原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに

3/23「原発のない福島を!県民集会」に参加して

3月23日(土)午後、福島市あづま総合体育館で「原発ない福島を!県民集会」開かれました。
 経産省前テントはバス1台をチャーターして、朝7時30分に新宿駅西口を出発して13時からの本集会に参加しました。

■集会場は大きな体育館で、参加者は7000人でした。集会参加者は自治労とか教組、医労連など労働組合の他、脱原発の市民団体が参加していましたが、印象は、労組の人たちを中心に全国から参加した集会というものでした。

体育館1

体育館2

13:00時から黙祷後、開会あいさつから始まりました。
□開会あいさつ(吉岡棟憲:呼びかけ人) 
□主催者あいさつ(五十嵐史郎:実行委員長)
□呼びかけ人代表あいさつ(清水修二)
□連帯あいさつ(鎌田慧)
□メッセージ商会(福島県知事、福島市長)
□県民からの訴え
・篠木弘さん(JAふたば代表理事専務)
・佐藤弘行さん(相馬双葉漁業協同組合理事)
・高野桜さん(高校生平和大使)
・鈴木邦彦さん(県森林組合連合会)
・菅野豊さん(県旅館ホテル生活衛生同業組合理事長)
・大越たか子さん(県外避難者)
・平井華子さん(福島子ども保養プロジェクト)
□集会宣言採択(藤野美都子:呼びかけ人)
□閉会あいさつ(武藤類子:呼びかけ人)

 発言は県知事と福島市長は「復興・安心安全」を言っていましたが、あとの県民は、「原発のない福島」にしようという主張でした。県民あいさつで発言された人たちは、3.11以後、それぞれの生活・生業がどんなに変わってしまったか。原発事故は収束してない.復興などままならず、国と東電はまったく責任を果たしてない。200万県民は200万通りの苦しい悲惨な状況の中にあると言われていました。胸に応えるつらい話でした。
 レイバーネットにも報告があります。http://www.labornetjp.org/

体育館隣の除染土置き場
▲体育館隣の除染土置き場

■武藤類子さんの閉会あいさつ。
「私たちはいま雪のウサギが山肌に現れ始めたうつくしい吾妻の山の麓にありますが、春訪れを心から喜ぶことは出来ません。見えない、聞こえない、臭わない放射能をこの早春の日々に忘れることも出来ません。福島原発事故から2年、未だに1時間に1000万ベクレルの放射能を放出する原子炉、いつとまらないとも限らない燃料プルの冷却装置、これからの子どもたちの放射能による健康被害、環境アセスメントもなしにつくられようとしている放射性廃棄物小型焼却実験場、振り出しに戻ってしまった子ども被災者支援法、進まない正当な賠償、新たなる放射能安全神話と莫大な復興予算のなかでも、砂上の城に感じられる復興策の数々。さらなる困難の中で、わたくしたちの怒りはピークに達しています。しかし生き延びるための、暮らしを取りもどするための人々は必死の努力がありました。そのひとりひとりの努力が命の未来のためにつながり結実していくことを願わずにはいられません。
 立場や考え方が攻撃や対立に向かうのではなくそれぞれの気持ちを聞き合い、苦悩を分かち合いながら、ともに冷静な目でこれからの道を見つけていきましょう。私たちはまた、向き合わなければなりません。命をないがしろにするもの、生きる尊厳を奪うもの、私たちを引き裂くものはなんなのかを。ときに自分自身にそれを問うことをおそれず、ひるまずまっすぐに向かって行きましょう。原発はいらない、放射能から命を守ろうと声をあげ続けていきましょう。
 東北は長く中央から侵略されてきた歴史がありますが、一方で厳しくも豊かな自然ではぐくまれた自由さが人々のこころに息づいていると私は思っています。疲れたときはやすみながら、いまの困難からたくさんのことを学んでいきましょう。
 そして今日みなさんと忘れずにこころにとめておきたいことがあります。私たちはこれ以上ばらばらにされない、わたくしたちはこれ以上、生きる権利を奪われない。私たちはつないだ手をはなさない。」


3/23~24 「原発いらない地球(いのち)の集い」に参加して
■集会終了後、「テントひろば」一行は食事をとり、夜6時から福島市のチェンバおおまち3階で開かれた原発いらない福島の女たち主催の「原発いらない地球(いのち)の集い」に参加しました。集会は23日夜~24日午後まで開かれました。
 会場には、テントひろばでも見慣れている武藤さんや黒田さん、椎名さんなどなじみの人たちがおられました。
3月23日は
18:00 大河原多津子さん 人形劇「太郎と花子さんのものがたり」
18:30 古井正代さ・黒田節子さんトークセッション「女からみる“原発と差別”」

古井さん
▲古井さん
19:00 みんなでフリートーク
20:00 閉会  →二本松市の宿舎へ

3月24日
11:00 亀山ののこさん作成の写真映像「100人の母たち」 
11:30 福島の“いま”がわかるシンポジウム
□被曝労働について:佐藤昌子さん
□鮎川村焼却炉・塙町バイオマスについて:和田央子さん

鮫川村
▲写真 鮫川村
□原発事故子ども・被災者支援法 ~障がい者の立場から:鈴木絹江さん
□IAEAが福島にやってきた:佐々木慶子さん

IAEA_20130403034612.jpg
▲IAEA
<休憩>
□グループセッション(グループトーク)

被曝労働トーク
▲写真 被曝労働者問題トーク
□グループからのわかち合い(グループトークの報告)
□みんなで歌おう

歌
▲歌 金子みすずの「 わたしと小鳥とすずと」
疲れてささくれだった心に栄養を。手話も覚えてください

15:30 閉会
→一路、東京へ 途中渋滞に巻き込まれ、新宿着21:00

■補足 3月24日
 朝9時30分、宿を出発して二本松藩の霞城に行き、外回りを見学(城郭はない)。付近を散策後、チェンバ大町に向かいました。

二本松

戒石銘碑

二本松少年隊の像
▲霞ヶ城址、二本松少年隊の像。
 戊辰戦争に出陣し死亡した少年たちは、最年少が数えの13歳とか。

仮設住宅横
▲仮設住宅横の駐車場の端で。1.59マイクロシーベルト毎時。

木
▲あちこちに切り倒したままの木が置いてあります。
 使うことも捨てることもできないのですね?


除洗あと
▲里山が荒れている。
そもそも斜面が禿山になっているところがとても多いのですが、それは除染のあとなのでしょうが、この山は、その上の部分が崩れたように見受けられます。

(報告・写真:あれこれ屋、ケロップ)

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原発いらない女たちのテントひろば

Author:原発いらない女たちのテントひろば
「未来を孕むとつきとおかのテント行動」を引き継ぐ新ブログにようこそ!

「原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに」は
東京・霞が関の「経産省前テントひろば」を拠点とした、女性による脱原発・反原発のアクションです。
 年齢もバックグラウンドも様々な女たちが、福島原発事故に対して立ち上がった「原発いらない福島の女たち」につながろうと集まって来ました。
 それ以来、つねに新しい仲間を迎えながら、「原発を止めたい」「子どもたちを守りたい」という思いのもとにテントを拠点に多様な活動を続けています。
 生きること、暮らすこと、命をつなぐこと。小さく、ささやかなものへの眼差しを大事にして、「原発」という強大な構造を変えて行けることを固く信じて。
 このブログはもう一つの「テントひろば」。誰にでも開かれた、語らいと学びと交流の場です。世界中の女たちに呼びかけます。
「強く、そしてしなやかにつながっていきましょう!」

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