原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに

郡山金曜行動と希望の牧場を訪ねて

郡山金曜行動と希望の牧場を訪ねて
放射能のなかで暮らすことは?


10月21日経産省前テントひろばの座り込み準備を終えて出発したのは12時半。
東京を抜け郡山に近づくにつれて少しずつ線量が上がって行く。山々は紅葉が始まっておりとてもきれい。線量が高くなければ絶好のハイキング道路だ。
避難区域看板のある近辺は線量が高く数値が10倍20倍になりフレコンバックがあちこちに山積みになっている。

夕方郡山駅前で抗議行動しているメンバーと合流。私たちもちらし配りをしスピーチもする。ちらしを受け取らない東京とあまり変わらない風景。原発爆発地点から60キロ位しか離れていないこの地でこの反応の無さは? 東京で発言したことがない私でも、黙ってちゃだめ!怒りを行動で表して!と訴えたがどれだけの人が聞いてくれただろうか?

行動後の交流会で学生が変わってしまった、と東京のSさんが言ったが現地のKさんも同じ感想で教育現場で安全教育が行われているようで案じられる。

Kさんは抗議行動ももっと工夫し見映えするようにしたい、テント美術館の作品を借りだし雰囲気を変えたい、東京から新しい人がどんどん来て発言してくれると嬉しいとも言われた。
彼らのスピーカーはコンパクトだが性能が良い。ドイツ製だとか。

翌日希望の牧場に向かった。
行く先々で放射線管理区域通行禁止の立札があり度々の方向転換で到着が遅れてしまった。
沢山の牛たちがたむろしている姿は平和そのもの。放射能に色も匂いもないからこその風景。

殺処分に抗い被曝覚悟の牛飼いたちの前で使い捨てのシャワーキャップ、コート、靴カバーの私は格好悪かった。
この牛たちを相手の環境で働くに防護服は合わない。
私たちの後に来たグループは何もガードしていなかった。

宮城県白石市が汚染牧草を搬送費用1400万円負担して届けてくださった素敵な話を伺った。関係官庁が待ったをかけた。五年も放置したまま具体的解決策を示さず、それでいてこの妙案に待ったをかけ足を引っ張る官庁にくらべこの決断を実行した白石市に拍手を送りたい。

希望の牧場の後に放射線量が高くて救助出来なかったと言われた請戸地区を回った。何もない荒れ地を除せんしている。何のため?誰のため?

そう言えば帰還政策を進めている放射線管理区域でも除せんしていた。フレコンバックの置き場がないなかで除せんしても緑なす山々に囲まれた地域にフレコンバックが積み上がるだけ。その隣で生活させるのだ。森の恵みで暮らして来た人々にこの状況は何とも無念に違いない。

放射能汚染のなかを私たちはどう生きるか?東京圏も徐々に線量が上がっている。よそ事でない。
どう考えれば良いか。放射能と共存出来ないといわれるが、原発地震列島に逃げ場はない。放射能を防ぐ手立てもない。
解決法の無いことを日常突きつけられて生きるには思考停止が楽かもしれない。
しかし 吉沢さんが言うようにドイツは見事に自然エネルギー転換した、日本は原発輸出まで政府主導でやっているこの違い。自然エネルギーへ転換を目指すことで原発政策をやめさせる行動を続けて行くしかない。

(報告:里山恵)

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Author:原発いらない女たちのテントひろば
「未来を孕むとつきとおかのテント行動」を引き継ぐ新ブログにようこそ!

「原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに」は
東京・霞が関の「経産省前テントひろば」を拠点とした、女性による脱原発・反原発のアクションです。
 年齢もバックグラウンドも様々な女たちが、福島原発事故に対して立ち上がった「原発いらない福島の女たち」につながろうと集まって来ました。
 それ以来、つねに新しい仲間を迎えながら、「原発を止めたい」「子どもたちを守りたい」という思いのもとにテントを拠点に多様な活動を続けています。
 生きること、暮らすこと、命をつなぐこと。小さく、ささやかなものへの眼差しを大事にして、「原発」という強大な構造を変えて行けることを固く信じて。
 このブログはもう一つの「テントひろば」。誰にでも開かれた、語らいと学びと交流の場です。世界中の女たちに呼びかけます。
「強く、そしてしなやかにつながっていきましょう!」

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