原発のアクションです。
 年齢もバックグラウンドも様々な女たちが、福島原発事故に対して立ち上がった「原発いらない福島の女たち」につながろうと集まって来ました。
 それ以来、つねに新しい仲間を迎えながら、「原発を止めたい」「子どもたちを守りたい」という思いのもとにテントを拠点に多様な活動を続けています。
 生きること、暮らすこと、命をつなぐこと。小さく、ささやかなものへの眼差しを大事にして、「原発」という強大な構造を変えて行けることを固く信じて。
 このブログはもう一つの「テントひろば」。誰にでも開かれた、語らいと学びと交流の場です。世界中の女たちに呼びかけます。
「強く、そしてしなやかにつながっていきましょう!」

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