原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに

大間原発建設やめろ 電源開発本社へのスタンディングデモ

電源開発は東芝の二の舞になる前に撤退を!
何のため? 誰のため?
大間原発はいらない!


5月18日(木)

議員会館前で法務委員会の共謀法強行採決が決まったのを聞いて、少し早かったが東銀座の電源開発本社前へ向かった。
議員会館前の局地的な土砂降りでずぶ濡れになったが、初夏とあって寒くはない。

滅茶苦茶な政局で、考えのある人は忙しいので、今日の参加者は3人もいれば上等と思っていたが、初めての女性、2回目の女性各一人、あとはいつもの顔ぶれが5人、ちょうどよい賑やかさ。
自分たちの作ったチラシの説明を読み上げたり、原発の危険性をわかりやすく書いた絵本を紙芝居をつなげたように貼ったり、新しい参加者が少しずつアピールを工夫しているのに感心する。

玄海原発から来た人が激励してくれる。お互いにがんばりましょうと励まし合う。もう原発なんか要らないと話していく人、帰りの電車で読むよと受け取る人、頑張ってくれてありがとうと言ってくれる人、など今までにない反応で元気づけられる。100枚持ってきたチラシは殆ど無くなった。

マグロもイカも怒ってる!
大間原発大間違い!

元気よくシュプレヒコールで締めて、5時半ごろ、また共謀法反対行動のため議員会館へ向かう。

(報告:里山恵)

今村復興大臣の暴言と闘おう 連日の復興庁前での抗議行動

<フリージャーナリスト・西中さんの質問>
今村今村

4月4日(火)、復興庁の定例記者会見で、フリージャーナリストの西中さんは「自主避難者の住宅援助も打ち切り、帰りたくとも帰れない避難者たちに対して、国はどのように責任を取ろうとしてるのか」という質問を今村大臣にした。
今村大臣は「避難者対策は福島県がやっている。国の役人が県民の状況をよくわからないでやってもしょうがない」と答えた。西中さんは、質問を続けた。「避難者が路頭に迷っていもいいのか」「原発事故の責任は東電と国にあると埼玉での裁判判決でも言っている。国の責任はどうなのか」と聞いたら、今村大臣は「帰ればいい。帰っている人もいる。帰らないというのはそれぞれの判断だ。自己責任だ」という意味のことを言ったので、西中さんがさらに質問を重ねようとしたら、怒って、どういうつもりでこの記者会見に来ているのか。質問を撤回しろ。ここから出ていけ。二度と来るな」とののしって記者会見場から退席してしまった。(記者会見の様子は復興庁のホームページ載っています。
復興庁 http://www.reconstruction.go.jp/topics/17/04/20170405115121.html

今村大臣は夕方にこの発言を撤回したが、「感情的になって申しわけなかった」という点の「陳謝」で、西中さんが聞きたかったことについての、「帰ればいい、帰っている人もいる。自己判断・自己責任だ。」という点についての謝罪はなかった。それは政府の本音だからだ。

4月5日から、被災者たちは復興庁前で、首相官邸前で抗議行動や記者会見を続けた。
4月6日も行われた。参議院議員会館で「今村大臣の発言に抗議する記者会見」が行われ、首相官邸前で抗議行動が行われ、その後、復興庁前で、午後8時まで抗議行動が続けられた。
Image5官邸前

<木村(雅)さんの報告から>

・参院会館での記者会見での武藤類子さんの発言
「年間50mSvのところも避難解除されている、土壌の放射能汚染がひどいので「土を測れ」、帰りたくても帰れない困惑と困窮。安全・安心だから避難しないで住んでいるのではない、あきらめて住んでいるのだ、総ての被害者・避難者を切り捨てるな」

・経産省前の5時~6時までの定例の抗議行動でも、今村大臣と国ヘの抗議が行われた。・6時に「復興庁前に行こうの声で終了」し、多くの参加者が財務省の裏の復興庁に向う。

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復興庁前は、沢山の抗議者と沢山のメディア・カメラ。今村辞めろの声を復興庁に届けた。むしろ旗を掲げるなどしていた。多くの被害者・避難者の声を今村復興相や復興庁職員は聴いたか? 自己責任・訴えればいいの発言を猛省し被害者に向きあえ!

復興庁前で! みなさんの発言は怒りにみちて鋭く、聞く者たちの心を揺さぶった。
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みなさん!「福島とともに」!被災者、避難者とともに闘いましょう。

(報告:木村、あれこれ屋 写真:あれこれ屋、ネット)

3月29日 福島原発告訴団上京して地裁前要請行動

 3月29日(水)、福島原発刑事訴訟支援団と福島原発告訴団が「1日も早く、初公判を!!早々に手続きを終え、全ての公判日程の決定を!!」と東京地裁前要請行動を行った。この日は、東電幹部の責任を問う刑事裁判のための第1回公判前整理手続が開かれ、地裁前に約100人が集まりました。
3月17日、原発被害者訴訟・前橋地裁判決は東電と国の責任を認めたが、東電の責任を問う裁判はやっとこの日第一回公判前整理手続が行われるテンポで公判日程を早く決めて欲しいというのは切実な訴えだった。

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最初に告訴団の佐藤団長から挨拶があり、その後福島から避難している人や郡山在住の人から苦しい現状が報告された。
甲状腺癌により遮蔽された病室で一人過酷なアイソトープ治療を受けなければならない子供の話はショックだった。
31日から自主避難者住宅支援が打ち切られるが、次に住むところもまだ決まらずお金もない人がいる。
印象的だったのは広瀬隆さんの話で、“大阪高裁は高浜の再稼働を認める判決を出したが、すごく幼稚な判決だ。基準値振動を上げたからと言って原発の下に地震対策が出来るわけはない。若狭のあたりはリアス式海岸は何度もの津波に寄って出来たものであの辺りはいつ地震があって津波が来るかわからない。一番危険な場所なのに”と力説されてた。

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武藤類子さんが最後に、「3月21日の地裁前行動のときは雨だったが今日はお天気に恵まれて良かった」と集まった人にお礼を述べた。
最後に地裁に向けて「一日も早く!早く!公判を開いてください!」とシュプレヒコールをあげ終わった。

(報告と写真 ぬーさん)

―3・11福島原発事故から6年ー 3/20 さようなら原発全国集会

3月20日、東京・代々木公園に1万1000人が参加し、「いのちを守れ!フクシマを忘れない」を掲げて「 さようなら原発全国集会」とデモが行われました。
 経産省前テントひろばも11時前からブース出店の準備、テント関係者のみなさん多数が参加して、ちらし・ニュースを配布しました。

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この間、野外ステージでは11時過ぎから第1部のライブが始まり、趙博さん、ジンタらムータ、中川五郎さん、矢野敏広さん、李政美さん、板橋文夫さんがステージに立ちました。
 午後1時半、木内みどりさんの司会での集会が始まりました。

Image2吉沢

★落合恵子さんが「苦しむために生きてきたいのちはひとつもない。流さなくてもいい涙をながさせる国と政治と権力者に、私たちはおさらばしようではありませんか」と開会挨拶。

I落合

★つづいて、郡山在住の野口時子さんがフクシマ報告に立ち、「とにかく子どもを被曝させないよう心をくだいてきた。しかし、原発事故などなかったかのように、オリンピック準備が進み、野球の会場や選手受け入れも進んでいる」、「福島の私たちは被曝を避けたい、私たちを忘れないで、応援してほしい」と訴えました。

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★避難の協同センターの瀬戸大作さん、郡山から避難の松本徳子さん、そして双葉町から避難した亀屋幸子さんが「避難者へのいじめは子どもにだけでない。避難者のくせに、と冷たい言葉。好きこのんで避難したわけではないし、やはり故郷が一番いい。いますぐにでも帰りたい、でも帰れない。だから再稼働には絶対反対」とマイクを握って発言しました。
★被曝労働者の「あらかぶ」さんは、福島原発事故の収束に役立つならば、と溶接技術を活かすべく九州から福島へ、しかし「ずさんな労働管理で白血病を発病し、裁判を起こした。東電には責任がある。他の労働者のためにも認めさせたい」と訴えます。
★かつてテント裁判の弁護団長を務めた河合弘之さんは、「甲状腺ガン子ども基金」の理事として「福島では通常の400倍の線量、これは原発事故の影響そのものだ、彼らは孤立させられている」と訴え、集会参加者にカンパを要請。また、フクシマ連帯キャラバン隊の福島報告、力強い若い世代からのアピールでした。

 司会の木内みどりさんによる詩の朗読をはさんで、会場にいた原告団の武藤類子さんも指名されて発言。その後、日印原子力協定国会承認反対キャンペーンの福永正朗さんが原発輸出問題について、「インドは核不拡散条約を無視して核実験し、核保有国となっている。輸出してはならない。東芝は原発輸出ではなく、もてる力を原発事故の収束に使うべき」と訴えました。最後に、総がかり行動実行委の福山真劫さんと、脱原発首長会議の三上元さんからの連帯あいさつ。
閉会挨拶は鎌田慧さん、「私たちは原発を追い詰めている。国の責任を認めた前橋地裁の判決は、今後一般的になる。原発は破綻している。原発メーカーは軍需産業。労働者、株主は経営に働きかけて欲しい。勝利は私たちに来る。その前に原発事故に合わないよう、原発を止めよう」と。

デモ先頭

 午後3時過ぎ、集会参加者は二手に分かれてデモに出発。(実行委のツイート等を参考にしました) 

(まとめ:経産省前テントひろばニュース 写真:ネットから)

雨にも負けず 3.21 電源開発前スタンディングデモ

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3月19日が日曜日、20日も休日のため、今月のスタンディングデモは21日に行った。真冬の装いでお出かけ下さい、とラジオが伝えていたので重装備し直したら遅くなってしまった。地下鉄を乗り換えるより日比谷から車を拾おうとしたが雨でなかなか捕まらない。電源開発前に着いたときは約束の時間を過ぎてしまい手持ち無沙汰なメンバーが雨に濡れていた。申し訳ない。

初参加の女性も含め6名が一緒に横断幕を張り巡らし、早速順番にスピーチで訴え始めた。全員が発言したのは初めて。
傘を差しながらチラシを配り、質問に答えたり励まされたり、今までにない反応の良さに驚いたり喜んだり。

参加者から、雨の中ごくろうさまと言われたり、やっぱり続ける事が大切、の発言があった。
いつものように
マグロもイカも怒ってる!
大間原発、大間違い!
とシュプレヒコールした。

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帰り際、警備員に抗議の意味を伝える勢いのあまり、敷地らしいタイルにかかったりして警備員に注意され、やり取りしていると、柱の影に二人の男が別々のところに居り、あの人たちは何をしているの?と警備員に聞いたらその二人はこそこそと移動したり、ドアの中に入ってしまった。電源開発の社員?それとも??

私たちは1時間の行動だが、テントひろばの座り込みのメンバーのご苦労を思う。

(報告:里山、写真:あれこれ屋)
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プロフィール

原発いらない女たちのテントひろば

Author:原発いらない女たちのテントひろば
「未来を孕むとつきとおかのテント行動」を引き継ぐ新ブログにようこそ!

「原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに」は
東京・霞が関の「経産省前テントひろば」を拠点とした、女性による脱原発・反原発のアクションです。
 年齢もバックグラウンドも様々な女たちが、福島原発事故に対して立ち上がった「原発いらない福島の女たち」につながろうと集まって来ました。
 それ以来、つねに新しい仲間を迎えながら、「原発を止めたい」「子どもたちを守りたい」という思いのもとにテントを拠点に多様な活動を続けています。
 生きること、暮らすこと、命をつなぐこと。小さく、ささやかなものへの眼差しを大事にして、「原発」という強大な構造を変えて行けることを固く信じて。
 このブログはもう一つの「テントひろば」。誰にでも開かれた、語らいと学びと交流の場です。世界中の女たちに呼びかけます。
「強く、そしてしなやかにつながっていきましょう!」

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