原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに

9/18 テント裁判 寺崎明子さんの陳述書

9月18日(金)、テント裁判控訴審第3回口頭弁論で、ご自身と第二テントの活動について陳述された寺崎明子さんの陳述書です。
陳 述  書 2015年9月18日
東京高等裁判所
第24民事部御中
氏名 寺崎 明子

 私は経産省前第二テントの運営に関わっている寺崎明子と申します。
1 私は、1979年のスリーマイル島原発事故が発生して以来、原発について、当時、相次いで開催されたデモや講演 会に参加したり、書籍なども読んだりしましたが、反原発運動に具体的に関わることはありませんでした。

2 2011年3月11日、東日本大震災が起こり、福島第一発電所の原子炉が 次々に爆発事故を引き起こす事態に 至りました。
 福島県三春町に住んでいた友人が中学に進んだばかりの娘を連れて松本に移住したこと(新居を建てて2年後の ことでした)、福島原発で発電された電気はすべて首都圏のためだったということなどから、首都圏に住む人間として 福島の人たちに対して何が出来るかを考えさせられました。そして、事故から間もない3月27日に行われ た反原発デモに参加して以来、出来る限りデモや集会に参加するようになりました。
 また、2011年9月11日に行われた経産省を囲む人間の鎖にも参加しました。10月27日から3日間行われた  「原発いらない福島の女たち」の座り込み、そに続く10月30日から7日間の全国の女たちの座り込みには、部分的 ではありましたが参加しました。
  しかし、福島の女たちの座り込みが終わって「やれやれ」と思っていたら、また7日間も座り込みが続くと聞いて、  「えっ、また?」と受け止める、という程度の受動的な関わりでした。 恥ずかしいことながら、福島から来た女性たちの 怒り、絶望、不安などには到底達しない認識にとどまっていたのです。この座り込み参加の中で, 第二テントが福島 から来た女たちのために加えられたことも知りました。
  その後、院内集会などに参加するため、霞が関に行ったときに第 二テントに寄ってみたりはしましたが、それは ちょっと話をして帰ってくるというにとどまっていました。

3 2012年3月 17日から、私は、テント当番を引き受けるようになりました。ここでテントと言っているのは、第二テン トのことです。 
  私の場合、もともとテントに関わろうと思ったのは、第二テントが女性の運営しているテントだと知ったからでした。い ろいろな運動の中でも女性はどうしても副次的な存在になりがちですが、この第二テントは女性が中心となって、時 には男性の力も借りて、運営しています。

4 私 のテントでの活動は、週1日の当番のほか、「テントひろば」主催のイベント等にもスタッフとして参加するようになりました。また、毎週金曜日夕方には第二テント前での情宣活動にも参加しています。テーブルに原発関連の情報(パンフ、書籍、DVD)や反原発のグッズなどを並べて紹介・普及しています。
  特に「原発いらない福島の女たち」の発行したパンフ、書籍、カレンダーなどの普及に力をいれてきました。そうすることが福島の女たちの活動を支えるために、第2テントとして出来る一つの大きな役割だと思うからです。
  また、福島の女たちの行動についても第二テントのブログ「原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに」を通じて、活動の予告、報告などを出来るだけアップするようにしています。

5 第二テントでは、テントという、照明も十分でなく、20人も入れば満員になってしまうスペースを使って、国から訴訟を起こされる前からさまざまな人が上映会、お話会、お茶会、川柳の会など多様なイベントを行ってきました。
 イベントを企画したり、それに協力する人たちの中には、この裁判の参加人になっていない人も含まれています。 イベントは思いついた人が中心になって、場合によっては助けを募って実施するという形で行われています。
  私も、2013年8月にドイツに住む友人が一時帰国した折に、ドイツで初めて市民が自然エネルギーによる電力会社をつくった過程を描いた「シェーナウの想い」という映画の上映と、原発をめぐるドイツの最新事情を話してもらう会を企画しました。
 2014年4月、 函館市は国と電気事業者を相手どって、大間原発建設無期凍結を求める裁判を東京地裁に提訴しました。これをきっかけに、テントに関わっているひとりのメンバーから呼びかけられて、「大間原発反対関東の会」をつくり、東京で開かれる裁判に首都圏の人たちの傍聴を呼びかけるなどの活動をするようになりました。
 同年9月には、その会をきっかけに知り合いになった函館のNさんが上京した際に、大間原発についてわかりやすく話をしてもらう会も開きました。
 2014年、テントの設立1000日を迎えた6月6日、Wさんは福島から東京に避難している詩人のKさんを招いて、3.11以後につくった詩の朗読、お話を聞く会を開いてくれました。 Kさんとの縁は、Kさんの娘さんが金曜日にテント前に来られて、Wさんに話しかけたことから始まりました。
 直近の例では、フクシマ・バッジプロジェクト県外支部をになってきたMさんが近く日本を離れるため、彼女が私費で購入した缶バッジ製作機械の受け入れ先を探すことを頼まれました。やはり、テントに寄って知り合いになったアーティストのMさんの仲介で、ある障害者作業所で受け入れてくれることになりました。保養に来た子どもたちの描いた絵をバッジにするというワークショップを福島県内で行ったところ、子どもたちにも喜んでもらえるプロジェクトが展開できるのではないか、と期待しています。

6 以上、思いつくままにいくつかの例をあげましたが、第二テントは、設立以来、「女性が運営するテント」として、そこに関わる人たちのさまざまなアイディアから生まれたユニークなイベントを行う場として独自の展開をして来たと言ってよいと思います。 「テントひろば」は、第一テントで24時間を通してテントを守ってくれる人たちはもちろんのこと、テント当番は出来なくても、おりおりに個性豊かな提案をし、実現してくれる人など、さまざまな人たちの想いが交錯し、結びついて、それに支えられていることを実感します。 しかも、「テントひろば」を支えている人たちの思いは、首都圏にとどまらず、北海道から沖縄まで日本全国に広がり、そして海外からも届けられ、ますます広がっているのです。   本年2月26日に、東京地裁が不当な判決を出さないように裁判所に抗議してほしいという呼びかけに対して、フランス、ドイツ、イギリスなどに罪周する日本人・現地の方々の反原発グループ、個人が不当な裁判の進め方、テント撤去に抗議の声を寄せてくれました。また、テントの設立4周年を迎えた本年9月11日も、激励のメッセージが寄せられ、テントは国内外の多くの方々に支えられているとの感を改めて深くしました。

7 私は、そのようなテントに関わっていることを喜んでおります。これからも出来るだけ、この場を有効に活用して、多くの人々に脱原発の想いを届け、広めていくために、微力ではありますが、テントで活動していきたいと思っています。
「脱原発・反原発」を支持する人々が多数派を占めているのに、その意思が国の意思決定にまったく反映されることのないこの国の現状を前にして、これまでの「お任せ民主主義」を反省し、自分たちひとりひとりが直接、この社会を作っていく、変えていく努力をしない限り、この国は変わらないということに遅ればせながら目覚めた私たちにとって、テントは「民主主義の学校」としての役割も果たしていると言えます。

8 70年代後半に当時の西ドイツのジャーナリストの取材に同行したことがあります。太陽光発電の実際を見て廻る旅でしたが、そのジャーナリストが最後に言ったことは今でもよく覚えています。日本は冬でも日照時間が長いが、ドイツでは短いから、太陽光発電の導入はむずかしいだろうと言ったのです。ところがそれから30年以上たった現在、ドイツでは再生可能エネルギーの活用が進み、すでに電力消費の約25%を占めています。その中心となっているのは風力と太陽光です。要するにエネルギー転換は技術の問題というより、政治の意志、やる気の問題なのです。
 福島原発事故を受けて、ドイツでメルケル首相に2022年までに全原発を止めるという決断をさせたのは、国民の日ごろからの厳しい政治に対する監視の目です。私たちも政治家が国民の批判の目を気にせずにはいられない、そういう力をつけて行かなければならないと強く思わされます。
 東京高等裁判所の裁判官の皆さん、日本を真の民主主義社会とするために、日々声を上げ続けている私たちの意を汲んで、良識ある判断をしてくださることを切望してやみません。
                                       以上

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Author:原発いらない女たちのテントひろば
「未来を孕むとつきとおかのテント行動」を引き継ぐ新ブログにようこそ!

「原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに」は
東京・霞が関の「経産省前テントひろば」を拠点とした、女性による脱原発・反原発のアクションです。
 年齢もバックグラウンドも様々な女たちが、福島原発事故に対して立ち上がった「原発いらない福島の女たち」につながろうと集まって来ました。
 それ以来、つねに新しい仲間を迎えながら、「原発を止めたい」「子どもたちを守りたい」という思いのもとにテントを拠点に多様な活動を続けています。
 生きること、暮らすこと、命をつなぐこと。小さく、ささやかなものへの眼差しを大事にして、「原発」という強大な構造を変えて行けることを固く信じて。
 このブログはもう一つの「テントひろば」。誰にでも開かれた、語らいと学びと交流の場です。世界中の女たちに呼びかけます。
「強く、そしてしなやかにつながっていきましょう!」

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