原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに

<福島の声を世界へ> 高野匠美さん

あおぞら放送2013年5月10日
<福島の声を世界へ> 高野匠美さん

高野匠美(たくみ)さんは富岡町から郡山市に避難している。今年始めにあおぞら放送の「通りすがり」のコーナーに出演したので、今日は2度目だ。お父さんは原発建設にたずさわり、現在、八十歳だが、除染作業にも携わった。夫も38年間、原発で働いてきた。匠美さんの率直な発言にぜひ、耳を傾けてほしい。キャスターは松元ちえさんと荒井牧さん。

s-高野匠美さん


今、生活はなんとか落ち着いてきたが、夜、眠れないことがすごくきつい。3月25日から富岡町は区割りが3つに再編された(帰還困難区域、居住制限区域、避難指示解除準備区域)。自分のところは居住制限区域に指定されたが、出入りは自由になり、誰でも入れるようになった。ところが、自宅から5歩くらい行ったところから「帰還困難区域」となり、入ることが許されない。
町内の夜ノ森(よのもり)は桜の名所。観光客が全国から集まってきて、線量はまだあるのに、普通の格好で歩き回っている。出入りは9:00~16:00の間の4時間と決められている。新しく作られたガードレールを境に出入りが制限されているが、簡単に中に入ることが出来る。高野さんの家もドロボーにやられていた。それで夜になると、家のことが心配になって眠れない。
 
郡山で友達になった人に「避難者」だと言ったところ、次の日から話してもらえなくなってしまった。そういう経験をしてから、避難者だと言えなくなってしまった。「避難者」というと、賠償金をもらって、仕事もしないでいるんじゃないか、と思われていて、風あたりが強い。友人がいわきの人に面と向かって言われた。「もういい加減、帰ってほしい」と。わたしたち、帰ることが出来ないのに。帰っても4時間しかそこにいれないのに。
 ここで、ちえさんから「福島民報」に毎日掲載されている線量測定の結果が紹介された。高野さんの家のある王塚は富岡町で2番目に線量が高いが、近くに役場があり、役場機能のために居住制限区域に入れられたのではないか、と思っている。前回、帰宅した折りに、たまたま大熊町に入れたが、第一原発の正門から線量をずっと測っていくと、60ミリシーベルトにもなって、びっくりして逃げて来た。
 
郡山で避難者たちが交流するために設けられた仮設の集会所に行ってみた。週2回、お茶会みたいのがあって、そこで女の人たちと話してきた。みんな、いつ帰れるのか、気にしている。でも家があっても住める状態ではない。家を立て直す勇気もない。建て直しても子どもたちは帰ってこない、自分たちは年をとる一方だし、病院もない。店もない。
富岡町ではタブレットを配って、町の人の交流をはかっているが、このあいだ、73歳の男の人が♪おらぁ東京さ、行ぐだぁ♪を替え歌で書いてあって、すっごくおもしろかった。♪セシウムもって、おらぁ東京さ、行ぐだぁ。東京の総理大臣にくれてやっぺ♪という感じで。
避難先の問題としては、切り替えの早い人は、郡山とか、いわき、二本松とか、避難したところで家を建て始めた人もいる。帰還困難地域と居住制限地域では賠償金が全く違う。そんなところから、これまで仲良くしてきた人とも分断されてしまう。
問題を声に出して、みんなで話し合える場所をつくりたいと思ってきたが、みんなは(賠償金を)もらっていることから、国に対して言えないという気もちがある。それとこれは別でしょ、と言っているんだけど。今日、ここに来るのも主人に、お前ひとりが言ってもしょうがない、と言われた。福島の人は言いたいんだけれど、言えない。ほんと、何で?と思うくらい、言えない。

父は除染もやって、以前は原発の建設もした。ちえさんに取材を受けて、それが記事になってからがスゴかった。(記事には会社名も)何も出さなかったのに、父に対して会社の圧力がかかってきた。
(ちえ)マイナーのなかのマイナーな雑誌なのに、それをよく見ていたなと思う。
父はわたしが(送られてきた雑誌を)見せる前に、会社から見せられていた。会社はわたしにも圧力をかけてきた。「お父さんのことを出したり、もう終わったことなんだから、そういうことを言うな」って(注:除染作業でピンはねがあったらしい)。
(ちえ)お父さんが次に除染に行きたいというときに、問題になるのではないか。
父はもうやらないと言っている。今、父が悩んでいるのは、一人なので、富岡に帰りたいのはやまやまだけど、年だからだんだん弱って行くのに、病院もないとこに帰って、生きて行けるか、ということ。
区域の再編をしたあと、調査さえもやっていない。誰かがそこに家を建てて住み始めれば、国は、ほら、住めるんだから、お前ら、帰れということになるだろう。
わたしは50年以上も王塚に住んでいる。一戸建ての家があり、畑も田んぼもある。家具も一生モンを揃えた。そちら側のアパートに住んでいる人はまるまる6年分、賠償してもらえるのに。10人家族がいるんだけど、精神的賠償だけでも月100万になる。そうしたら、お互いの関係がギスギスしてくる。国が福島の人を分断させている。
主人も言えないことがいっぱいある。汚染水のことは問題になる前から、原発で働いている同級生から聞いて知っていた。あの水をどこにもって行くのか、やっている人もびっくりしている。24時間3交代でやっているんだけど、やりきれないと言っている。
作業員には口外しないように圧力がかかっているみたい。
(ちえ)メディアと話すなという協定書みたいのにサインさせられているらしくて、わたしたちも大変な思いをして取材している。
(汚染水の保管のために)土地を国は貸してくれ、と言うが、わたしたちは買ってほしいということで、話がまとまらない。
(牧)そんなことをケチってる場合じゃ、ないのに。

(ちえ)この放送はインターネットで配信されているけど、国とか会社とか、心配じゃないですか?
来るものはこい!ガマンする必要はないって思っている。
(ちえ)最後に福島からのメッセージを一言、どうぞ。
せっかく、出入りが自由になったので、富岡に来てください。わたしが案内します。
日本の国はすごく好きだったのに、こんなに国に裏切られたのはとっても、とっても悔しい。

この日のあおぞら放送は、高野さんのトークをトップに以下のようなラインアップ。
25:29 <テントを守ろう> 土地明渡請求訴訟に向けて  正清さん、渕上さん
44:22           「原発といのちを守る裁判」の進め方 高瀬さん
51:54 <ジョニーの替え歌> 「ある日とつぜん福島」ジョニーHさん
55:27 <通りすがりインタビュー> ジェーンさん(オーストラリア)

この放送は以下で録画を見ることが出来る。
http://www.ustream.tv/recorded/32647387


Video streaming by Ustream

(まとめ:あっきい  写真:あれこれ屋)

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Author:原発いらない女たちのテントひろば
「未来を孕むとつきとおかのテント行動」を引き継ぐ新ブログにようこそ!

「原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに」は
東京・霞が関の「経産省前テントひろば」を拠点とした、女性による脱原発・反原発のアクションです。
 年齢もバックグラウンドも様々な女たちが、福島原発事故に対して立ち上がった「原発いらない福島の女たち」につながろうと集まって来ました。
 それ以来、つねに新しい仲間を迎えながら、「原発を止めたい」「子どもたちを守りたい」という思いのもとにテントを拠点に多様な活動を続けています。
 生きること、暮らすこと、命をつなぐこと。小さく、ささやかなものへの眼差しを大事にして、「原発」という強大な構造を変えて行けることを固く信じて。
 このブログはもう一つの「テントひろば」。誰にでも開かれた、語らいと学びと交流の場です。世界中の女たちに呼びかけます。
「強く、そしてしなやかにつながっていきましょう!」

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