原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに

1月11日 「福島原発被害東京訴訟」第21回口頭弁論を傍聴して

1月11日(水)午前10時から午後4時半まで、「福島原発被害東京訴訟」第21回口頭弁論が東京地裁103号法廷で開かれました。毎回、その裁判を傍聴しているM&Mさんが、傍聴記を寄せてくださいました。

傍聴記

今回は、前回(11月11日)の6人に続いての尋問でした。東京地方裁判所103号法廷にて、午前10時から午後4時半まで1日で原告6人の尋問。傍聴席は、出入り自由で、ほぼ満席の状態が続いていました。原発事故によって、原告の弁護士の質問に答える中で、今まで住んでいた土地から避難しなければならなかった方々の、それぞれの生活の状況や避難にいたる経過などが、明らかにされました。原告の皆さんは、生活の大変さだけでなく、自分が描いた未来・希望が崩され、体調不良、精神的にも追い詰められている状態が、心に響きました。そして、子どもさん達が学校で原発被害者であることを理由にいじめられ、学校に行けなくなったり、心に傷を負ってしまったりしている実態が語られました。

<学校で、子どもたちが「いじめ」にあっていた>

午前の最初の原告の女性から、お子さんたちが小学校、中学校で原発避難者であるという理由でいじめられていた話がありました。小学生の子どもは避難してきてすぐ、「放射能で汚い」と言われた。更に、「放射能を浴びているから、長生き出来ない」とか「すぐ死んじゃうんだろう」と言われ、担任も「そうだね」と言ったとのこと。担任がお墨付きを与えたので、クラスメートたちに「どうせ中学校に行けないんだからすぐ死ねば!」と階段から突き落とされたという。なんと5度も。中学生の場合は、「ビンボー人」と言われ、「貧乏ではない」と答えたら、「じゃあ、おごれよ」とゲームセンターなどで、一万円おごらされたとのこと。教育委員会で対応しているとの話でしたが、子どもはトラウマになっているそうです。
 前回の11月の公判でも、子どもが学校で「汚い」「ビンボー人」「補償金貰っているんだろ」などといじめられ、転校した話を聞きました。そのお子さんの背中に靴の跡があったとも。
私は、それまで、避難してきた子供が学校でいじめられるなんて思ってもいませんでしたからびっくりしました。その後、横浜、東京などあちこちでのひどい「いじめ」が、報道され始めました。好きで避難してきたわけではないのに、福島の原発事故で、「原発避難者」であることを理由に虐げられているなんて。まして、学校で子どもたちが担任にまで排除されていたなんて。こんな信じられないような事があちこちで起きている事が今まで知らされずに来たのですね。原告=被害者の皆さんの辛い思いを、裁判長も頷きながら真剣に聞いていました。

<子どもを守りたいので、避難している>

母子避難している原告=被害者に、国・東電の代理人弁護士は「会いたいと思わないのか、家族一緒に暮らしたいと思わないのか」と聞きました。母子避難しているのは、子どもを守るため。その覚悟だから、と原告たちは答えました。
★妻子を東京に避難させて単身で暮らす父親は「当時母子避難させたのは、子どもを放射線から守るという親として当たり前のことをしたまでだ。今も子どもを守るため、小さい子どもへの将来の影響を考えて避難させている。だから、自分が『会いたいから戻ってくれ』とは言えない」と答えました。父親の辛い想いでした。
★子どもと二人で、都営住宅で暮らしている母親は、追い詰められて精神不安定になって「一人で色々考えていると、高層階の部屋から飛び降りたくなる。首をつったらどうなるかなと考えてしまう事がある」と言いました。原発を忘れたい。子どもが泣くと、自分が泣きたくなる。我慢して我慢して頑張っているのに、と。
★「母子だけで暮らすので、自分も体調崩しているけれど、心配かけたくないので、夫に相談できない。子どもには父親が必要と思っているけれど、子どものためだから」
★母子避難している原告=被害者は、「学校が再開するというので戻ったけれど、教科書も何も準備できてなかった。そして四月に大きい余震があったので、怖くなってまた東京に避難しました」と言いました。
★小学生以下の子どもと暮らす母親は、「今、いわき市に帰っても、子どもの居場所はないと分かっている。このまま今の場所で暮らすしかない」と言いました。
★「子どもを守りたいので避難を続けることを認めて欲しい」
★「小学校の低学年で東京の学校に転校。子どもの環境は変わってしまった。今までは遊んでいたが、東京では周りの子どもたちはみな塾に行っているので、塾に行くことになった」

<原発事故が怖い>

★家族で避難した原告=被害者の男性は、避難した理由は、「いつまた原発が爆破するかと心配だった」「怖かった」と言いました。私ははっとしました。原発事故は過去や現在の話だけではなく、未来に通じる恐ろしいものなのに、私はその事を忘れて生活していたことに気づかされました。日本中の原発はいつ何が起きてもおかしくない状態です。誰もが怯えるのが当たり前なのに。
★「原発が収束したとは思えない」
★「東京に来てから妊娠。胎児のときに検査して医者は『大丈夫だよ』と言ったけれど、生まれたら心臓に疾患があった。なんでも原発のせいにはしたくないけれど、原発事故のせいではないかと思ってしまう。」
「大丈夫だと言われてきたのだから、国や東電の言う事は信用できない。広報誌を見せられても、そこに書いてある値では安心して戻れない」

<国と東電の代理人弁護士の反対尋問の態度はまるで犯罪者相手のようだった>

国や東電のために、原発事故そして原発がなければ、しなくていい生活や苦労をしている原告=被害者に対して、被告の国と東京電力は避難したのが犯罪であるかのような横柄な態度で質問をしていました。裁判ドラマであるかのように、左手を腰に当てて、右手で持った紙を上下に大きく振りながら、「何故ですか」「知っていましたか」と問い詰めていました。
★震災当時住んでいた場所の現在の線量の載っている市や県の広報を見せながら「この広報を見ていますか」と原告全員に質問していました。その時、被告弁護士が三人で原告を取り囲んでいました。圧迫を与えようとしているかのような姿でした。
★前回、「何で子どもにぬいぐるみを買ったのか」との尋問がありました。原告=被害者は「可愛がっているぬいぐるみを置いて来るしかなかったので、替わりに買った」と答えはあまりにも当たり前の行動で、子どもの辛い想いが、私には良く分かりました。被告代理人には分からなかったようですが。
★年齢の違う子どもが二人いるのに「ベビーバギーは何で二台必要なのか」「一台に二人乗せられないのか」と質問。
★小さい子どもとの二人暮らしで精神的に追い詰められた母親が、医師に保養を勧められて沖縄に母子で保養に行ったことについて、「子どもを置いて一人で行く事は考えなかったのか」と国、東電は尋問。
こういった国、東京電力の質問には、傍聴席からは思わず「えーっ」「ひどい」「何でー」というつぶやきがもれ、ざわめきとなりました。

水野有子裁判長は、原告=被害者の尋問が終わるたびに、一人ひとりに「お疲れ様でした」「ありがとうございました」とねぎらっていました。裁判長のこの心遣いに、ほっとさせられました。

◆次回の裁判 3月1日(水)、10時から原告尋問。
 出入り自由なので、途中からでも短時間でも、原告=被害者の尋問を聞くいい機会です。多くの方が傍聴者に行かれるといいなと思っています。私も友人と一日傍聴しようと思っています。

(報告:M&E)

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Author:原発いらない女たちのテントひろば
「未来を孕むとつきとおかのテント行動」を引き継ぐ新ブログにようこそ!

「原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに」は
東京・霞が関の「経産省前テントひろば」を拠点とした、女性による脱原発・反原発のアクションです。
 年齢もバックグラウンドも様々な女たちが、福島原発事故に対して立ち上がった「原発いらない福島の女たち」につながろうと集まって来ました。
 それ以来、つねに新しい仲間を迎えながら、「原発を止めたい」「子どもたちを守りたい」という思いのもとにテントを拠点に多様な活動を続けています。
 生きること、暮らすこと、命をつなぐこと。小さく、ささやかなものへの眼差しを大事にして、「原発」という強大な構造を変えて行けることを固く信じて。
 このブログはもう一つの「テントひろば」。誰にでも開かれた、語らいと学びと交流の場です。世界中の女たちに呼びかけます。
「強く、そしてしなやかにつながっていきましょう!」

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