原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに

テントが撤去された一日 その二

抗議集会と記者会見

○9時から抗議集会と記者会見が行われました。

○最初に、昨夜の泊番の人から、経産省が撤去に来た時の状況についての報告がありました。その一で報告したことを実際に闘った人からの報告です。

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○続いて淵上さんはテント撤去に対して強く抗議しました。
「いまここにテントはありません。私たちの脱原発の意識や運動がこれからもっと困難に見舞われるとしても、だからと言って闘いをやめることなんてありえません。
…今日は1807日でした。しかし、1808日があり1809日があります。そして9.11を迎える。闘い続けます。」という決意の表明がされました。

抗議集会の途中、経産省の役人が「バナーを、つくっばかりの囲いにひっかけたのは許さない、取れ」と言って乱入する事態がおこりました。あきれたことです。前に持ちました。

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○亀屋さんが発言しました。
亀屋さんは双葉から避難して東京に来たつらい体験を語りました。「テントにつれてこられたときは泣くことしかできませんでしたが、テントの人たちは話を聞いてくれました。そして支えてくれました。テントは私の第二の故郷です。経産省の人たちは第一原発を見てきましたか、見てないでしょ。三号機はいまも即死する状態です。私は去年の10月に双葉に帰った。そのとき自分の家に寄ってみました。天井が落ちていました。盗賊に荒らされていました。本当にみじめです。この思いを他の人にさせたくないから再稼働反対なんです。
東電がなかったら私はここにいる必要はなく、双葉にいます。福島に帰りたい。一番憎いのは東電と経産省と国です。最後の最後まで頑張りますから、みなさんよろしくお願いします。」
亀屋さんはそのほかにも、凍土壁が凍らないこと、それに国税が320億円も使われていること、甲状腺がんの子どもが172人に増え、茨城でも8人がなった。自分の子どもが、自分が甲状腺がんになったことを考えてみてくださいといいました。

○記者会見なので、記者の人たちに質問はないか聞きましたが、記者たちは、テントが撤去されたので、もう関心がなくなったのか、質問はありませんでした。あきれます。

○次は13時から抗議集会を行いました。

○その間もいろんなことが起こりました。

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○亀屋さんたちが座っている監視カメラの台に「台に登ることを禁ず」とあったので座っていたところ、経産省の役人が来て「座るな」というので、「ここには登るなとある。登ってない」といいました。経産省の役人は一旦引き下がり、写真にあるような囲いをつくってきて座れないようにしました。
この囲みは上が開いていたので、「上が開いているとゴミが捨てられるぞ」と誰かが言うと、経産省の役人は慌てて蓋をつくってきて
取り付けました。大笑いです。もちろん経産省の役人はその都度警官に自分たちを守らせていました。

(まとめ:あれこれ屋 写真:ぬーさん インターネットから)

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Author:原発いらない女たちのテントひろば
「未来を孕むとつきとおかのテント行動」を引き継ぐ新ブログにようこそ!

「原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに」は
東京・霞が関の「経産省前テントひろば」を拠点とした、女性による脱原発・反原発のアクションです。
 年齢もバックグラウンドも様々な女たちが、福島原発事故に対して立ち上がった「原発いらない福島の女たち」につながろうと集まって来ました。
 それ以来、つねに新しい仲間を迎えながら、「原発を止めたい」「子どもたちを守りたい」という思いのもとにテントを拠点に多様な活動を続けています。
 生きること、暮らすこと、命をつなぐこと。小さく、ささやかなものへの眼差しを大事にして、「原発」という強大な構造を変えて行けることを固く信じて。
 このブログはもう一つの「テントひろば」。誰にでも開かれた、語らいと学びと交流の場です。世界中の女たちに呼びかけます。
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